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第10話 ラグナロク

ロルタリアに戻ったフレイヤは、再び甘い日々に戻った。スイーツ漬けの生活に何の不満もない彼女は、まるで何事もなかったかのように、優雅にティータイムを楽しんでいた。


クラリス王女は、その光景を目の当たりにし、内心驚きを隠せなかった。彼女は正直、フレイヤが何日も王国から戻ってこれないだろうと覚悟していた。それどころか、王国の問題が深刻であれば、何週間も滞在することになるのではないかと考えていた。しかし、フレイヤは宣言通り、次のティータイムには悠々と帰ってきてしまったのだ。


「まさか、本当にこんなに早く戻るとは……」クラリスは心の中で呟きながら、目の前のフレイヤを見つめた。彼女は王国が襲撃されていた状況を聞いていたため、これほどの速さで問題を解決して帰還したフレイヤの実力に圧倒された。


フレイヤは、まるで何事もなかったかのように新しいケーキに手を伸ばし、幸せそうにスプーンを口に運んでいた。「やっぱりここのスイーツは最高ねぇ」と、無邪気な笑みを浮かべるその姿は、誰が見てもただのスイーツ好きの女性にしか見えない。


しかし、その背後には途方もない力が隠されている。クラリスは思わず考え込んでしまった。


「なぜ、王国はこんなにも強大な力を持つフレイヤを追放してしまったのだろう?」


クラリスにとって、この疑問は答えが見つからなかった。もちろん、フレイヤは普段はただスイーツを食べたり、ダラダラしていることがほとんどだ。しかし、それを差し引いても、彼女の能力は想像を絶するほどに強大である。スイーツを食べながら王国を救うことができるほどの力を持つ存在を、どうして王国が見捨てたのか、クラリスには理解できなかった。


「本当に信じられないわ……」クラリスはフレイヤの無邪気な笑顔を見つめながら呟いた。


「普段は何もしないけど、その力を考えれば、彼女が少しぐらいダラダラするのは許されるべきよね……」


クラリスはそう考えると、ますますフレイヤがロルタリアにいてくれることに感謝の念を抱いた。確かに王国はフレイヤを追放したが、そのおかげで彼女が今ここにいるのだ。フレイヤがもたらす安らぎと喜び、そして彼女が持つ力によって、この国は守られている。それこそ、運命によって導かれた結果ではないかとさえ思える。


「フレイヤ様、また新しいスイーツができましたのよ!」クラリスはにっこりと微笑んで言った。彼女にとって、フレイヤはただのスイーツ好きではなく、この国にとっても特別な存在になっていた。


「本当? 早く持ってきて!」とフレイヤは期待に満ちた目で返事をし、次のスイーツを待ちわびていた。


クラリスはフレイヤが導かれてきたことを、運命として心から感謝していた。スイーツ作りに情熱を注ぎ、それを心から楽しんでくれる存在に出会えたこと――それこそが、彼女にとって最高の幸せだった。




王国の空は、いつもとは異なる不穏な雰囲気に包まれていた。空を覆う暗雲は徐々に広がり、ただの嵐とは明らかに異なる異様な色合いを見せ始めていた。風は次第に荒々しくなり、大地が揺れるような轟音が遠くから響き渡る。その音は、まるで深い地の底から響き上がってくるように、重く、恐ろしい響きを持っていた。


「何かがおかしい……」


王国の民は誰もが不安を感じていた。異常な気候が続く中で、空はいつまでも晴れず、太陽は常に曇りがちで薄暗く輝いているだけだった。夜になると、月は異様に赤く染まり、まるで血のように濃い色を放っていた。


「天変地異だ!これは不吉な予兆だ!」

王都の街中では、そんな声が飛び交うようになった。各地の村でも異常な事態が次々と報告されていた。突然、川が逆流し、山から火が噴き出し、まるで地そのものが怒りを発しているかのような現象が相次いでいた。人々はただ、恐怖に震えるばかりだった。


その異常な現象の中心に、王国の各地で最も恐れられていたのは「大地の裂け目」の出現だった。大地がまるで自ら割れ、深い溝が現れ、その中からはまるで地獄のような硫黄の匂いと、灼熱の熱気が漂ってきていた。


「これは、何か大きな災厄が近づいている…」

王国の大臣たちは王宮で顔を合わせ、震える声で話し合ったが、誰一人としてこの異常事態に対処する方法を見出すことができなかった。もはや騎士団ではどうしようもないと理解し始めたが、上層部はまだ完全にその事実を受け入れきれていなかった。


