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最強ドラゴン姫(♂)異世界で無双する
最強ドラゴン姫(♂)異世界で無双する
星灯ゆらり
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年05月04日
公開日
8.9万字
連載中
【毎日18時更新】目覚めた場所は奴隷市場。しかも自分の身体は、銀髪ロングの「竜姫」仕様──ツノと翼付きの美少女だった! 元・平凡な男の〈俺〉は、空腹とくしゃみから放たれたドラゴンブレスで会場を半壊させ、即座に最強がバレる。 王宮に連行されるも、興味があるのは「うまい飯」と「極上風呂」だけ。 ところが王宮では、魔王の使者やゴーレム騒動など、世界滅亡級のトラブルが次々と襲来。 国王も勇者も腰を抜かす中、〈俺〉は骨付き肉をかじりながら拳ひとつで全部まとめてぶん殴る! ※毎日18:00に更新・全31話・5/27完結予定!!

第1話:奴隷市場の竜姫(♂)

暗い。


そして、うるさい。


人々のざわめき、金属がぶつかる音、湿った石の床の冷たさ。


嫌な感覚が、じわじわと俺の肌に染み込んでくる。


(何だ、この状況?)


ぼんやりとした意識の中で、俺は自分の身体を動かそうとする。


だが、動かない。


いや、動かせない。


何かが俺の手首と足首を拘束している。


確かめようにも、重いまぶたがなかなか上がらない。


(……腹減ったな……)


状況把握より先に、強烈な空腹感が意識を支配する。


昨日の晩飯、何だったっけ……いや、それよりも今、猛烈に何か食べたい。


肉がいい。


できれば骨付きのやつ。


そんな場違いな食欲に、自分でも呆れる。


「さて、諸君! お待ちかねの目玉商品だ!!」


突然、野太い声が場内に響き渡る。


次の瞬間、背中を強引に押され、ぐらついた足取りのまま、明るい場所へと引きずり出された。


ようやく開いた視界に飛び込んできたのは、異様な光景だった。


まるでコロシアムのような半円形の観客席。


そこには、見るからに金持ちそうな貴族や商人らしき男たちが、獣のような興奮した目でこちらを見下ろしていた。


巨大な松明が赤々と燃え、空気はじっとりと湿っている。


どこか、生臭い。鉄と、汗と、得体のしれない獣の匂いが混じり合っているような……。


――奴隷市場。


その単語が、頭の中にストンと落ちてきた。


なぜ俺がこんなところにいるのかは分からない。


だが、自分が明らかに「売られる側」であり、最悪の状況にいることだけは理解した。


(なんでだよ……昨日は普通に自分の部屋のベッドで寝たはずだ……!)


現代日本での平凡な日常の記憶が、この悪夢のような現実とのギャップを際立たせる。


「さあ、見よ! 竜の血を引く貴き姫君! この美しさ、力、そして希少性!」


オークショニアと思しき、けばけばしい服を着た男がそう叫び、俺の顎を乱暴に掴んで上を向かせる。


観客たちの値踏みするような視線が突き刺さる。


屈辱に歯を食いしばった、その瞬間――俺は、自分の身に起きたさらなる異変に気づいた。


(……ん?)


視界の端に映る自分の腕が、異常に細い。


男だった頃の、多少は鍛えていたはずの腕とは似ても似つかない、白魚のようなか細さだ。


肌も、やけに白い。


日に焼けた健康的な色とは程遠い、陶器のような滑らかさ。


そして、髪――視界の端で揺れるそれは、腰まで届きそうなほど長く、月光を反射したかのように銀色に輝いていた。


(なんだこれ……!?)


反射的に視線を下に向けた俺は、絶句した。


そこには、華奢でしなやかな少女の体があった。


薄汚れた布切れのようなものを纏っているが、その下のラインは明らかに女性のものだ。


そして――胸があった。


控えめながらも、確かな膨らみがそこにある。


「……は?」


信じられない感触を確かめるように、恐る恐る胸元に手を伸ばそうとする――が、枷がそれを阻む。


(いやいやいやいや、待て待て待て!!! なんだこれは!? 俺、男だったよな!?!?)


脳が理解を拒否する。


これは夢か? それとも何かの悪い冗談か?


「なんと美しい……!」


「本物の竜姫なのか?」


「ツノと翼……間違いない! 竜族だ!」


観客たちの興奮した声が、さらに俺を混乱させる。


ツノ? 翼?


言われて、俺は恐る恐る頭と背中に意識を向ける。


頭には、硬質ながらも滑らかな感触の小さな角が二本。


背中には、折り畳まれた、しかし確かな存在感を持つ翼の感触があった。


(嘘だろ!? 俺、ドラゴンになってる!? しかも女!?)


情報量が多すぎて、思考が完全にショートする。


空腹感だけが、やけにリアルだった。


「では、入札を開始する!」


オークショニアの男が、無情にも木槌を高らかに打ち鳴らした。


「十万金貨!」


「十五万!」


「いや、二十万だ!」


「三十万金貨!」


狂ったような値段が飛び交う。


貴族たちは目を血走らせ、まるで貴重な美術品でも競り落とすかのように熱狂していた。


(ふざけるな……! 俺は物じゃないんだぞ!)


怒りがこみ上げる。


だが、それと同時に、鼻の奥がむずむずと痒くなってきた。


(……まずい、このタイミングで……?)


