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2‐1 魔術師見習いとして

 日本国内において、魔女としての適性があるものは皆、ある島に集められている。

 その島の名前は陸島が早瀬先生に聞いたところ、玉之江島(たまのえじま)という。

 魔術師見習いとして全国から集められた少女達は一人前の魔女として成長していき、やがて魔女となって本土に帰っていくという。

 陸島鉄明は数少ない魔法の適性がある男で日本においては久方ぶりの男の魔術師、『ウォーロック』であった。

 この物語は陸島鉄明がウォーロックとして成長し、ある事件の犯人を捜す物語。


「……で、なんだこれは」


 ある日の午後。大地の魔術に関する授業。

 陸島鉄明というウォーロックの存在もあって周囲の視線は彼に集まっていた。

 一方その彼はというと、目の前の耕された正方形の土地に立たされていた。広さにして約八メートル。正直何が起きようとしているのか今の彼には皆目見当もつかなかった。


「谷崎先生、俺は何をやらされるんです?皆目見当がつかないんですが」


「でしょうね。陸島君だけですから。今年の新入りで大地の魔法に適性があるのは。というより今年はまだ陸島君だけですからね」


 そう答えたのは教師の谷崎。担当教科は国語で教えるのは大地に関する魔法。


「俺に何をしろと?」


「その土地から植物を呼び出してほしいんです。でも今のあなたには杖というか道具がないですよね?」


「……ああ、そういえば」


 この世界において魔法を行使するのであれば条件は三つ。

 一つ目に魔法使いとしての適性があるかどうか。

 二つ目に魔法や魔術を行使するにあたって、それに適した呪文や術を正しく覚え、実行できるかどうか。

 三つ目にそれを行使するにあたって体力、魔力があるかどうか。

 この二つからは杖に関する記述がない。杖などの道具があれば三つ目の条件をある程度は緩和できる。


「杖なんて言われましても――」


――待てよ?これならどうだ?


 ふと、そう思って陸島は持ってきたカバンの中からそれを取り出した。


「……り、陸島君?なぜそれを?」


 困惑した目で谷崎先生はそれを見た。十手だった。

 周囲の生徒も何故それなんだという目で十手を見ていた。


「……なんででしょうね」


 当の陸島にもそれがなぜあったのかわからずじまいだった。

 ただ入っていたとしか答えられなかった。

 周囲からは疑念の目と苦笑いの声が聞こえる。


「あ、あの待ってください」


 その集団の中から一人の少女が手を挙げた。

 陸島の数少ない知り合い、相原紫苑だ。

 ツインテールの髪をなびかせる少女は谷崎先生に向かって意見を述べる。


「その十手が鉄で出来ているのであれば、恐らく杖として……道具として行使可能なはずです」


「え?大地の魔法で?」


 陸島は相原の意見に疑問の目を向けると、それに対して相原は返答する。


「ええっと……鉄というのは古来より大地の中にあるの。だからある程度は大地のエネルギーを持つ側面があるとして鉄は扱われていたの。でも木材とかの方がやっぱり人気かな?」


「相原さんの言うとおりね。鉄だとちょっと難しいかしら?」


 先生も鉄による大地の魔法の行使には難色を示す。


(果たしてそうか?そのくらいなら教科書に書いてあった蔦の展開や地面の隆起くらいできそうだが……)


 授業前、彼は教科書に関しては一通り読み終えていた。


(教科書のタイトルが『大地Ⅰ』ってのがなんかシュールだったが……まあいい)


 名前のセンスはともかく、ある程度の知識はあったので早速十手を示された地面に向けて振るう。


(教科書によればまず自分から魔力のオーラを周囲に広げるところから始めると良いって書いてあったな。そこから対象や空間に向けて自分のイメージを投影して実行。だから――)


 この世界における魔法実行の手順の中で基本的なモノを一つ上げる。

 一番目に自らの魔力を放出するイメージ。

 二番目に実行したい魔法の位置を指定。

 三番目に実行する魔法の発動をイメージして実行。

 そして魔法は発動する。最も発動すればの話だが。


「はっ!!」


 勢いよく振るわれた十手。そして振るわれた先の地面には――


――にょき


 一つの芽というべきか茎というべきか。蔦というにはどこか弱弱しいそれが地面より現れ出でた。


「……え?」


 陸島はそのくねくねした細長い芽に困惑した。

 周囲の静けさとその芽の出方にシュールさに陸島は吹き出した。


(笑った!?)