その一方で、王国に伝わる古代の神話に詳しい賢者たちは、恐ろしい結論に達していた。彼らは、王宮の奥深くにある秘蔵の書物を紐解き、その予言が現実のものとなりつつあることに気づいた。


「これは……ラグナロクの前兆ではないか……」


その言葉が口にされた瞬間、王宮に重い沈黙が広がった。ラグナロク――それは、世界の終焉を告げる神々の戦いを意味していた。王国の歴史に記されている最も古い書物には、その詳細が恐ろしいほどに生々しく描かれていた。天地が逆転し、大地が崩れ去り、神々と巨人たちが最終決戦を繰り広げる――その結果、世界は一度破壊され、再生すると伝えられていた。


「そんなことが本当に……起こるのか?」

王国の者たちは、ラグナロクをただの神話だと信じ、これまでそれを真剣に考える者はほとんどいなかった。しかし、目の前で繰り広げられる天変地異が、彼らにその恐ろしい運命が現実に迫っていることを知らせていた。


「どうにか、止められる方法はないのか?」

王国の騎士団や魔導士たちは、次々と対策を講じようとしたが、目に見える天災の前では、彼らの魔法や武力は無力であった。大地はひび割れ、火山が噴火し、川は干上がるかと思えば突然増水し、さらには、空から雷が落ちるなど、次々と異常気象が襲いかかってくる。


「これは神々の怒りだ!」

王国中でそう叫ぶ者が増え、国民は不安と恐怖に支配されていた。教会では日夜祈りが捧げられ、民衆はラグナロクの到来を恐れていた。


「このままでは、王国が滅びてしまう……!」

王国の騎士団も、魔導士も、そして国民たちも次第に心が折れかけていた。この異常事態に対処できる力を持つ者など、もうフレイヤ以外にはいない――そんな声が国中で高まっていた。だが、フレイヤはすでに王国を去り、ロルタリアの民となっていたのだ。


王国の人々は、徐々にラグナロクの足音を感じ始めていた。希望はもはや遠く、神々の怒りの前兆が、着実に世界を覆い始めていた。


「しまった!」


フレイヤはティータイム中に突然立ち上がり、スプーンを握りしめたまま顔を曇らせた。その仕草に、ティアマト、フェンリル、バハムートが驚き、彼女をじっと見つめた。いつも穏やかなフレイヤの異変に、三人とも緊張した表情を浮かべていた。


「フレイヤ様、どうなさいました?」


クラリスが優雅に紅茶を飲む手を止め、驚いて尋ねた。彼女にとって、フレイヤがこうした態度を取るのは極めて珍しかった。今まで、フレイヤはどんなことがあってもティータイムを中断することなどほとんどなかったのだから。


フレイヤは険しい顔つきのまま、スプーンを持つ手をぐっと握りしめて、焦りの表情を見せた。


「王国に行ったついでに、あのお店に寄るんだった……」


その言葉に、ティアマトは一瞬戸惑った表情を浮かべ、フェンリルは微かに眉をひそめた。バハムートもいつもより真剣な顔をしていたが、フレイヤの発言の意図がわからない。


クラリスは少し間を置き、再び尋ねた。「あのお店とは、一体どこのことでしょうか?何か重要な場所だったのでしょうか?」


フレイヤはクラリスの問いに肩をすくめ、困ったように微笑んだ。「ああ、そうだわ。王国に行ったついでに、あの新しくできたスイーツ店に寄りたかったのに……すっかり忘れてた!」


その言葉に、緊張していた空気が一気に和らぎ、ティアマトとフェンリルはほっとした表情を見せた。バハムートも、呆れたような笑顔を浮かべ、静かに頷いた。


クラリスも驚きを隠せないまま、微笑みを浮かべた。「なるほど、それは大切なことですね。次に行く時は、ぜひお忘れなく。」


フレイヤは気まずそうに笑いながら、スプーンを置き、再び座り直した。「今度はちゃんと計画してから行かないとね。ティータイムに支障が出るなんて大問題だもの!」


その言葉に、クラリスや従者たちは安心したように微笑み、ティータイムは再び穏やかに続けられた。




ティータイムの最中、フレイヤはスプーンを手にしてスイーツを楽しんでいたが、突如として手を止め、遠くを見つめるような表情を浮かべた。周囲はその異変に気づき、クラリスや従者たちは不安な面持ちで彼女を見守っていた。


