ある日の授業中。僕は、この前の謎解きのことを考えていた。東雲の推理力はずば抜けている。彼女をモデルにすれば、素晴らしいミステリーが書けるのではないかと思う。しかし、彼女は「探偵は顔がばれると、今後の活動に支障がでる」というスタイルなのだ、許されるはずがない。すでに校内で推理力が噂となり、謎解きの依頼が殺到しているらしいが。
「明日香さん、この数式を解いてください」
明日香さんは、文武両道の模範生。先生の指名にも動じない……はずだった。
「わ、私ですか……?」
周りを見渡して、「どうやら、自分が指名されたらしい」と確認している。
何か考え事をしていたのだろう。誰にでもあることだ。優等生なのだから、「高校はどこに行こうか」とか考えてたのかもしれない。
「あの……私、解けません」
まさかの回答に教室がざわめく。明日香さんに解けない問題があるとは。どれどれ、どんな難問なんだ。
数式を見て数秒、あっという間に答えが分かった。正解は「X=3」。僕にでも解けたのだ、明日香さんが解けないはずがない。何かがおかしい。
「あー、そういう日もありますから、明日香さん落ち込まないように。この問題の答えは――」
次の時間は体力測定。小説家を目指すために部屋にこもりっきりの僕がいい結果を出せるはずもなく、男子チームの中ではビリだった。隣では女子チームがボール投げをしている。さすがに、僕の方が遠くまで投げられるけど。
「さて、次は明日香さん。ボールを投げてください。あなたなら、学年新記録が出せるわ!」
明日香さんは自信なさげにボールを掴むと、えいっと投げた。記録は二メートル。毎年十メートル越えを連発している明日香さんが、まさかの二メートル。投げ損なったわけでもないのに、この距離は謎としか言いようがない。
数字の授業の時もおかしかったが、理由はきっと双子の妹である
「明日香さん、先生の期待がプレッシャーになったんでしょ? 優等生も大変だね……」
「あ、真君。やっぱりバレた?」
明日香さんは肩を落として、しょんぼりしていた。
「そうだ。この前貸した漫画だけど、明日返してくれないかな。友達が『早く貸せ』ってうるさくて」僕は申し訳なく言う。
「漫画? 私、借りた覚えないんだけど」
明日香さんは戸惑いの表情を浮かべた。
やはり、何かがおかしい。明日香さんが約束を忘れたことは、一度もない。
僕はお昼休み中、明日香さんの異変について考えていた。勉強、スポーツに記憶力。とても普段の明日香さんからは想像もできない出来事ばかりだ。その時、僕は閃いた。そうだ、妹の雫さんが姉の明日香さんのフリをしているならば、どうだろうか。そうであれば説明がつく。二人は一卵性の双子。外見だけでは区別がつかない。
しかし、僕の推理には穴がある。そう、もし妹の雫さんが姉のフリをしているならば、動機は何だろうか。入れ替わっても、メリットがあるようには思えない。ここは我がクラスのミステリーオタク、東雲舞に相談するか。
「なあ、東雲。明日香さんの不調だけど――」
僕の相談は東雲の言葉に遮られた。
「『もしかしたら、妹の雫さんが姉の明日香さんのフリをしているんじゃないか』。その理由を推理してくれ、そういうことでしょう?」
さすが東雲だ。僕の頼み事までお見通しか。
「真、私は理由が分かるわ」と東雲。
「東雲、本当か!?」
「嘘をついても、私に得はないわ。でも、たまには真自身が考えたらどうかしら? ここで質問よ。明日香さんはどんな人かしら?」
「どんな人って……。勉強もスポーツも優秀。その上、体調管理も万全。僕にはこのくらいしか思いつかないけれど」
「あら、答えは出ているじゃない」
「そうかなぁ」
「じゃあ、答えを言うわ。でも、他言無用よ」
「東雲、僕の口は堅いよ。どんな理由だろうと、先生に言いつけるなんてことはしない」
「そこまで言うなら。答えは
皆勤賞のため。それが、二人が入れ替わっている理由なのか。
「姉の明日香さんは、天秤にかけたのよ。文武両道と皆勤賞のどちらを選ぶか。答えは明白。皆勤賞を選んだのよ。勉強が出来なくなるのは一時だけ。それに比べて、皆勤賞は一日でも休めばダメよ。そして、妹の雫さんは姉の明日香さんを尊敬している。入れ替わりに抵抗はなかったはずよ」
なるほど。それなら筋が通っている。
「なるほど、東雲のおかげですっきりしたよ。それなら、明日香さんは数日後に普段通りに戻るのか」
「そういうこと。まあ、クラスのみんなも薄々気づいていると思うわ。二人が入れ替わっていることは。でも、真みたいに理由までは分からない。だから、先生に言い出せないのよ。さあ、もうすぐ理科の時間よ。席に戻りなさい」
それから数日後だった。双子が仲良く登校しているのを見かけたのは。