昼休み。学生たちは各々自由に食事をとっていた。
例えば校門を抜けて近くのフードコートまで向かったりするなど高校というよりは大学に近かった。
そのせいか休憩時間も一時間以上あったりする。
「この辺か……確か」
陸島も校舎の外に出てある店を探していた。
(第五区……行政機関が多くあるって話だが学校って行政に入るのか?)
ふとそんな疑問が脳裏に浮かんだ。
玉之江島は島の中央に三×三で九つのブロックで成り立つ町がある。
北側の一から三番区には住宅街や商業施設が主に並んでいる。
中央の四から六番区には学校や警察、病院といった施設が広がっている。
南側の七から九番区には港が近いこともあってか、倉庫や北側とは違う商業施設や宿泊施設などがならんでいる。
また、さらに北側には森が広がっており、その一部には田んぼや畑、酪農エリアもあり、ほぼ自給自足が可能なのだという。
「ええっとこっちで……あ……あれか」
慣れない道を歩く。
レストランの並ぶアーケード街を少し外れた場所にその店はあった。陸島が前から目をつけていた一つの店があった。
外観は木造で年季が入っているのか所々に傷や汚れがあり、店の入り口近くにある食品サンプルの展示されているショーケースの中の文字も黄ばんでいた。だが営業中の札がかかっており、人の出入りも見受けられた。
「ここだ」
最初のころは校舎内にある食堂で食事にしようとしていたが周囲の視線が、ウォーロックである自分に向けられる視線が非常に気になっていたために、やむなく場所を変えることにした。特段うるさくなくて自分の好みのある料理屋。そして見つけたのがこの店。掛けられていた看板には店の名前は『ひらさき食堂』と書かれていた。
「さてと」
がらりと店の引き戸を動かす。内部は思ったより広く、座敷の席もあればカウンター席もあった。
内装も外の年季の入った外装と違ってカウンターや椅子も綺麗で、どうやらリフォームを最近行ったらしい。
「いらっしゃい。席は自由についていいぜ!何にする?」
「ざる蕎麦、お願いします」
「あいよ!」
空いているカウンター近くの座席に座ろうとするとふと近くの客に陸島の視線が動いた。
(あれは……確か同じクラスにいたやつか?)
セーラー服を着た一人の少女がそこにいた。耳を覆うくらいで肩につかないほどの長さの髪に有線のイヤホンを耳につけてスマートフォンを片手でいじっていた。
(こっちには気づいていない……まあそれでいい)
ショートヘアの少女はかけうどんが運ばれていた。
それからしばらくして陸島にも頼んでいた料理のざるそばが運ばれる。
(ニュースでも見つつ食うか)
外の世界の情報をテレビ越しに聞きながら蕎麦を啜る。そんな時、電話が鳴りだす。
(なんだ一体?)
食事を止めたスマートフォンを不機嫌に手に取るとそこには『相原紫苑』の文字が。
連絡先を交換した覚えはない。
「どうなってる……?」
震えの止まりそうにないスマートフォン。不思議さと不満の混じった顔で彼は一度電話に出ることにする。
「なんだ?」
「あ、陸島君?あのね……今日お昼って――」
「外で食ってる。だからなんだ?」
「え?……ああじゃあいいの。突然ごめんね」
相原は申し訳なさそうにして電話を切った。
「なんなんだ一体」
目の前のざる蕎麦を疑問に思いながらも食べ始める。
蕎麦は歯ごたえも良く、つゆとの相性も抜群で気が付けばなくなっていた。
(うん、悪くないな)
蕎麦の味に陸島は笑っていた。お気に召したようだ。
彼の後ろをすたすたと通るのは先ほど陸島が見ていたかけうどんを頼んでいたクラスメイト。
こちらを見ることなく彼女は勘定を済ませるとすっと去っていった。
(珍しいな。こっちに話しかけてこないやつは)
学校初日は非常にやかましかったと振り返る。
どうしてウォーロックになれたのか?家族は?得意なことは?目標は?などと色々聞かれた。
適当に答えて数日のうちにそれらは静かになった。
(まあその方が助かるんだが)
一息ついてから彼も勘定を済ませて店を出た。
外の空は澄み切っていた。
「え!?逆奈義未来が長期休暇をとった!?」
昼休み、授業開始前。
その知らせは突然教室に届き、教室の生徒たちを驚かせた。
「そうみたい。なんでも病気か何からしくって」
「えー?天罰とかじゃない?」
「あんたまだあの噂信じてるの?まあ逆奈義家ならやりかねないかもしれないけどさ」
ざわめく教室内。隅の方で座っていた陸島に相原が近づき、周囲に聞こえない小さな声で語りかける。
「陸島君。あの……さっきの電話。逆奈義さんの事なんだけど。気にしないでね」
「ああ」
そっけない態度で陸島は彼女を突っぱねる。
先日、陸島に腕を切り落とされた逆奈義未来。
中学二年生でありながら実力と将来を期待されている彼女は病気のため、療養しているという知らせが表向きには流れていた。
(逆奈義未来……まあ当分は気にしなくていいか。それより俺はどうやってあの女を追い払った?)
拭えない疑問が脳裏に浮かぶ。
逆奈義未来とその部下を追い払った。それは事実であったが、当の本人は何も覚えていないのである。
(あの時使った力……魔法が使えれば。いつでも使えるようになれば――)
こちらに一つの視線が向いていた。瞳よりも一回り大きなレンズの眼鏡をかけ、淡い桃色の長い髪の少女が陸島をじっと見ていた。
「なんだお前?」
「なんだじゃないです。どーしてシオンちゃんにあんなに冷たいんですか?」
「紫苑……?」
「相原紫苑ですよ。私の友達の!」
「ああ、それが何だ?」
「もーっ!!」
目の前で怒る流山椿の怒り具合を陸島は冷静な目で見ていた。
「なんだお前。なぜそんなにカリカリしている?」
「お前が言うなです!」
「……ああそう」
面倒くさい。それを顔で伝える。流山はその表情にさらにムカッとした。
「あーもう!決闘しかねーですよこんなの!!」
「決闘?」
――決闘?
――え?今あの子決闘って言った?!ウォーロックに?
――流山さん本気?
突然教室内がざわつき始めた。
(なんだ?決闘?サシで殺しあえと?)
「ふふん。逃げてもいいんですよ?」
どや顔で見せつける流山に陸島は不敵に笑う。
「殺し合いか?上等だよ!」
「……この私のビビらないとか正気ですか?」
「いやお前なんて知らんわ」
「……確かに!」
どんがらがっしゃーん。
一同そうずっこけの音。
「ま、まあいいでしょう。二週間後にしましょう。後悔させてやりますよ!」
魔女決闘。玉之江島の魔女が時折行うとされる戦闘訓練。
この日、流山椿と陸島鉄明の決闘が二週間後に決まった。
――ぶっちゃけた話、こんな簡単に決まるものだとは当時は思ってなかったな。だが上等だった。俺には力が必要だった。いや、経験と言うべきか。だが相手の魔女……流山椿だったか?まさか奴があの一族の家系とは思ってなかったがな