「なんだ、あれは!?」
枝を
「これって、ダンジョンの中なんじゃ……」
テレビでダンジョン内部を見たことがあった。洞窟のようなダンジョンもあれば、建造物のようなダンジョンもある。
「だとしたら、この木はモンスターか。でも、なんでこんなところに……」
そこまで考えて、雅也はハッとする。さっきテレビで、奥多摩にダンジョンが発生したと言っていた。そのダンジョンが、
「なんて迷惑な。もしも怪物が出てきたら、大変なことになる」
枝を振って暴れ回り、ドオン、ドオンと音を鳴らす巨大な木。雅也はこの木に見覚えがあった。テレビ番組『冒険者特集』で紹介していた〝デビル・ウッド〟じゃないだろうか?
確か、木の
ここからは顔が見えない。だとすると、こっちは背中側なんだろう。木に背中があるというのもどうかと思うが……。
雅也は一歩下がり、
――さて、どうしたものか。このままにしておくのは危険すぎるし、やっぱり県に報告して冒険者を呼んでもらうべきか?
その時、真紀がかっこいいと言っていた〝カイト〟の顔が脳裏を過る。
あのチャラチャラした男がやって来て、モンスターを倒してまた賞賛を浴びるのか? そしたら真紀が余計にのぼせ上がるかもしれない。
苦々しい気持ちがわき上がってくる。ただでさえ、父親としての尊厳が下がり続けているのに、カイトの株だけが上がってしまう。
それは避けたいところだ。
雅也はもう一度、土壁の亀裂を
ここからは見えないが、恐らく床に根を張っているのだろう。
「……ガソリンを
しかし、気になるのはその大きさだ。二十メートル以上あり、
なんと言っても、これはただの木じゃない。モンスターの一種だ。
燃やして倒すことができず、もっと暴れて周辺に被害が出たら目も当てられない。 雅也はどうしたものかと悩み、もう一度土壁の亀裂を覗く。じっくりと巨大な木を見つめていると、あることに気づいた。
「あれって……穴が空いてるのか?」
穴はやや下にあるため、やろうと思えばガソリンを流し込めるんじゃないか?
「でも、ちょっと離れてるな。どうやってあそこにガソリンを……」
思考を巡らせていた雅也は「あっ」と声を上げ、手を叩く。
「そうだ。あれを使えばできるかもしれない」
雅也は防空壕を出て、家の裏手にある倉庫に入る。中は
見つけたのは長い『竹』だ。半分に割られ、
昔、流しそうめんに使った竹が残っていて良かった。竹は何本もあったため、いくつかを針金で
その竹を持って、雅也は防空壕に向かった。
中に入って暗い通路を歩くが、さっきまで鳴り響いていた轟音は聞こえてこない。どうしたんだろう? と不思議に思いながら奥に行く。
光が漏れる亀裂から中を覗くと、巨大な木は動くのをやめ、静かにしていた。
どうやら暴れている時と大人しくしている時があるようだ。
雅也は「いまのうちに」と思い、伸ばした竹を亀裂に差し入れる。
長さは充分なようで、巨大な木の背中に届いた。ここからなら
「うまく行きそうだ。あとはガソリンか……」
雅也は竹をその場に置き、一旦防空壕から出る。家に入って車の鍵を持ち、駐車場に停めてある白いワゴン車に乗り込んだ。
キーを回してエンジンを掛ける。
「まずはホームセンターに行かないと」
車庫から車を出し、そのまま川沿いの道を進んだ。
家から30㎞ほど離れたホームセンターでガソリンの携行缶、40ℓを5缶買い、帰りにガソリンスタンドに寄る。
「おう、雅。この前、給油したばっかりだろ。もうなくなったのか?」
ここは幼馴染みの加藤隆が経営しているガソリンスタンドだ。給油の際はいつもここに寄っている。
「いや、今日は車じゃないんだ。ガソリンを携行缶に入れてほしい」
「え? 携行缶?」
隆は眉根を寄せ、バックドアを開ける。そこにあるのは五つの携行缶。隆は「なにに使うんだ?」と訊ねてきた。
「ちょっと遠出をするからさ。タカちゃん、200ℓ頼むよ」
「遠出? こんなボロ車でか?」
「いいだろ、別に。早く入れてくれ」
雅也が頼むと、隆はぶつぶつ言いながら携行缶を下ろす。
「ガソリンを携行缶に入れる時は、色々手続きがいるんだぞ。知ってるのか?」
「知ってるよ。でも、ここならそんな面倒な手続きいらないだろ?」
「まあ、俺も手続きは面倒だからな。入れてはやるけどよ。量によっては法律に引っかかるから、取り扱いには気をつけるんだぞ」
「ああ、分かってる」
隆は携行缶にガソリンを入れ、車に積んでくれた。雅也は礼を言い、料金を払って車を発進させる。
――これで準備は整った。あとは怪物を燃やすだけだ。