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転校してきた美少女が俺の近くの席になったんだけどずっと彼女の方から視線を感じるのは気のせいなんだろうか……
転校してきた美少女が俺の近くの席になったんだけどずっと彼女の方から視線を感じるのは気のせいなんだろうか……
武 頼庵(藤谷 K介)
現実世界青春学園
2025年05月07日
公開日
9,043字
完結済
   苦節16年、彼女無しの主人公である内藤正行は、身体的にちょっとしたハンデがあり、隣に『好きな女の子』の姿は無い。  現実的に自分の事でいっぱいいっぱいな生活を送る中、高校生活が始まり、既に2年生になろうとしていた。  いつもと変わらず、同じような日々を過ごし、自分の方だのケアをして過ごしていた日々に変化が訪れる  『転校生』  色々と想像してしまう言葉ではあるが、そんな転校生が自分のクラスに入ってくることになって――。  視線を感じるんだけどどこから?  気になりだしたその視線の出所。気が付いたその相手に――。  あるかもしれないし、ないかもしれない、アオハルストーリー ※あまりにも酷い内容の感想・レビューなどは削除させていただきます。 ※このお話は『一コマ恋愛 視線』と連動している内容です。

視線を感じるのは気のせいなんだろうか……




 色々な『恋のオチ方』があると聞いているけど、そんな事がいつでもだれにでも起こるなんて思っていない。


 なにより誰にでも起こりうるのであれば、苦節16年、彼女無しの俺、内藤正行ないとうまさゆきにすでに彼女がいてもおかしくはないのである。


 しかし現状では俺の隣に『好きな女の子』の姿は無い。


 つまりはそういう事。『恋のオチ方』なんて夢物語の中での話か、物語の中でしか起こり得ないのだ――。



――と、思っていた。




「正行!!」

「……なんだ慎介かよ……」

「なんだよ!! 人の顔見てがっかりするなよな!!」

「いやその、お前暑苦しいんだもんなぁ……」

「体育会系どんとこい!!」

 がはははと、俺の肩をバシバシ叩きながら豪快に笑うこの男、持留慎介もてるしんすけ


 中学高時代からの知合いながら、学校は別々なのだが、中学校の部活の大会で知り合ってからというモノ、なぜか気に入られてしまったらしく、高校までも同じところに入って来るとは思ってなった。


 実際に数校から推薦の話しが来ていたらしいのだが、きっぱりと断ってこの普通の学校へと入学してきたのだ。


 入学式で会った時に聞いてみたら「お前がいるじゃん!!」と、屈託なく笑う慎介に何も言えなくなってしまった。



「なぁ今度は同じクラスになれるかな?」

「知らん!! 俺は別々でいい……」

「冷たいこと言うなよ親友!!」

「誰が親友だ!!」

「じゃぁ永遠のライバルか?」

 声だけでワクワクと期待している圧を感じて少し引く。



「そう思ってるのはおまえだけだぞ……」

「いいや!! この俺が認めた男!! それが内藤正行という男だけだ!! あの身のこなしと球際の強さ、そしてテクニック!! 凄い!! ファンタスティック!!」

「はいはい……。もう終わった事だから……」

「残念!! 非常に残念だぞ正行!!」

 背後から抱きしめてくる慎介をべりべりと引きはがしていく。


 そんな事をしながら見にいった高校生活初のクラス替え。



 残念なことに、この慎介と同じクラスになってしまった。


 因みにこの慎介だが、ウチの学校では唯一といえる程に名が通ってしまったサッカー部のエースフォワードで、プロからも注目されている。


 昨年に1年生ながらレギュラーを奪取すると、地方大会、県大会とゴールを量産し、我が高校初のベスト4へと導いた。

 だから先生方も一目置いているのだが、いかんせんこの性格をしているものだから、宥める者がおらず、なぜか俺が矢面に立って慎介の言動を抑え込んでいる。


――とはいえ、俺はサッカー部じゃねぇんだけどな……。

 迷惑な話である。




 新しくクラスメイトになったやつには見知ったやつも多くいたので、割とすんなり馴染んでいくのを感じていた。


 慎介も、俺だけに構っているわけではなく、同じクラスになったサッカー部の仲間たちや、運動部なのでよくグランドで顔を見かけていた男子生徒とも仲良くなっているので、俺的にはそっちにずっといて欲しいと思っているのだけど、なかなか俺から離れてくれないので困っている。そういうやつらがクラスの一軍とか、上位カーストとか言われるけど、そういうやつらが一定数いないとなかなかクラスの中が纏まらないのもまた事実。


