「いやぁぁぁぁぁ!?」
落とされた右腕からは鮮血が勢いよく吹き出し、逆奈義はその凶流に絶叫せざるを得なかった。
「な……なんてことを……」
腕を切り落としたその刀の切っ先を相原はおびえた目で見ていた。
(でもなんで……なんで貴方は鉄の魔法をあっさりと使いこなせてるの?)
「お、お嬢様ぁ!!」
困惑する相原の横に部下の鈴井は立ち上がって勢いよく杖を振るって陸島を吹き飛ばす攻撃を仕掛け、落とされた彼女の右腕を手に取るとぶつぶつと呪文を汗ばんだ体で必死に唱える。
「くそっ!一旦引け!!」
護衛の一人が大声で叫ぶと逆奈義と鈴井を囲って混迷の中、その場を走り去っていった。
その場に残ったのは息を切らして倒れこむ陸島と相原のみ。
「う……ぐぅ」
彼よりあふれ出ていた黒い靄はいつの間にか収束を迎えており、彼はそのまま目を閉じた。
「あ、陸島君……!」
駆け寄る相原。呼びかけに陸島は応じない。
「どうしよう……どうしよう」
周囲を見渡す。夜は静かに更けていく。
「う……ん?」
白い天井が一番に視界に入って陸島は目を覚ました。
「ここは……」
「あ……起きた」
ベッドの左側には紺のセーラー服を纏った少女、相原がいた。
「おい、何がどうなって……ぐぅ」
「大丈夫?まだ痛い?ここは病院。玉之江島の中央エリアにあるの」
腹部を抑えて陸島は痛みの感覚をズキズキと感じ取る。
「そうだ、あいつらはどうなった?」
「逃げ出したみたい」
「逃げた?何故だ?」
「それは、えっと……覚えてない?」
「……覚えていないが。確かお前が何かに追われていて……それで俺がそいつらをどうにかしようとして……ダメだ。どうにも思い出せない」
「……そう。今は休んでて。週明けには学校に通えるから」
「どのくらいたった?」
「一日よ。大丈夫。お医者さん曰く、休んでればいいって」
「そうか。わかった」
ベッドに深く沈む。
「おなか空いてない?」
「今はいい」
「喉乾いてない?」
「大丈夫だ」
「……どうして私のために戦ってくれたの?」
「成り行きだろ。あのクソガキみてえな女が気に食わなかったんだ」
会話の途中でドアががらりと開く。
「おや、目が覚めましたか」
ドアの向こうから一人の女性が入ってきた。
「校長先生?何故貴方がここに?」
「いえ。あの夜、トラブルがあったといいましたね?」
「ああそういえば」
「彼女ですよ。逆奈義未来(さかなぎみらい)。逆奈義家の次期当主にして魔女の中でも類を見ない実力者……それを倒したと聞いていますよ」
校長の語りは落ち着いていた。困惑した様子も慌てた様子も何一つ見せず昨日の出来事を伝えた。
あの日の夜、相原は男子寮の方に忘れ物をしたといい、一人で男子寮に向かおうとしていた。その途中で逆奈義家の護衛と逆奈義未来に遭遇。その折、相原を連れ去ろうとして騒動に発展。これを聞いた校長は逆奈義家に電話し、さらに相原を捜索していたが、おとりの車を捕まえてしまったのだという。捜索範囲を町の外に広げたが、校長が相原を見つけたのは右腕を切り落とされて絶叫を上げた瞬間だった。
「何人で捜索したんです?」
「そうね。二十人くらいかしら」
「なぜすぐに発見できなかったんです?」
「逆奈義家も中々厄介なところがあってね。曰く付きというやつね。逆らう家や個人を容赦なく潰す面があるの。そういう連中だから悪いことには長けているようね」
「へえ。俺も狙われますかね?」
「それはないわ。私の方から話を持ち込んだのだけれど――」
話しつつ校長は一枚の紙を持っていたカバンから取り出して陸島に渡す。
「これは……」
紙には昨日の騒動に関する一部始終がまとめられていた。
内容としては先ほど校長が話していた内容が記載されており、さらに追加で下記の内容が記されていた。
――本件に関しては逆奈義未来(以下、甲)の独断であるものとし、また相原紫苑(以下、乙)の眷属並びに逆奈義家への契約を今後、交渉しないものとする。また陸島鉄明(以下、丙)の甲への反撃は正当防衛であったとみなし、逆奈義家はこれを承認するものとする。
