わたしは足をまるごとデーーーーンと旦那の足の上に乗せる。
太くはない! が、何年も立ち仕事で鍛えあげられた面構えの足だ。
旦那はさぞ重かろう。
だが。容赦はしない。
──わたしはこの横暴を敢行しつづける。
白いソファ。
戦いの舞台はそこだ。
うちの居間、テレビの前には二人がけの白いソファがある。
結婚して、この借家を借りた時、旦那と二人で家具&インテリアショップに行って買ってきた、お気に入りのやつだ。
その白いソファにふたり並んで座ってテレビを見る。
それが我が家の日常であり、ある意味ふたりの儀式でもある。
わたしはテレビを見ながら旦那やテレビ画面に対してあれこれ言うのに対し。
旦那はちゃんと見てるのかどうかテレビに対する反応が薄く、芸能人の誰が何であるかなど、そういう知識もまるでない。
大丈夫か?
彼はこの、激動の現代情報社会についてこれてるのか?
不安になる。
なので私が横から
「この女優はあの芸人と不倫中」だとか
「あのアイドルはお盆休みに整形した」等々の詳細情報を提供する。
旦那は「ふ~ん」とか「へー」とか返事をするものの、どれだけ心に響いているのかわからない。
とても不安になる。
まったく興味がないとか、他にやりたいことがあるのならそれでいいのだが、そういう訳でもないらしく、毎晩こうして私の側でテレビを見ている。
どうしたものか。
なんとか「ふ~ん」とか「へー」意外の反応を引き出したい。
引き出すにはどうすれば良いのか?
と苦心の末に導き出した答えが、いや、苦肉の策が
この『デーーーーンと旦那の膝に足を乗せる』というものだった。
両足じゃないぞ、片足だ。
いくらわたしでも両足を乗せるほど横暴ではない。あくまで左の足だけだ。
年貢米は五割までにしてやるの法則。
するとどうだろう。
「嫌だ」とか「重い」とか言うのかと思いきや、なにも言わない。
……効いてない? 平気なのか?
いや、なにも言わないが、背中を丸めて耐えているではないか。
おもしろい。
(旦那とやらが、どこまで耐えられるか──、見て見るとしよう……!)
気分はすっかりロールプレイングゲームのラスボスだ。
それもかなりの大作ゲームの魔物の大ボスだ。
私はソファにふんぞり返り、隣の旦那の膝に片足を乗せ、旦那は背中を丸めてその重みに黙って耐えている。という構図。
ふはははは。癖になる面白さだ。ラスボスは一回やるとやめられないなこれ。
しかし、人の足というのは存外に重いものである。
例え片足であってもだ。
たしか人体の重さ比率によると、片足で15%ぐらいあるらしい。
女性だともうすこし比率が高くなって17%くらいあるんだっけ……?
私の体重の17%というと、アレだ。
ま、そのぐらいだ。
重かろうよ。
だが、どかさんぞ。
ちゃんと意思表示して『口で』『言わないと』ダメ。
「おい」ぐらいでは、当方一歩も引かない所存である。
さあ、どうする。
モジモジしてても埒が明かんぞ?
太ももは圧迫に弱いからな~、段々痺れてくるかもよ?
どうするよ旦那。
すると旦那は身を捩って向こうに行こうと手を伸ばした。
(お? 黙って逃げるのか? つまらんやつめ)
そう思ったが、違った。
旦那はソファの横にあるおしゃれなサイドテーブル(これもソファと同じ店で買った)。
そこに飾ってあるご自慢のミニカー。
トミカ『ランエボ』に手を伸ばしただけだった。
ランエボというのが何かは知らないが、
旦那曰く「スゲーかっこいいクルマ」らしい。
レースやらラリーやら峠やら……。
なんかそういうので大活躍しただかしてるだか。
とにかくスゴイらしい。
ずんぐりしてて何がカッコイイのかサッパリだが、三菱マークがついているので、三菱の製品であることは間違いなさそうだ。
旦那はミニカーなんかは好きなのだが、実物大のクルマには興味がない。
自家用車を選ぶ基準も『乗りやすさ・気安さ』で、高級車とは正反対のクルマを選ぶ。洗車もしない。
「年末ぐらいピカピカにしたら?」と言ったら「う~ん……」としばらく考え込んで、やっとやるぐらいだ。
わからん。
旦那の価値基準がわからん。
男の人って普通は逆じゃないの?