 そういう『明るい生徒』のおかげか、ひと月も経たないうちにクラスメイト達の結束はなかなか強くなっていると感じていた。




 初夏を迎え、窓を開けてもそこまで詰め痛いと感じる風が入ってこなくなったとある日、いつもの様に眠い眼をこすりながら教室に入っていくと、男子たちの様子がちょっとおかしい。


 自分の席に向かいつつも、いつも以上にテンションが高いなと感じた。


「おう!! 正行おはようさん!!」

「おう……。はよ。何かあったのか?」

「ん?」

「いや、男子達……何か盛り上がってないか?」

「あぁ……」

 俺と一緒に慎介も絶賛盛り上がり中の男子たちの方へと視線を向ける。


「何でも、転校生が入ってくるみたいだぜ?」

「ん? こんな時期にか?」

「珍しいよな」

「それだけであそこまで盛り上がるか?」

「ばぁ~か。男子が盛り上がる理由なんて一つしかねぇだろ?」

「というと?」

「鈍いなおまえも!! 女子だよ女子!! 転校してくる奴ってのが女子生徒らしいぜ」

「本当かよ。何で知ってるんだよ」

「それはな、偶然昨日の放課後に職員室に呼び出された生徒がいて、そいつが俺たちの担任と一緒にいる親子を見たそうだ。で、話を聞いたら転校生だって言ってたんだってよ」

「へぇ~。俺にはその転校生の話しよりも、何故に職員室に呼び出されたかの方が気になるけどな」

「正行らしいな……」

 やれやれと言った感じに、サッカーの試合中のように大げさなゼスチャーをする慎介。



 別に僻んでいるとか、ツンと尖ってみせているとかという事ではない。

 俺には今は自分の事で精一杯で何かが出来るような状態ではないのだ。


「なぁ……」

「ん?」

「たまにはボール……蹴らないのか?」

「…………無理だ。知ってるだろ? 俺の左足がどんな状態になっているのか……」

「まぁ……な。今週も病院に行くのか?」

「行かないとな」

 俺は無意識に左足をさする


「……また、出来るようになるといいな……」

「……半分諦めてる。ここまで歩けるようになったので御の字だろ」

「…………」

 ジッと俺の左足を見つめる慎介。その眼は悲しそうな眼をしていた。そんな慎介の姿を見ていると胸が詰まる。



「お? 担任来たんじゃないか?」

「ん? お、そうだな。じゃぁまたな正行」

「おう」

 手を振って自分の席へと戻っていく慎介。それまでワイワイと騒いでいた奴らも、自分の席へと散らばっていく。



 ガチャッという音を響かせて、クラスの担任が入って来て、いつものやる気があるのかどうか分からない様な朝の挨拶をした後、一度咳払いする。


「あぁ~っと、知っている奴もいると思うが、いや、もうみんな知ってるのかな?」

「転校生っすよね先生!!」

「おうそうだ。あ、お前また職員室に来いって言われてたんだった。何したんだお前?」

「え?いやその、まぁいいじゃないっすか!! それよりも転校生っしょ!!」

「ん? まぁそうだな。じゃぁ入って来て」

 平木というクラスでも陽気な男子生徒の声に返していた先生が、教室の外、廊下で待っている生徒を手招きした。



 先生の言葉の後に教室に入って来た生徒がスッと音も感じさせない様な様子で担任の横へと並ぶ。そうして沸き上がる男子の歓声と、女子のため息。


「今日からこのクラスの一員になる転校生だ。では自己紹介してくれ」

「はい」

 一歩前に出て返事をする女子生徒。


「初めまして。今日からこの学校でお世話になる事になりました密井文みついあやです。最近引っ越してきたばかりなので、この周辺の事も良く分かりませんので、皆さん教えてくださいね。よろしくお願いします」

