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お父さん、冒険者になる!
お父さん、冒険者になる!
もふもふアルパカ
現代ファンタジー現代ダンジョン
2025年05月03日
公開日
4.9万字
連載中
須藤雅也は、山梨県の村役場に勤める41歳の公務員だ。妻を亡くし、娘の真紀と二人暮らし。娘は世界中に現れたダンジョンと、それを攻略しようとするイケメン冒険者に夢中だった。雅也は娘に邪険にされながらも、日々、慎ましい生活を送っていた。そんなある日、雅也はひょんなことから世界最難関のダンジョンを攻略してしまう。 とんでもないスキルを手に入れた雅也は、娘からの尊厳を取り戻すべく、週末を利用して冒険者になることを決意する。

第一章 世界初、S級ダンジョンの攻略者

第1話 父と娘

「ちょっと! 私の洗濯物と、お父さんの洗濯物。また一緒にしたでしょ! 別々にしてって言ってるのに」

「いや、だって一緒にしたほうが早く終わるし、水道代だってかからないだろ?」

「そういう問題じゃないの! もう、わっかんないかな……」


 土曜の朝。朝食を取ろうとリビングに降りてきた雅也は、娘の叱責を受け、所在なく頭を掻いていた。

 不機嫌そうにスマホをいじる娘の真紀に気を遣いつつ、椅子を引いてテーブルの前に座る。焼いたトーストとスクランブルエッグが朝食として用意されていたが、いつも飲んでいるコーヒーはなかった。

 代わりに水の入ったコップだけが置かれている。


 ――機嫌がいい日はホットを用意してくれるのに。


 そう思ったが、いまは文句を言えるような雰囲気じゃない。雅也は「頂きます」と手を合わせ、水を一口飲んでからトーストをかじった。

 須藤雅也は今年41歳になるしがない地方公務員だ。妻を亡くし、今は娘の真紀と二人暮らし。食事は真紀に任せ、それ以外の家事全般を雅也がになっている。

 元々は料理も雅也が作っていたのだが、「不味まずい」という理由で真紀が作るようになった。

 二人っきりだけど仲の良い親子……と言いたいところだけど、最近になって娘の反抗期が始まった。

 何かにつけて文句を言われるのはまだいいほうで、無視されることもしばしば。男親一人では、なかなかキツいものがある。

 雅也はトーストをかじりながら、死んだ妻――沙織の顔を思い出す。


 ――お前が生きてたら、また違ったのかな?


 水を一口飲み、雅也はリモコンを手に取る。テレビを点けると、ニュース番組が流れていた。おなじみのキャスターが政治に関する話題を取り上げている。

 真紀はまったく感心がないらしく、テレビには一瞥いちべつもくれず、スクランブルエッグを頬張ほおばりながらスマホを見つめていた。

 髪を明るく染め、後ろで束ねてポニーテールにしている真紀。

 前々から髪色が「派手すぎないか?」と思っていたが、注意する勇気はない。いつからこんな親子関係になってしまったんだろう。

 味気なく感じるトーストを咀嚼そしゃくしつつ、何か話題がないかと思考を巡らせる。

 その時、真紀が制服を着ていることに気づいた。普段ならなにもおかしくないが、今日は土曜日だ。

 雅也は軽く咳払いしてから口を開く。


「真紀、今日は学校に行くのか? 何かあるのかな?」


 スクランブルエッグを食べる手が止まり、真紀の冷ややかな目がこちらを向く。


「なに言ってるの? 前に部活の試合があるって言ったじゃん。聞いてなかったの?」

「え? そうだったか? そう言えば聞いた記憶も……」


 頭を掻いて視線を落とす。嘘だ。まったく覚えていない。そんな会話しただろうか? 真紀はハァと大きな溜息を吐き、視線をスマホに戻した。

 また、会話が途切れてしまった。

 昔はお父さん、お父さんと鬱陶うっとうしいくらいまとわり付いてきたのに、それが遠い昔のように感じる。

 寂しくトーストを食べていると、真紀が「あっ」と声を上げた。

 リモコンを取ってテレビの音量を上げている。雅也もテレビに目をやった。


『続いてのニュースです。政府は14日、奥多摩町に出現したダンジョンがS級の可能性があると発表しました。もしも、S級ダンジョンとなれば世界で三例目。攻略した事例は一つもありません』

