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渋/苦之巻:キミ ト サイカイ

大鎌の鋭利な先端が首元へ充てられる。手足を縛られた状態の朧は額に滝のような汗を流す。目の前の過去の同級生はそれでもただ微笑んでいるだけで何もしない。朧はエナジーを縛られている鎖に集中させる。その間に朝比奈明美は鎌を大きく振りかぶり朧の首めがけて振り抜いた。切っ先が当たった瞬間、朧は腕を開放して鎌を鮮やかな真剣白刃取りをした。首に薄く血が滴ると明美は真顔になり鎌を元の位置へ戻そうとするが、朧は鎌を離さない。明美は苛立ちながら鎌を大きく振り、鎌を元の位置へ戻したその反動を利用して朧は開放されながら洞窟の外へ飛ばされた。


「朧くん。どこ?」


「ここだよ。朝比奈さん。」


朧は逃げずに朝比奈へ声をかけて洞窟の外へ誘導する。朝比奈は大きな鎌を引きずりながら洞窟の外へ出てくる。頬にはうっすらと汗を浮かべて若干息が上がっている。


『やはり、朝比奈さんは無理をいや、無茶をしている。これもオレのせいか?いや、今は朝比奈さんを止めることを考えろ。』


明美は鎌を大きく振り朧へ斬撃を飛ばす。朧はその斬撃をよけて明美と距離を詰めようとする。だが、明美は鎌を大きく振り朧を遠ざける。斬撃は飛んで行った方向の木々や地面を綺麗に切り裂く。


『この威力は父さんが抜刀術を使ったときみたいだ。まずいな……』


エナジーもとめどなく出ており、その分明美の生命を削っていた。明美も一歩踏むたびに息を上げている。朧は明美の身体を心配して話しかける。


「朝比奈さん!あまり動かないで!君は今とても危ない状態になっている!」


「朧くん……私ね……がんばったんだ。皆に認められたくて、皆に、ほめてほしくて、お母さんにも、お父さんにも先生にも、ココちゃんとミヤちゃんとスグルくんと……」


呪文のように何かをつぶやく明美には朧の声は届かない。朧は頭で考えながら明美に距離を詰めて明美から鎌を奪おうとする。明美はいとも簡単に鎌を離すが、鎌は明美の手を離れると元の岩や水や枯れ葉に戻りその場に零れ落ちる。朧は明美とすれ違ってしまい、明美に背中を見せてしまう。明美のエナジーが再度自然を集め先ほどの鎌を作り出す。


「そんなこともできるのか……!?」


明美は素早く鎌を振り朧の背中へ斬撃を飛ばす。ゼロ距離の斬撃に朧はよけることができず背中に熱を感じそのまま飛ばされた。急いで立ち上がるとアドレナリンでも対処できない痛みが背中へ走る。血は背中を伝い下半身へ流れて地面に滴り落ちた。


「この切れ味……とても自然とエナジーで再現されているものとは思えない。ギアはもってきていないし、逃げるにしてもみんなのいるところへはいけない……」


朧は様々な考えを頭に思い浮かべるがそのどれもが鎌の一振りでぶち壊される。そして、一つの答えにたどり着く。


「オレも、やってみるか……」


朧は修行したばかりのことを駆使してエナジーを放出して調節する。そして、明美のやっていることを再現しようと明美を観察する。どうやって明美は自然の物質を集めて鎌を顕現させたのか、コツは、やり方は、すべてを観察する。その間にももちろん明美は攻撃を仕掛けてくる。斬撃に加えて近距離の攻撃。そのことごとくをよけて紙一重の中で朧は明美のやっていることを自己流で再現する。


『やり方は粗方わかるようになってきたが、これができるのか?朝比奈さんでも死にかけているこのやり方を……オレがやって大丈夫なのか?……いや、朝比奈さんを止めるためだ、向こうも本気ならこちらも本気でやらないと死ぬ。』


背中の痛みを振り払い、朧はエナジーを全開にする。限界まで開放したエナジーを両腕に集中して安定化する。今にもはち切れそうな腕に一瞬めまいがするが、持ちこたえてその安定化させた膨大なエナジーを地面へ優しく流し込む。明美はその間に朧へ距離を詰めて鎌を大きく振り上げて断頭台のギロチンのように朧の首を狙って鎌を落とす。


「できた!!!」


朧は地面に手を突っ込み刀を抜刀した。


刀身が漆黒の刀は見事、鎌を受け止めることに成功した。


「即興!銘刀 無銘!!」


互いの武器が火花を散らすと朧は明美の鎌を力で跳ね返す。


今にも、倒れそうな体を奮起させて朧は、鼻血を出しながら刀を構えて抜刀の準備をする。


「本気だ。本気で君を止める……行くぞ朝比奈さん……夜月流やづきりゅう 抜刀術ばっとうじゅつ一閃いっせん!!!」


「朧くん。私ね、がんばったの。とっても……とぉっても!!」


互いに斬撃をぶつけ合い互いに体勢を崩した。朧はそれを見逃さず明美へ手を伸ばし、明美の胸に手をかざしてエナジーを流し込んで気絶させた。明美は最後まで自分の今までの頑張りを朧にほめてほしくて瞼を閉じる寸前まで言葉を紡いでいた。完全に気絶すると朧は明美の頭を守りながら明美を支えた。


「…………ふぅ……」


朧は、腰を抜かしてそのまま明美を背中へ背負い、旅館を目指して歩き出した。


─────────────


本当はすべてわかっていた…私の努力不足だってことも、私が悪いことも、そして、朧くんはそんな私を過去の思い出として今は前に進んでいることも、全部全部わかっていた。わかっている…私だけが過去にとらわれている。全身が痛い。血流も絶え間なく流れていて、沸騰してるように熱い。かと思えば、一気に冷たくなっているようにも思える。熱いのか、冷たいのか寒いのか、暑いのかわからない。ただでも、前方に当たる別の温かみで私は目を覚ました。懐かしい匂いに意識が意識が覚醒し始める。目の前に彼のうなじが目に入る。声を出そうと口を開くが、声が出ない。体を動かそうとしても体は動かない。やっと出たうめき声で朧くんは私の覚醒に気づく。


「大丈夫かい?朝比奈さん。痛みは?」


そう言っている朧くんへ返事をしようとするが、私はうめき声しか出せない。


「朝比奈さん…今はもうしゃべらないほうがいい。事情は旅館で聞く……から……」


朧くんはそのまま地面に倒れこむと動かなくなってしまった。


どうすればいい?これは、私のせいだ…私のせいで朧くんは……


私は動かない体を必死に引きずって移動する。はい回り移動する。でも、指一本を動かすのにも限界だ。


私はその場でうごめき一ミリも移動できなかった。



渋/苦之巻:キミ ト サイカイ

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