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第23話 魔力の使い道

 午後五時半――雅也は笛吹市役所に来ていた。

 本来は五時に受付時間を終える市役所だが、今日は〝空をゆくもの〟の対応に追われ、午後七時まで受付をしているとホームページに書いてあった。

 雅也は整理番号を取り、呼ばれるまで椅子に腰掛けて待つ。

 六時を少し回ったところで番号が呼ばれ、雅也は受付に足を運ぶ。


「あ、すいません。〝空をゆくもの〟に関する情報を集めていると聞きまして。ここで言っても大丈夫ですか?」

「はいはい、なんでしょう?」


 担当してくれたのは髪の毛にウェーブが掛かったおばさんだった。人当たりの良さそうな笑みを浮かべ、雅也の話に耳を傾ける。


「実は、空をゆくものを倒したのは私でして……昨日はそのまま帰っちゃったんですけど、やっぱり報告はしないといけないな、と思って今日来ました。あなたに伝えればいいですか?」


 おばちゃんはニッコリと微笑み、「あ~そうですか。それは大変でしたね」と、すぐに顔をせてしまった。


「あの~懸賞金が掛かってるって聞いたんですけど、本当でしょうか?」


 おばちゃんはめんどくさそうな表情になり、こめかみをを掻く。


「いえね。実は今日、同じように自分が〝空をゆくもの〟を倒したって名乗り出た人が百人以上いまして。正直、対応に苦慮しているところなんですよ。一応、討伐完了申請はできますけど……しますか?」


 完全に疑っている目だ。確かに、こんなおじさんが巨大モンスターを倒したと急に言ったら、誰だって信用しないだろう。


「じゃあ、申請をお願いします」

「分かりました。じゃあ、これに記入して持ってきて下さい」


 用紙を受け取り、記載台の上で記入を済ませる。もう一度受付に行くと、おばさんはめんどくさそうに手続きを進める。


「で、討伐を証明できる証拠はなにかありますか?」

「ああ、それならあります! 空をゆくものを倒したあと、【クリスタル】が出現したんですよ。それによって水魔法が使えるようになりました!」

「へ~、そうなんですか。見せてもらってもいいですか?」

「もちろん!」


 雅也は張り切って右手を突き出し、手のひらを上に向ける。すると手の上に小さな水球が生まれた。水球は徐々に大きくなり、ピンポン玉ほどのサイズになる。


「どうです、私の水魔法! けっこう練習したんですよ。ここまでの大きさにするのは大変だったんですけどね」


 ふんすと鼻を鳴らした雅也に対し、おばさんは「はーい、ありがとうございました」と素っ気なく言う。

 まったく興味を示してくれない。これぐらいの水魔法は珍しくないのか?

 雅也はガックリと肩を落とし、市役所をあとにした。


 ◇◇◇


 少し遅めに家に帰ったため、真紀からはジロリと睨まれた。

 雅也は低姿勢で台所に入り、食材が入った買い物袋を棚の上に置く。


「じゃ、じゃあ、晩ご飯よろしくね」


 リビングのソファーで雑誌を読んでいた真紀は、完全な無視を決め込む。雅也は苦笑いを浮かべながら二階に行き、自分の部屋に入った。

 ふぅーと息をはき、机の前にある椅子を引いて腰を下ろす。

 市役所のおばさんが信じてくれなかったようだが、〝空をゆくもの〟を倒したのはまぎれもない事実。

 水魔法が使えるようになったのがなによりの証拠だ。

 雅也は机の上で両手を合わせた。ゆっくりと離し、手と手の間に意識を集中する。小さな水球がどんどん大きくなり、ピンポン玉サイズになった。

 集中していれば、数分はこのまま維持できる。

 しばらくすると、水球はパンッと弾けた。三分ぐらいが限界だろうか。


「なんにせよ、水魔法が使えるなら魔力があるってことだ。魔力をたくさん獲得する才能があるかどうか分からないけど、あれだけ大きなモンスターを倒したんだ。それなりの魔力は得られただろう。だったら――」


 雅也はもう一度体の正面で手を合わせ、ゆっくりと離していく。

 目の前の空間がグラリと歪んだ。穴のようなものがぽっかりと空き、それが徐々に広がっていく。


「で、できた……【亜空間操作】!」


 老人モンスターを倒して獲得したスキル。使うには魔力が必要だったが、クジラを討伐したことで魔力を得た。

 水魔法だけじゃなく、このスキルも使えると思ったが、大正解だ。

 それほど大きさではないものの、空中にしっかりとした穴が空いている。中をのぞくと、まるで四次元のような奇妙な空間が広がっていた。


「これが亜空間か。なにができるんだろう?」


 雅也は机の上にあるペンを取り、穴の中に入れてみる。ペンは空中に浮かんだまま、亜空間を漂っていた。

 一旦、亜空間を閉じ、しばらくしてからもう一度開けてみる。

 すると、さっきのペンがそのまま空間を漂っていた。雅也は穴に手を入れ、ペンを取り出す。


「凄い! これなら物を入れて、いつでも取り出せるじゃないか。他にも入れられるかな?」


 雅也は目につく物を次々に入れていく。文庫サイズの本や筆記用具、洋服など。限度はないんじゃないか? と思えるほど、ぽんぽんと入っていった。


「めちゃめちゃ便利だ。練習すれば、もっと色々できるかもしれない!」


 テンションは上がったが、魔力を消費していることを思い出した。どれぐらい維持できるかも、今後、調べてみないといけない。

 亜空間の穴を閉じ、今度は水球を作り出す。

 いまは小さいが、ハンドボールぐらいの大きさになればモンスターに投げてダメージを与えられるかもしれない。

 雅也は水球を消して席を立つ。


「とりあえず、この魔法を真紀に見せてみよう。きっと驚くぞ~」


 ワクワクした気持ちを押さえつつ、雅也は部屋を出て階段を下りた。

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