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第33話

 神域に踏み込んだような静寂。


 中央には祠の精霊樹核が浮かび、その周囲を巨木のような姿の神樹精霊がゆったりと動く。


 《古樹の精レアフォル》。威厳と神秘をまとった地の神獣。


 「ひなちゃん。行ける?」


 「もちろんっ、陽の舞からいくよ!」


 ひなが軽くステップを踏むと、淡い風花が舞い、空気が弾ける。


 《風の舞》──味方の移動速度と回避を引き上げる範囲バフ。続けて《幻惑のステップ》。眩惑の残像がレアフォルの視界を曇らせ、命中精度が落ちる。


 その瞬間、Maoは霧のように姿を消す。


 「……影、入るよ。」


 地を這うように忍び寄り、精霊の背面へ。


 《シャドウピアス》──背後からの奇襲が炸裂し、水晶の装甲にヒビが入る。「毒入れる」《ポイズンダガー》《スリープショット》と立て続けに撃ち込み、状態異常を撒いていく。

 ひながその間に《彩光のリズム》でバフ維持、リズムはどんどん早く、派手になっていく。


 精霊の足元、根が唸る。


 「来るよ……! 断罪の根槌──っ!」


 レアフォルの根が祠を割って突き出る。が、それを読むように、ひなが斜めに舞い、Maoの逃げ道を照らすように踊る。


 「ナイスリズム……!」


 隙を突いて、Maoが再潜伏。


 《スティールチャンス》で《樹霊の結晶核》を一撃スリ取り。


 「……成功。もうひと押し、いける。」


 そのタイミングでひなが《リズミカルトリック》を発動。戦場全体が、狂ったように脈打つリズムへ変わる。

レアフォルの動きが乱れ、反応が数テンポ遅れた。


「今だ、決める。」


 レアフォルが《大地の胎動》を起こす直前、祠中央の《精霊樹核》をMaoが狙撃し、弱体化が発動。ひながすかさずバフ・妨害舞を重ね、レアフォルの反応速度が落ちる。


 「今……! 罠、張る!」


 Maoの手が動き、捕獲罠が展開される。


 通常のモンスター捕獲とは違い、神獣精霊相手には特殊な「刻印付き封縛網」が必要だった。あらかじめ準備していた地属性専用の封縛網が、祠の床に緑光の文様を広げる。


 「踊るよ、Maoさんっ!」


 ひなが《リズミカルトリック》を再発動。


 混乱を誘う乱拍の中、レアフォルの動きが数瞬だけ止まる。


「今しかない。」


《ルナティックレイダー:ナイトスラスト》が背後から叩き込み、怯んだレアフォルの身体が一歩、罠の中心へ踏み込んだ。


 瞬間、封縛文が輝き、神樹の巨体を緑光が包む。


 祠に、静寂が戻る。


 「……捕獲、完了。」


 「やったーっ! 捕獲、成功だね!」


 Maoが《樹霊の結晶核》《祠の皮片》など素材をしっかり抜き取っていたのを見て、ひなはちょっと申し訳なさそうに、腰のポーチから花びら状のアイテムを取り出した。


 「約束通りとはいえ、本当にアイテム私がもらっていいんですか?ほとんど攻撃したのはMaoさんだし。」


「もちろん、いいよ。ボス本体は私がほかくしちゃったからドロップアイテムないでしょ?私はひなちゃんのバフのおかげで大分助かったし。」


 レアフォルは、捕獲によりアイテム化してMaoの手元に封印された。


 ひなが小さく笑って手を振る。踊りの余韻がまだ彼女の体を包んでいた。


「やっぱりMaoさん、すごいです。あんなに粘って素材ごっそり取るなんて!」


 Maoは口元は緩める。


 「ひなちゃんがバフ張ってくれてたから。回復も、助かった。背中預けられるって、こんなに楽なんだって、ちょっとびっくりした。」


「ふふっ、そういってもらえると嬉しいです。私も、あんなに動き合うの初めてで楽しかったです!」


