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おいでませ探索者



「ヒイ……ヒイ……やっと着いた……」


息が切れる。何だって件のダンジョンはこんな山中にあるんだ。

道が整備されてない所為で社用車も通れない。草木を掻き分けて山道をどうにか進むしかなかった。


「おい、大丈夫か。ダンジョンに入る前にヘタったら困るぞ」


うるせぇぞクソアマお前が途中で足が痛いだの腰が悪いだの愚痴るから背負って来てやったのに労いの言葉一つねぇのか───とは言えない。

一応相手は上司だ。


「はは、失礼しました」


怒りをグッと飲み込んで、顔に営業スマイルを貼り付ける。

ダンジョンが現れて人間が魔力を扱えるようになる前から、しがない営業マンだった自分が使えた現代社会人の必須スキル。

医療品を扱うウチの会社がダンジョン探索に手を出し始めた昨今もこのスキルは大活躍だ。


……しかしダンジョンに目を付けるのはいいが、なんで営業部の自分がこんなことしないといけないんだ。

アレか。面接でラグビーやってたから体力に自信があります的なこと言っちゃったからか。畜生。

おかげで探索者の研修を半ば無理矢理受けさせられ、毎日のようにダンジョンに関わる仕事が舞い込んでくる。


「よし!では行くぞ……ああ、分かっていると思うが戦闘はお前の仕事だぞ?いいな」


「はい、勿論です」


言い方が一々ウゼェな。あんたが歳で碌に動けないのは分かってるわ。

いつもはデスクワークばっかりで現場仕事を見下してるくせに今回だけは着いて来やがって。魂胆が見え見えだぞ。


会社から支給された警棒を、腰から抜き放ち軽く一振り。

……どうせなら、魔術が施された異世界の武器でも使いたいところだけど、そんな申請はケチな弊社が通す訳ない。


後ろに控えた、痔と腰痛持ちの上司に聞こえない位の溜息を一つ吐いてから、洞穴のようなダンジョンの入り口へと足を踏み入れた────




 ◇


「……お、また来ましたよ」


「えっまた!?掃除まだなのに」


「別にいいと思いますよ掃除は。温泉じゃないんですから多少ゴミが浮いてても。早く階層外の私室に隠れましょう」


 ◇




事前に入手していた情報通り、第一層はほぼ苦労しなかった。

洞窟の中は光る苔のおかげで照らされ持ち込んだ懐中電灯の出番はなく、ダンジョンに棲息するスライムどもの攻撃性は低く襲われない。


時折変な……珍妙なゆるキャラみたいな埴輪が襲ってくることはあったけど、警棒を一発か二発ぶち当ててやるだけで土塊になった。


一々「うわ出たぞ!」「早くやれ倒せ!」とか後ろで騒いでくる上司の方がウザかった位だ。

車の運転中に助手席で“今のタイミングで行けただろ”とか“ブレーキもっと優しく踏め”だとか言われるあの感覚が蘇り非常に苛つく。



だが、“第二層”……ここは少し気合いを入れないといけない。



「何してんだおい!────キャア!来てるデカいのが来てる!何とかしろ早く!」


いい年して何がキャアだ!アンタが騒がなければもうちょいラクに────このデカいゴーレム、ダンジョンボスを倒せてる!


ゴーレムの拳が上段から振り下ろされ、数秒前まで俺がいた地点に叩きつけられる。

避けてもなお身体に伝わるこの地響きから察するに、まともに喰らえば人の骨位は軽く折れるな。

それにこの固そうな石の身体はさっきの埴輪と違って特殊警棒では別の意味で骨が折れる。



だけど、それだけだ。


攻撃はいちいち大振り。腕を振り上げる予備動作も緩慢。それに決まったパターンでしか動かない。


腕がとどく範囲まで近づき、射程に収めたら上段から拳を一振り。外したら拳を持ち上げ、そのゴツイ腕を横に一閃。後はこれの繰り返し。

プログラムされたみたいに行動パターンが決まり切っているんだろう。


おまけに“弱点”まで分かりやすい。


無理矢理受けさせられた探索者研修と、実地での経験で俺は知っている。

ゴーレムは俺達の社会でいうロボットに近いもので、違いは電気で動くか魔力で動くか。


そしてロボットの回路に当たるものが、表面に彫り付けられた呪文の羅列。

その中の重要なコードを引っ掻いて潰してやれば……容易く倒せる!


そしてその“弱点”は────


「攻撃の度に光ってる、デコのそれだぁっ!!」


石が連なった腕の薙ぎ払いを避け、デカい隙を晒したゴーレムの前に飛び出し────額の呪文に警棒で横一文字に傷を付ける。



「ᚵᚢᚥᚪᚪ…ᚤᚪᚱᚪᚱᛖᛗᚪᛋᛁᛏᚪ…」



何かよく分からない声?と共にゴーレムは膝をつき……だらり、と糸が切れた人形みたいに地面に倒れた。

土埃を巻き上げながら。


「うわ……ペッペッ」


「お?おお!やるじゃないの!」


ドスドスと喧しい足音を立てて後ろの岩陰に隠れていた上司が姿を現す。

土埃を巻き上げながら。


「うわっ………ペッペッペッ」


「おい、こういうのって“ドロップ”があるんじゃないのか?何か強そうだったし良いの出てないのか?……例えば魔石とか」


……そっちも目当てか。金になるからって出たらコッソリ持っていくつもりだったんじゃないだろうな。


「基本、ゴーレムにあんまりそういうに期待できないですね。魔力が色んなプロセスで凝縮されてできる魔石には色々入手ルートがありますが────」


「なんだ。じゃあさっさと行くぞ。あのゴツイ扉の先だな」


一瞬で興味を失くした上司はさっさと先に進む。おい、お前が聞いてきたんだろうが。





ゴーレムの撃破と共に開かれた扉の先にあるなだらかな坂を下りていく。

そうして辿り着いたのはこのダンジョン最深部の第三層。

そこには────


「……おお、おお、おお!!」


「おー……これが……」


俺達、製薬会社の“目当て”が鎮座していた。


「これが“回復の泉”!」



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