オオカミは群れを形成して生活する動物である。よく一匹で孤高に生きているような描写がされる生物だが、厳しい上下関係の社会を持つ生き物である。
明星一狼はオオカミのセルを持っているため、年上にツッコミを入れることはあっても年上の言うことはきちんと聞く世間で言う「できる後輩」という役割を細胞単位でごく自然にこなすことができる。
午前4時。一狼は昨日看病してもらった皆のために一人で朝ごはんを用意し始める。棚のパンを取り出し、厚切りにしてトースターへセットしダイアルを2分と3分の間に合わせてスタート。一狼は数十秒単位でトースターを開けて焼き加減を見ながら、タイミングが来たら箸でパンをひっくり返す。それを焼き上がりのベルがなるまで続け、出来上がった厚切りのパンは表面がきつね色の美味しそうな仕上がりになっていた。それを人数分繰り返して4人分準備し終えると、次は紅茶の準備を始める。茶葉をパンとは別の棚から取り出し、ティーポット、カップ、スプーンを用意して八雲に教えられたとおりの手順を丁寧に真似する。その間にはLWOの面々が集まってきており、一狼を見て驚いたり感心したりしてその様子を眺めていた。
準備を終えたのを確認すると、各々で一狼からパンと紅茶を受け取り席に座る。それと同時に事務所のドアが開きローズマリーが姿を見せた。ローズマリーは朝食を笑顔で一狼から受け取り席に着き全員がパンと紅茶を持った状態になった。一狼のいただきますの声で皆が手を付け始める。
「このパン、外カリカリで中ふわふわで美味しいね。」
「焼き方をネットで調べて勉強したんですよ。」
「紅茶も、いつもより美味しいですわ。」
「八雲さんが教えてくれたことを真似してみました。」
「うまいぜ。ありがとな一狼。」
「おいしいです……よ。」
各々が美味しいと口に出して一狼の準備した朝食を平らげていく。一狼は皆の表情を見て微笑みながら朝食を食べていった。朝食も終わり、それぞれが自室へ戻ろうとした時、事務所のドアが開く。視線が集まるそこには、依頼主と思しき男性がいた。男性は白髪交じりの頭を触りながら、杖をつき事務所へ入ってくる。
「ここが、何でも屋かね……」
しんと静まり返る事務所内。八雲がはっと我に返ったように、老人を席に案内する。老人はゆっくりとただ、しっかりと足を踏みしめて席につく。
「それで、何をご依頼に?」
「うむ。ワシの持っている土地の敷地内の大きな倉庫に誰かいるみたいでね。警察に相談しても取り合ってもらえなくてね。人気は無いんだが、どうも夜になると人影を見ると近所から苦情が来てね。どうにかしてくれませんか?」
「えぇ、構いませんよ。我々、LWOにお任せください。今からでも行けますが、案内お願いできますでしょうか?」
「本当ですか。よろしくお願いします。今日は息子と一緒に来ておりまして息子は外で車で待ってますので一旦外でお待ちしております。」
男性はヨタヨタと立ち上がり杖をつきながらドアをくぐっていった。ドアが閉まる音と同時に八雲はヘナヘナと座り込み一狼へ視線を送る。
「どうしよ……」
「いや、なんで依頼を受注しちゃったんですか。そのまま断ればよかったじゃないですか。」
「いや、カラスマのお得意さんだったらどうしようって考えてしまって……あぁ、締め切りも近いのに……」
「締め切り近いのに、今日行くなんて言うから……」
溜息をつきながら大沢は筋トレマシーンへ向かう。櫻井は呆れた目を向けておおきく溜息を吐きながら自室へと向かったがそれをローズマリーが止めた。
「皆さん、カラスマがいない今こそ、我々が力を合わせるのです。さぁ、皆さん行きましょう。」
大沢と櫻井は絶望の眼差しを送り八雲は希望に満ちた瞳をローズマリーへ向けた。
「いや、全員で行くのはいいですけど車は……」
「準備しましたわ。もう、外で二台待ってます。さぁ皆様、行きますわよ!」
変なテンションのローズマリーの後を四人は追いかけて階段を上がっていった。
