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第3話/アブソーブ

 時は少し遡り、雫が蛇に飲み込まれた直後。


「まさか機動生物にも捕食って概念があるなんて」


 機動生物と言うからには内部も心も、生体も全てが機械に侵されたのだと薄々感じてはいたが、どうやら違うらしい。なにせ捕食は生物の本能ならではのことで、機械と化した生物は栄養を必要とせず、捕食などすることは無い。


 こうして食べられるということは消化する為の器官があるのではと考え、前に進むがやはり機械。すぐに行き止まりに行き当たり消化器官などないと見受けられた。


 いや、確かに人間で言う胃は存在しない。だが、蛇がモデル故か、その最奥には毒組織が溢れている場所があり、そこで口にした物を溶かしているようだ。


 当たれば間違いなく無事ではすまない。だがこのままでは時間の問題だ。なにせそこは機械蛇の腹の中。掴む場所すらないこの場で、蛇が上向きになれば毒溜まりに真っ逆さまなのだから。


「仕方ないですね……武装展開、アブソーブ」


 スカートのポケットに忍ばせていたひし形のストラップを取り出し、その名と共に前に放り投げる。


 バチッと電気が走る音が聞こえると、そのストラップはみるみるうちに形状が変化し、厚くしかし平坦で巨大な槍となり蛇の胴体を貫いた。


「あー……展開したのはいいですけど、普通に出られませんね……なら自分で切り開くのみ、ですか」


 切り裂いた場所を見上げても、人が一人通れる隙間はなく、あっけからんとしてから落胆する。だがその槍が金属で出来た皮を貫けるのならば、彼女にはいくらでも方法がある。


 だが、そう簡単にことを済ませられないのが現実。


 貫いた衝撃か、蛇が暴れ始めたのだ。内部の異物を溶かすため上向きになった際には、幸い横向きにアブソーブが刺さっているためそれを掴むことで上手いこと落下しなくて済んでいた。


 しかし振り回される以上時間の問題。体力が無くなる前には脱出しなければ、冷静沈着な彼女とて無事では済まないだろう。


「これ以上暴れられると厄介ですし、切っちゃいますか」


 自身の体重が全て腕にかかっているが、軽々と柄の部分に跨る雫。槍の刃部分に近づいて刀を器用に抜き取ると、身動きを取りやすいように切り裂いた部分の上側に深く突き立てる。その後、もう一本、今度は脇差を取り出し、先に刺した刀で動きを固定しながら人が一人出られるほどの穴を作り上げた。


 まるで紙を切り裂くようにするすると切っているが、金属で作られているため当然固い。それでも簡単に切れるのは、彼女が持つ武器が超振動により、金属を切るというより溶かしているから。また刀身部分のみその機能が備わっているため、雫の華奢な手は無事という仕組みだ。


 簡単に脱出口を作ったものの、直ぐに脱出はしない。脱出したとしても何も準備をしていない今は槍を回収する術がないからだ。もちろんストラップの状態に戻すことも可能だが、柄を中心に変形するため、蛇の動きを止められていない現状ストラップに戻せば今度は脱出不可になりかねない。ならばと他に格納されている剣型の武器の一つからワイヤーを取り出して柄に括り付ける。その後、ワイヤーを伸ばした剣を持ち蛇の身体から抜け出した。


「む、武藤さん……!?」


「あ、無事だったんですね」


 穴から飛んで抜け出し華麗に着地すると、後ろから彼女の名を呼ぶ牧虎の震えた声が聞こえた。


 一度は苦境に追い込まれた牧虎だったが、蜂型の機動生物が暴れまわる蛇に注意が逸れて争い始めたため無事だった。当然雫はそのことを知らないが、二体も暴走している現状で身を護る術が無い人が生きていられる保証などまずなく、だからこそ牧虎が生存していることは驚きではあった。


「む、武藤さんこそよく無事で……それよりも今のは武藤さんが? それに機動生物の契約無しに武器を……?」


「……それよりも今は暴走した機動生物です。蛇型と蜂型。どちらも構いませんか?」


「壊……え、ええ。このままでは危ないし、本当は落ち着かせるべきなのだけれど、落ち着く様子はないし……できるなら破壊で構わないわ。流石に惜しい機動生物だけれど仕方ないから……」


 その言葉を聞いてすぐ、剣に内蔵されたワイヤーを一つのボタンで巻き上げる。ワイヤーを巻き付けた槍がグンッと蛇を切り裂いて雫の元へと飛んでくる。軽く飛んでそれを掴み取り推進力を押し殺しながら着地した。


 改めて全貌が顕になった巨大な槍は、雫の身長の二倍はあるのではないだろうかと思える大きさ。傍から見ればその武器を常人が振るうことなど無理だとも思われるだろう。しかし雫は何食わぬ顔でそれを片手で持っている。


