「さて……これでいいかな」
出されたコーヒーとモンブランを食べ終えた陸島は三田川に礼を言うとそのまま二階に上がって自分の部屋に入った。中には既にベッドや勉強机。さらにはテレビやエアコンなどが設置されており、学生にしては手厚い迎だと陸島は感じ取った。部屋の中心に置かれた段ボールの山には自分が住んでいた家からの荷物を送ってもらっており、ひとしきり着替えや筆記用具、カバンなどを取り出しては所定の位置に移していた。
「陸島君。今日は夜の八時までいるから手伝ってほしいことあったら言ってね。夕飯はどうするの?」
部屋に入り込んできた三田川が質問を投げる。それに対し陸島は少し考えると彼女に質問を投げた。
「近くにスーパーあります?」
「あるけど……え?料理するの?」
「何か問題でも?」
きょとんとする三田川をよそに陸島はてきぱきと部屋の準備を進める。
「いえいえまさか。調理器具一式は用意してあるから。でも珍しいわね。島の女学生、基本食堂で食べてる人多いから」
「気にしないでいいですよ。料理くらいならできますから」
「料理くらいって……偉いわねえ」
「そうですかね?」
「ちなみに何を作るの?」
「今日は……引っ越しみたいなもんですから蕎麦でいいかと。料理というにはちょっと違う気がしますが、蕎麦が送ってもらった分あるので」
「引っ越し蕎麦ってこと?いいわね。なら揚げ物とかいる?もし作るなら色々用意しなきゃいけないし」
「それいいですね。一区切りついたらスーパーまで案内してください」
「いいわよ。車出してあげる」
外に出ると、二人は車に乗って三田川の知るスーパーへと向かう。
スーパー『キチジョウ』は外観は年季の入った見た目をしていたが、内部はそうでもなくリフォームもあってそれほど古さを感じなかった。
目的の総菜を買い、寮に帰るために車に乗ろうとしたその合間の道を歩いていた時だった。
「ん?」
スーパーに隣接された駐車場に向かう途中で陸島の目は一人の人間を捉える。
(あれは……セーラー服の学生。ってことはあれも魔女なのか?)
じっと視線の先にいる少女を見る。
彼女の容姿は黒い髪をリボンで結んでツインテールを作り、新品の紺のセーラー服にはしわ一つなく、恐らく高校一年生ではないかと陸島は予想する。
(魔女というには管理人や先生と比べると弱弱しく幼いというか……まあいいか――)
じろじろ見るのもどうかと思い、陸島は三田川の乗る車に戻った。
一方、視線の先にいた少女は彼に何か言おうとして彼を止めようと手を伸ばしたが、その口からは言葉が出ることはなかった。
その後はざるそばと天ぷらを夕飯に二人で食事をした。話を交えながら。
魔女とはなにか。この島は何なのか。三田川の初恋話エトセトラ。
「三十年以上前の話されてもなとは思ったが面白すぎて聞き入ってしまった。しかも伝言板でやり取りって本当にあったんだな……この島、凄腕のガンマンでもいるのか?」
新宿の時刻は既に午後八時半。
三田川は『何かあったらいつでも駆けつける』と言って挨拶を済ませると車で自分が住んでいる家に帰っていった。夜の寮というのは静かで、その広さに反して一人きりというのはどうにも冷たいものである。
「……静かだ」
寮の中の静寂が存在感を陸島に示す。一方で陸島は段ボールの群れのうちでまだ明けてない段ボールに手を伸ばす。
(護身用とお守りとしてこれを持ち出したのは……まあいいか。どうせ刀は蔵の中でホコリ被ってたし)
開いた段ボールから二つを取り出す。一つは日本刀。
「こっちは……どうして持ってきたんだっけか」
もう一つは十手。昔の日本、江戸時代にて権威ある役職が持っていた道具。
十手を手に取って眺める。鉄製のそれは長さ五十センチほどで重さはそれなりにあり、鉤の部分に至るまで錆はなかった。
(こいつが最後に貰ったプレゼントだっけ。なぜ俺はこれを欲しがったんだろ。武器じゃないのに)
十手というのは武器ではない。というと語弊がある。鉤状の部分に刀を受け止めさせて攻撃を流すという役割がある。最も陸島はその形状を見て、そんなことできるわけないとは思っているようだが。
「まあいいか。飾るにしろ、お守りにはちょうどいい」
筆記用具、ノート数冊と一緒に通学カバンの中に十手を入れる。
(……俺ももう高校生か)
立ち上がって机の上に飾った一枚の写真を手に取る。
「俺、高校生になったよ。女子高みたいなところだけど。だから男子は俺一人でさ――」
陸島は椅子に腰かけながら写真の向こうにいる人物たちに話をする。
「ああそうだ。次の大型連休もちゃんと墓参り行くから」
そっと写真立てを置き、彼は再び部屋の整理に戻る。
(どんな高校なんだろう。中高一貫でもあるって聞いたけど。いやそもそも魔女ってなんだ?本当にいるのか?俺は本当に魔法が使えるのか?)
