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第2話/機動生物

「お……起きたね。えっとまず謝らせて。私の後輩がぶつかって吹き飛ばしたみたいで。ごめんなさいね。それと、体調はどう?」


 起きて間もなくだからか海のように澄んだ目は虚ろ。なのに暗くて深い深淵のように吸い込まれるかのような瞳でじっと見られて、言葉がつっかえた。それでも体調を訪ねる。想定よりもはやく起き上がり目が合った雫に驚きはしたが、様子を聞かなければ何も始まらない。


「体調……お腹が……空きました……」


「あはは……空腹で倒れてたみたいだからね。詳しい話はお腹を満たしてからってことでちょっと待ってて」


 お腹を押さえて空腹を訴えかける雫。案の定の反応に苦笑した小向は、軽食を持ってくるために一度診療室から出ていった。残された雫は小向の背中を見送り、姿が見えなくなると同時に腕の力を抜いて周りを見渡した。


 そして銅像のように固まったまま動かない機械の犬を見つけて、物珍しそうにじいっと見つめていた。


「機動生物……やっと、ここまで……」


 ぼそりと呟いてゆっくりと手を伸ばす。恐ろしいものに触れようとしているのかの如く、腕は震えているが、それでもゆっくりと。しかし触れようとした刹那。


「気になる? その子のこと」


 突然聞こえた声にびくりと手を引き、声を追い振り向く。そこにいたのは先ほど軽食を取りに出た手に黄色く小さな箱を持った小向がいた。


「その子はBC。モデルがボーダーコリーだからBC。一番賢いと言われてる犬種がモデルになってるから、医療に特化させることができるようになったの。そしてその子がスキャンした人の状態とかが全てわかるから、君の状態もなんとなく把握させてもらってる。でもごめんね。その子はこの学園にはこの一体のみ。私が契約者リリックだから契約はできないの」


 詳しく説明をしてから、黄色い箱を雫に向かって投げる。危なっかしく受け取ってそれを見てみれば、世界的に有名な栄養食品の名前が箱に刻まれており、軽く頭を下げ会話を続ける。


「そう……なんですか。ところでここは……?」


「え、編入生なのに、ここのことわからないの!? いやまあ……迷い込んだ形みたいだから無理もないか。改めてここは国立機動学園都市の学園。国家機密でもあるから皆はここで寮生活を送る。そして私たちは皆、機動生物を兵器として利用してテロを起こす組織から国を守ってるの。そのための手段としてこちらも機動生物と契約して戦う。いわゆる目には目を歯には歯をって感じでね。だからまあここは学園だけど軍事施設、陸上自衛隊とか警察とかそういう系みたいなものと考えて。っともっと詳しい話はまた今度にして、君を司令官の元に連れてかなきゃだから、ついてきて」


 長々と彼女たちがいる場所や、テロ組織のことなどをざっと話した後、小向は歩き始める。食べながらでもついてこられるようにゆっくりと歩くため、栄養食を頬張りながら雫も歩みを進めた。


 道中でも色々と説明や質問に答えていた。例えば機動生物と戦う時は契約生物を武器に変えて戦うことや、あらゆるものはここで揃うこと。一般人が機動生物を知った場合、その記憶を消して記憶改ざんすることなど。


 そうして今の現実は保たれていると言われても、実感がわかないまま、気づけば司令官室前までたどり着いていた。


 踵を返した小向は「ここが司令官室。この先にいると思うから」と言い残し、帰った。司令官には言いたいことだらけではあるが、編入生の要件の方が優先だと判断して、譲ったのだ。


 そして小向に帰り際に会釈した雫は司令官室の扉を開ける。


「来たわね。武藤雫さん」


 扉の先に待っていたのは、軍帽を被った女性。見た目は先ほどの小向と同い年に見える程度には若く見える。また虎のように目つきが鋭いのが特徴的で、今すぐにでも噛み千切られそうな雰囲気に、背筋が凍り付く。流石は司令官と言われるだけあり、その圧は凄まじい。


「まずは編入おめでとう」


「ありがとう、ございます」


「そんなに硬くならなくていいわ。改めて自己紹介を。私はこの学園の学園長ならび、学園内にいるの司令官、牧虎よ。以後よろしく頼むわね。さて、さっそくなのだけれど、学園の決まりとしてあなたにも機動生物と契約してもらうことになるわ。事前にあなたの血を採血し適性を割り出しているから、移動ばかりで申し訳ないのだけれどついてきてちょうだい」


