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1-6


「こっちか?」


 校長のとのやり取りの合間に聞いた話をもとに、陸島は寮の裏手にある山へ登る。


――広い場所ですか?それならこの男子寮の裏手の山ですかね。そこに祠があるのですが。ええ。道なりに歩いていけば階段があるのでそこを上った先ですね


 外は既に真っ暗闇ではあったが、街路灯のおかげである程度の視界は確保されており、山の頂上への道は灰色のコンクリートでうねる蛇のように舗装されていた。


(多分この先だろうが……どこだ?)


 その道を歩き始めて右に左に曲がって上ると、一台の車を陸島の視界が捉える。


「あれは?」


 まっすぐに車に駆け寄る。車に黒く塗られているも街灯によって輝きを見せる。

 辺りに人の気配はない。


「なんだこれ。どうなって――」


 車の止められていた近くには上り階段が設置されていた。

 階段の向こうからは淡い閃光が見えた。


(今のは?)


 片手に握っていた刀に自然と力が入る。

 強く脈打つ心臓の鼓動。


――この奥で何が起きている?なんだ?嫌な予感がする


 疑問と鼓動が足を動かして一段、また一段と階段を上る。

 階段を上ったその先に……数人はいた。


(あれは……確か相原紫苑か?あの集団に追われているってのか?)


 相原紫苑は息を切らしながらもその手に木製の杖を握りしめていた。

 向けた先には一人の少女。黒のセーラー服を身に包んだ相原と同じくらいの背丈で黒髪の少女がいた。

 その周囲には黒いスーツを着た大人が数人。女性もいれば男性もいた。


(なんだこいつら?構えといい雰囲気といい堅気じゃない。魔女の眷属ってヤツか?)


 構えた大人たちの中心で二人の少女が話を始める。


「もういいでしょう?お姉さま。私の……いえ、我が家の魔女として勤めていただけませんか?」


「それは……できないの。逆奈義さんの家には行かないって決めた」


「どうして?」


「貴方は私の友達を傷つけるから」


「私とその仲間たちが新しい友達になってあげるってさっきから言ってるじゃないですか」


「ダメ。そんな人の家には行かないって決めてる」


「……へえ」


 黒髪の少女の黒い瞳には力があった。魔術的なものじゃない。純粋な威圧を込めた瞳だった。


「……あ、陸島君!?なんでここに!?」


「あら?」


 陸島以外の全員が陸島に視線を向けた。


「どなたですか?今はお取込み中です。後にしていただけます?」


「お嬢様。恐らくは例のウォーロックかと。黒の学ランを着ているのは現状この島で一人だけです」


 青空のように青い髪をした黒服の女性の一人が黒髪の少女に、逆奈義と呼ばれた少女に説明する。


「まあ……ウォーロックとは。汚らわしい」


「ずいぶんな物言いだな。男嫌いか?」


「そうじゃありません。貴方、何も知らないでしょう?魔女の事も、島の事も、私の事も」


「ああ、知らんな。お前が逆奈義って名前以外」


「貴様……」


 生意気な回答に青髪の女性が静かに怒りを見せる。


「別にいいわよ鈴井。こいつは……あなたに任せるわ」


「やろうってのか?」


 陸島は手に持った刀を居合の型に沿って持ち直す。静かな銃声が響く。


「な……!?」


「あっ……!?」


 本当に一瞬だった。陸島も相原も驚くしかなかった。

 鈴井の放った銃弾が彼の腹を貫いた。


「大丈夫ですよ」


 ひざを折って痛みにこらえる陸島は逆奈義は笑う。


「私に逆らうとどうなるか、私に生意気向けるとどうなるか。教えてあげるというのよ。死にはしないわ。これでも私の家系、治療術に自信はあるから」


「そうかい……」


 息が荒れだすも、彼はその目から怒りが消えることはなく――


「元気になるならうれしいねえ!」


 うずくまった体制から地面を蹴り上げ、まっすぐに逆奈義のいる場所へと抜刀を繰り出さんとしていた。


「させるか!!」


 しかし黒服が斬りかかる陸島を抑え込む。


「ふふ……そのまま抑えてて。死んでしまえば元も子もないから」


「やめて!彼は関係ないわ!!放して!!」


「じゃあお姉さま。私にお願いして。私のパートナーになるって。私の傍にいてくれるって」


 逆奈義の顔はにやりと笑っていた。薄く開いた瞳、大きく歪む口元。

 陸島は抑え込めながら呻き声を吐き出す。


「さあ!さあ!!私のモノになるって!」


――またお前は失うぞ


(……っ!?なんだ?)


 どこからともなく響く声を拾った耳は陸島の耳。周囲の者たちは依然として各々の姿勢を崩そうとしない。


――思い出せ。奪われた日を


 脳裏に駆け巡る雨の森。


――思い出せ。その先にいた者を


 倒れて動かぬ者たちの姿。


――思い出せ。この世界における唯一無二の……お前の怒りを


「……ぐぅ……うぅ!?」


 全身を駆け巡る痛み。深く抑え込まれたかと思えばそれ違った。

 その時の中心は陸島鉄明であったのは確かだ。


「え……こいつっ!?」


 抑え込んでいた黒服の男が異変に気付いた。

 自らの吹き飛ばされて轟音が響いた時に。


「ガハッ……!」


「なに……!?」


「え?」


 逆奈義と鈴井も、周囲もそれを見た。

 墨のように黒い霧に覆われ、血のように赤い瞳。ゆらりと立ち上がるその姿に周囲は戦慄する。


(あれは陸島君……じゃない?)


