ここは北海道札幌近くの山の中。誰もが知らないその場所は地図にも載っていない機密の学園都市。そこでは少女たちが人知れず広大な土地で学生生活を送っていた。
「ちょ……待って……
グラウンドから外れた森林道を息を切らしながらもったりと走っているのは、
彼女たちはここまでおよそ五キロほど走っている。陸上のトラック一周が四百メートルと考えると、それの約十三倍を
つまりある程度運動ができるとはいえ、琴莉のように疲れるのは当たり前のこと。
しかしその一方で縫と呼ばれる、犬飼縫は極めて爽やかな表情を浮かべていた。息切れこそ起こしているがまだ走り足りないとばかりにブラウンアイが輝いている。
「何言ってるの琴莉! これでもペース落としてる方だよ!? それにこれも鍛錬の一つ! 走るしかないでしょ!?」
「この……体力ばか……! 追いつけない、って……もう無理……」
必死に絞り出した声に反応して、振り向いた縫。その顔立ちは整っており、犬のしっぽにしか見えないポニーテールがどことなく寂しさが募る犬のしっぽを表しているように見えた。実際振り向いた彼女は直ぐに足を止めて悲しそうにしている。
「仕方ないから辞める……琴莉が楽しんでくれないとなんかヤダ」
「はぁひぃ……ひぃ……い、いや……わ、私のことはいいから……好きなだけ走ってて……私は近くで休んでるから……」
「うん! わかった!」
どれだけ走り足りないのか。息を荒らげる幼馴染の言葉に曇りなき明るい表情を浮かべると、再び森林道を疾走し始める。
琴莉が楽しくないならと寂しくしていたのは間違いないが、それでもあまりの切り替えの速さに、ぽつんと残された琴莉は苦笑した。
その刹那、縫の絶叫が森林に響く。同時に微かながら何かが転がる音も彼女の耳に届く。風のせせらぎに紛れたその音を聞き分けられるのは、彼女だからこそ。そして縫が一人になるとトラブルメーカーとなることを知っているのも、幼馴染である彼女だけ。
故に、ゆっくり休む暇もない状況が起こったことに、相当嫌な顔を浮かべて、それでも仕方がないと動かしすぎて焼けるような痛みを生じている肺と、激痛が走る足にむちを打ち、悲鳴の先へと駆けた。
「あ、琴莉ぃ……どうしよう~! 走ってたら人を吹っ飛ばしちゃった……!」
「ちゃんと前を見ないから……」
「そんなこと言われてもぉ~! い、一応声とかはかけたんだけど、反応なくて、死んではないみたいだけど、どうしたらいいかな……」
「とりあえず保健室に運ぶしか……でもなんでこんなところに
悲鳴が聞こえた場所へとたどり着くと、縫がわなわなと震えながら茄子のように顔を青くさせて琴莉に助けを求めて来る。うるうると涙を浮かばせる彼女が指で指示した所には銀髪で見慣れない服装の人物が倒れていた。
見知らぬ人物から延びる土の跡から、確かに縫の言う通り衝突して飛ばしてしまったのだと物語っている。じっと見つめても動く様子はなく、声を掛けたが反応はない。しかし息はしており気絶しているだけだと二人は安堵した。
だがこれは間違いなく事故であり、外傷こそないが気絶させてしまっている。流石にこのまま放っては置けないと、彼女たちはすぐさま学園内の医療施設へと運ぶことにした。
「――確かに引き受けたわ。後は私たちに任せて君たちは校舎の方に戻りなさい」
医療施設にたどり着くとすぐに白衣のポケットに手を入れた先輩――
小向は医療部三年に当たる人であり、後輩はもちろん同学年の人の怪我や病気などの治療に当たっている。その腕は確かなもので、みんなからも信頼されている。すらっとした体つきで医療担当の証である白衣はおしゃれに見えるほどに似合っている。いつも落ち着いていることもあり、後輩の何名かは彼女に憧れを抱いている。
そんな彼女が縫たちから引き取った見知らぬ人物を診療室ベッドに寝かせて検査に入った。
通常の検査ならば触診や聴診などを行うだろう。しかし、彼女は手ぶら。触診こそ同じ要領で行うが、彼女は他の検査を特殊な方法で行う。
「
近くで寝ていた機械に触れてその言葉を発する。瞬間ギアが回る音が鳴り、それは起き上がった。
見た目は完全に大型犬。小柄な女性ならば容易く覆える大きさだ。小向は慣れているのか目を輝かせることも、驚くこともなく、一撫で二撫でしていた。
そして命令を聞き受けた機械仕掛けの犬、BCは、一吠え。刹那、一般男性の腹回りは間違いなくある犬の胴体が薄く開かれると、中からディスプレイが現れる。既に電力は入っているのか、そのディスプレイには人の模様と心拍数、体温など人のメディカルチェック系項目が映し出されていた。しかし詳細は未だ不明。その不明を埋めるには機械の犬によるスキャンが必要だったというわけだ。
「疲労と空腹……何かから逃げてきて偶然ここに来た……?」
BCのスキャンは対象の健康状態他、病気や骨の状態などを精密に検査してくれる優れもの。当然現代医学にこれを導入すると革命が起きるだろう。だが、彼女達は本来一般人との接触を
そんな機密な物による謎めいた少女のスキャン結果は深刻な問題はないとしてしていた。そして気絶したのはただ疲労と空腹によるものであることもディスプレイに示していた。
「とりあえず、今は寝てるから……あとは栄養剤投与と軽食か。起きてから色々聞いて、最悪記憶を消して近くの街に返さないと」
解析した情報をさらりと紙に写して、BCの頭を一撫で。その撫でから御役御免だと感じ取ったBCはディスプレイを体の中へとしまい込み、まるで置物かのごとくその場に鎮座した。
「一応司令官に連絡しておいた方がいいか。さすがにこの手の案件は司令官に頼った方が良さそうだし」
診療室近くのデスクに座り、コーヒーを飲みながら内線電話をかけ始める小向。電話の相手は彼女、いや彼女たち
『――もしかして銀髪で小さめの子?』
「うん。銀髪で背は低い。でも猫森よりは大きいから平均くらいかと」
『そう。なら間違いないわ。その子、編入生の武藤雫ね』
「いやあの司令官? 編入生って初めて聞いたんだが」
『今初めて言ったもの』
「司令官!?」
『迎えに行くの忘れてたけど、向こうから来てくれたならちょうどいいわ。とりあえず目が覚めるまで付いてあげて』
「司令官!?!?!?」
『そんな連呼しなくてもいいじゃない。それじゃあ任せたわ』
「あ、ちょ! ……はあ、相変わらずどうなってるんだうちの司令官さんは……」
電話越しの相手から重要なことがぽろぽろと出ては、まるで自分の落ち度など気にもしていない様子の司令官に頭を抱える小向。目が覚めるまでついてやれと言われても、どうしたものか。少しだけ悩みとりあえず何か栄養剤と軽食でも用意するかと、立ち上がった瞬間。
「「あ」」
いつの間にか起き上がっていた少女、雫と目が合った。