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第一章 黒猫を連れた少女 -10-

 学院の学長ってことは、大魔導師ウォーロックティアナン・オニールのことだ。

 今回の件について、色々と知ってそうな人物でもある。

 エアルの祭司サケルドスたちが、訪ねろとも言っていたな。

 だからと言って、いきなり呼ばれるとは思ってもみなかった。

 流石にちょっと緊張する。


 ドゥカキス先生が学長のドアをノックする。

 此処は四つの尖塔のうち、北の尖塔の頂上である。

 結構階段を昇るのが面倒だった。

 実際ドゥカキス先生は大変そうだったしな。


 声を掛ける前に、ドアは自動的に開いた。


 ノックの手を途中で止めたドゥカキス先生は、やや憮然ぶぜんとしている。

 だが、咳払いをして威厳を取り戻そうとすると、部屋の中に足を踏み入れた。


 部屋の中には、真っ白のひげを蓄えた彫りの深い老人が立っていた。

 老いてはいるもののまだその背は高く、矍鑠かくしゃくとしている。

 手には見るからに生命力に溢れた楢の木ロブルの杖を持っており、身には白い長衣を纏っていた。


「案内ご苦労、ドゥカキス君。もう戻ってよいぞ」

「しかし、新入生に対する説明が……」


 大魔導師ウォーロックに追い払われようとしたところで、ドゥカキス先生が抵抗を見せる。


「なんじゃ、まだやっておらんかったのか。まあ、よい。アラナンが戻ったらやっておきなさい。どのみち、今日は授業に出さなくてよろしい」


 だが、あっさりオニール学長に粉砕され、ドゥカキス先生は項垂うなだれて部屋を出ていった。

 小さい肩が余計に小さく見える。

 ぼくのせいではないので、恨まないでほしい。


「さて、改めてじゃが、わしが学長のティアナン・オニールじゃ」


 ドゥカキス先生がいる間はフラテルニアでも使う者の多いヴィッテンベルク語で話していた大魔導師ウォーロックが、いなくなると同時にいきなり言語を変えた。

 これは──エアル語だ。


「そして、セルトの祭司長ドルイドでもある。よく参ったな、アラナン・ドゥリスコル、太陽神ルーの魔術師よ」


 何だって。


 流石にぼくも度肝を抜かれて呆然としてしまった。

 まさか、大魔導師ウォーロックがセルトの祭司長ドルイドだなんて、エアルの祭司サケルドスの爺たちは一言も言ってくれなかった。


 祭司長ドルイドってことは、ぼくら追いやられたセルトの民の、一番偉い人ってことになる。何だってそんな人がこんなところで魔法学院の学長なんてしているんだろう。


「色々と疑問はあるだろうが、全てに答えている時間はない。まずは、ダルブレ嬢の話じゃ」


 大魔導師ウォーロックが、座れと言うようにソファを示した。

 恐る恐る座らせていただくと、その対面に大魔導師ウォーロックが座ってくる。

 まずいな、緊張感が半端ない。


 パチンと大魔導師ウォーロックが指先を弾くと、目の前のテーブルに紅茶が二つ現れた。

 湯気が立っていまれたかのようだ。

 何処で誰が淹れたのか、それをどうやって出したのか疑問は尽きないが、とりあえず白いティーカップを掴むと紅茶を口に含む。


 うん、アルビオンの王都で飲んだ最高級茶葉とやらより旨いな。

 これは淹れ方の問題なのか?


「もう知っておるかとは思うが、ダルブレ嬢はロタール公に狙われておる」


 オニール学長はソファに身を沈め、胸の前で手を組んだ。


「ことの起こりは、聖なる木立群ネメトンがアトレブールの近郊で発見されたことじゃ。アトレブールは、アルトワ伯の居館のある都市なのは知っておるな? 当然、ダルブレ嬢もそこに住んでおった。ダルブレ嬢は母親が旧いセルトの血筋を伝える者でな。彼女にもその血が色濃く流れておる。あの金色の瞳は、その濃厚な魔の血脈の証じゃな。わしはそれを知っておったので、予てからアルトワ伯とは親しくし、ダルブレ嬢を学院で預かる話を進めておった。そんなときに、アトレブール郊外の森の中で狩りをしていたダルブレ嬢が、聖なる木立群ネメトンの封印を知らずして解いてしまったのじゃ」