「……ワイヤー解くの大変だから、とりあえずそのままでいいですかね。さぁ、来やがれください機動生物、スクラップにしてあげますよ」


 持ち手に違和感を感じ、一瞥いちべつしては息を吐く雫。その手からは血が滲み出ていた。先程巻き付けたワイヤーがキツく巻かれたままで、それにより手を切ったのだ。だが、応急処置をする時間も、ワイヤーを解く時間もない。


 僅かに痛む傷を放って改めて前を見据え、注意を引くためにキリッと、彼女の中で一番にかっこいいイメージで煽る。


 だが、暴走した機動生物の二体は雫の事など眼中になく二体同士でその身を削りあっている。当然、雫の煽り文句は届いていない。


 金属同士がぶつかり合う音が響く中で、見事に滑り無が彼女の周囲を包み込む。


「……ん゛ん゛ッ……せ、せっかくかっこよく言ったのに……まぁ暴走してるから仕方ありませんか」


 無理して格好つけたからか、恥ずかしくなり喉を鳴らす。見ている人が牧虎だけで良かったと安堵しつつ、改めて彼女は巨槍を携えて走った。


「らぁっ!」


 ある程度間合いを詰めると棒高跳びの要領で蜂型目掛け軽く飛び上がる。しかし槍は手に持ったまま。そのまま空中で身を翻し一番厄介である蜂を突き刺すのではなく、たたき落とした。


 当然攻撃は止まらない。けれど飛び上がった際の飛行力は今ので完全に失い、雫はそのまま重力に身を任せて落ちるだけ。だがそれすら計算内で槍部分を下にして、引力により引き寄せられるように蜂の腹を深く貫いた。


 的確に機動生物の体内構造の中で一番硬い【動力源コア】を砕いた感覚が彼女の手に伝わり、悲しく寂しく、その裏に渦巻く怒りを載せた顔で見下すと静かに最期へ向けた言葉を呟く。


「……安らかに眠れシャットダウン


 動力を失っても活動を続けようともがく蜂。彼女の言葉を皮切りに、次第にもがく力がなくなり動きを止めた。


 ありえない。たったその言葉が牧虎の頭の中を巡回する。元々機動生物自体、戦争用戦闘兵器として生まれ、人の手ではまず破壊できない装甲を持っている。


 それこそ、昔に戦車が出回った際、歩兵が自爆覚悟で突撃しなければならなかったように、戦車には戦車をぶつけたように、機動生物は機動生物同士でなければ太刀打ちできない。


 だが目の前で起きたのは、機動生物を従えず、機動生物が持つ武器すらない彼女が全く知らない兵器での蹂躙。それも自分よりも大きな武器で、自分よりも巨大な機動生物をたった二撃で沈めたのだ。


 一体何者なんだ。そう思っても、牧虎は目の前で起こる蹂躙を息を飲み込んで見守ることしかできなかった。


「よし、次、ですね」


 一息ついて見上げると蛇はじっとこちらを注視していた。しかしそれはしとう降伏の証ではない。機動生物が破壊される場面を眼前にして本来の力を解放しようとしているのだ。ならばと槍の刀身にもなっている鞘ごと小回りが利く小刀を二本取り出し、走り出した雫。しかしそれが悪手だったと直ぐに後悔することになった。


 蛇型機動生物から金属が接触しているような甲高い音がなり始め、顔付近の鱗から小さな刃が連なるワイヤー、蛇腹剣の刀身部が射出された。


 それは蛇型機動生物が持つ機動兵器。本来は契約者が振るう武器なのだが、この蛇に限っては搭載された機械脳が危機を察知し、攻撃と防御の手段として展開したのだ。


 グンッと蛇が身体を蠕動ぜんどうすると、蛇腹剣が不規則に空を踊り、機動生物の変化に驚き無防備となった雫を襲う。


 弾けばそこを起点に曲がり致命傷になりかねないため、両手に持つ武器で防ぐことで致命傷こそ免れた。しかし畝ねる刃を全て防ぐことなど不可能。彼女の肩や腕、足を切り裂く。


「いっ……」


 逃げ場は無い。このままでは被弾が多くなるのは目に見えていた。


 しかしそれでも彼女は折れない。例え身体がボロボロになろうとも、機動生物を駆逐し復讐を果たすまでは死ぬ訳には行かない決意がそうさせる。


 蠕動することで、蛇腹剣を動かしているからこそ、一瞬だけ蛇腹剣がたるむ隙が生まれる。その瞬間を待っていたかのように、雫は蛇腹剣を断ち切り、一気に間合いを詰めていく。


 身体に激痛が走り渋い顔を浮かべるが、一度きりかもしれないチャンスを無駄にはできないと足を繰り出す。


 そして攻撃手段を失ったそれは最後の抵抗かのように体を持ち上げ大きく牙を剥く。腹に穴が空いているため毒は吐けていないが、代わりに恨みを晴らすかの如く噛み砕かんとしている。


 それにより顎下に隠れていた


「これで……終わりチェックメイト、です!」

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