雅也は神殿内を見て
どうしてドラゴンが出てきたんだ!? 巨大な木を倒したら終わりじゃないのか? 雅也はどうしていいか分からず、暗い通路の中を右往左往する。
――巨大な木より、こいつのほうが危なそうだぞ。このままじゃ……。
思考を巡らせていると、けたたましい鳴き声が耳をつんざく。雅也は耳を塞ぎ、身を屈めた。ドラゴンが咆哮を上げたのだ。
こんな化け物を放っておく訳にはいかない。
雅也は顔を上げ、亀裂の中を覗く。ドラゴンはこちらに背を向け、神殿内をのっそのっそと歩いていた。
こっちには気づいていない。いまなら攻撃できる!
雅也は自分の手を見つめた。モンスターを倒すと、
今回、巨大な木を倒したことで、たまたまスキルが手に入ったのだろう。
だったらこの力を使わない手はない。
雅也は亀裂の前で意識を集中する。頭の中に流れ込んだ『声』により、スキルの使い方は理解できていた。
このスキルは一日一回だけ使える。
両手を前にかかげ、ドラゴンの周りに木の根が生えるイメージをする。すると両手がうっすらと輝き出した。
雅也はドラゴンを睨み、力強く言葉を
「暗黒樹召喚!!」
亀裂からは見えなくても分かる。神殿の床を突き破り、木の根がドラゴンに襲い掛かる。手に巻きつき、尻尾に巻きつき、首に巻きつく。
ドラゴンは怒りの咆哮を上げ、暴れ出した。
だが、巻きついた根を引きちぎることはできない。木の根は強力な力で、ドラゴンを壁に叩きつけた。
さらに先っぽの
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
空気を震わすような咆哮。雅也は耳を押さえ、顔を
効いている。あんな巨大なドラゴンにも効くスキルなんだ。雅也は自信を深め、さらに槍のような根をいくつも作り出す。
これを突き立てれば、あのドラゴンだって倒すことができる!
行け! 手をかかげた刹那――ドラゴンは口から溢れんばかりの炎を吐いた。
凄まじい炎は神殿内を覆い尽くし、木の根を燃やしていく。
召喚した暗黒樹は
雅也はぺたんと通路にへたり込む。そうだ。木は炎に弱い、どうして勝てるなんて思ったんだ?
頭が割れるような雄叫びに耳を塞ぐ。雅也はなんとか立ち上がり、
このままここにいるのは危険すぎる! 慌てて防空壕の外に出て、振り返り、通路を睨む。
鳴動のような音は漏れていたが、雄叫びは聞こえてこない。
どうやら大人しくなったようだ。とは言え、スキルが使えるのは一日一回だけ。
いまできることはなにもない。雅也はひとつ溜息を吐き、自宅へと戻った。
◇◇◇
夜――帰って来た真紀が夕飯を作り、雅也と共に食卓を囲んでいた。
「いや~相変わらず真紀のカレーはうまいな。母さんに料理を教わったことがないのに、味が似てるのは不思議なもんだ」
雅也は笑顔を向けるが、真紀は無表情のままカレーを口に運んでいる。
特に答える気はないようだ。雅也は渋い顔で食事を続ける。最近はどうやって娘の機嫌を取ったらいいのか、さっぱり分からない。
余計なことを言うと怒らせる場合もある。さて、どうしたものか……。
悩みながらカレーを食べていると、テレビに目を向けていた真紀が「あ」と言ってスプーンを止める。
雅也もテレビに視線を向けた。
そこにはあのイケメン――
「カイト君が奥多摩のダンジョンに入ったんだ。ここから近いから、ひょっとしたら会えるかも……」
「え?」
独り言のようにつぶやく真紀を見て、雅也は嫌な
ないとは思うが、もし、真紀とカイトがたまたま出会って、そのまま恋に落ちたりしたら……万が一、結婚することになって、あのチャラチャラした男が「お父さん、真紀さんを僕に下さい!」なんて言ってきたら……。
雅也はぶるぶると頭を振り、雑念を追い払う。
軽く咳払いをし、真紀に視線を移した。
「もう、あれじゃないか。ダンジョンの中に入ってるんじゃないか? それだと会えないだろう。会いに行こうとか、そういうのは考えないほうがいいぞ」
真紀はわざとらしく「はぁ」と溜息を吐く。
「カイト君は立派だよね。世の中のために、あんな危険な場所にわざわざ入っていくんだから」
「なに言ってる! 父さんだって世の中のためにがんばってるぞ!」
今日に至っては、巨大な木のモンスターまで倒している。胸を張って堂々と主張したが、真紀は「は?」と冷たい視線を送ってきた。
「その……あれだ。村の人たちのために、日々役場で働いてるだろ?」
真紀はテレビに視線を戻し、「あっそ」と返してきた。
娘との絆を取り戻すには、もう少し時間が掛かりそうだ。
◇◇◇
翌日――日曜の朝から、雅也は防空壕の中に入っていた。
真紀は朝っぱらからどこかに出かけている。恐らく、友達の立花美鈴と一緒に町にでも行ったのだろう。
これからやることを考えれば、真紀は留守のほうがいい。
雅也は通路の奥、土壁の亀裂から中を覗いた。赤いドラゴンは昨日と同じように神殿の中央で
相変わらず凄まじい威圧感だが、心なしか、ちょっと元気がないようにも見える。
「ひょっとして、昨日のダメージが残ってるのか?」
もし回復していないのなら、倒すチャンスは充分ある。雅也は亀裂に手をかざし、意識を集中した。
「暗黒樹――召喚!!」