銃声が轟いた。
同時にぼくの前で氷が砕け散り、きらきらとした破片を残す。
危ない。
イグナーツの
「主様、しっかりしなんし」
ファリニシュが氷の盾を割り込ませてくれなかったら危なかった。
レオンさんの
「人が話している間にその態度はよくないな、イグナーツ」
「ふん、
イグナーツは素早く
うん、連射できない弱点はレオンさんと同じだな。
相当手慣れているが、弾込めに数秒時間が取られるのは致命的だ。
「ルウム教会に飼われるマジャガル人ほど堕落はしておらんし……」
ハーフェズが手を振ると、再び空中に無数の
「わたしは
「ふん、その程度でやられる
旋風を巻き上げ、
ハーフェズは容赦なく
下位とは言え、
「ハーフェズの
「無茶を言う、アラナン。まだ講義でやっていないじゃないか。流石にわたしでも、見てもいないものを使えはしないよ」
この天才児は、見ただけで
初歩の
それは。苦労していたぼくに謝れよ!
再び銃声と氷の砕ける音がした。
はっとして見ると、ハーフェズの前に砕け散った氷の盾が崩れ落ちていく。
イグナーツが隙を突いて
イグナーツは舌打ちし、再び弾を込める。
「タルタル人に蹂躙されたペレヤスラヴリに、あんな
ペレヤスラヴリ公国は三百年前のタルタル人の襲来で、崩壊し属国となった過去がある。
魔王の死後タルタル人の分裂もあって再び独立したが、未だペレヤスラヴリ公国の東方には
ま、ファリニシュはペレヤスラヴリ公国の国籍は持っていても実際いたのはこっちだしな。
イグナーツが知らなくても無理はない。
「主様、流れ弾がマリーに当たってもいけんせん。疾く全力で決めなんし」
全力でって……そうか、学院の授業じゃなくて、マリーの護衛だもんな。
手加減をしている場合じゃなかったか。
ハンスの班はまだファドゥーツ伯の兵と揉み合っているが、追いついてきたビアンカの班が援護に入ったために盛り返している。
あっちは任せても大丈夫そうだ。
ハーフェズと
ハーフェズは魔力はあっても
意外な弱点だな。
さて、全力か。
だが、いまの魔力量だと出せて一瞬だな。
魔力がフルなら五分は制御できるんだが、いまの段階では集めた魔力の制御にぼく自身の魔力も必要だ。
遠慮なく大地と風から魔力を搔き集める。
これをそのまま纏えば
神の力を行使しても耐えられる肉体にしないといけないからだ。
循環させた魔力を額に集め、
額に第三の目を象った紋章が浮かび、ぼくの両足から光が溢れ出す。
増大する魔力を制御できるのは、
だが、その制御も自分の魔力が保つ間だけ。ぼくは急いで大地を蹴った。
世界の流れが急速にゆっくりとする中、ぼくは神剣フラガラッハに手をかけ、一気に引き抜いた。
フラガラッハは何の抵抗もなく、するりと鞘から抜けた。
特に装飾もない旧びた剣だが、剣身だけは神々しく輝いていた。
星から生まれたと言うその神剣を構え、ぼくは三歩で宙に浮かぶ
イグナーツはぼくを全く目で追えていなかったが、流石に
だが、それが限界だった。
フラガラッハの一閃が、堅固なはずの竜鱗を易々と斬り裂いていた。
頭蓋から尻尾まで、一振りで真っ二つにされた
同時にぼくの魔力が尽き、
世界に色が戻ってきた。
「っと、やっぱり多少体に負荷は残るみたいだな」
一瞬だけだったから大したことはないが、平衡感覚が狂いぼくはちょっとよろめいた。
フラガラッハはいつの間にか鞘に収まり、また目立たない旧びた剣に戻っている。
目眩から立ち直り、後ろを振り返る。
大量に血を飛び散らせた
背中に乗っていたイグナーツは、いつの間にか執事服を着た老人に取り押さえられている。
おい、あれってハーフェズの執事のダンバーさんだよな。
結局付いてきていたのか。
何処にいたのか全くわからなかったんだが。
「く、くくく。楽しいな、ダンバー。わたしはどうやら、アラナンの力を見誤っていたようだぞ」
「左様でございますな。わたくしも遺憾ながらドゥリスコル様の実力を過小評価していたようです。最後の一閃は、わたくしの目をもってしても見切れませんでした」
ハーフェズが当然のように執事と話しているところを見ると、ダンバーさんが付いてきているのは予定の行動なのだろう。
ファリニシュのように、ハーフェズを護衛する任務に付いているのかもしれない。
ハーフェズに護衛がいるのかわからないが。
イグナーツと
班員を傷付けられたハンス・ギルベルトは追撃を掛けようとしたが、味方の魔力の残量も少なく諦めた。
昏倒していたハンスの班員も止血され、一命は取り留めたようだ。
死人が出なかったのは不幸中の幸いなのか。
「イグナーツと怪我人は、うちの者に任せればいい」
ハーフェズが指差すと、ファリニシュの隣にメイドの衣裳を着た黒髪の女の子が佇んでいた。
うお、
「そいつは
こくりと女の子が頷いた。
怪我をした男子生徒──カレル・イェリネクは彼女が保護をすると言う。
実習から離脱になるが、あの傷では歩けまい。
致し方のないところだった。