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第12話

 俺の細い首が締まり、骨がメキメキと鳴り始めた。

 女性の握力はどんどんと強くなっていく。


『ぐっぐるじいいいいいいい!』


 俺は逃げ出そうと必死に手足をジタバタと振った。

 だが、とても逃げられる気がしない。

 こっこのままだと、こっちの世界でも死――。


「ゴ、ゴブをはなして!!」


 ミュラが大きな声をあげ、女性のかっぽう着の裾にしがみ付いた。


「……ゴブリンを庇うの?」


 女性がギロリとミュラを睨みつけた。

 まずい、このままだとミュラまでも。


「うぐ……ミュ……に……げ……」


 駄目だ、首が締まって声が出せない。


「だって! だって! ゴブはいいゴブリンなんだもん!」


「良いゴブリン?」


「そう! ミュラのことたすけてくれた! それにしゃべれるし、りょうりできるし! ゴブはすごくやさしくていいゴブリンなの! だから、はなして!」


「……助けた? ゴブリンが、あなたを?」


 女性はジッとミュラの瞳を見つめた。


「…………洗脳……はされている様には見えないわね」


 そして、そのまま目線を俺へと向けた。


「確かに……このゴブリンは言語を話していたし、料理もしていた……普通のゴブリンではない事は確かね」


 突然女性は首から手を離し、俺はそのまま床へと落ちた。


「ゲホッ! ゲホッ!」


 絞められていた首を擦りながら咳をしていると、ミュラが心配そうに駆け寄って来た。


「ゴブ、だいじょうぶ?」


「ゲホッ……ああ 大丈夫」


「2人に興味がわいたっス」


 殺気立っていた場の空気が消え去り、女性がにこりと笑った。

 そして、店の入り口の扉まで行き、鍵をかけてからカーテンを閉めた。


「これでお客はもう来ないっス。さあ、色々と話を聞かせてもらうっスよ」


 そう言うと、女性は俺達が座っていた席の椅子に座る。


「ただし、嘘は無しっスよ」


 女性は笑顔だが、目が笑っていない。

 これは話さないと瞬殺されてしまうぞ。


「わかった。話す」


 俺とミュラは素直にその席へ座った。




 俺はこれまであった事を全て女性に話した。

 事の始まりである人身売買の事故から、今に至る所まで……。

 ただミュラが隣にいる以上、この港町に置いて行くつもりだったという部分だけは流石に隠した。


「……と 言う訳だ」


「うんうん! そのとおり!」


「………………」


 一切口を挟まず、話を聞いていた女性は少し考えたのち口を開いた。


「嘘を見抜く方法、結構ある事を知っているっスか?」


「へ?」


 なんだ。

 いきなり何を言い出すんだ、この人は。


「まず目線の動きっス。これは相手と目を合わせるのを避けたり、逆に意識的に目を合わせようとする場合があるっス」


 まさか、俺の話を聞いている間、ずっとそこを見ていたのか。


「次に手の動きっス。嘘をついた時に手を顔や首に触れたり、落ち着きのない動きが見られるっス」


 となるとまずい。

 その話が本当なら、この港町に来た部分が嘘だとバレる。


「そして体の姿勢っス。 腕組みや体をそらしてしまうといった行動をとってしまうっス」


 頼む。

 言っている嘘か、本当でも気付かないでくれ。


「最後に声の変化っス。声がわずかに高くなったり、つっかかったりするっス。で……話の中で1ヵ所、この港町に来た理由に違和感を感じたっス」


「――っ!!」


 くそっ的中させてきた。


「いや そんな 事……」


「誤魔化せないっスよ。ウチは意識的に相手を見るようにすれば、そういうところを見抜くのが得意なんっスから」


 女性が真っ直ぐ俺の方を見つめる。

 いくら五感が鋭い獣人とはいえ、この会話だけで見抜くなんて、ただ食堂の店員とは思えない。


「? ゴブ、そうなの?」


 ミュラが首を傾げ、俺を見つめた。


「そっそれは……その……」


 どうする。

 素直に話すか……いや、やっぱりミュラを目の前にして言える事じゃない。

 しかし、俺の命に関わっている事だし……。


「……あ……う……」


 俺はミュラと女性を交互に見てしまう。

 額から流れる脂汗が止まらない。


「…………ごめんっス! どうやら、ウチの勘違いだったみたいっスね。嘘は言ってなかったス」


「へっ?」


 女性は右目だけを一瞬閉じた。

 どうやら、俺の考えていた事を感じ取ってくれたようだ。

 あー助かった。


「なにそれ! ゴブをうそつきよばわりしないでよ!」


「ごめんっス、ごめんっス! …………ただ、1つだけ質問いいっスか?」


「な、何 だ?」


 答えにくい質問が来ませんように。


「……ゴブ、君は何者っスか? ゴブリンじゃあないっスよね?」


「――っ!?」


 よりもよって、一番答えにくい質問が来てしまった。


「なにいってるの? ゴブはゴブリンだよ?」


「見た目はそうっス。たまに言語を話すゴブリンはいるっスけど、それは言葉の意味を分かっていないただのオウム返し。それに、人を助ける事も絶対にありえないっス。それどころか女だと種族、年齢なんて関係なく襲い掛かるっスからね」


『……』


 答えるのは簡単だ。

 俺は別の世界の人間だったと言うだけ。

 だが、この事を話して果たして信じてくれるのだろうか。


「後まよねぇずっスね……ここは大きな港町、国内国外からたくさんの物が出回っている場所だけど、今まで聞いた事も見た事もない未知なる物っス。それが、どうしてゴブリンが作れるのか……もはや、ゴブの知能が高いといった話じゃなく、人そのもって感じっス…………もう1度聞くっス。君、何者っスか?」


 ここまで言われると、あれこれ考えるだけ無駄か。

 それに相手は簡単に俺の嘘を見破れる、下手に誤魔化す方が危険だ。


「……俺 元 別世界の人間。理由 わからないが ゴブリンで この世界 生まれた」


「「…………はあ?」」


 俺の言葉に、一瞬だけ間があきミュラと女性が同時に声を出した。


「え? え? ど、どういうこと? ゴブはゴブリンじゃなくて……にんげん? でも、みためはゴブリンであって……んん?」


 ミュラがだいぶ困惑している。

 それはそうだ、俺もこんな話されたら何妄想話をしているんだ、こいつって思ってしまうよ。


「そんな話を信じろと?」


 女性が俺を睨みつけてきた。

 だよなーそうなるよなー。

 けど、それが事実なんだからしょうがないじゃないか。


「……と、言いたいところだけど、嘘をついている様子は見られないっス。それに、それだと今までのゴブの言動に納得いくところがあるっスよね~……前世の記憶があるって人は聞いた事があるっスけど……別世界の人間は初めてっスよ」


 信じてくれたようだ。

 ああー良かったー、もうお終わりだと思った。


「ちなみに~なんっスけど……まよねぇずの料理って他にもあるっスか?」


「? あるが 野菜に そのまま つけても食える」


「そうなんっスか!? それを早く言うっスよ!」


 女性は立ち上がり、すぐさま厨房に向かって走って行った。

 そしてレタスを1枚手に持ち、マヨネーズをつけて口に入れた。


「シャクシャク……ん~! レタスのシャキシャキ感とまよねぇずの味がたまらないっス!! まよねぇず最高!!」


「あっ! ミュラも! ミュラもたべたい!」


 女性の歓喜の声に、ミュラは椅子から降りて厨房へと走っていった。


『……俺は、この世界で初めてのマヨラーが生まれた瞬間を目撃したかもしれんな……』

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