「フレイヤ様、どうなさいました?」クラリスが恐る恐る尋ねた。


フレイヤは答えることなく、静かに目を閉じ、再びゆっくりと目を開いたとき、彼女の瞳は青から金色へと変わっていた。内なる力が完全に目覚めたかのように、彼女から発せられる雰囲気は一変していた。


「古の神が滅ぼうが、人類がどうなろうが知ったことではない…」フレイヤは冷たく、感情を排した声で呟いた。


ティアマト、フェンリル、バハムートはその言葉に緊張感を増し、フレイヤの次の動きを見守った。


しかし、次の瞬間、フレイヤの表情が変わり、軽くため息をついた。「でも…そうだわ、あのお店のスイーツ、まだ食べてなかったわ。」


その言葉を口にした瞬間、フレイヤは立ち上がると、誰もが反応する間もなく、その場から姿を消した。


「瞬間移動…ですか?」クラリスは驚き、フレイヤが消えた場所をじっと見つめて呟いた。


ティアマトは冷静に立ち上がり、「バハムート、フェンリル、行きましょう。私たちはフレイヤ様の従者。どこへ行こうと、彼女に従うのが我らの役目です」と静かに言った。


「御意」とバハムートが頷き、フェンリルも同意するように軽く頭を下げた。


こうして、フレイヤの突然の行動に従者たちも即座に追従し、彼女の後を追って瞬間移動する。ラグナロクの気配を背に、彼女たちは再び動き出した。





フレイヤが現れたのは、まさに王国上空。彼女の背には黄金に輝く光の翼が広がり、まるでその姿は神々しい存在のようだった。王国全体がその神秘的な光に包まれ、恐怖に怯えていた人々も一瞬、何かが変わる予感を抱いた。


上空では、二柱の巨人の神々が争いを続けていた。その圧倒的な力がぶつかり合う度に大地は揺れ、建物は崩れ、王国全体に災厄をもたらしていた。しかし、そんな混乱の中、フレイヤは落ち着いた表情を浮かべ、まるで状況を見透かすかのように静かに佇んでいた。


突然、そのうちの一柱がフレイヤに向けて巨大な拳を振り下ろしてきた。しかし、彼女は慌てることなく、その拳を片手で受け止めた。その光景はあまりに静かで、まるで時間が止まったかのような錯覚さえ引き起こすものだった。


「あなたたち、ただ大きいだけで、何もわかっていないのね」と、フレイヤはつぶやきながら、軽く腕を回すと、その巨人は宙に投げ飛ばされ、大地に激突した。地面が揺れるほどの衝撃が走ったが、フレイヤの表情には一切の動揺はなかった。


その光景を見た他の神々は、一瞬ためらったように見えた。フレイヤは冷静に周囲を見渡し、「次は誰かしら?」と、静かに言っただけだった。




神々は次々とフレイヤに向かって突進してきた。だが、彼女はその場をほとんど動くことなく、軽く手を振るだけでその攻撃をかわし、時には片手で攻撃を受け流した。彼女の動きは優雅で、まるで舞うようにして敵を退けていく。


「神々と言っても、結局は力を振るうだけの存在なのね」と、フレイヤは冷静に言い放ち、その度に神々は地に倒れていった。彼女にとっては、まるで特別な力を使う必要すら感じさせないほどの余裕があった。


遠くからその光景を見つめる王国の人々は、フレイヤの圧倒的な力に驚愕しつつも、同時に希望を見出していた。彼女がいれば、この災厄を乗り越えることができる、そう信じる者たちの声が次第に広がっていく。


「どうしてこんなにも簡単に……」と、国王は信じられない思いでその光景を見つめていた。かつて彼女を追放してしまったことへの後悔が、今さらながら彼の胸を締め付けていた。


フレイヤは、ふと空を見上げた。まだ終わっていない戦いを感じながらも、彼女の中には迷いがなかった。神々がどうなろうと、自分にとっては大した問題ではない。ただ、一つだけ、彼女の思考を占めていたことがあった。


