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ダンジョンさんぽ・一層

「……ええと……迷宮ダンジョンはね。単に核である私が生きている限り存続する、と言ったものではなくてね。いや、他所がどうとかは知らないけど、魔力を取り込み続ける必要がある。少なくとも向こうではそうしてきた」



無意識のうちに私の手が轆轤を回す。


「異世界の人もそのジェスチャーやるんですね」と、とんでもない変わり者の彼……サジ君が突っ込みを入れる。

この手振りはこの世界ニホンでも通じるらしい。



「維持するだけなら、血を十分に蓄えた私の魔力で賄える。まぁいまはそれもできてない状態なんだけど……後は迷い込んだ動物だとか弱い魔物を倒して吸い上げたり……だけれど拡張だとかそんな話になると話は別だ」


「そうしたいなら、冒険者を誘い入れる必要がある。冒険者達が迷宮ダンジョンの中で魔物なり石人形ゴーレムと争い、魔術を使い魔力を放出する。そうすることで迷宮ダンジョンが魔力に満ち……詰まるところ成長する為の“栄養”を蓄えられる」


「なるほど、そんな事情が。探索者側としてはそんなことまで考えが及ばなかったです」


そりゃあそうだ。

いちいち迷宮ダンジョン側の事情を考慮して探索に臨む冒険者は多分いない。いたとしても少数派だろう。


「確かに人が多く訪れるダンジョンは新たな階層が発見される頻度が高い……ように思います」


「んー、で、そもそも魔力を有する冒険者は常に僅かながら魔力を垂れ流していて、これも当然ながら……あー、迷宮ダンジョンの栄養になる……で、だから迷宮側としては長居してもらうと助かるところも……えー……ごめんよ。やっぱりもう一回いいかな?」


「どうかされましたか?」


拭い切れない疑問が、迷宮を案内する私の歩みを止める。


「……迷宮ダンジョンを管理している吸血鬼バケモノに手を貸していいのかい?この世界でも多分私は歓迎されていないだろう?こんなことをしたら帰れなくなるだろう……まずいんじゃないか?」


私より一回り背の高い彼は、顎に手を添えて何かを考え込む。


「……まぁそうですね。異世界を海外だと考えて、ダンジョンを武力と考えると外患誘致罪にでもなってしまうかも」


「えーと、それはどういう罰を受けるのかな」


「一律死刑ですね」


「しっ、しけっ」


「まぁどうでもいいです。もうまともな形で帰るつもりもありませんし」


「ええ……?」


……何故彼が此処して私に協力してくれるのか分からない。


ただ、彼を取り巻く環境に関しては何となく察せる。彼も人間達の輪から弾き出された“逸れ者”なのだろう。

そうでなければ一人であんな怪我を負わされたまま蹲ってはいないだろうし、そもそもあの重傷は診たところ動物でも魔物ではなく他の人間から与えられたものだ。それも抵抗できない状態で一方的に。


はみ出し者という点だけ見れば血族から追い出された私と似た者同士なのかもしれない。

だから共感してくれたのだろうか?



とにかく私はサジ君の人生に介入してしまった。ならもう乗り掛かった舟だ。一先ず彼が納得するまで付き合おう。

……正直、今も迷宮ダンジョンを見て頭を捻っている若者には悪いけど、この迷宮は遅かれ早かれ駄目になるだろうし。


なんだってもうこの迷宮ダンジョンは、もう冒険者を呼び込める術が無い。詰んでいるんだから。



「セラさん。ちょっとよろしいですか?」


私が置いた宝箱を訝し気に見つめるサジ君が声を上げる。


「あ、うん。何かな?」




今俺達がいるのは、三つの階層からなるダンジョンの第一層。


若干湿った土に生い茂る短い草。ごつごつした岩が剥き出しの壁を苔が覆っている。

太陽の光が差し込んでいないのはセラさんに異常が無いことから明らかだが、それでも問題なく周囲を把握できる程度に明るい。

岩壁を覆う、光を蓄えた苔がぼんやりと周囲を照らしているからだ。アレは別のダンジョンでも見たことがあるし、異世界ではポピュラーな植物なのだろう。



「……この宝箱なんですが、いえ、探索者を誘い込むという狙いで置くのはとても良いと思いますが、何故こんな入り口の近くに?」


「ああそれかい。中身見てごらん」


……中を確認するよう促す返答から察するに、罠も仕掛けたりしていないらしい。いいのかダンジョンとして。

とりあえず、鍵もかかっていない宝箱の蓋を持ち上げる。


「……古い剣に、バックラーに……魔術用の杖?なんというか……初心者向けの装備って感じですね」


作りから察するに恐らく“異世界産”のものだ。ダンジョンから見つかることはしばしばあり、レア物は目玉が飛び出る価格で取引されることもあるが……これは二束三文にしかならないだろう。スカベンジャーとしての直感がそう言っている。


「そうそう。実際冒険者始めたてって具合の子達が持ってた奴だからね」


「はい?」


「私の迷宮ダンジョン、所謂“初心者向け”として周知されてたらしくてね。小さいし浅いし動きの遅い石人形ゴーレム土人形クレイゴーレムしかいないし」


「えっ他に魔物とかいないんですか」


「いないよ……あ、いや、苔とか食べる水粘体スライムはいるか。冒険者見ると逃げるけど」


周囲を見渡し、岩陰をよく観ると確かにスライムらしき影が見える。

……確かに俺から避けるように距離を取っている。ナメクジに匹敵するスピードで。


「いつの間にか居ついたんだ。もちもちしてて可愛いね」


それはもう半分野生動物では。


「はい皆。この兄さん怖くないよ。逃げなくていいよ」


スライムの動きがピタリと止まりその場でふるふると震えだす。ダンジョンマスターの意思に沿うあたりきちんと支配下には置いているようだ。


「…………愛嬌がありますね。それでこの中身は」


「うん。いくら此処が初心者向けといっても冒険者の子達もまだまだ経験が浅いから失敗して……逃げ出してしまうことはちょくちょくあるんだ。可哀そうにね」


「そうすると焦燥のあまり装備を放り捨てて逃げ出す子もいてね。重りになるし邪魔だから」


「え、じゃあこれって」


「うん。忘れ物入れ」


…………通りで入り口の近くに置いてるわけだ。


「まぁそのまま取りに来ないこともままあるから他の子に持って行ってもらったりもするけど」


[ご自由にお持ちください]って書いてある傘立てかよ。



「で、偵察用に小回りの利く小型の土人形クレイゴーレム達が巡回している。原始的な動きだけだけど戦闘もこなせるよ……ほら、アレだね」


てち、てち、と軽い足音が響く方に目線をやると、俺の膝の高さ程度の……手足が生えた埴輪が歩いていた。

今にも転びそうな歩みが何とも頼りない。


「安心して。君は警戒対象から外してるからさ……じゃあ次を案内するね」


「あ、はい」


その気遣いは必要だったかはともかくとして、これで第一層は終わりらしい。

……確かに初心者向けだな。


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