目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

1-2

「こんにちは。学生さん」


 陸島が男子寮の中に入ると奥から誰かがやってきた。見た目からして女性で年は五十代半ば程。白のエプロンを身に着けて陸島の到着を待っていたようだ。


「……どうも、こんにちは」


「あら、お疲れ?」


 元気のない返事にエプロンの女性は苦笑いを返す。


「ええ、まあ」


「何か飲む?コーヒーとか?」


「じゃあそれでお願いします」


――しばらくこんな状況が続くのだろうか。流されるというかなんというか


 玄関で靴を脱ぎ、右手のドアを抜ける。


「ああそうそう。私、三田川っていうの。よろしくね」


「はい。よろしくお願いします」


 玄関の右手を抜けた先その先には広いリビングの空間が。近くの壁に掛けられている見取り図によれば北側からキッチンに冷蔵庫、その下には間をおいて八人は座れる黒の食卓テーブル。壁際には大型テレビが設置されておりその正面には足の低い木製テーブルをはさんでソファー。さらにその南側には窓の傍にドリンクサーバー。


「ドリンクサーバー?」


「ええ。好きに飲んでいいわよ。男の子なんだからいっぱい食べるし飲むわよね?」


「どうでしょう」


「ああ、待ってて。コーヒーと……モンブランとかでいいかしら?」


「それでいいですよ」


 黒のテーブルに設置された椅子に座り、コーヒーを待つ。その間に近くに掛けられていた見取り図にもう一度目をやる。

 寮の一階には中心に玄関があり、目の前には階段。左側には銭湯クラスの大きさを持つ風呂場にお手洗い。右側には今いる広々としたリビング。三階には個室が六つで三階は倉庫とバルコニーがある。


「そういえば男の子ってさ――」


 キッチンでコーヒーとモンブランの準備をする三田川はわくわくした様子で陸島に声をかける。


「やっぱりご飯はたくさん食べるのかしら?例えば……そうドカベンとか教科書押しのけて入れて。それからあとは四六時中異性にどうしたらモテるのかを想像してるって本当?」


「知りませんよ」


 陸島は彼女の質問にげんなりとした態度で返答しつつ、カバンから一冊の本を取り出して読み始める。


「もう、つれないわね。それじゃあ島の女の子たちに――」


「どうでもいいです」


 三田川の声を切るように陸島はやや怒り気味に返した。


「……そう。じゃあはい」


 三田川は残念そうにテーブルの上には淹れたてのコーヒーとモンブラン。それとフォークが一つ。


「お砂糖はいらないです」


「無糖でいいのね?」


「はい」


 コーヒーの香りが広がる中で彼は読書を続ける。


「何を読んでるの?」


「悪魔の紋章です」


「江戸川乱歩の?渋いの読むわね」


「そうですかね?」


「今どきの子って読書のイメージないから。あったとしてもファッション誌とか漫画とかじゃない?」


「そうかもしれませんね」


「ああ、そうそう。スマートフォンの設定は確認した?島の外に、本州に行くならそれを使えばいいわよ。潜水艦は出向するのは基本月に一度でね。頼めば三日……もっと早ければ一日で乗れるわよ」


「それは不便ですね」


「ええ。でも慣れて頂戴。貴方は魔女……というよりウォーロックだから」


 ウォーロック。男性の魔法使いの意味を持つ言葉。

 その単語が出たときに陸島は本に向けていた視線を目の前の三田川に向けた。


「ウォーロックってそんなに珍しいですか?」


「そりゃあもう。何せここ数十年は出てなかったから」


「どうやってわかったんです?やはりあの血液検査ですか?」


 血液検査。

 この国ではある一定の年の子供たちに健康上の問題がないかという名目で血をほんの少々抜き取って検査している。

 健康チェック、あるいは血液病などの恐ろしい病気から身を守るためという名目。

 しかし三田川曰く、その実態は魔女の適性を見抜くための方法だという。


「ええそうね。この国……というより世界の国々でも行われている血液検査。男女ともに成人前の子供たちにやっている検査でね。あれで魔法が使えるかどうかの適性を行っているのよ。ちなみに殆どはわかりきっているけど」


「わかりきっている?」


「ええ。魔女の家系に連なるものとかね。そういった家系は基本、魔女が生まれたりするのよ」


「……俺の家系も母が魔女だったりするんですか?」


 三田川の手に持っていたコーヒーカップの中身が大きく揺らぐ。


「それは……わからないわね。ごめんなさいね。事前情報は先生方や私といった所謂、上級の人たちにしか伝わってないけどその辺りに関しては聞かされてないの」


「そうですか。まあいいですよ」


 その時、三田川の瞳は陸島の口が大きく歪んだのを捉えた。


「都合がいい。話が本当なら俺には神が……世界がついてる」


 何か潜んでいるその表情に三田川はぎょっとしたが直ぐにその目が何なのか、何を望んでいる目なのか理解した。


「復讐?」


「ええ。殺したいやつがいる。俺の中の力が本当ならば……都合がいいんですよ」


「誰が殺されたのかは知らないけど……それは魔女に殺されたの?」


「恐らくは。記憶がどうも曖昧で」


「そうなのね。なら私から一つアドバイスを」


「アドバイス?」


 アドバイスという単語に食いついたのか陸島の視線は刺さるように三田川に向けられた。


「もし相手が魔女というのなら……人に仇名すもの達というのならここでの授業はしっかり受けたほうがいいわ。後々あなたがどう生きるかは私にはわからない。要は勉強しろってこと。魔女の……ええっとこの学校と本州の魔女機関もきっとあなたに力を貸してくれるとは思う。でも機関も暇じゃない。多分その相手はもう殺されてるか、捕まっているかもしれないわ」


「……でしょうね。でも捕まったという話は聞いてない。であればどこかでのうのうと生きてる。今の俺みたいにコーヒーやらお菓子屋らつまみながら笑っている。あいつらを殺したその手で」


 わなわなと震える陸島に三田川は何も言えなかった。その復讐に関しては。


「ならば最初に目標を立てましょうか」


「目標?」


「ええ。魔法とは何か。まずはそこから。目一杯学びなさい。それだけよ」


「……はい」


「大丈夫よ。貴方なら犯人を見つけ出せるわ」


「探します。絶対に」


 三田川は陸島の顔をよく見ていた。目に満ちた決意の表れを。その奥にある怒りを。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?