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第15話 ごはんの間だけ

 食事をしながら、陽翔は嬉しくてたまらないと言う表情を隠すことなく、ずっと笑顔を絶やさなかった。そして、バンドのことやら趣味のことやら自分のことを話してくれた。その声は、春の風のように心地よく耳に届く。


「バンドの練習、ほぼ毎日あるんだけど、好きなことだから楽しいんだよね!」


 そう言う陽翔の目は、本当に音楽が好きなんだなと分かるくらい、キラキラと輝いていた。


「小さい頃、ホントはピアノとかやりたかったんだけど、うち、母子家庭でさぁ。できなくて。中学に入ってすぐに吹奏楽部に入ったよ! それが楽しくてさー」


 陽翔は本当に音楽が好きなのだな、と感じた。音楽の話をする時の表情は、まるで恋する人の話をするような、情熱に満ちていた。音楽の話は尽きない。その話を聞きながら、だんだんと心が開いていくような、不思議な感覚を覚えた。


「春フェスで演奏するから、バンドの方は今そっちの練習が中心なんだよね。春フェス、聞きにきてね!」


 そう言って、陽翔は期待に満ちた目で俺を見つめた。その目がまっすぐ過ぎて、思わず目が合いそうになる。


 俺は目を合わすことなく、うん、と小さく笑顔を作って頷いた。柔らかく微笑む自分の唇を感じて、自分でも驚いた。


 それを見過ごさなかった陽翔は、嬉しそうに頬杖をついた。その目には温かな光が宿っていた。


「おっ! 今、笑ったっしょ?」


 そ、そんなこと言うなよ! すごく楽しそうに話すなと思っただけだし。


 思わず頬が赤くなって俯いた。心臓が早鐘を打ち、呼吸が浅くなる。


「やっぱ叶翔くん、笑顔かわいいじゃん!」


 ――こういうこと、さらっと言える人、すごいな……。


 こんなに明るくて、怖いほど真っ直ぐで。その言葉に、心の奥がきゅんと痛むような、甘い感覚を覚えた。


 俺には無理だ。人を褒めたりするの。今まで人と関わらないようにしていたせいで、気の利いたセリフなんて言えない。言葉の選び方も、声の出し方も、全て不器用で。


 でも、こんなこと言われても全く嫌な気がしないのは、陽翔が言うからだろうか? その笑顔と言葉には、嘘がないから?


 出会った頃なら、逃げ出したいと思ったのに、今はそんな気持ちは一切湧かない。むしろ、もっとこの時間が続けばいいのにと思ってしまう自分がいた。


「そうそう」


 突然、陽翔がゴソゴソとスマートフォンを取り出して何やら操作し始めた。指が画面の上を滑るように動く様子にも、なぜか見惚れてしまう。


「俺、今、お気に入りのSNSアカウントがあるんだよ。イラストをアップしている垢なんだけど、めちゃくちゃ人気垢でさ。あ、あったあった。これ」


 スマートフォンの画面を見せられて、俺は心臓が止まるかと思った。


 そのアカウントは、なんと俺のアカウントだったのだ。小さな画面の中に映る自分の描いた絵を見て、息が詰まる思いがした。


「ほら、フォロワーさんもうすぐ十万人になるぐらい人気なんだよ。絵のタッチがすごく優しくてほっこりするんだよね。色使いも斬新というか、目をひくんだ」


 画面をスクロールしながら、その絵をうっとりとした眼差しで見ている陽翔の横顔に、胸が締め付けられる感覚があった。柔らかな光が差し込む横顔は、まるでイラストの中の人物のように美しく、思わず見とれてしまう。


 ――まさか、陽翔さんが俺のアカウントのフォロワーだったなんて……。


 俺の趣味は絵を描くこと。それに没頭している時が世間から切り離されたようで一番心が休まる。筆を走らせる音と、頭の中に広がるイメージの世界だけが、俺にとっての安息の場所だった。


 最初は誰かに見せたいと思って書いていたわけではなく、たまたまアカウントを作ってアップしたらバズってしまった。世界中の見ず知らずの人から「癒される」「温かい」といったコメントがつき、いつの間にかフォロワーが増えていった。


 創作垢を持っていると言うことは、リアルでは誰にも言っていない。親友もいないので、言う人がいないと言うだけなのだが……。もし知られたら、また高校の時のようになるのではないかという恐怖が常につきまとっていたのが誰にも言わない理由だ。


「この絵師さん、どんな人なのかなー。こんな優しい絵が描ける人だもん、キレイな心の人なんだろうなぁ」


 陽翔のその言葉に、心がひりつくような痛みを感じた。


 ――陽翔さん、ごめん。キレイな心の人じゃなくて、ただの陰キャだよ。


 恥ずかしくて、顔を上げることができなかった。自分が描いた絵をこんな風に目の前で褒められることなんて、今まで一度もなかった。嬉しいような、怖いような、複雑な感情が胸の中でぐるぐると渦巻いていた。


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