「うそ! ここからすぐ近くじゃん」


 真紀が身を乗り出し、テレビにかじりつく。確かに、奥多摩町は県境けんざかいの向こう側だ。場所によってはこちら側にも影響が出るんじゃ……。

 不安を抱く雅也を余所よそに、真紀は歓喜の声を上げる。


「ええええ! これってカイト君が近くに来るってことじゃない!?」

「カイト?」


 雅也が眉根を寄せていると、テレビを見ていた真紀のテンションがさらに上がる。テレビに目を向ければ、銀色の鎧を身につけた青年が映っていた。

 茶髪のイケメン。年は二十前後だろうか? 爽やかな笑顔を振りまき、インタビューに答えている。顔はテレビで見たことあった。こいつがカイトだろうか?


『ええ、もし、出現したダンジョンがS級なら、僕も全力で攻略に臨みます。絶対に〝ダンジョンブレイク〟はさせません。みなさん、どうか安心して下さい!』


 白い歯をこぼしたイケメンの顔が、テレビいっぱいに映し出される。その後、画面はスタジオのキャスターに移った。専門家と議論している内容を聞くに、危険なダンジョンが現れたため、日本のA級冒険者と海外のA級冒険者が攻略に乗り出すだろう、と言うもの。

 そんな危ないものが近くの県境けんざかいにあるなど、心配で仕方ない。

 しかし、真紀はカイトに夢中で、危険性に関しては考えていないようだ。


「ああ、カイト君。やっぱりかっこいいよね」


 ひとりごちるように言う真紀に、雅也は顔をしかめる。


「そうかなあ? ちょっとチャラチャラしてないか? お父さんはこういうタイプ嫌いだなぁ」

「あ! もうこんな時間、行かないと」


 真紀は雅也を完全に無視し、立ち上がってかばんを持つ。コップに残った牛乳を飲み干し、そのままリビングを出て行った。

 皿やコップは残されたままだ。片付けておけ、ということらしい。

 朝食を食べ終わった雅也はテーブルの上の食器をシンクまで運び、丁寧に洗って水切りかごに置いていく。

 ハンドタオルで手をふいいたあと、リビングのソファーに座り、のんびりとテレビを見つめる。今日は土曜日なので仕事はない。

 ゆっくり過ごそうと思っていたが、違和感に気づく。


「何だ?」


 どこからともなく〝音〟が聞こえてくるのだ。雅也が暮らしているのは山梨県の中でも山近くの農村地域。隣の家まで数百メートルはあるため、騒音が聞こえてくることなどまずない。

 何の音だろうと思い、台所の勝手口から外に出た。

 音は家の裏手、雑木林の方向から聞こえてくる。音に向かって歩いていると、目の前に土手どてが見えてきた。

 雑木林の手前にある土手で、そこには木枠で造られた入口があった。


 ――曾爺ひいじいさんの代に造られた防空壕……あの中から音がしてる。


 雅也は防空壕の中に入った。いまは使われることのない戦時中の遺物。入口はせまいが、家族全員が避難できるよう、かなり奥まで続いている。

 薄暗い土壁の通路を進んでいると、ドオン、ドオン、と音はどんどん大きくなってきた。しばらく歩くと、暗闇の先に光が見えてくる。

 向こう側に開通しているのか? 雅也はさらに足を進め、光が漏れている壁の亀裂をのぞく。


「これは……」


 雅也は目を見開いた。そこにあったのは壁に囲まれた明るい空間。巨大な木が一本生えており、枝を振って暴れ回っていた。

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