整理している最中、彼の心中は不安と疑問に渦巻いてあったがしばらくして部屋の整理作業とともに消え、そのままベッドに眠りについた。
そして夜が更けて朝が来る。
「昨日はよく眠れた?」
「ええ。ぐっすりと」
教師の早瀬が運転する軽自動車に乗って学校までの道中。
他愛のない会話が車内に聞こえる。
「手続きとかはある程度住んでるからこの後に全校集会。皆、驚くと思うわよ?」
「そうですかね?」
「まあ噂はある程度は流れてるんだけど。なんかすごい転校生が高校の方に来るとかで」
「男だって知ったら驚かれますかね?」
「ええ。もう私は十分に驚いたけどあの子たちならもっと驚くんじゃない?奇声とかあげそうで」
「動物扱いですか?」
「そんなんじゃないわよ。ここ数十年……下手したら百年。ずっと確認されてなかったから」
曲がり角を抜けた先、その場所はついに見えた。
「あれが……学校ですか」
「そうよ。国立魔道学園。それも高校の方ね。中学校は少し離れたところにあるんだけど」
「なぜ校舎が一緒じゃないんです?」
「もともとは高校しかなかったの。でも色々あって中学校も作られた。だけど校舎の面積とかグラウンドとかの関係で離れた場所に建てられることになったのよ」
「なるほど。中学ができたのはつい最近ですか?」
「いや五十年位前だったかなあ?あ、降りる準備して」
車は校舎に入り、駐車場に止まる。
陸島と早瀬はそのまま校舎に。周りには警備員の男性以外に人の気配はなかった。
「あれ?生徒は?」
「体育館よ。今集会やってるから」
「集会?」
「恒例よ。入学式終えた後は新学期だしまあ諸注意とかそういうの。さ、行きましょう」
陸島は職員室にて手続きを済ませると、その足で体育館まで向かう。
(これは……思ったより緊張するな)
体育館のドアの前に立つ。近くには早瀬先生がいた。
そして一呼吸をおいてドアを開く。
体育館の中はバスケットのゴールに加え、数百人の生徒と数十人の教師が並んでステージ上の年老いた女性が話をしていた。
「こんにちは。校長です。入学してからまだ日も浅いですが、皆さんにお知らせがあります」
その言葉に後ろを振り向いた一人の女学生は『あ』と声を上げて陸島を見た。
それに続いて他の女学生も一斉に振り向く
――え?えぇーっ!?
――うそでしょ?本当に?!
――でも意外といけてない?顔つき怖いけど
――サイアク。男で魔女とか
(まあそうなるな)
どよめきはある程度予想はしていた。
早瀬先生に導かれ、陸島の足取りはやがてステージ近くまで進む。
「珍しいでしょう。本国では珍しいウォーロック……ようは男性の魔法使いですね。記録でも最後に確認されたのは百年近く前……皆さんはある種幸運だと思いますよ?こんなに若くて――」
「先生」
嬉しそうに語る校長の早瀬の遮る声。校長先生は早瀬のあきれた瞳に自分を戒める。
「すみません皆さん。何分本当に珍しいことなので」
年甲斐もなくはしゃぐ老婆の態度に教師陣、生徒達ともに笑い声が聞こえだす。
「えーっと……それじゃあ自己紹介をお願いします」
校長の呼びかけに応じ、陸島は首を縦に振ってステージ上に上り、校長が使ったマイクの前に立つ。その間やはりというべきか、騒ぎ声が聞こえる。
「今日からこの高校に転校してきた陸島鉄明です。よろしくお願いします」
そういってお辞儀をすると彼はそそくさとステージから降りる。
「ありがとうございます。それじゃあ陸島君はA組ですから、後のことは早瀬先生から聞いてください」
「わかりました」
その後は特に変化なく、朝礼は終わって一同は教室に戻っていった。
陸島はその間にカバンを持って教室に入ってあたりを見渡す。
「座席、あそこだと思う」
ふいに後ろから声がした。スーパーに出たあの日に見たツインテールの少女がそこにいた。
「ああ、どうも」
「あ、私……相島紫苑。よろしくね」
「ああ」
挨拶をそっけない態度で返すとそのまま椅子に座る。
「あ、そういえば……陸島君は自分の魔法適正ってわかる?」
「大地の適性がどうこうってのは聞いてる」
「本当?じゃあ私と一緒だね」
「それでなにかあるのか?」
「ええっと……その……」
「もーっ!なんですか貴方は本当に!」
二人の会話に何者かが割り込む。
「あ……ツバキちゃん」
そこにいたのはウェーブのかかった長い茶髪の子。膨れた面が怒りをあらわにしていた。
「アナタもアナタです!もっと愛想よくできないんですか!!」
「愛想……?」
「あ、わかりました。アナタ所謂根暗ですね?わかっちゃいましたよワタシ!」
ぎゃあぎゃあと喚くツバキと呼ばれた彼女を見て陸島が一言。
「小さいくせによく吠える」
「なんですとー!?」
実際間違ってはいない。彼女の身長は百四十センチ前後と彼女自身のコンプレックスにもなるほどの小ささ。
でも人が気にしていることをバカにしてはいけませんよ。
「ツバキちゃん。もういいのよ。陸島君もそんなにカリカリしないで――」
「もーおこりましたよー!?こうなったら――」
「はいそこまで」
さらに割って入ったのは教師の早瀬。
「流山さん。気持ちはわかりますがいちいち相手にしてたら疲れちゃいますよ?陸島君ももっと愛想よくしてね?女子ばっかで肩身がせまいとかあるかもしれないけど……大丈夫。精一杯サポートするから」
「そうですか。どうも」
各々が席に着き、早瀬も教壇の前に立つ。
「さて皆さん。入学式が終わってこれからは中学と一緒で授業の一部に魔法が入ります。しかし陸島君はまだその辺り理解できてないと思いますのでそこは私たちと……そうね。席の近い相原さんがいいかも。魔法適正が同じというのもあるしね」
早瀬の言葉に周囲がざわつく。
――じゃああの男のパートナー、相原さんがやるかもってこと?
――やあねえ。不潔というか
――でも相原さんしかいないと思うわ。このクラスで大地の魔法適正と実力とか考えると
(適正ねえ。まあなんでもいい。ん?ちょっとまて相原って確か――)
視線を相原の座っている座席に向ける。彼女もまたこっちを見ていた。
陸島を見つめるその顔は優しい笑みであった。