彩風の丘。風が駆け、色とりどりの花が舞い、柔らかな光が大地を包む。
「……あれ、これもう無理じゃないか?」
戒が斧を下ろして座り込む。周囲には、戦闘の痕跡と、散らばった素材袋が転がっていた。
「うーん、やっぱり『風幻蔓』が足りない……。リュベールの攻撃、防具なしじゃ耐えきれねーよ。」
Reonもため息をついて、インベントリを覗き込む。装備強化用の素材がどうしても揃わないのだ。
「でも倒さないと素材も手に入らん、つまり俺ら……詰んでる。」
Soutarが苦笑しながら、地面に座って空を仰ぐ。
「すごいな、Maoさん武器も装備も作れないはずなのにここで勝ちまくってるんだよね。」
三人とも、彩風の丘に出現する**ボスモンスター《風花のリュベール》**に挑もうと試みていた。
しかし、リュベールは軽快で強く、彼らの手持ち装備では少し力不足だった。
「とりあえず、通話繋ぎっぱで素材集めよ。戒、その剣、まだ分岐どっちか迷ってんの?」
Reonが話を振る。
「……うん。正直、火力特化で行くか、ガード貫通系かで迷ってる。ソロだったら火力一択なんだけど、今は三人で組んでるし。」
「ならサポート意識してもいいかもな。俺の斬撃系と合わせれば、コンボで押し切れるかも。」
「それ言うなら、Soutarもそろそろ狩人じゃなくて聖騎士に絞ってもいいんじゃね?」
Reonが茶化す。
「ちょっと待て、狩人のデバフがなかったらリュベールの風纏い解除できなかっただろ?」
Soutarがすぐに反論してくる。そこから、各自のスキル振りの話、生産職での素材加工のタイミング、最新レシピの開放条件……と、話題がどんどん飛び回った。
まるで雑談の延長。
だが、それが心地よくて、皆笑っていた。
そんな中だった。
「――あれ」
戒の声がピタリと止まった。
「どした?」
「今、ログインリスト見たら……Maoが、ログインしてる。」
「……え?」
SoutarとReonが一斉に画面を確認する。確かに、**
「Mao:ログイン中」*自宅*の表示がある。
Reonが急に立ち上がったように声を上げた。
「店! ほら、Maoの店なら、俺らでも入れる!」
「急げ!」
三人はそれぞれ、自分のキャラをMaoの家――あの、木工台のある、陽だまりの工房へと走らせた。
ログが続いている。まだいる、間に合う。
一秒でも、一言だけでも、声が届けば――
……しかし。
「ログアウトした。」
戒の静かな声が、通話に響いた。
「つい、さっきだ……間に合わなかった。」
Soutarは、工房の前で足を止める。扉の奥に灯りはない。Reonは、扉の前で立ち尽くしていた。視線はずっと、ログアウトログを見たまま。
「あ~あ。俺たち……何やってんだろうな。」
Reonが、乾いた声で笑う。
「謝るつもりだったんだ。なのに、ずっと、戦って、喋って、笑って……結局、会えもしねえなんてさ。」
戒は何も言わず、ただ目を伏せた。
「やべぇ。なんか楽しくてつい忘れてた。」
Soutarが静かに言う。
「こうして、三人で……一緒に作って、戦って、笑えて。」
「でもMaoに謝らなきゃいけないのは別じゃん?」
「変な話だよねぇ。ここにいないMaoにあうって目的だけで一緒にいるのにさ。」
風が吹き抜ける。
Maoには、聞こえない声。でも、確かにそこにあった時間だった。