────────────
事務所から数時間後、緑が多くなってきた景色に大沢と櫻井はさらに絶望の表情を浮かべていた。男性の言う倉庫につく。そこには人など寄り付かないであろう緑に囲まれた古びた倉庫があった。
「ホントに、ここなのかよ……ご近所さんとかこんなとこ来ないだろ…」
「はぁ…めんどくさいです……」
「これは……ちょっとまずいかもね……」
「こんなこともあろうかとワタクシ、使いを数名連れてきております……さぁ、皆さん。取り掛かりましょう。」
ローズマリーが手を鳴らすと黒服が三人顔を出しながら手に持った刈込ハサミを駆使して倉庫周りの草を刈り取っていった。依頼主の男性は少し驚きながら、見物しているLWOの元へと歩みよる。
「こ、ここまでは依頼しとらんですけど……」
「まぁ、せっかくですしこれはサービスということで……」
「ありがたいですな~それよりも人影の正体を必ず突き止めてください。よろしくお願いします。」
「任せてください。」
八雲は丁寧に男性を見送り、ローズマリーまで駆け寄る。
「マリィ、具体的にどうするの?」
「カメラを設置します。」
「なるほど?」
「もう設置していますわ。」
「へ?」
八雲は倉庫の方へ目を向けると丁寧に刈り込まれた木々の周りにカメラを設置している黒服が見えた。
「相変わらず早いね……」
設置も数分で終わると、黒服が近づいてきて横一列に並ぶ。
「皆さんありがとう。あとは待機してお待ちください。」
黒服は返事をするとそのまま車の方へと向かっていった。
「さて、皆さん。人影の正体を突き止めましょう!」
「おー」と一人で拳を高く上げるとローズマリーは依頼主の家に向かっていった。
「マジか……」
「嫌です。」
「やると言った以上、マリィはやり切るよ。私たちもそろそろやる気を出そう。」
大沢と櫻井は渋々といった様子で歩き始める。そして、八雲は先ほどから静かな一狼の方へ近づき肩に手を置く。
「一狼くん。先ほどからあまり話さないがどうしたんだい?」
「いえ、この家……いや、ここ全体に薄くですが、血の匂いが広がっている気が……」
「ん?そうかな?私にはそんな匂いしないが……」
「いえ、多分疲れがまだ十分に抜けきってないだけだと思います。行きましょう。」
「……そうだね。行こうか。」
八雲と一狼は依頼主の自宅へと向かっていった。
────────────
深夜。依頼主の老人は息子を連れて外へ出る。そして、自分の顔の皮を剥ぎながら倉庫へ向かった。剥いだ顔皮からは血が出ておらず、その素材は人間の細胞ではなくゴム製だった。
変装を解いた依頼主とその息子役は倉庫に設置されていたカメラを壊してその場に集めた。
「集まれ。」
依頼主役の人影が声をかけるとその前に人が集まった。そして、月明りに照らされた
「鉄則!」
「「「「「「裏切りは死!!」」」」」」
「その弐!!」
「「「「「「命乞いは死!!」」」」」」」
「その参!!」
「「「「「「負けは死!!!!」」」」」」
「最後!!」
「「「「「「鉄則は絶対!!!」」」」」」
「では、行くぞ!」
「「「「「「応ッ!!!!!!」」」」」」
「よし、全員いるな。作戦は覚えているな?」
全員が首を縦に振ると
「何をしているんですか?というか、誰ですか?なんで、依頼主さんの匂いが……」
一狼が足元にあった依頼主の顔のゴムマスクに気が付く。
「これは……?いや……わかったぞ……お前、刺客だな?」
「そうだな……正しくは俺”たち”だな。」
一狼が首を傾げると、背中に衝撃が走りそのまま宙へ舞う。そこには依頼主の息子の匂いがする小柄な少年が見えた。
「いけ、猿渡。」
「合点!」
猿渡は宙へ舞う一狼のところまで跳躍し下で構えている
『
熱水蒸気のおかげで落下速度が落ち、見事に着地できた。だが、その直後に蜃気が一狼の背中を狙ってくる。一狼は殺気を感じ取りそれを避ける。その背後、またもや先ほどの少年から攻撃を仕掛けられる。