 ぺこりとお辞儀する密井。


「良し、じゃぁ席は廊下側の……市川の横だ」

「はい」

 鈴が鳴るような声という表現がとても合っていると思える程、凛としたその声が教室の中へと響く。


 そうして歩き出した密井。


「っ!?」

「ん?」

 担任に言われた席へと向かう際中、俺の横を通り過ぎる瞬間に、俺の顔を見た密井は「ひゅっ」と息をのむのを感じた。


 しかし俺には彼女のその表情も行動にも心当たりがない。


 ちょっとだけ頭を下げ彼女は自分の席へと進んでいったので、それ以外に何かあったわけじゃないけど――。



 それから何となく、どこからとは言い切れないけど視線を感じるようになった。




 毎日の様に教室の外側、廊下側には人が多数たむろしている。ハッキリ言ってウザいという気持もあるにはあるが、自分には何にも影響がないという事で、見なかったことにしている。


 何しろそいつらのお目当ては我クラスに転入してきた『密井文』という女の子だから。


 転入してきた当初というか、その日から同じクラスの女子達から質問攻めにあっていたし、男子に関しては勇気ある強者たちが早くも告白して玉砕している。


 それほどまでにして、今迄周囲に葉見た事が無いような雰囲気を纏っている生徒が『密井文』という存在なのだ。


 容姿的にはアイドルグループの何坂などに居てもおかしくないくらい、色白で腰まで伸びた黒髪が光を纏っているかのように煌めき、小さな顔にはバランスの良い配置でパーツが並ぶ。更に清楚だとくれば人気になっても不思議じゃない。


