「
慌てて起立して、一礼する。
だが、周りのハンスたちはくすくすと笑った。
何だ? そういや、ハンスたちは
ルウム教会と
「ベルンシュタイン様は気取らない方なんだ。公式な場ではともかく、こんな酒場で堅苦しい礼はいらないよ」
ハンスが笑いながら言ってくる。
カレルも、親しそうにベルンシュタイン大主教の肩に手を掛ける。
「そうだよ。おれたちはウルとは友達だからさあ。夕方の礼拝もいつも行っているんだぜ」
「カ、カレルさんはもう少し節度を持った方がいいですよ!」
「そうよ。カレルは顔は出すけれど、礼拝よりお菓子目当てじゃないの。あれは小さな子用なのよ」
ああ、マリーが彼らに人見知り癖がなくなったのは、礼拝でも一緒だったんだな。
カレルみたいに社交的で気さくに話し掛けるやつがいたら、ぼっちにはならないだろう。
マリーとアルフレートに引き離されるカレルを見ながら、あのときカレルが助かってよかったと思った。
「いいんですよ。カレル君みたいな爛漫な者こそ、神は愛されるのです。でも、無闇に騒いで酒場に迷惑を掛けてはいけませんよ。自由に振る舞うことは、自分の行動に責任を持つことです。人に迷惑を掛ける振る舞いは、自由ではなく勝手と言うのです」
「いやー、だからおれたちウルが好きなんだよ。故郷の司祭たちは威張ってるやつが多くてさあ」
ボーメン王国のルウム教会の司祭たちは、いにしえのルウム帝国の共通語であったラティルス語を使う。
ラティルス語を解さないチェス人の子供たちには、ちんぷんかんぷんらしい。
ベルンシュタイン大主教は、ヴィッテンベルク帝国語で教典を書き、礼拝を行なっている。
それが
ルウム教会の教皇集権主義と対立を繰り返しながら、未だに潰されていないところに
「ベルンシュタイン様は時々学院でも講義されるのよ。アラナンは来てなかったから知らないでしょう」
「いや、マリーさん。ぼくはさぼっていたわけじゃないからね? ベルンシュタイン大主教はご存知ですよね?」
「そうですね。ティアナンから聞いてますよ。アラナン君も頑張っているのですから、マルグリットさんもそれは認めてあげないと」
「うー、でも、何の連絡も寄越さなかったのよ。一言くらい伝言を残してもばちは当たらないと思うわ!」
「そうですね。配慮は必要だと思いますよ、アラナン君」
あいた、藪蛇だ。
それから、如何にぼくが女性への配慮に欠けるかを、延々とマリーはベルンシュタイン大主教に説き続けた。
すっかりへこまされて小さくなったぼくを哀れに思ったのか、ハンスがそっとビールの杯を差し出し、カレルが新しい
ちえっ、こいつらいいやつだな。
なんか
食事が終わったベルンシュタイン大主教が引き上げると、ぼくたちもお開きにすることにした。
マリーはジャンとファリニシュを連れて満足そうに帰路に着き、ぼくは三人に肩を叩かれながら
うん、色々あったけれど、男の友情が深まったのはいいことだよね、きっと。
学院の講義では、未だに
だが、どちらも習熟しているぼくとハーフェズには、
まあ、魔力を伸ばしてものを動かしたり掴んだりする呪文だな。
これのコントロールは流石に難しく、大きな動きはできるんだが緻密な作業はやはり難しい。
ハーフェズも同時に何本も出すことはできるが、豆を掴むようなことはできない。
この天才でもできないことがあるなんて、 ちょっとだけ安心したよ。
「しかし、学院の初等科は戦闘を想定した
ハーフェズと二度目の対戦をやった。
当然、無数の
いまの初等科生徒であれに対抗できる者は誰もいない。
「各国が望んでいるのはそれだからね。優秀な兵士が欲しい。だから、最低限それだけは鍛えるのさ。資質のある者は中等科で専門的な
「でも、ハーフェズなら、国に帰って人に教えられるんじゃない?」
「ははは。アラナン、わたしは自分でできることを、体系化して人に伝えることなどできないよ。わたしにはできることが、他人に何故できないのかわからないからだ」
うん、もっともだ。
こいつは結構自分がわかってやがるな。
ファリニシュの特訓の効果か、マリーの
威力は大したことはないが、器用に操作して命中性が大幅に上がっている。
巧く
「ふえー、やられましたよ、マルグリットさん。
「アルフレートは性格も素直だけれど、剣も素直すぎるのよ。それでは騎士として致命的すぎるわ。ハンスも真面目だけれど、彼の剣はもっと
「ぼくを引き合いに出すのはいいが、褒められている気がしないんだけれど」
最近、三人組は冒険者ギルドに登録したらしい。
魔物との実戦訓練を積んでいるせいか、特にアルフレートは実力を上げてきている。
それをあっさり倒すのだから、マリーの上達も大したものだ。
「あれ、カレルがサルバトーレに勝ってるわ」
隣の試合を見ていたマリーが目を丸くする。
そこには、サルバトーレの首に剣を突き付けて得意げな顔をしているカレルがいた。
いつの間に腕を上げたんだろう。
「
ハーフェズが見ていたようで解説をする。
アルフレート曰く、カレルは三人組で一番
最近、
これは対戦ランキングにも影響を及ぼしそうだ。
ま、ハーフェズの牙城は揺るぎないんだけれどさ。
二ヶ月が過ぎる頃、学院にイグナーツが戻ってきた。
どういうことかと思ったが、エーストライヒ公が学院に賠償金を支払ったようだ。
ファドゥーツ伯は、責任を取って家督を息子に譲って隠居したと言う。
その交渉を纏めてきたのが、あのベルンシュタイン大主教らしい。
オニール学長の要請で、エーストライヒ公爵領の領都ヴェアンまで行っていたのだ。
正直、初等科の生徒がイグナーツに向ける目は冷たかった。
何で退学にしなかったのか、理解に苦しむ。
イグナーツも針のむしろだろうが、こうなることはわかっていたはずだ。
何故マジャガリー王国に帰らなかったのだろう。
「エーストライヒ公は、手駒を学院に残すために金を支払ったんだろうな」
悩んでいると、事情に詳しそうなハンス・ギルベルトが説明してくれた。
「その代わりベルンシュタイン様は、フランデルン伯爵領、エノー伯爵領、ブリュバン公国の布教の自由をもぎ取ったらしい。あの辺りは
そこはアルトワ伯爵領の北東にある地域だった。
そこもヴァイスブルク家が支配しており、その気になればアルトワ伯爵領に圧力を掛けられる。
ベルンシュタイン大主教は、そこに楔を打ち込むつもりなのだろう。
優しい巨人の