「キリがない……」
一狼は攻撃を避けようとステップを踏むが、その先にまた蜃気が刀を構えていた。一狼は刃を平行に構えている蜃気へEXを放つ。
『
エネルギーが溜った足をそのまま蜃気の刃に向かって打ち込み刃をへし折った。
「見事。だが、俺はそう甘くない。」
蜃気は熱水蒸気を発すると一狼を吹き飛ばす。その先の猿渡も熱水蒸気を放ち変態する。
黒灰色の毛色、黄金の瞳、鋭利な牙。それは、鏡を見たような衝撃。生き写しを見ているような感覚。
そう、
「僕と同じ……!?」
「貴様と同じ?笑わせるな。こちらにはあと数人仲間がいる。貴様は「一匹狼」だろ?」
一狼は背後の民家を見て、二人の間から抜け出し、近くの森へと入っていった。その様子を見ていた蜃気と猿渡はゆっくりと一狼の後を追った。森へ入った一狼は後ろを確認しながら獣道を辿りなるべく遠くへと離れる。その時、前から人影がまた二つ出てきた。その姿は先ほどの二人と同様、ハイイロオオカミの姿をしたディウスだった。
「確か、仲間が何人かいるって言ってたな……」
「えぇ、そうよ。さっきのあいつらの仲間さ。」
「さて、若いの力比べと行こうか……」
女性の声を発したディウスはため息をつきながら、ハスキーな声のディウスを呆れた目で見てそのまま立った。ハスキー声のオオカミディウスは一狼へ突進しつかみかかると上へと投げる。
「ほぉ~この力はやはりすごいな~前のワシだったら全くびくともせんかったぞ。」
ハスキー声のオオカミディウスは女性の声のオオカミディウスへ向き直り声をかけて跳躍した。
「
「白頭じいさん好き勝手やるのはいいが、次の一撃で作戦通りに動けよ?」
「まかせ……ろ!」
白頭と呼ばれた老人はそのまま跳躍し一狼を明後日の咆哮へ真っすぐ蹴る。それを見ていた卯寅は方向転換をするために跳躍し白頭の蹴った方向を修正する。一狼はそのまま飛び民家からはかなり離れたが、獣道を外れて完全に緑の中に落ちてしまった。
「まずい。離れすぎた。これじゃ、助けも呼べない……」
一狼はすぐに立ち上がると三人の影が一狼へ振ってくる。二人は槍を構えており、一人は剣を持っている。
「まさか、まだ仲間がいるのか……?」
一狼は後ずさりしながら三人から逃げようとするが、槍を持った二人が素早く動き一狼の行く手を阻む。
「にがさない。」
「やるからにはあるよ。あたいは!」
後ろを振り向いても剣を構えたオオカミディウスがおり、一狼は三人を見ながら臨戦態勢を取りゆっくりと動く。三人は一狼にペースを握らせないため、一狼が一歩動くたびに素早くシャッフルしながら近づいて行く。
「行くよ。サザレ!」
「うん。」
二人が槍を高速で振り回し、一狼を突き始める。互いに入れ替わり立ち代わり一狼を翻弄しながら槍でついてくる。一狼は最初こそその攻撃を躱せていたが、だんだんと目が追い付かなくなり槍の刺突攻撃をもろに食らう。幸い槍は人工物だったので傷はすぐに治る。だが、攻撃はやまない。だんだんと後ろへ下がっていくと剣を構えていた別のディウスは剣を平行に構えて刺突攻撃の準備をしてた。
「今。」
「やれ、
戌亥と呼ばれたディウスは無言のまま剣で刺突攻撃を繰り出し、一狼の肩を貫き動きを止めた。
「がっ!」
「よし、二人とも、めった刺しだ。」
「「応ッ!!」」
二人はそのまま先ほどよりも速い槍さばきで一狼の心臓に向かって刺突した。一狼は剣を抜くことを諦め、そのまま力いっぱい体を下にして槍の刺突を躱した。当然、抜けなかった剣はそのまま一狼の肩を切り裂き一狼は大量に出血しだした。そのまま一狼は転がり込んで三人の間を抜けて茂みへと逃げ込んだ。
「これは予想外だな。」
「あのまま戌亥が横に切ってればゆっくり殺せた!!」
「いや、無理を言うな。それよりも追うぞ。多分、この一帯に270とやらの妨害も来ているはずだからな。」
少々不貞腐れたディウスは渋々戌亥へついて行った。