 卑しくもセルトの血を伝える者として、聖なる木立群ネメトンの話は聞いたことはある。

 かつて大陸に住んでいたセルト人の聖地とも言える場所だ。

 聖なる木立群ネメトンの聖樹の葉は如何なる病や怪我をも癒す神薬として珍重されたと言う。

 話半分としても優秀な治療薬の素になったのだろう。


「まさに大発見じゃが、問題は聖なる木立群ネメトンに入れるのが、ダルブレ嬢だけだと言うことじゃ。他の者は、例え一緒に行ったとしても古代セルトの魔術で追い返されてしまう。そのため当初ダルブレ嬢の話は夢か幻だと言われていたのじゃが、一枚だけ持ち帰った聖樹の葉がアルトワ伯爵夫人、つまりダルブレ嬢の母親の病を治してしまってな。その話が本物だと知れてしまった」


 なんか思ったより事態が重い気がしてきたね、

 うん。嫁騒動は何処へ行ったのかな。


「アルトワ伯はわしに相談してきた。わしは直ちにダルブレ嬢を保護するために学院への入学を進めるよう指示した。これが知れれば、ダルブレ嬢の身柄の争奪戦が起きるのは必定ひつじょう。じゃが、アルトワ伯には娘を護るほどの力はない」


 実際、公爵とか出てきてるもんね。


「根回しは巧くいって、王家の推薦は取れたのじゃが、そこでロタール公がこの話を耳に挟んでしまってな。ダルブレ嬢を手に入れようと強引に婚姻の話を持ち掛けてきおった。公爵は帝国と通じておるとの噂も高いし、娘をやるわけにもいかんが正面からは断りにくい。困ったアルトワ伯は、娘が脱走して密かに学院に向かったことにした。護衛は一人付けたようじゃが、それだけでは心許ない。それでわしはお前をダルブレ嬢に付けることにしたと言うわけじゃ」


 え、あっさり流したけれど、最後!

 最後がすごく重要じゃないですか?


「お前はエアル島で久しぶりに現れた太陽神ルーの魔術師じゃし、わしの後継者となるべき男じゃ。そこらの人間の余計なちょっかいなど問題にせぬじゃろ」


 確かに問題はなかったけれど、いま更に爆弾発言ねじ込んできましたね?

 ぼくが大魔導師ウォーロックの後継者って、祭司長ドルイドになれってこと?


「ま、わしもまだくたばりはしないし、候補じゃよ、候補。それより、ダルブレ嬢の身が危ないことはわかったか? フラテルニアでは危険は少なかろうが、これだけの話じゃ。帝国も巻き込んでおるし、ロタール公も諦めはすまい。フラテルニアにいる身内に命じて誘拐を企むことも有り得る。じゃからな、アラナン。おぬしはこれからダルブレ嬢が危険な目に合わぬよう、さりげなく身を護ってやれ」

「え、しかしぼくだって四六時中彼女に付いているわけにはいきませんが……」

「そのことなら、ちょうどいい話がある。この後冒険者ギルドのギルド長に呼ばれておるじゃろう。それは、このことについての話じゃ。ギルド長とはもう面識はあるとは思うが、余り少年をからかわぬよう言っておいたからの。いたずら好きだから気を付けるとよい」


 ギルド長と面識がある?

 火縄銃マスケットのレオン・ファン・ロイスダールは違うだろうし、誰だろう。

 登録したときの受付嬢か、絡んできた中年男か?

 ないと思うがあれだったら嫌だぞ。


 話は終わったのか、それでぼくは解放された。

 職員室に戻ると、授業中なのかドゥカキス先生はいない。

 仕方がないから、のんびりと待つことにする。

 それにしてもこの職員室で教師の姿を全然見掛けないな。

 あの眼鏡女教師だけなんだが、みな忙しいのだろうか。

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