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第4話 エクストラスキル

 雅也は神殿内を見て瞠目どうもくする。

 どうしてドラゴンが出てきたんだ!? 巨大な木を倒したら終わりじゃないのか? 雅也はどうしていいか分からず、暗い通路の中を右往左往する。


 ――巨大な木より、こいつのほうが危なそうだぞ。このままじゃ……。


 思考を巡らせていると、けたたましい鳴き声が耳をつんざく。雅也は耳を塞ぎ、身を屈めた。ドラゴンが咆哮を上げたのだ。

 こんな化け物を放っておく訳にはいかない。

 雅也は顔を上げ、亀裂の中を覗く。ドラゴンはこちらに背を向け、神殿内をのっそのっそと歩いていた。

 こっちには気づいていない。いまなら攻撃できる!

 雅也は自分の手を見つめた。モンスターを倒すと、まれに【スキル】と呼ばれる特別な力を得ることができる。そんな話を聞いたことがあった。

 今回、巨大な木を倒したことで、たまたまスキルが手に入ったのだろう。

 だったらこの力を使わない手はない。

 雅也は亀裂の前で意識を集中する。頭の中に流れ込んだ『声』により、スキルの使い方は理解できていた。

 このスキルは一日一回だけ使える。

 両手を前にかかげ、ドラゴンの周りに木の根が生えるイメージをする。すると両手がうっすらと輝き出した。

 雅也はドラゴンを睨み、力強く言葉をつむぐ。


「暗黒樹召喚!!」


 亀裂からは見えなくても分かる。神殿の床を突き破り、木の根がドラゴンに襲い掛かる。手に巻きつき、尻尾に巻きつき、首に巻きつく。

 ドラゴンは怒りの咆哮を上げ、暴れ出した。

 だが、巻きついた根を引きちぎることはできない。木の根は強力な力で、ドラゴンを壁に叩きつけた。

 さらに先っぽのとがった槍のような根っこが生え、勢いよくドラゴンに突っ込む。赤いうろこを破り、腹や胸に容赦なく突き刺さった。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 空気を震わすような咆哮。雅也は耳を押さえ、顔をゆがめる。

 効いている。あんな巨大なドラゴンにも効くスキルなんだ。雅也は自信を深め、さらに槍のような根をいくつも作り出す。

 これを突き立てれば、あのドラゴンだって倒すことができる!

 行け! 手をかかげた刹那――ドラゴンは口から溢れんばかりの炎を吐いた。

 凄まじい炎は神殿内を覆い尽くし、木の根を燃やしていく。

 召喚した暗黒樹は黒墨くろずみになり、勝ち誇るようなドラゴンの雄叫びが聞こえてきた。

 雅也はぺたんと通路にへたり込む。そうだ。木は炎に弱い、どうして勝てるなんて思ったんだ?

 頭が割れるような雄叫びに耳を塞ぐ。雅也はなんとか立ち上がり、這々ほうほうていで逃げ出した。

 このままここにいるのは危険すぎる! 慌てて防空壕の外に出て、振り返り、通路を睨む。

 鳴動のような音は漏れていたが、雄叫びは聞こえてこない。

 どうやら大人しくなったようだ。とは言え、スキルが使えるのは一日一回だけ。

 いまできることはなにもない。雅也はひとつ溜息を吐き、自宅へと戻った。


 ◇◇◇ 


 夜――帰って来た真紀が夕飯を作り、雅也と共に食卓を囲んでいた。


「いや~相変わらず真紀のカレーはうまいな。母さんに料理を教わったことがないのに、味が似てるのは不思議なもんだ」


 雅也は笑顔を向けるが、真紀は無表情のままカレーを口に運んでいる。

 特に答える気はないようだ。雅也は渋い顔で食事を続ける。最近はどうやって娘の機嫌を取ったらいいのか、さっぱり分からない。

 余計なことを言うと怒らせる場合もある。さて、どうしたものか……。

 悩みながらカレーを食べていると、テレビに目を向けていた真紀が「あ」と言ってスプーンを止める。

 雅也もテレビに視線を向けた。

 そこにはあのイケメン――如月きさらぎカイトが映っていた。


「カイト君が奥多摩のダンジョンに入ったんだ。ここから近いから、ひょっとしたら会えるかも……」

「え?」


 独り言のようにつぶやく真紀を見て、雅也は嫌な焦燥感しょうそうかんを覚える。

 ないとは思うが、もし、真紀とカイトがたまたま出会って、そのまま恋に落ちたりしたら……万が一、結婚することになって、あのチャラチャラした男が「お父さん、真紀さんを僕に下さい!」なんて言ってきたら……。

 雅也はぶるぶると頭を振り、雑念を追い払う。

 軽く咳払いをし、真紀に視線を移した。


「もう、あれじゃないか。ダンジョンの中に入ってるんじゃないか? それだと会えないだろう。会いに行こうとか、そういうのは考えないほうがいいぞ」


 真紀はわざとらしく「はぁ」と溜息を吐く。


「カイト君は立派だよね。世の中のために、あんな危険な場所にわざわざ入っていくんだから」

「なに言ってる! 父さんだって世の中のためにがんばってるぞ!」


 今日に至っては、巨大な木のモンスターまで倒している。胸を張って堂々と主張したが、真紀は「は?」と冷たい視線を送ってきた。


「その……あれだ。村の人たちのために、日々役場で働いてるだろ?」


 真紀はテレビに視線を戻し、「あっそ」と返してきた。

 娘との絆を取り戻すには、もう少し時間が掛かりそうだ。


 ◇◇◇


 翌日――日曜の朝から、雅也は防空壕の中に入っていた。

 真紀は朝っぱらからどこかに出かけている。恐らく、友達の立花美鈴と一緒に町にでも行ったのだろう。

 これからやることを考えれば、真紀は留守のほうがいい。

 雅也は通路の奥、土壁の亀裂から中を覗いた。赤いドラゴンは昨日と同じように神殿の中央でたたずんでいた。

 相変わらず凄まじい威圧感だが、心なしか、ちょっと元気がないようにも見える。


「ひょっとして、昨日のダメージが残ってるのか?」


 もし回復していないのなら、倒すチャンスは充分ある。雅也は亀裂に手をかざし、意識を集中した。


「暗黒樹――召喚!!」

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