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第二十九話 そのポーター、賢者(?)に〇〇を要求される

「は、ハルミ! ど、どうして君がそんなところに――」


 いるの、という僕の叫びは続かなかった。


 突然、誰かに後ろから手で口を塞がれたからだ。


 直後、通路の奥からドカドカした足音が近づいてくる。


「また、てめえらか! さっきからうるせえんだよ、ボケが! てめえらはどう足搔いたところで死刑になることは決まってんだ! わかったら刑場に連れて行かれるまで黙ってろ!」


 足音の正体はさっきの見張りの人だった。


 そして見張りの人は先ほどよりも強く鉄格子を蹴ると、床に「ぺっ」と唾を吐いて立ち去っていく。


 しんと静まり返った牢屋の中、僕は顔だけをゆっくりと振り向かせた。


「少しは落ち着ついたか、カンサイよ」


 僕の口を塞いだのはカーミちゃんだった。


「どうじゃ? もう大声を出さぬと誓うか?」


 僕はコクコクとうなずく。


 すると小さくて柔らかい手が僕の口からそっと離れた。


「お主もお主じゃ、ハルミ。助けに来たと言い張るなら、もちっと静かにせえ」


 僕はカーミのちゃんの言葉でハッとした。


 すぐさま顔を戻して格子つきの四角い穴を見上げる。


 四角い穴からは、満月が浮かぶ夜空しか見えなかった。


 ところが四角い穴を見つめていると、ひょこんとハルミの顔が現れたのである。


 見張りの人が来た瞬間に、こちらを覗くのをやめて顔を隠したのだろう。


「ふー、危機一髪でしたね……もうー、ダメですよ勇者さま。あんな大声を出したら見張りの人が来ちゃうなんて子供でもわかることじゃないですか」


 こ、こいつ……。


 僕はあの能天気面をぶん殴りたい衝動に駆られたものの、あいにくと対象者であるハルミは僕の拳が届かない場所にいる。


 くそっ、外にいなければ1発殴っているところなのに。


 と、仕方なくハルミに対する怒りをぐっと飲み込んだときだ。


 僕は重要なことを思い出した。


 そうだ、今はハルミを殴っている場合じゃなかった。


 ハルミには殴るよりも大事なことを訊かなければならない。


 僕は格子越しにこちらを覗いているハルミを見る。


「え? 何なんですか、勇者さま。そんなにボクの顔を穴が空くほど食い入るように見つめて……はっ、まさかボクの顔があまりに可愛すぎるからキスしたくなったんですか? だったら早く言ってください。ボクはいつでもウエルカムですよ。というか、ボクのサポートを受ける条件がまさにそれなので言わなくても勝手にしちゃいますけど」


「どうして君は僕たちと違って外にいるんだ?」


 僕はハルミの言葉を無視して単刀直入に訊いた。


 一方、ハルミは「ああ、そのことですか」とあっけらかんと言う。


「実はあれからボクだけ釈放されたんです。前にもお話しましたけど、ボクはこのプロテインでポーターをしていました。だから、門番の人たちもボクのことを覚えていてくれたんだと思います。そして、そんな門番の人たちから「おい、ハルミ・マクハリ。お前とあいつらはどういう関係だ?」と訊かれたので「あの人たちは神様から与えられたボクのサポートスキルを受け、やがては魔王を倒す存在になる勇者さまと勇者パーティーです。関係も何もこれから血族よりも深く濃い関係になる予定です……いえ、必ずそうなります!」とボクは答えました。すると門番の人たちに「またお前はそんな世迷言をほざいて、気になった他人にしつこく付きまとっているのか。そのせいでお前はこれまで何組も冒険者パーティーをクビになって追放されているだろうが。いい加減に冒険者関連の仕事は辞めて田舎に帰れ。それは俺たちだけじゃなく、この街の住民たちもそう思っているぞ。空気のいい田舎に帰れば、そのイカれた頭もかなりマシになるだろうとな……とにかく、どうせお前はあいつらとはほぼ無関係なんだろ? お前みたいな困ったちゃんと仲良くなる奴なんているはずがないからな。なので、お前だけは釈放だ。さっさと宿に帰ってクソして寝ろ」と言われてなぜか釈放されてしまったんです」


 また長あああああああああああああああああああああいッ!


 そして君は街公認で頭がおかしい子扱いされてるじゃん!


「か、かわいそうに……そんなのあんまりです」


 なぜかハルミの告白を聞いて涙ぐむローラさん。


 嘘でしょう、ローラさん。


 今のハルミの話に涙を誘う部分なんてまったくなかったよ。


 などと思っていると、今度はクラリスさまが両目に涙を浮かべた。


「ハルミ・マクハリ、今まで周囲に理解されず辛い思いをしたのだな……だが、もう安心してよいぞ。このカンサイさまをリーダーとした私たち領主パーティーこそ、そなたのサポートを最大限に発揮できる勇者パーティーでもあるのだから」


 あれあれ?


 ちょっと待って、クラリスさま。


 あなたグラハラム王国の第三王女さまですよね?


 幼少の頃からそれなりの教育を受けてきたんですよね?


 なのに、この数秒で物凄く知能指数が激減したような感じになってますよ?


 それと領主パーティーって何なんですか?


 ローラさんも同じようなことを言ってたけど、なぜかリーダー扱いされている僕がほとんど知らぬ存ぜぬなことなんですが……。


 などと考えることは1秒でやめた。


 考えてもどうせ理解できないだろうし、今はそれよりもここから脱出することが先決だと思ったからだ。


 そして、幸か不幸か顔見知りのハルミが牢屋の外にいる。


 僕は三メートル上にいるハルミに対して言った。


「ねえ、ハルミ。僕たちを助けに来たって言ってたけど、どうやって僕たちを助けるつもり? というか、君が顔を覗かせている格子つきの穴は地上から三メートルは上に設置されている。そんな高さにある穴をどうやって外から覗いているの?」


「簡単ですよ。近くの物置から空の木箱をたくさん運んできて山のように積み上げているんです。そうやって足場にした木箱の上に乗って、こうして空気穴から勇者さまを覗いているというわけです」


 なるほど……てっきり頭の中身が軽すぎて浮いているんじゃないかと思ったんだけど、君は人並みに考えた行動もできるんだね。


 それはともかく。


「で? 肝心の僕たちを救出する方法って?」


「キスです!」


 ハルミは馬鹿みたいに真顔で言った。


「ボクと濃厚なキスをすればサポートスキルが発動しますので、そのスキルの力を使って勇者さまはここから脱獄してください!」


 ……………………は?

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