夜、自宅の静かな部屋。
いつものゴーグルをつけて真緒は手汗びっしょりになっていた。
(だ、大丈夫……大丈夫だから私……!)
準備したのは、ゲーム内アバターそのままのキツネ獣人のVモデル。
耳がふわふわ動いて、尻尾もふさふさ揺れている。可愛く仕上がった自信作だ。背景もシンプルな草原風のものを選び、配信タイトルは──
『Maoのフルオ生活~ ~気ままに生産プレイ~』
配信スタートボタンを押す指が震える。
(こ、これで誰も来なかったらどうしよう……)
そんな不安を押し込め、真緒は深呼吸して、ゲーム画面を切り替えた。
「こ、こんにちは~……えっと、Maoといいます……」
震える声で第一声。
誰もいないかもしれないチャット欄に向かって、ぎこちなく挨拶をする。
ゲーム内のMaoが草原で素材を拾いながら、ちまちまと動く。
特別なことはしない。ただ、木を切ったり、草を摘んだり、鉱石を掘ったり──。
「……私、地味プレイしかしてないんですよねぇ……。」
カメラの前、独り言みたいにぽつりぽつりと呟く。
心臓がうるさい。この緊張、いつまで続くんだろうと思った、その時。
『有名人配信キター!!』
チャット欄にいきなり飛び込んできたコメントに、真緒は思わず息を呑んだ。
(えっ、えっ、見てる人いる……!?)
しかも、続くコメント。
『木洩れ日レシピカンストしたMaoさんだよね!?』
『マジですげえ』
『素材集めの手元見れるとか神』
ざわざわと、少人数ながら盛り上がっている。
(うそ……こんな、地味な配信なのに……)
戸惑いつつも、画面の向こうから寄せられる好意に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
そして、ふとこんなリクエストが飛んできた。
『クラフトの様子も見たい!!』
『レシピ練度の話聞きたい!!』
(えっ、クラフト!? 今、採取してるだけなのに!)
内心ドタバタしながら、真緒は急遽、素材集めを切り上げた。
「えっと、じゃあ……今集めた素材で、ちょっとだけクラフト画面をお見せしますね!」
声も動きもぎこちないままだが、ゲーム内のMaoを工房へ向かわせる。
その間もチャットは止まらない。
『楽しみ!』『クラフト師匠きた』『どんなレシピ使ってるのか興味ある!』
(わ、私、そんな大層なものじゃ……)
嬉しいけど、恥ずかしい。それでも、期待されていることが素直に嬉しかった。
工房に着き、真緒は練度がもう少しでカンストする【陽彩の木洩れ日】のレシピを開いた。
「これが、もう少しでカンストするやつです……。」
画面には、素材リストや完成品のイメージがずらりと並ぶ。
チャット欄がざわっと沸く。
『うわあ、綺麗!!』
『素材のストックすごっ!!』
『このレシピって?』
コメントを読んで、真緒は自然に口を開いていた。
「小のレシピは通常NPCからもらう木漏れ日セット①を10回クラフトすると木漏れ日セット②のレシピが解放されます。んでさらに②を10回作ると木漏れ日セット③が解放されて全部で10個の家具で1セットってなります。このセットの家具全部の難易度をSSにするとセットカンストとして一段階上のレシピが解放されます。それが陽彩の木洩れ日セット①です。あとは同じパターンです。」
『そんなに数あるのか!』
『ほかの職でも同じ?』
「あ~私は染色師も持ってるけど染色師は④まであって、12色で1セットでやっぱり上があります。」
話しながら、手元で実際にクラフトを始める。
素材を選び、組み合わせ、練度の数値を見ながら、細かく調整していく。
(あ、私……いつのまにか普通に話してる……)
最初の緊張なんて、どこへやら。
好きなことを語っているうちに、真緒の口調も滑らかになっていた。
コメントも途切れず、
『勉強になる!』
『細かいこだわりすごい』
『地味プレイって言ってたのに超本格派』
など、感想や質問がどんどん飛んできた。
(うれしいな……見てくれてる人、ちゃんといるんだ)
画面の向こうに確かに誰かがいる。それが、こんなにも心強いなんて、思わなかった。
「んで、これまで作るとこのシリーズはカンスト!」
画面のエフェクトが眩しく光った。
そして。
【システムメッセージ】
【プレイヤー『Mao』が『陽彩の木洩れ日レシピ』練度SS達成!】
【特別報酬『家畜・ペット機能』が解放されました!】
──全体チャットが、爆発した。
【うおおおお!Maoすげええええ!】
【家畜解放ありがとー!!】
【助かるマジで助かる】
【マジ尊敬】
【今度は俺らが追いつく番だな!】
【待ってろMao!】
コメントの嵐。
嬉しさに、目が滲みそうだった。手を震わせながら、真緒はクラフト台にそっと手を置いた。
画面の中で、見慣れた耳と尻尾が、ぴくぴくと震えている。喜びと、安堵と、誇らしさと。色んな感情が、ごちゃまぜになっていた。
配信を始めたばかりで、まだたった数人のリスナーだけど。
(これが、最初の一歩だ)
真緒は心の中でぎゅっと拳を握った。
「これからも、コツコツやっていきますので……よかったら、よろしくお願いします!」
VモデルのMaoがぺこりと頭を下げると、画面の中のコメントがぱちぱちぱちと拍手絵文字でいっぱいになった。
真緒の胸に、ぽっと、小さな火が灯った夜だった。