「……また、やろう。できれば次も一緒に!」


「うれしい!こちらこそお願いします!じゃぁクリアしたんでひとまず出ましょうか?」


 そう言って祠を出ようとしたひなだったが、Maoはふと奥へ視線を向ける。風の流れがある。空気の温度が、一か所だけ違う。


 「この奥、何かあるかもしれない。ラフレア草原の隠しダンジョンにも最奥の地って隠しマップがあったの。フロレンシアの森も、奥があるんじゃないかって。」


 「そんなのあるんですか!? 知らなかった!」


 ひなが目を丸くしてMaoの隣に駆け寄る。


 「お供します! ……といっても、私、探索系のスキルぜんぜん無いので役に立てないんですけど……。でも、興味あります! 今度ラフレア草原の最奥にも、ぜひ連れて行ってくださいっ!」


 その言葉に、Maoは少しだけ目を見開いて、それからふっと表情を緩めた。


 「……うん。じゃあ、約束。今度、ラフレアの奥にも案内する。」


 「やったっ!」


 ひなが両手をぐっと握る。


 隠しダンジョン翠樹の回廊・中層部。


 天井から差し込む陽光と、そこに絡まる蔦が編む光の絨毯。Maoが足を止める。


 「……ここだ。構造が違う。」


 「えっ……見た目、全部ただの蔦にしか見えないんですが……?」


 「私は盗賊のスキルでこういうのに便利なのがあるから。これは……たぶん、“順番”。この蔦、色が違う。緑、黄緑、白……。順に斬ると、何かが反応する。」


「え、パズルですか?」


 Maoは手早く蔦を一つずつ断ち、最後に白い蔦を斬ると。


 ぴしっ!


 空間が歪んだ。ひなの目の前に、光の切れ目が浮かび上がる。風が流れ込み、淡い花の香りが広がった。


 「転移ポイント……ほんとうにあった。ってことは他のフィールドもダンジョン、隠しダンジョン、最奥って構造なのかもしれない?」


「うわぁ……すごい。ほんとに最奥なんだ!」


 ひなは目を輝かせながらも、踊り子の装飾を軽く直し、息を整える。


 「じゃあ、行きましょう。どんな場所なんでしょうね、ここすごく楽しみ!」


「ほんとうだね!どんな素材が採れるか楽しみ!」


 転移直後、二人を包んだのは――。


 やわらかな陽光と、淡い緑の花々が咲き乱れる幻想空間。天井から降る光が、透明な蔦を通してきらめき、空気に色をつけるようだった。


 「わぁ……。」


 ひながぽつりと声を漏らす。そこは、まるで花の精たちが眠る聖域だった。


 「……ここは……“クレマチスの揺籃”?」


Maoがマップを確認して呟く。


 花柱に光が差し、蔦網が微かに揺れた。


 「これは……なんだろう?全部、何かのギミック?」


 「あの光の柱……怪しいなぁ、立ってみるか。」


 Maoが光導の花柱の中心に足を踏み入れる。


 その瞬間、彼女の身体が淡い金緑に包まれ、HPバーの横に再生アイコンが浮かんだ。


 「バフ……回復、持続だ。これは便利。戦闘のとき、位置取りで差が出るかも。」


 「ふふ、探索しがいありそうですね~。」


 足元に、ひょこっと現れる小さな妖精のような存在、クレマ・ピクシー。


 「Maoさん、あれ……敵?」


 「……たぶん。ちょっと待ってね鑑定してみる。……“回復型”……ヒーラー系の精霊モンスター。」


 「なるほど~、癒されちゃう見た目だし……倒しちゃうの、もったいないかも。」


 Maoはふっと笑う。


 「なら、捕獲する?まだ捕獲罠あるよ。それとも素材ドロップ狙い。どうする?」


 「もちろん、可愛い系は捕獲です!」


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