それはセレナイトが終焉を迎え、ついに人類の文明が滅び去ってから数年後のことだ。
神獣の名で人類から怖れられた巨大な獣は、草木すら生えることのない灰色の荒野に佇み、低い唸り声を発し続けていた。
醜く汚れきった人類に滅びという罰を与え、この世界を浄化するという使命は果たした。
だが、どこからともなく現れた小娘に刻み込まれた恐怖を、どうしてもぬぐい去ることができず、それが彼を憤らせていた。
この世に自分に対抗できるものなど存在しない。
人が自ら生みだした戦車に勝てないように、神が造りし兵器である彼には神々以上の力が授けられているはずだった。
それが、あのような小さな虫けらに後れを取ることなどあるはずがない。
繰り返し自分に言い聞かせても、自分を脅かした少女の冷たい目が脳裏に焼きついて放れない。
あれは目の前の存在に何の価値も感じていない目だった。
脅威とも目障りとも思っていない。まるで肩の埃でも払うかのように彼の存在を根源から否定しようとしていた。
元より彼は人間ごときに傷をつけられるような柔な身体はしていないが、それでももし傷ついたならば瞬時に再生できるほどの生命力を有している。
だが、あの少女に奪われた右目は、いつまで経っても再生する気配がない。
あれはなんだったのか……。
それと出遭ってしまったこと自体が彼にとって、どうにもならない悪夢だった。
すでにそれは、この世界から立ち去ったあとだが、今この瞬間にも彼は魂を磨り減らすかのごとき恐怖に苛まれている。それを誤魔化すために、ひたすら憤りの唸り声を上げているのだ。
せめて、どこかに愚かな人間が残っていれば、それを蹂躙することで少しは気が晴れるかもしれないというのに。
そう思って彼が灰色の空を見上げたその時だった。
自然には決して晴れることのない灰色の雲が斬り裂かれて、小さな人影が二つ姿を現した。
雲の向こうに見えるものとて、結局は色のない空だったが、それ自体は彼にとってどうでもいいことだ。
肝要なのは憤りをぶつけるために、ちょうど良い獲物が残っていてくれたという事実だった。
おそらくは飛行能力を持った人造人間なのだろう。少女の姿をしたそいつらは怒りに燃える瞳で真っ直ぐに彼を睨みつけている。
少しは楽しめるといいが。
そんなことを考えながら翼を広げて世界が震えるほどの咆哮を轟かせた。
まさかその小さな少女達が自分にとっての死神だなどとは夢にも思わず、神獣は獰猛な牙を剥いた。