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ダンジョンさんぽ・三層


「で、此処が第三層。ほら、あそこに君を迎えに行くときに使った石人形ゴーレムがあるだろう?アレは私が作った中で一番強い石人形ゴーレムでね。本来此処を守っているんだ────」


「いやちょっと、セラさん」


「どうかしたかい?」


どうもこうも無い。


「此処は三層とおっしゃいましたけど、二層は?」


確かにさっき階を跨ぐ際何やら呪文らしき言葉を唱えてるのは聞こえたけれど、もしかしてダンジョンを操作して飛ばしたのか?何故?


「ああ、第二層はさっき見せたからね。君が目覚めた“回復の泉”があるのが二層だよ」


「アレ私室とかじゃなくてダンジョンの階層だったんですか!?」


さっき目を覚ましてセラさんと語り合った居心地の良い部屋のことならよく覚えている。


そう、広めの部屋程度の大きさだった。魔物なんて影も形も無かった。


「私が持つ中で最強の石人形ゴーレムが待ち構えてるからね。万全の状態で挑まないと大変だから、手前で休息がとれるようにしてある」


気遣いが過ぎる。


「ちなみに泉の周りには薬草も植えてるよ。よく喜ばれていた」


至れり尽くせり過ぎる。


「……セラさんは、あの泉を使用されたりはしますか?」


「いや?できないよ。聖角馬ユニコーンの角の粉末を混ぜて作った聖なる泉だからね。むしろ不死族特効だから入ると身体が爛れてしまう」


じゃあ作る時絶対大変だったろ。

なんでそこまでして………


……いや、そもそもこの人は放っておけばダンジョンの肥やしになった筈の俺をわざわざ助け出した、とんでもないレベルのお人好し。


自分が生きる為にダンジョンは維持しないといけない。だけど死者は出さない。そういう調整をしているんだ。

……行き過ぎな気もするが。


「で、晴れて私の石人形ゴーレムを倒すことができたなら、あの奥の扉が開く仕組みになっている」


「奥には何が?」


セラさんが軽く手を振ると、分厚い石で出来た扉に呪文が浮かび上がり……此方に向かい土埃を立てて、重厚な音を響かせ開いてゆく。


扉の向こうにあったのは円形の小部屋。その中央に、入り口付近にあったものより装飾が煌びやかな宝箱が一つ。


「……ん、『ここまでよく頑張ったね!また来てね!』ってご褒美さ。中身は冒険者が来る度に入れ替えていた」


……人力で補充してるんだ。

異世界の人は来る度に中身が補充されてる宝箱を見て不思議に思わなかったんだろうか。

まぁでも、ダンジョンとはそういう不可思議なものだ、と言われてしまえば自分でも納得できる気はする。


小部屋に足を踏み入れる。

……宝箱の後ろに、何やら光を放つ魔術陣らしきものが見える。


「ああ、アレは転移の魔術陣だよ。光の中に入れば入り口まで戻れる。頑張り過ぎて帰る体力が無くなっても大丈夫な訳だ」


……最早初心者向けというか、チュートリアルのダンジョンじゃないだろうか。


ダンジョンとしては探索者に長居させた方がいいって言ってたのに帰還手段まで用意してある。


「……心遣いが隅々まで行き渡ってますね」


「…………ん、まぁ、もう使われることもないだろうけどね」


「はい?」


「そこの宝箱開けてご覧。理由が分かるよ」


「そうおっしゃるなら」


確かに中身は気になる。


探索者の為にここまでする人が用意している“ご褒美”とはなんだろうか?

異世界の金貨?貴重な素材?それとも装備?


小部屋の中央に鎮座する宝箱に手を掛け、蓋を開け放つ。

そこには───



「……何も無い?」


宝箱の中には塵一つ落ちていない。がらんどうだ。



吸血鬼の牙が覗く口から、地の深くに沈み込むような重苦しい溜息が吐き出される。


「そういうことなのさ。この迷宮ダンジョンにはもう“報酬”が無い」


「尽きてしまったんだ。丁度この世界に転移する前にね」


……やっとセラさんがダンジョンの維持を諦めきっている訳が分かった。


ダンジョンを運営するには探索者の魔力が必要。

探索者を呼び込むには“餌”が必要。


つまり、今はダンジョンという釣り針の先に付ける餌が無い。セラさんはそう考えているんだろう。



「まだ血族の一員だった時に築いた財なんかを入れて何とかしていたんだけれど……それがもう無い」


「君も冒険者だったのなら分かるだろう?何の実入りも無い迷宮ダンジョンに誰が挑むというんだい」


「成程。そういう訳でしたか」


「分かって貰えたかい」


すっとセラさんが隣に歩み寄り、俺の肩を優しく叩く。


「こんな未来の見えない場所に若い君が付き合う必要は全くない……事情があるみたいだけど、君にはもっと、相応しい居場所があるよ」



……軽く流していたからおかしいとは思っていたけど、優しく微笑みかけるこの吸血鬼さんの姿を見て確信した。

セラさんは自分が作り出した“アレ”の価値に気付いていない。


「セラさん。当面の間ですが、探索者を呼び込むだけなら何とかなると思いますよ」


「……えっ?」


ルビーのような瞳がパチクリと瞬いた。




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