 陸島の笑いのツボに刺さったのを相原は驚かずにはいられなかった。


「噓でしょ?」


「こ、これだけ……?」


「十手で……?」


 同じように授業を受けていた女学生の群れから声が聞こえる。

 騒がしい群れに向かって陸島は舌打ちする。


「やはり初めてだと上手くいかねえか」


「そ、そんなことないよ!?詠唱とかちゃんとした道具もなしに魔法を行使するのって……特に駆け出しの魔法使いにはそうそうできることじゃないよ?」


 相原は不機嫌な陸島を何とか元気づけようとしていた。


「ああそうかい」


「本当よ?」


 陸島の深くなる顔のしわに対し、相原は笑みを見せる。


(先日の件といいこいつ……なんなんだ?)


 教科書に載っていた魔法の術を一つ一つ確かめていく傍らで陸島は相原に視線を時折向けていた。そして校長を務める佐倉京香の言葉を思い返す。


――陸島君。お願いがあります。彼女……相原紫苑の事です。あの子は幼き日に魔女の眷属であった父を任務にて亡くしており、中学の時に母を病にて亡くしました。身寄りのない子なんです。もし貴方に少しでもあの子に分けてあげられる優しさがあるのなら……時折でいい。あの子の隣にいてあげてください。老婆として、校長としてのお願いです


(逆奈義家だったか?あのいかにもな連中に追われてるのを見るとなると……それでいて実力持ちってところか)


 相原は大地に向けて杖を和やかに振るった。次の瞬間にはあたりに花々が咲き誇り、草の緑と幹の茶色しかなかった風景に彩を持たせて見せた。


(知ったこっちゃないが校長には貸しもある。事件の資料……正直そこまででかくはないが今後も何処かで調査する機会があるはず――)


「やあ陸島君」


 振り返るとそこには艶のある長い黒髪をなびかせる一人の女学生が陸島に向けて挨拶をしてきた。

 萩野玲。背丈は男子の陸島に近いほどの高さで、凛としたその要旨でスタイルにも恵まれている。


「……誰だ?」


「ああ、萩野だよ。先日の……あの日は君が助けに来てくれたって彼女が言ってた。礼を言うよ」


「礼ってお前……」


「助けてくれたのは事実だろ?」


「……だろうな。なら聞きたいことが――」


 陸島が質問を投げようとした瞬間にそれを遮るように黄色い声の群れが響いた。


「萩野さまー!!」


「今日も元気で……ってどうしましたのその絆創膏?!」


「お怪我をなされたのですか!?大丈夫ですか!?」


「ああ、気にしなくていいよ」


 萩野の周囲には彼女のファンが陸島を押しのけて大勢集まっていた。


(なんだこいつら)


 げんなりした目で陸島はその取り巻きを見ていた。


「ああ、ごめんね。彼女たちは私のファンで――」


「萩野様、何ですか?このウォーロックと知り合いなんです?まさか恋人?」


「ええっ!?嘘ですよね!?」


 彼氏疑惑に一斉に騒ぎが大きくなった。


「萩野様がこんな男と歩くわけないでしょ!?」


「そうよ!萩野様には私がふさわしいのよ!!」


「どさくさに紛れて何言ってますの!?」


――うぜぇ


 溜息を吐いてその場を後にした。

 魔法の授業時間は騒がしくも過ぎていく。

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