リビングに顔を出すと、テーブルの上にはすでに料理が並んでいた。
台所からサラダボールを持ってきた真紀は自分の椅子に座り、無言で食事を食べ始める。父親を待つ気はないらしい。
雅也も席に着き、「頂きます」と手を合わせた。
チャーハンと麻婆豆腐、それに卵のスープが置かれている。今日は中華か、と思いつつ、レンゲを手に取った。
麻婆を
「うまい……」
我が娘ながら料理の腕は大したものだ。思わず関心してしまったが、発表することがあった、とレンゲを置く。
ナプキンで口を
「なあ、真紀。実は真紀に見せたいものがあってな」
ふふんと得意気な顔をすると、真紀は溜息を
「お父さん、私に謝ることがあるんじゃない?」
「え?」
ドスの効いた低い声。唐突に問いかけられ、雅也は当惑した。真紀は台所を指差し、眉間に皺を寄せる。
「炊飯器の調子が悪いから新しいの買ってきてって言ったよね! 今日、とうとう壊れたんだよ。そのチャーハンだって、仕方なく鍋で
「そ、それはすまなかった。ちょっと最近、色々あって忘れてたよ。明日、必ず買ってくるから……」
息巻く真紀を見て、雅也はたじたじになる。確かに炊飯器の調子が悪いという話は以前から聞いていた。
後回しにしたのは、完全に自分が悪い。
真紀に平謝りするものの、機嫌は直らず、食事を終えると早々に席を立ち上がって自分の部屋に戻ってしまった。
雅也は「失敗した~」と頭を掻く。
魔法を見せて驚かせようと思っていたのに、もはやそんな雰囲気ではない。当分は口も聞いてくれないだろう。
雅也も食事を終え、肩を落としながら食器を片付ける。
明日の帰りに炊飯器を買わないとな、と思いながら、スポンジに洗剤を付けて皿を洗い始めた。
◇◇◇
次の土曜日――雅也は相川と大野、湊崎と共に、新しいダンジョンに来ていた。
ダンジョンは定期的に現れるようで、一ヶ月以内に攻略しないとダンジョン・ブレイクが起きてしまう。そのため冒険者は急いで調査に入るのだ。
雅也が足を踏み入れたのは、
それほどランクが高くないということもあり、序盤は初心者である雅也と湊崎が前に出て迷宮を進んでいた。
「すごい! 須藤さん、魔法が使えるようになったんですか!?」
湊崎が大きな目を見開き、口に手を当てて驚いていた。
「いや~実はそうなんですよ。水の魔法が使えるようになって……いまはまだ練習中なんですけどね」
雅也は持っていた剣をかかげて見せる。剣身には螺旋状の水が巻きつき、クルクルと回っていた。モンスターに当てると、水流が弾けて相手を吹っ飛ばせるのだ。
相川は感心したように口を開く。
「ほんとにすごいよ。まだ魔力値は低いはずなのに、もう魔法が使えるようになるなんて。須藤さん、冒険者としての才能があるんじゃない?」
「ええ? そうですか? いや~そうだといいんですけど……」
なんともこそばゆく、思わず頭を掻いてしまう。
実際は自然と魔法に目覚めた訳ではなく、〝空をゆくもの〟を倒して得たものだ。才能があるかどうかは微妙なところだろう。
無口な大野でさえ、うんうんと納得したように頷いている。
「でも、水魔法か……山梨支部には使い手がいないんだよね」
相川が困ったような顔で言うので、雅也は「珍しい魔法なんですか?」と聞いてみる。
「いや、珍しいって訳じゃないんだけど……たまたま山梨県の冒険者にいなくてさ。問題なのは、須藤さんに適切に指導できないってことだよ」
雅也はよく分からなかったため、小首をかしげる。すると相川はクスリと笑い「つまりね」と説明を始める。
「魔法は使えるようになっても、練習しないと実践で通用するレベルに到達するのが難しい。D級のモンスターならまだしも、それ以上のモンスターとなるとけっこうキツいと思うよ」
雅也は「なるほど」と頷き、自分の手を見る。
いままでは自己流で魔法の練習をしてきた。実践で使えるよう、水を剣に巻き付けられるようになったのは、つい最近。
成長が早いとは到底言えないだろう。
「火や雷の魔法なら、あたしや大野が教えられるんだけど、水だとちょっと勝手が違うんだよね。ちゃんと水魔法の使い方を習うんなら、他県の冒険者に頼ったほうがいいかもしれない」
相川によれば、静岡や長野の冒険者支部には凄腕の水魔法使いがいるとのこと。時間を作って教わりに行くのもいいかもしれない。
そんな会話をしながらダンジョンを進んで行くと、洞窟の奥から何匹もの狼が走ってくる。白い毛並みのダイア・ウルフ。
相川と大野は後ろに下がり、雅也と湊崎が前に出た。
雅也は水を
目を向ければ、湊崎も細身の剣を構えて狼と向かい合っていた。
魔法などはまだ使えないものの、湊崎も魔力値が上がっているため、筋力は並の男より強くなっているらしい。
狼は地面を蹴り、凶悪な牙を剥いて襲い掛かった。
湊崎は冷静に身を
「すごいですね、湊崎さん! とても鮮やかです」
雅也が褒めると、湊崎は顔を赤くする。
「い、いえ……須藤さんみたいに魔法を使えないので、モンスターを一匹倒すのが精一杯です」
「いいえ、剣の腕は湊崎さんのほうが上ですよ。この先も協力してモンスターを倒していきましょう!」
湊崎は満面の笑みを浮かべ、力強く「はい!」と答えた。
その後もD級ダンジョンの攻略を進め、半日ほどで洞窟の最奥にある『扉』の前に辿り着く。
最後は相川と大野が戦うと思っていたが、相川は意外な提案をしてくる。
「二人は思った以上に成長してるね。最後も二人で戦ってみる?」
「え? 二人だけで、ですか?」
雅也は驚いて聞き返す。相川はコクリと頷き、笑顔を向けてきた。
「大丈夫。危なくなったら、あたしたちが助けるから。二人でできるところまでやってみて。なあに、須藤さんも湊崎さんも充分強くなってる! 自信を持って」
相川に太鼓判を押され、雅也は湊崎に視線を向ける。湊崎はかなり不安そうだが、それでも「やってみましょう!」と言ってきた。
雅也も覚悟を決め、「分かりました」と前を向く。
分厚い鉄の扉を開け、二人で最奥の間へと入った。