あの夢を見たのは、これで9回目だった。
けれど、わたしが侵食されてゆく嫌悪感は、これで二度と味わうことはない。きっと。
わたし――トリシアは、寝乱れた髪をざっと手櫛で整えると、染み付いた優美な身ごなしでフワリとベッドから降りた。
◇◇◇
乳母の話によれば、わたしが2歳、4歳の同日同時刻に、火が付いたように泣いて、泣いて泣いて……翌朝に高熱を出すことがあったらしい。
それは決まって、わたしの誕生日への日を跨ぐ瞬間だったから、乳母も家族もハッキリと覚えていた。
夢の中。
黒髪の少女が、大きな瞳をキラキラと輝かせて、歌うように言葉を紡ぐ。
『あなたのお母様は、もうすぐ亡くなるわ。そしたら、お父様はとぉっても甘くなるのよ! 面白みのない男爵家令嬢の立場や、堅苦しいマナーに縛られず、自由に伸び伸びと生きられるようになるわ』
6歳からは、わたしの自我もしっかりして、その大泣きの正体を記憶に留めるようになった。今となっては夢の詳細までは覚えていないけれど、熱の下がったわたしは執拗に母親に纏わり付いた。
「おかあたま、いなくなるの、やっ! おびょうき、げんきないない、やっ!」
舌足らずのたどたどしい言葉で、やたらと母親の健康不安を煽ったらしい。
これは何かあるのかもしれないと、母と一人娘への溺愛の過ぎる父が、すぐさま医師を呼んで診察させた。すると、何の自覚症状も無かった母の身体に異常が見つかり、早期治療の甲斐あって根治することができた。