わたしは三兄妹の末っ子。上二人が兄。
兄は二人とも、っていうか同級生の男子なんかも『乗る』クルマにはうるさかった。
また洗車してんの? ってぐらい洗車してた記憶。 そしてピシッとしてた。
どこか『男は乗るクルマで決まる』みたいな価値観があったと思う。
そういえば、わたしはそういうパワー系な価値観が好きになれなくて今の旦那を選んだのかも知れない……。
で、その奥ゆかしい価値基準をお持ちの旦那なのだが。
さっきからミニカーを「ヴイ~ン、ヴイ~ン。キキーッ!」とか言いながらわたしの足の上を走らせている。
おいおい。
やめろ。
猛烈にこそばゆい(くすぐったい)ではないか。
ビクッと足を引っ込めそうになるのを、なんとか堪えた。
それは、負けだからだ。
くすぐったいとか、そういう日和った反応をしては、敗北だ。
魔王はくすぐったいとか感じない!
あくまでデーーーーンとしていなければ、威厳が保てない。
なので耐える。
そんなわたしの苦行を知ってか知らずか、旦那のドライブは絶好調に続く。
時折ドリフトとかを挟みながら、テクニカルなライン取りでつま先まで走りきり、エンジン音を唸らせながら足の指を一本一本丁寧にクリアしていく。
旦那の頭の中では、こないだ古いDVDで観てた、アフリカの赤い土を蹴って悪路を乗り越えていく『パリ・ダカールラリー』のイメージが再生されているのだろう。非常にアグレッシブなハンドリングを思わせる車体操作で不安定な足の指の頭を撫でつけて、こねくりまわして、やっと、とうとう、脱出した! と言わんばかりの熱演を行っていた。
ふー……、やれやれ。
やっと終わったかと思ったら、今度は復路がはじまった。
マジか。
そう、足指は折り返し地点に過ぎないという想定らしかった。
「ぅおん、おぉぉん、ぶぉおおおお!」
足のスネから、ふくらはぎから、滑り落ちそうな演出を加えつつ、熱いラリーは続く。
ヤバい。
足先に向かう刺激より、足先から這い上がってくる刺激の方が数倍こそばゆい。
(やめろおまえ。夜でもそんな丁寧にしたことないだろ。なんだこのテクニックは)
思わず旦那の後頭部を叩きたくなった。
いかん、いかん。
魔王は、こんなことでは、うろたえない。
しかし我慢にも限界が。
ミニカーのツブツブしてひんやりした刺激が太ももの内側に走ってくる。
(ダメだ! そこは弱点だ! こやつワザとやってるのか!?)
これ以上来たらもう確信犯として、武力制圧するゾと決めたとき、旦那のミニカーはクルリとスピンして、また来た道を引き返し始めた。
そして膝小僧の傾斜を利用して大ジャンプ。
「ぶぉおおぉぉんぉぉぉぉぉ…………!」
きっと旦那の脳裏ではダカールの夕日を飛び越えている最中なのであろう、スローモーションで空中移動を続けている。
今だ!
わたしはすばやく旦那に乗っけていた足を引っ込めた。
実に自然に引っ込められたと思う。
旦那はミニカーしか見ていない。
とりあえず危機は去った。
こそばゆさに敗北するという屈辱はまぬがれ。
魔王の威厳は保たれた。
魔王軍は安泰である。
旦那の反応は予想外であったが、まぁ良しとしよう。
明日また、足を乗っけてやれば良い。