 相原の心臓が鼓動を強く立てて否定をしようとしている。

 その悍ましきものがいた場所にいたのは間違いなく陸島。


「ウゥ……グォォォォォッ!!」


 しかし、今その場所にいるのは彼に似た何かだ。

 言うなれば羅刹か、鬼か。ふらつきながらも、周囲に立ち込めだした黒い霧はさらに増し始め、淀みを促す。


(あれは……!?悪鬼や羅刹の類とでも言うのか?いや違う。あれは何かに憑かれているようだ。まさか――)


 何かに気付いた鈴井は瞬時に近づいたすぐに吹き飛ばされる。


「鈴井!?」


「お嬢様!こいつは危険です!離れて!!」


 周囲の護衛が一斉に杖や銃、刀を取り出して陸島に憑きしものに襲い掛かる。

 第一波となる銃撃、火炎、雷撃が何かに憑依された陸島へすべて同時に命中した。しただけだった。


「な……!?」


 ゆらゆらとふらついてはいた。しかしそれは彼が何かに憑かれてからで特段そこから攻撃によって何かが変わったわけではない。歩みは静かに逆奈義の方へと進んでいく。


「させるかっ!!」


 部下の男が勢いよく飛び掛かり、刀を振るう。


「オオォッ!!」


 だがそれが陸島を切り裂くことはなかった。


「な……!?」


 斬撃は文字通り彼の顎で止められる。受け止めた刀の刃を嚙んだまま、彼は勢いよく首を振るう。

 すると刀を握っていた男はそのまま振り回されて勢いよく飛んで近くの木に激突する。


(嘘……魔法で、大地の魔法で肉体の強化は可能だけど……いきなりあそこまで可能なの!?)


 吐き捨てながら再度逆奈義の方へ向かう彼のその行動に相原はぞっとした。


「こいつ……!そんなやけな状態で!!」


 逆奈義は手に持った杖を握りしめる。杖は淡い光から眩く輝き、同時に地面に幾つかの魔法陣が描かれる。


「これでどうっ!」


 魔法陣より現れたるは無数の蔦。蔦の群れはまっすぐに陸島を絡めとり、彼を拘束する。


「ぐぅ……ウゥ……!!」


 絡みつく無数の蔦はみしみしと音を立てていた。陸島の向かう足は止まろうとすることなく逆奈義へといまだ向けられたまま。


「悪あがきをっ!!ならば大地の牙でっ!!」


 杖に光を今一度灯し、今度は地面から細く鋭い刃を形成、彼女の言う大地の牙を陸島へと突き刺す。


「ぐぅ……!?」


「フフ……どう?これでもまだ――」


 逆奈義は言葉を詰まらせる。


「え?なんで?」


 音がした。突き刺した大地の槍が突如として崩れ、さらには絡まっていた蔦が切れて落ちていた。


(どういうこと……!?いったい何が――)


 よく見れば陸島の右手にはいつの間にか刀が握りしめられていた。

 初めに突き刺さった牙を引き抜いたのち、彼は刀を手にして蔦を切り落としたのだ。


「ウォォォォッ!!」


 陸島はその場で雄たけびを上げる。その大声に周囲の者はたまらず耳を塞いだ。


(な……何よ今度は!雄たけび!?でもこれ何かおかしいっ!!)


 耳に入る雄たけびの声と同時に何かを逆奈義が感じ取る。


(気持ち悪い……耳に届くこの咆哮……)


 胃の奥から逆巻く感覚を感じられずにはいられなかった。


(でもだからって――)


 雄たけびの終わりと同時に杖を強く握りしめて蔦による彼の拘束を試みようとする。

 いつの間にか彼の左手には刀とは違う何かが握りしめられていた。


(あれは……?)


「十手?」


 相原が怪訝そうな目でそれを見た。


「魔法を使おうと?させるかっ!!」


 逆奈義が魔法を使おうとしたその時、陸島は十手を握ったその手を薙ぐように振るう。

 瞬間、彼の周囲に魔法陣が浮かび、それらの中心より無数の刃が発射された。


「なっ……!!」


――まずい。防御しないと


 蔦の群れを自身の前に展開、刃の群れは彼女を引き裂くことはなかった。


「そんな……今のは……」


――鉄の魔法!?ありえない!!そんなの使えるはずがない……!


 逆奈義未来は驚愕せざるを得なかった。

 鉄の魔法。この世界において魔法は五つから始まる。炎、水、地、風、鉄。そこから無数の魔法へと枝分かれてゆく。属さないものもあるが全ての魔女はそのいずれかから魔法を覚えるというのが普通だった。一つを除いて。

 それが鉄の魔法。普通の魔女が使おうとするのならまずその魔女は無事ではいられない。頭がおかしくなって死んでしまうから。

 なぜそうなるのか?


――鉄の魔法は精霊ごと血にまみれている。有史以来、人は鉄を取り数多の命を葬ってきた。故に鉄には溺れるほどの血が染み込んでいる。数多の生きようとした命の流れがそこにあるのだ。嘆き、怒り、悲しみとともに。今も世界の何処かでそれは命を啜っているのだ


 (これが……ウォーロックが恐れられている所以だとでもいうの!?)


 ウォーロックの力に驚嘆するするばかりの彼女についに一振りは下された。


「ハァッ!!」


 本当に一瞬だった。


「あ――」


 彼女の振ろうとしていた杖を持った右腕はあっさりと切り落とされた。

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