 自己紹介を済ませると、直ぐに機動生物の話を始める牧虎。彼女が言うように、学園に通う生徒は適性のある機動生物を契約することになっている。その適性はその人の血を分析した際、遺伝子的に相性のいい機動生物がいるかで判断される。当然適性が当てはまらない機動生物も契約できるのだが、相性が悪すぎて本来の力を扱えない恐れがあるのため推奨されていない。


 手元にある資料を元にいくつかの適正機動生物を割り出し済みだと述べる牧虎は、徐に本棚の空いている隙間に本を差し込む。


 よくある隠し扉のスイッチか。なんて雫は思ったが、別にそんなことはなく牧虎は部屋を出た。どうやら読んでいた本をしまっただけのようだ。


「何を見ているの? 行くわよ?」


「えあ、はい……てっきり隠し扉が開くのかと」


「そんなものはここにはないわ。夢を壊して申し訳ないわね」


「は、はぁ」


 他にも魔法使いがメインの映画のように見えない通路的なのも想像したが、それすらもなく平凡な道を歩く。


 そうしてたどり着いたところは、地下で厳重に施錠されている部屋だった。


 この先に機動生物が。


 思わず生唾を飲み込む雫。けれどそれは緊張から来るものでは無かった。なにせ彼女は、武藤雫は機動生物と契約など出来ないことを自覚している。牧虎の元にあった資料も、血液検査も全て偽りのもの。利用できるものは全て利用して、騙して、ここまで来られた。


 全ては機動生物を、


 重たい扉が開き、二人は中へと足を踏み入れる。


 完全に隔離されているからか、ひんやりとした空気が身体を包み込む。そして異常な気配が二つ。気配を辿り凝視すると闇の奥に三メートルはあるのではと思うほど、蛙を睨むような鋭い目つきの大蛇。更に人を一人軽く貫いてしまうのではと直感的に感じる針を持つ巨大な蜂がそこにいた。


 蜂にしては羽音が聞こえないのが不思議だったが、暗闇に目が慣れてきたことで蜂を浮かせているのがファンであることが見て取れた。


「雫の適性はこの二個体だ。どちらも凶暴だが、きっと雫の力になるだろう。さあ、選べ」


 流石は司令官。この異様な空気に臆することなどなく、淡々と雫に選択を迫っていた。


 しかし、彼女は当然契約しようとしない。その様子に首を傾げて「どうした」と牧虎は尋ねて来る。本来ならば契約したい機動生物の近くまで行き、契約の証として機動生物に血を分け与える手はずになっているがその様子すらない。それどころか、機動生物がまるで彼女との契約を拒んでいるかのように威嚇を始めた。


 元々モデルが人に害をなす種のため凶暴気味の機動生物ではあるが、だからとて異常な威嚇の仕方。お互いの相性が悪いときに見られるのは警戒だけなのだが、それを凌駕する威嚇は敵対の証。なぜ敵対するのかは当然牧虎には理解できないが、このままでは雫の身の安全が保障できず、契約を一時中断しようと雫に退避命令を出そうとした刹那。蛇と蜂は彼女めがけて襲い掛かった。


「だめ! 生身の人間がかなう相手じゃないわ! 武藤さん逃げて!」


 司令官も司令官室にいた虎型の機動生物と契約し従えてはいるが、まさか基地内でこんなことが起きるとは想定しておらず、呼び出すためのものは無ければ、司令官室にいた虎はついてきていない。それでも助けようと飛び出して手を伸ばすが間に合うわけもなく、機械仕掛けの蛇に吞まれた。


 認めたくもない現実。編入生を初日から失うという大きな失態に目を点にする牧虎。だがその悔しさを噛みしめて暴走気味の二体が外に出ないように地下室を封じ込めようと扉へ向かう。だが、機動生物の方が、情報処理能力が一枚上手。獲物を逃がさないようにその巨大と針で出口を塞ぐことくらい蜂の機動生物には朝飯前だ。


 こうなると助けは当然呼べない。こんなまさかの事態を予測することなど難しいところではあるが、その万が一を推察できなかった牧虎にも落ち度はある。


 間違いなく自分のせいだ。そう責めてその場にぺたんと座り込み絶望を浮かべ死を覚悟した。


 瞬間、金属ボディを持つ蛇の内部から鋭利な槍のようなものが音を立てて突き出した。

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