「この書類がある以上、下手に向こうは……逆奈義一派は手出しできないわ」
「紙切れ一枚で?」
「そうね。確かに紙切れ一枚じゃあどうしようもないかもしれない。でも交渉には私自ら出向いたので大丈夫ですよ。」
「え!?こ、校長先生が……ですか?」
「勝手に話を進めただけだろ」
目の前の誓約書に対し、陸島は溜息を吐く。
そのしぐさに対し、相原は慌てつつも説明をする。
「そ……そうでもないよ。だって契約というのはね、魔女にとって凄く大事な事なの。履行は当然だし違反すれば厳しく罰せられるどころか一族から縁切りもありうるの」
「そういうことです。本当は別でちゃんとした書類があるのですが、今は私の方に書類が半分保管しておりますので」
「半分?」
「ええ。書類が正式であるものを示すために割り印をし、半分にしてあるので」
「あの……それじゃあ陸島君が持っていた方がいいのでは?」
「いえ、彼はまだ弱い。書類が盗まれるか奪われる可能性もありますし、何より彼はこの島に来てから日が浅い。それならば私が間に立って両サイドがこれ以上争わないようにとしたのです」
校長の説明に陸島はわなわなと震えていた。
「弱い……か」
「そうですね。今のあなたは弱い。本土に戻ればたちまち捕まるか殺されるかの二択ですよ」
「ええ。この島は――」
新しい説明をしようとした間際、病室に軽快な音楽が鳴り響く。
よく聞けばそれは最近流行しているラブソングのようで――
「ごめんなさい。私です」
校長先生の携帯だった。
「校長先生……意外とそういうの好きみたいで」
相原が苦笑いで見ていると校長はすぐにそれを手に取って立ち上がり、電話の向こうの相手と何かを話し始める。
「校長先生、忙しい人だからよく電話とか本土への出向とかで休む暇ないって聞いてるの」
そう小声で相原は陸島に伝える。
「そうみたいだな」
「ええ……配備はそれでいいです。それから東北の……ああ、それでいいですよ。今日には出発しますので――」
校長の電話が終わるのには少しばかり時間がかかった。
スマートフォンをポケットにしまうと陸島の方に向き直り、申し訳なさそうな顔で説明を始める。
「すみません。急ですが出発しないといけなくなりました。相原さん。後はお願いできますか?」
「え?あ、はい」
「陸島君。しばらくは相原さんを頼ってください。貴方と同じ大地の魔術に適した魔術師です」
「見習いだけど大丈夫。私も弱くないから」
自信ある相原の回答に陸島は目を細める。
「本当か?」
「本当」
「こないだ捕まりかけてたが?」
「……それは」
「フフ。意地悪言うもんじゃありませんよ」
病室の時計を確認すると校長はハッとなって『それじゃあお願い』と言って部屋を後にした。
部屋には陸島と相原の二人のみ。
「ええと……あ、そうだ。お医者さん曰く明日の日曜には退院できるから。怪我、もう大丈夫だって」
「そうか。お前も今日は帰っていいぞ」
「え、でも――」
「いいから」
相原を見るその瞳は不機嫌であった。
「帰れ。しばらく一人にしてくれ。どうにも頭の整理が追い付かねえんだよ」
「……うん」
相原は残念そうに病室を出ていった。
それを確認すると陸島はスマートフォンを手に取ってメールと通話記録を確認する。
「事件の資料は……さすがにまだか。仕方ない」
――待つとしよう。復讐であれ犯人捜しであれ、今の俺にできることなんてない。
いつの間にか日が傾き始めていた。
(そういやケガ……いつの間に治ったんだ?奴らか?それとも魔女の治療ってやつか?)
右手を腹に当てる。
彼の魔術師見習いとしての学生生活はまだ始まったばかり。
「ええ。恐らくは鉄の魔法かと。しかし……」
一方、夜になって校長はどこかの施設にて電話の向こうの相手と話をしていた。
「固有の可能性もあります。それにウォーロックには未知数もあると。彼が本当に鉄の魔法が使えるというのなら……手元に置き続けるというのは悪い話ではないでしょう。もしかしたら長年続く組織との戦いのカギになるのかもしれません」