「むむっ?」
コヨミが急に眉を寄せ、俺達から手を離した。
「ミュラちゃん、ちょっと髪を触るっスね」
「? うん」
コヨミがミュラの髪の毛をゆっくりと触った。
「やっぱり……髪、かなり汚れているし、痛んでるっス。よし、今からウチと一緒にお風呂に入るっス!」
コヨミが立ち上がり、パンと手をたたいた。
「え! おふろ!? いいの!?」
コヨミの言葉に、ミュラが笑顔になった。
俺もそこは気にはなっていた。
しかし、あの沢では満足に体を洗えないし、暖かい気候とはいえ水で体を冷やしてしまうのは良くない。
そう思って、流してしまっていたのだが……ミュラの表情を見る限り気を使うべきだったか。
「勿論っスよ。綺麗綺麗にするっス」
「わあ~! じゃあゴブもいっ――」
「それだけは絶対に駄目!!」
「「ひっ!?」」
ミュラの言葉を遮り、コヨミが大声をあげた。
正体がバレた時と同じ様に、場の空気が一気に殺気立つ。
俺は無意識に両手で首を守ってしまった。
「ミュラちゃん、それだけは絶対に駄目……ゴブリンでも問題だし、中身が人だと余計に……ね? わかったかな?」
笑顔だけど、目が笑ってない。
まあそうだよな……そういう反応するよな……。
「う、うん……わかった……」
流石のミュラも、大人しく頷いた。
「わかればいいっス。それじゃあ行くっス」
コヨミはちゃんとした笑顔で、ミュラの右手を掴んだ。
「あ、ゴブくん。絶対に覗いたら駄目っスよ?」
また若干の殺気を感じる。
まあ、会ったばかりだし信用が無いのは仕方ないか。
「大丈夫。その時 この首 折る」
俺は自分の首元に指をさした。
それを見てコヨミはケタケタと笑った。
「……あ ちょっと 聞きたい事 ある」
「なんっスか?」
「中の物 興味ある。嗅いだり 少し味見 いいか?」
俺の言葉にコヨミは不思議そうにしつつも頷いた。
「別にいいっスけど……ただの薬の材料っスよ?」
「ちょっと な」
「……ふ~ん……それじゃあ、ミュラちゃん。行くっス」
「うん! ゴブ、いってくるね~」
ミュラが手を振り、俺も振り返した。
2人を見送った後、さっそく食料保存庫の中へと入った。
『スンスン……やっぱりする』
この食料保存庫に入った時に微かに感じた、スパイシーなのに甘い香りの独特な匂い。
もしかしたら、あれがあるかもしれない。
『スンスン……スンスン……スンスン……』
嗅覚を研ぎ澄まし、匂いの元を探った。
そして、数多くの種類の木の枝が束ねられて場所に着いた。
『スンスン……この中のどれかだな……これ……じゃない……これは……違う……』
1本1本手に取り、嗅ぎ分けていく。
『……スンスン……むっ! これだ!』
パッと見はその辺りにありそうな枯れた木の枝だ。
だが、俺の予想が正しければ普通の枝じゃない。
枝の先を少し折り、口へと入れた。
『モグモグ……やっぱり! これ、シナモンと同じだ!』
シナモンは、特定の樹の内樹皮から作られる香辛料だ。
現世界も同様に漢方としても使われている。
『となると……だ』
この食料保存庫にある材料を調べれば、俺の世界で使われている香辛料と似た物が他にもある可能性が高い。
それを見つければ、作れる料理の種類が多くなるぞ。
『これはテンション上がって来た!!』
さっそく俺は、傍にあった瓶を手に取り蓋を開けた。
匂いを嗅ぎ、中の物を少し手の上に乗せて味見をして行った。
「ゴブ~!」
食料保存庫の外からミュラの声が聞こえて来た。
どうやら風呂から出たようだな。
流石に全部は調べられなかったが、何個か香辛料になる物を見つける事は出来た。
これからが楽しみだな。
俺はホクホクしつつ、食料保存庫から外に出た。
「あっ! ゴブ! みてみて! じゃじゃ~ん!」
俺の姿を見たミュラが、嬉しそうにその場でクルクルと回った。
ボサボサだった水色の髪がサラサラとなびき、服は男性用の白のシャツではなく、ちゃんとした淡いピンクのワンピースだった。
「どう? どう? にあうかな?」
「ああ 似合う」
髪がボサボサのミュラしか見ていなかったから、今の姿だと別人に見えてしまうな。
「そう~? えへへ~」
ミュラがは、その場で嬉しそうに小躍りをした。
「ウチのおさがりで申し訳ないっス」
かっぽう着ではなく、布のシャツとスカートをはいたコヨミが申しわけなそうに近づいて来た。
手にはミュラが着ていた白のシャツを持っている。
「ううん! これ、すごくかわいいよ! ゴブもにあうっていってくれた~!」
「そうっスか、それは良かったっス」
「あっ、そのふくはぜったいにすてないでね?」
「わかってるっス、洗ってちゃんとしまっとくっスよ。じゃあ、ゴブくんもお風呂に入っちゃってっス。服はもう置いてあるっスから」
予想外の言葉に、俺は一瞬固まってしまった。
「…………え? 俺も いいの?」
「中身は人っスから、どうぞっス」
おお、それはありがたい。
この世界に生れ落ちてから、川の水で体の汚れを落としていた。
お湯で体を洗えるなんて思いもしなかった。
「じゃあ ありがたく」
「このまま真っ直ぐ進んで突き当りを右、2つ目の扉がお風呂場っス」
「わかった。ありがとう」
コヨミの言う通り廊下を真っ直ぐ進み、突き当りを右に曲がった。
そして、2つ目の扉を開けると湯気が出て来た。
『おおっ! 風呂だ!』
風呂場は狭く、そこに置かれていたのは大き目の木桶だった。
浮いていた木のすのこを取り、中を覗くと湯と大き目の石が4個入っていた。
『……石? なんで風呂の中に…………ああ、石焼き風呂か』
石焼き風呂は名前通り、水を張った風呂の中に火で焼いた石を入れて、その熱で湯を沸かす方法だ。
そういえば料理でも石焼き鍋という同じ様に焼いた石を入れて作る郷土料理のがあるらしい、機会があったら作ってみたいものだ。
『となれば、湯が冷めないうちに早く入ってしまわないとな』
俺はさっそく服を脱ぎ、小桶で木桶の湯をすくって頭から思いっ切りかけた。
『あー! 気持ちいいいいいいいい!!』
全身を流れるお湯が心地いい。
心も体も癒されるとは、まさにこの事だ。
『ふぅー……それじゃあ今度は体を綺麗にしますか』
置かれていた石鹸とタオルで体中を綺麗に洗い流し、準備完了。
俺はぴょんとジャンプをして、木桶の中にダイブをした。
この時の俺は、風呂に夢中ですっかり忘れていた。
ここは異世界……俺の生きていた世界に無い物、独自の習慣がたくさんある。
木桶の中に入っている石もそうだ。
その石の名前は「水火石」。
普通に触っても害はないが、水に漬けると石灰の様に石が発熱する。
その特性を利用して、湯を沸かすという仕組みだ。
そして、習慣。
発熱している水火石で火傷しない様に、湯に入る時は木のすのこを沈めて入る。
蓋と思って取り外した木のすのこが……まさにそれだ。
それに気付かず、ダイブした俺の尻は丁度水火石の上に乗っかってしまう。
その瞬間、俺の断末魔の叫び声が月牙の食堂に響き渡るのだった。