「そういえば……まだあのお店のスイーツを食べてなかったわ」と、つぶやくと、彼女はその場から一瞬で姿を消した。



フレイヤは、全身から放っていた光を収め、周囲を見渡した。消え去った神々の痕跡も残さず、王国の空はすっかり静寂に包まれていた。彼女は一息つき、少し思案顔で呟く。


「そうだわ……ちょうどよかった。あのお店でお茶してから帰りましょう。」


周囲は激戦の跡で瓦礫の山が広がっていた。しかし、不思議なことに、フレイヤが目指した店だけは無傷で建っていた。その店の姿を見たフレイヤは、満足そうに微笑む。


「前に来たときにかけておいた加護、ちゃんと効力を発揮してたみたいね。」


瓦礫に囲まれた中で、その店だけがまるで戦いがなかったかのように静かに佇んでいる光景は、何とも不思議であった。周囲に散乱する破壊された建物や荒れ果てた大地とは対照的に、その店は穏やかで、まるでフレイヤの訪問を待っていたかのようだった。


「わんわん、ティアちゃん、ハムちゃん、行くわよ。」フレイヤは声を掛け、店に向かって軽やかに歩き始める。


従者たちは無言で彼女の後に従いながら、王国での激しい戦いが嘘のように終わったことに驚いていた。ティアマトは静かに呟く。「まさに主様の加護ですね……。」


店に到着したフレイヤは、中に入るとすぐにいつもの席に座り、紅茶とスイーツを注文した。激しい戦闘の直後だというのに、その表情はとても穏やかで、まるで日常の一部であるかのようだった。


「さあ、ティータイムの始まりね。」フレイヤは楽しげに微笑み、紅茶の香りを楽しみながら、すでに頭の中は甘い時間へと切り替わっていた。


王国を襲った巨大な危機は終わりを迎えた。しかし、誰もが目の前の景色に目を奪われた。あれほどの破壊と混乱の中、フレイヤの訪れた店だけが静かに、そして美しく、その場に残されていたのだ。


その光景を目の当たりにした従者たちも、ただ静かにその姿を見守っていた。フレイヤにとって、どんな大事でもスイーツを楽しむ時間だけは変わらない。まさに、彼女らしい結末だった。


店主は困惑した表情でフレイヤに答えた。「うちは無事でしたが、王国がこの有り様では、明日から営業することも難しいでしょう。店を開けたくても、仕入れさえできない状況です…」


フレイヤは軽く眉をひそめ、少し考え込んだ。そして、穏やかな声で言った。「それは困るわね。ティータイムを中断されるなんて、最悪だわ。」


しかし、すぐに彼女は笑顔を浮かべて、店主に促した。「でももう大丈夫よ。外を見てご覧なさい。」


店主は半信半疑でドアを開け、外の景色に目をやった。そこには、先ほどまでの荒廃した王国の光景がまるで夢であったかのように消え去り、いつもと変わらない平和な王国の街並みが広がっていた。


「どういうこと…ですか?」店主は驚き、言葉を失っていた。


フレイヤは優雅に立ち上がり、「ほら、何も問題ないでしょ?これでスイーツの仕入れも心配することないわ。さぁ、帰りましょう。まだティータイムは終わっていないのだから。」


そう言うと、彼女は一行を引き連れ、店を後にした。店主は呆然としたまま、穏やかな風景と、去りゆくフレイヤの後ろ姿をただ見送るだけだった。


ティータイムの続きは、どこまでも続く。



エピローグ:甘き日常の、その先に


「ただいま、クラリス。お茶が冷めてしまったわ。入れなおしてくれるかしら?」


金色の瞳のまま、フレイヤはいつものようにロルタリアの宮廷の扉をくぐった。まるで何事もなかったかのように、そこにはスイーツの香りと穏やかな陽射しが満ちていた。


クラリスは、少し驚いたように顔を上げると、すぐに笑顔を浮かべて紅茶を注ぎ始めた。「おかえりなさい、フレイヤ様。ちゃんと、あなたの好きなミルクティーを用意しておきましたわ。」


戦いも、混乱も、瓦礫に変わった王国も――まるで夢だったかのように、静かで、優しい日常が戻っていた。


テーブルの上には、クラリスの新作スイーツ。バターと蜂蜜の香ばしいパイ、季節の果実を使ったジュレ、そしてフレイヤのために焼かれたふわふわのシフォンケーキ。


フレイヤは椅子に腰を下ろし、スプーンを手に取り、ふと目を細めた。「あの時、ちょっとだけ頑張ったから…今日のお茶がもっと美味しく感じるのかしら。」


「そう思っていただけたなら、私の努力も報われますわ。」


二人の笑い声が、ロルタリアの空に優しく溶けていく。


世界の終わりを止めた少女は、今、世界一幸福なティータイムを過ごしていた。


――そして今日もまた、ロルタリアには甘い風が吹く。



















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