経験上、これはくしゃみの前兆だ。


しかも、かなり大きめのやつが来そうな予感がする。


「三十五万!」


「四十万金貨!!」


入札が白熱する中、俺の鼻のむず痒さは限界に近づいていた。


なぜか身体の奥底から、熱い何かが込み上げてくるような奇妙な感覚もある。


(腹減りすぎて力が出ない……いや、なんか変な力が溜まってる気が……!?)


空腹感と、迫りくるくしゃみと、謎のエネルギー充填感。


トリプルパンチで俺の意識は朦朧とし始めていた。


「五十――」


誰かが新たな値を叫ぼうとした、その瞬間。


「へっ……くしゅん!!!!!」


我慢の限界を超えたくしゃみが、盛大な音と共に炸裂した。


次の瞬間――


ドオオオオオオオオオオオン!!!!


轟音と爆風が、オークション会場を蹂躙した。


俺の口から放たれたのは、ただの飛沫ではなかった。


灼熱の閃光――まごうことなきドラゴンブレスが、眼前の床と壁を粉砕し、会場全体を揺るがしたのだ。


石造りの壁が砕け、天井の一部が崩落する。


舞い上がる粉塵と、火花。


そして、耳をつんざくような貴族たちの悲鳴。


「な、なんだ!?」「何が起こった!?」「壁が……崩れた……!!」


俺は、ただ呆然と立ち尽くしていた。


目の前で、オークショニアの男が腰を抜かし、声にならない悲鳴を上げている。


その後ろでは、さっきまで威張り散らしていた貴族たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていた。


(俺……ただ、くしゃみしただけなのに……?)


信じられなくて、恐る恐る口元に手を当てる。


ほんのりと熱を感じる。


(マジかよ……俺のくしゃみ、ドラゴンブレスだったのか!?)


あまりの事実に、体が硬直する。


その時、足元でカシャン、と鈍い音がした。


見下ろすと、そこには焼け焦げ、砕け散った金属の破片が転がっていた。


それは、俺の手首と足首を縛っていた枷の残骸だった。


「……え?」


思わず、両手を動かす。


……動く。自由に。


足を踏み出す。鎖に引っ張られる感覚がない。


(あれ? 俺、自由になってる? くしゃみと同時に手枷と足枷まで吹っ飛ばしてたのか!?)


爆風の余韻が消え、会場に奇妙な静寂が訪れる。


崩れた壁の向こうには、月明かりに照らされた夜空が広がっていた。


星が瞬いている。


まるで、これから始まる俺の波乱万丈な異世界生活を暗示するかのように。


「ひ、ひいぃぃっ……!!」


震える声が聞こえた。


オークショニアの男が、瓦礫の上に這いつくばりながら、恐怖に歪んだ顔で俺を見上げている。


「……信じられない。まさか、くしゃみ一つでこの破壊力……!!」


俺も信じられねえよ!!


周囲を見渡すと、生き残った貴族や兵士たちが、遠巻きに俺を窺っている。


剣を向けようとする者もいるが、すぐに他の者に制止されていた。


「や、やめろ! 無闇に刺激するな!」ひときわ豪華な服を着た男が叫ぶ。「姫様が……またくしゃみをしたらどうする!?」


その言葉で、兵士たちの動きが完全に止まる。


誰もが、俺の一挙手一投足に怯えている。


あ。


なるほど。


俺の脳内で、カチリと何かがハマった。


これ、俺、最強じゃね?


くしゃみひとつで会場を半壊させたやつに、誰が逆らえる?


「お、おい! 逃げるぞ!!」


「もう金貨どころじゃない! 命が大事だ!!」


オークションどころではなくなった貴族や商人が、我先にと逃げていく。


警備の男たちは俺を取り囲もうとするが、誰一人として近づこうとはしない。


(めちゃくちゃ怖がられてるな……。まあ、そりゃそうか)


俺だって、こんな規格外の存在には関わりたくない。


「よし、分かった」


俺は、もうここに用はないと判断し、崩れた壁の向こう――外へとゆっくり歩き出した。


このまま悠々と立ち去ってやろう。そう思った、次の瞬間。


足にぐっと力を込めて、跳躍しようとした途端――


ドンッ!!!!


「――は?」


俺の視界が、一気に上昇した。


地面が、ありえない速度で遠ざかっていく。いや、待て、これ――


俺、跳びすぎてないか!?


「うわああああああ!?!?」


自分の意思とは関係なく、想像以上の高さまで一気に跳び上がってしまった。


気づけば俺は、夜空へと放り出されていた。


眼下に広がるのは、息をのむような異世界の光景。


遥か下には、無数の光が瞬く巨大な都市。


石畳の道が縦横に走り、街の中心には煌びやかな宮殿がそびえ立っている。


都市は堅固な城壁に囲まれ、その向こうには漆黒の森、広大な湖、月光に照らされた連なる山々が見えた。


そして――空には、大小二つの月が、幻想的な光を放っていた。


「……マジかよ」


ゲームや小説でしか見たことのない、圧倒的な異世界の風景。


それが今、現実として目の前に広がっている。


だが、そんな感傷に浸っている場合ではなかった。


俺の体は、放物線の頂点を過ぎ、猛烈な勢いで地面に向かって落下し始めていた。


「ま、待て! 俺、これ……着地どうすんだ!?」


この高さから落ちたら、いくらドラゴン(?)の体でも無事では済まないだろう。


(俺の着地点、地獄じゃね!?)


俺の異世界での第一歩は、文字通りの落下から始まることになった。

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