ふるさとは、あまりにも静かだった。草は風に揺れ、小川のせせらぎが流れる。まるで夢のような空間。だが、その静寂が――不意に軋んだ。
「お兄ちゃん……!」
MofMofの声が震えた。
「どうした」
即座に反応する。草の斜面を滑るように駆け下り、モニタールームへ。
「通信にノイズ。数秒前に一瞬、重力波の反射パターンがあった。たぶん……ステルス艦の探査ビーコンが跳ね返った」
「……場所がバレたか」
「うん。推定3時間以内に到達、最悪、ドローン部隊の先行投入もありうる」
俺は黙ってマップを拡大した。ふるさと空間の裏側には、まだ手つかずの補給格納庫がある。外界との唯一の接点だ。
「ミーコたちを避難させろ。あそこにシールドを張って、最悪、俺が陽動する」
「でも、ふるさと空間に電力を回してるから……シールド、弱いよ」
「じゃあ、陽動が長く必要だな」
俺はしっぽを軽く振った。それは「覚悟」を示す仕草。
「俺が外に出る」
猫たちの前に立ち、言い放った。
「反対!」とミーコが叫ぶ。
「せっかく帰れたのに! また戦うの? 今度こそ、戻ってこれないかもしれないのに!」
「戻れなくなっても、お前たちが生きてれば、それでいい」
「勝手なこと言わないでよ……!」
俺は、ミーコの目をしっかり見た。その瞳に映るのは――悲しみではなく、願いだった。
「俺たちは、野良猫だった。どこにも属さず、彷徨って、誰にも頼れず……それでも、生きてきた。だけど、今は違う。お前たちがいる。ふるさとがある。だからこそ、守るんだ。俺が、俺であるために」
沈黙。やがて、ジイが立ち上がった。
「昔、地球でこんな話があった。犬は人を守り、猫は自分を守る。だが……お前はちげえな。お前は、猫でいて――群れを守る」
俺は小さく笑った。
「……らしくないって、言えよ」
「いや、ノラらしいよ。昔から、そうだった」
ステルスモードで艦外に出ると瓦礫の衛星帯を抜け、暗礁宙域の陰に向かって加速した。
MofMofの支援で、簡易ワープゲートが開く。行き先は――敵の進路上。真正面。
転移。目の前に、巨大な艦影が3つ。いずれもオーグ・レジル星連邦の戦艦クラス。戦闘ドローンを無数に展開していた。
「戦闘猫種、発見。抹消プロトコル、起動」
「ふん……歓迎してくれるってわけか」
俺は構えを取った。背の装甲が展開し、爪が光る。
「――来いよ。ここが、お前らの終点だ」
最初の波が襲いかかる。ドローンが50機、編隊を組んで突進してくる。だが、俺はすでに動いていた。
跳ねる。転がる。軌道をずらし、レーザーをかわす。背後に回り、センサーを切り裂く。
爆発。火花。真空の闇に閃光が散る。
「1、2、3……まだまだだな」
一機を盾に使いながら、別のドローンを撃墜した。機体は熱を帯び、限界が近い。
「MofMof、残り何分?」
「12分! あと12分守ってくれたら、ふるさと空間に防衛シールドが間に合う!」
「12分か……長いな」
「お願い、お兄ちゃん……」
通信の向こうで、仲間たちの声が聞こえる。それが、俺の背を押した。
「任せろ。必ず戻る。――絶対にな」