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第2話 巨大な木

「なんだ、あれは!?」


 枝をむちのように振るい、壁に叩きつける〝木〟の化け物。なにがなんだか分からなかったが、亀裂の中をよく見れば、そこは神殿のような空間だった。


「これって、ダンジョンの中なんじゃ……」


 テレビでダンジョン内部を見たことがあった。洞窟のようなダンジョンもあれば、建造物のようなダンジョンもある。


「だとしたら、この木はモンスターか。でも、なんでこんなところに……」


 そこまで考えて、雅也はハッとする。さっきテレビで、奥多摩にダンジョンが発生したと言っていた。そのダンジョンが、県境けんざかいまたいでここまで続いているんじゃないのか?


「なんて迷惑な。もしも怪物が出てきたら、大変なことになる」


 枝を振って暴れ回り、ドオン、ドオンと音を鳴らす巨大な木。雅也はこの木に見覚えがあった。テレビ番組『冒険者特集』で紹介していた〝デビル・ウッド〟じゃないだろうか?

 確か、木のみきに人間のような顔があり、枝を振り回して攻撃してくる。

 ここからは顔が見えない。だとすると、こっちは背中側なんだろう。木に背中があるというのもどうかと思うが……。

 雅也は一歩下がり、あごに手を当て考え込む。


 ――さて、どうしたものか。このままにしておくのは危険すぎるし、やっぱり県に報告して冒険者を呼んでもらうべきか?


 その時、真紀がかっこいいと言っていた〝カイト〟の顔が脳裏を過る。

 あのチャラチャラした男がやって来て、モンスターを倒してまた賞賛を浴びるのか? そしたら真紀が余計にのぼせ上がるかもしれない。

 苦々しい気持ちがわき上がってくる。ただでさえ、父親としての尊厳が下がり続けているのに、カイトの株だけが上がってしまう。

 それは避けたいところだ。

 雅也はもう一度、土壁の亀裂をのぞく。木のモンスターはかなり大きく、全長二十メートルはあるだろうか。葉っぱなどはなく、みきと枝だけ。

 ここからは見えないが、恐らく床に根を張っているのだろう。


「……ガソリンをいて火を点ければ燃えるんじゃないかな? 所詮は木だし」


 しかし、気になるのはその大きさだ。二十メートル以上あり、みきもかなり太い。ガソリンをいたとして、それだけで燃やし切ることはできるだろうか?

 なんと言っても、これはただの木じゃない。モンスターの一種だ。

 燃やして倒すことができず、もっと暴れて周辺に被害が出たら目も当てられない。 雅也はどうしたものかと悩み、もう一度土壁の亀裂を覗く。じっくりと巨大な木を見つめていると、あることに気づいた。


「あれって……穴が空いてるのか?」


 みきの一部が割れ、穴のような空洞がある。ここから木までは七メートルから八メートルほど。

 穴はやや下にあるため、やろうと思えばガソリンを流し込めるんじゃないか?


「でも、ちょっと離れてるな。どうやってあそこにガソリンを……」


 思考を巡らせていた雅也は「あっ」と声を上げ、手を叩く。


「そうだ。あれを使えばできるかもしれない」


 雅也は防空壕を出て、家の裏手にある倉庫に入る。中はほこりっぽかったが、我慢して目的のものを探す。

 見つけたのは長い『竹』だ。半分に割られ、ふしを取られている。

 昔、流しそうめんに使った竹が残っていて良かった。竹は何本もあったため、いくつかを針金でくくり付け、より長い竹にする。

 その竹を持って、雅也は防空壕に向かった。

 中に入って暗い通路を歩くが、さっきまで鳴り響いていた轟音は聞こえてこない。どうしたんだろう? と不思議に思いながら奥に行く。

 光が漏れる亀裂から中を覗くと、巨大な木は動くのをやめ、静かにしていた。

 どうやら暴れている時と大人しくしている時があるようだ。

 雅也は「いまのうちに」と思い、伸ばした竹を亀裂に差し入れる。

 長さは充分なようで、巨大な木の背中に届いた。ここからならみきに空いている〝穴〟にも竹の先を入れられる。


「うまく行きそうだ。あとはガソリンか……」


 雅也は竹をその場に置き、一旦防空壕から出る。家に入って車の鍵を持ち、駐車場に停めてある白いワゴン車に乗り込んだ。

 キーを回してエンジンを掛ける。


「まずはホームセンターに行かないと」


 車庫から車を出し、そのまま川沿いの道を進んだ。

 家から30㎞ほど離れたホームセンターでガソリンの携行缶、40ℓを5缶買い、帰りにガソリンスタンドに寄る。


「おう、雅。この前、給油したばっかりだろ。もうなくなったのか?」


 ここは幼馴染みの加藤隆が経営しているガソリンスタンドだ。給油の際はいつもここに寄っている。


「いや、今日は車じゃないんだ。ガソリンを携行缶に入れてほしい」

「え? 携行缶?」


 隆は眉根を寄せ、バックドアを開ける。そこにあるのは五つの携行缶。隆は「なにに使うんだ?」と訊ねてきた。


「ちょっと遠出をするからさ。タカちゃん、200ℓ頼むよ」

「遠出? こんなボロ車でか?」

「いいだろ、別に。早く入れてくれ」


 雅也が頼むと、隆はぶつぶつ言いながら携行缶を下ろす。


「ガソリンを携行缶に入れる時は、色々手続きがいるんだぞ。知ってるのか?」

「知ってるよ。でも、ここならそんな面倒な手続きいらないだろ?」

「まあ、俺も手続きは面倒だからな。入れてはやるけどよ。量によっては法律に引っかかるから、取り扱いには気をつけるんだぞ」

「ああ、分かってる」


 隆は携行缶にガソリンを入れ、車に積んでくれた。雅也は礼を言い、料金を払って車を発進させる。


 ――これで準備は整った。あとは怪物を燃やすだけだ。

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