目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
幻遊剣士 ~理想と現実の狭間に~
幻遊剣士 ~理想と現実の狭間に~
想兼 ヒロ
異世界ファンタジー戦記
2025年05月03日
公開日
2.8万字
連載中
かつて数多の英雄達が散った大地に、再び戦乱の炎が舞い上がる。 幻に遊ぶ人々、束の間の幻に夢を見る。その眼前には久しくなかった輝き。厚き雲が避け、一条の陽が差し込んでいた。 麗しかった大地は魔が支配し、亡者が闊歩している。長き夜を嘆く人は光に祈った。 ――ああ、我らを救い給え。 その祈りに応えしは、天界の七神。すなわち、光、星、月、風、雷、炎、水の神。神々は人に聖なる力を授けた。聖戦士の誕生である。 希望の灯は魔を退ける。そして、再び大地は輝きに満ちるようになったのである。 ~『幻遊戦争記』より~ 人と魔が争った幻遊戦争より二百余年、平穏に慣れたアルシリア大陸に再び不穏な空気が満ち始める。 そんな中、ヴェレリア王国の若き士官候補生シルクは己の理想と目の前の現実の違いに決断を迫られていた。

第1話 我が軌跡

「……ここは?」


 不確かな足元に怪訝な表情を浮かべる。シルクは一人、何もない空間に立ち尽くしていた。


 そう、ここには「何もない」のだ。


 シルクの視界に入るのは、もやがかかったかのように不安定な視界。そこには普段なら意識せずともそこにある、まさしく生を実感できるような、そんな人間にとって自然な感覚もなかった。


 ただただ色のない世界が広がっていて、目標もなければ歩み出すこともできない。

 シルクの記憶もひどく虚ろだ。それでも、はっきりと脳裏に焼き付いている姿がある。


 ――兄様っ!


 それは愛しき少女の涙と悲痛な叫び。父親も母親も亡くした幼い頃。彼女だけは僕が守る、と心に決めた。

 それなのに、とシルクは短く嘆息する。


「僕が泣かしたんだよね、きっと」

 その記憶を自覚すれば、シルクの右肩に鈍い痛みが戻ってくる。


 あれは市街戦の最中だった。油断はしていなかった。だが、膠着こうちゃくした戦局に多少の焦りがあったのだろう。視界の片隅にいた、射手の狙いが自分に向いていたことに気づかなかった。

 それは、ただの矢ではなかった。やじりに毒が塗ってあったのだ。その一撃を受けて、シルクは戦場で昏倒した。


「すると、ここは冥界? ずいぶんと味気ない景色だけれども」


 誰に言うでもない呟き。だが、意外なことに答えが帰ってきた。


「いや、君はまだ死んじゃいないよ。あくまでも、まだ、だけどね」

 周りの雰囲気にそぐわない軽い調子に、シルクの鼓動が一拍高く鳴った。

「君達が冥界と呼ぶ場所。そこに繋がる道の一つと考えていい。なにもない、本当になにもない場所だよ。ここは」


 シルクは反射的に腰に手をのばす。だが、右手は空を握った。

(剣は……?)

 ここで初めて、自分が丸腰であることに気づいた。


「そういう物騒なものは、ここでは禁止。せっかく招待したんだ、客らしい振る舞いを君にはお願いしたいな」

 影はゆっくりと近づいてくる。靄が開け、その姿を視認できるようになるとシルクは息を飲んだ。


 光をまとった銀色の髪。深い色に染まった紫の瞳。一瞬、女性かと見間違うような顔立ち。

(僕と同じ顔をしている)

 それは驚くほどにシルクそのものだった。気味が悪い。シルクは直感でそう思う。


 自分と似ていることが、ではない。自分と同じ顔だと思うのに、彼がどんな表情をしているのか読み取れない。そんな不可解な状況が、だ。

(しかし、この場で大事なのは情報を集めることか)

 ふぅ、とシルクは短く息を吐く。向こうから来た手がかりを、逃すわけにはいかない。


 腕を下げ、肩から軽く力を抜き、シルクは彼を見据えた。その眼にすでに焦りの色はなく、何があっても対処できるよう冷たい輝きを放っていた。

「僕に何かあるなら、先にどうぞ」


 目の前の彼は、パチパチと両手を叩く。

「そうやってすぐ冷静になるところ、僕は好きだよ」

 好きだ、と言いながら声の調子に抑揚よくようがない。


 おそらく人ではないものと対峙している、その恐ろしさに心に波が生まれそうになる。シルクは必死にそれを押さえ込んだ。

 今この状況、「招待した」と言った彼から情報を引き出すしかないのだから。


「じゃあ、単刀直入にいこうか」

 すっ、と空気が変わったことを感じる。彼が初めて重みのある言葉を口にしたのだ。

「僕と君ははじめまして、だ。でも、僕はシルク……君をよく知っている」

 一歩、距離を詰められた。


 彼は値踏みするかのように、こちらを見ている。シルクは首筋に冷たいものを感じながらも、真っ直ぐに視線を返した。

「でも、分からないことがある。僕は『わからない』ことが大嫌いだ。だから、教えてほしい」

「何を?」


「ふふ」

 そこで初めて、彼の表情が読み取れたことにシルクは驚きを感じる。

 それは微笑みだ。

「君のこれまでとこれから。具体的に言えば、なぜ戦っているのか、だ」


 そして、シルクは彼に語り始める。自分の選んだ道のこれまでを。

 自らが抱えた理想と、目の前の現実の狭間に揺れながら進んできた道のりを。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?