 一見するとお嬢様にも見えてしまうのだけど、実の所本当にどこぞの企業のお嬢様らしいが、そこまで詳しくは知らないし興味もない。


 ならなぜそこまで知っているのかというと、慎介の奴が仕入れてきた情報とやらを、やたら俺に行ってくるからに他ならないのだけど、本当にやめて欲しい。


「なぁ正行」

「ん?」

 今日も今日とて、昼休みの貴重な時間だというのに慎介の奴が俺の前の席に腰掛けながら、俺に話しかけてきている。


「お前気になる子とかいねぇの?」

「はぁ? なに言ってんだお前……」

「いや、健全なる高校生男子じゃないか!! 気になる女子とかこの学校に居ないのかなぁってな」

「いないな」

「あっさりだな!!」

「本当に居ねぇんだから仕方ないだろ? それに……。俺なんて誰も相手にしねぇよ」

 そう言いながら左足をちょっとだけ上げる。


「そうでもないと思うんだけどなぁ。正行ってモテモテだったじゃん?」

「いつのこと言ってんだよ」

「中学時代?」

「あぁ……まぁ、こうなる前はな……」

 二人で挙げた足を見つめる。


「まぁ今はそれどころじゃないしな」

「勿体ねぇな……。それこそこのクラスにも……ん?」

「どうした?」

 急に慎介が黙り込む。


「なぁ?」

「ん?」

「正行さぁ、密井みついさんに何かしたのか?」

「なんで?」

「いや、なんか……こっち見てね?」

「そうなのか?」

 慎介の視線をなぞるように俺も視線を向けると、その密井さんは机の上に出した本を読んでいた。


「見てねぇじゃん」

「いや見てたんだよ……」

「おかしいな」

 ブツブツ何か言っている慎介。

 その後も少し彼女の方を見ていたけど、結局俺の方を見る事が無いので、偶然どこかを見ていたんじゃないかという事に落ちついた。


 ただそこから何故か後ろから『誰かに見られている』という様な気配を感じるようになる。





 そうしてまた数日あまりの時間を経た昼休み。


 相変わらず慎介が俺の前に陣取り、いつもの様に下さらない日常会話をしていると、また押し黙って、俺の後方へと視線を向ける。


「正行」

「あん? なんだよ」

「お前さぁ、密井さんと何かあったのか?」

「は? 何もないぞ?」

「また見てるぞ?」

「え?」

 慎介の視線をまたなぞり、その方向へと顔を向けると、今度は『バチッ!!』と音が鳴ったと錯覚するほどに、密井さんと視線がしっかりと合ってしまった。


 彼女も気が付いたのか、ニコッと微笑む。


「っ!?」

 瞬間に俺の中で何かが跳ねた。


「な?」

「…………。いや、お前を見てるんじゃないか? 慎介は顔だけはいいから女子に人気あるしな」

「顔だけって……俺はサッカーもうまいぞ!!」

「頭はわりぃけどな」

「マジそれな!! どうにかなんねぇかな? この頭の悪さ」

「もう手遅れじゃね?」

 軽く俺を殴る慎介。しかし先ほどのことが有って、俺の心臓は早鐘を打ち鳴らすのが収まっていない。


 そうこうしている内に、チラリと後方へと視線を移してみると、そこに密井さんの姿が見当たらなかった。


「またかよ……」

「どうした?」

「いや、ここ最近密井さん昼休みと放課後に呼び出されるみたいでな。今もまたそれに向かったみたいだ」

「呼び出しって?」

「そりゃ告白だろ」

「……なるほどな」

 あれだけの容姿を持ち、バックボーンすら魅力的な女子なのだから、そりゃ男子どももただ黙っているわけがないか。


――モテるのも大変だな……。

 何故か少しばかり心の奥がズキリと痛んだ気がしたけど、この時の俺はそれに気が付いていなかった。




 それまで意識していなかったことを、他人ひとから聞いたりした後に気になってしまうって事あると思うけど、今の俺はまんまとその状態に陥っていた。


 何故かあれから密井さんの事が気になってしまう。チラッと見ると時々視線が合ってしまい、更に密井さんからも微笑まれたりして。


 毎日こんな事ばかりが続くようになると、果たしてこれが偶然なのかと考えてしまう。


「お前さぁ……」

「なんだよ」

「もう告白したら?」

「なっ!? なに言ってくれてんの?」

「だってよぉ~。見てるだけでちょっと……」

 毎度おなじみの慎介だが、何とも言えない表情で俺を見る。


「好きなんだろ?」

「どうかな……」

「イライラする」

「お、おぅ?」

「マジでイライラする!! 良し!!」

 するとスッと立ち上がった慎介。


「おぉ~……い?」

「どうした?」

「いやなんか……密井さんがこっちに来る……みたい?」

「は? 何で?」

「知らん!!」

 自信満々に答える慎介。その後すぐに、鈴の音に似た心地よい声が聞こえて来た。



「あの……」

「どうしたの密井さん」

 立ったままの慎介が密井さんへ返事を返す。


「ちょっとお話をしてもいいかな?」

「も、もちろん!!」

「それじゃぁ……。その……内藤君」

「え? 俺!?」

 それまで全く接点らしい接点のない俺の名を呼ぶ密井さんに、慎介も周囲に居たクラスメイトも驚く。もちろん当の本人である俺もだが。


「そう……。内藤君。内藤正行君」

「は、はい」

「今日の放課後だけど……時間あいてる……かな?」

「えっと……」

 突然のこと過ぎてどうしたらいいのか分からずに慎介を見ると、慎介は深く何度も頷いている。


「あ、有るけど……」

「良かった!! じゃぁちょっと付き合ってもらってもいいかな?」

「い、良いけど」

「じゃぁ放課後にまた!!」

 それだけ言うと、スキップするかのように軽やかな足取りで戻っていく密井さん。

 その後ろ姿を黙って見ている俺。


「良かったじゃん」

「ふえぇ?」

「何か始まるんじゃねぇかな?」

 にひひと笑いながら俺の肩をバシバシ叩く慎介。しかしその手を止めることが出来ず、何故俺を誘ってきたのかだけが脳内をぐるぐると周り続けていた。



 考え事をしていると時間って意外と早く進む。


 気が付いたら既に放課後になっていて、教室はクラスメイト達の話し声もすこしだけするだけになっていて、クラスの人達は帰っていたり、部活に行ったりした様だ。


 放課後にとは言っていたけど、どこでとは言われていなかったから、教室で何もすることなく待っていると、後ろから先ほどまで脳内リフレインしていた声が聞こえて来た。


「内藤君お待たせ」

「え? あ、あぁ……」

「これからちょっと時間あるかな?」

「あるにはあるけどどうするんだ?」

「ちょっと一緒に来て欲しいところが有るんだけどいい?」

「いいけど……」

「じゃぁ行きましょう」

 にこりと俺に微笑む密井。その表情を見てまたも俺の胸の奥が弾む。


 教室を出て、廊下を歩き、靴箱まで降りて履き替えると校舎の外に出る。

 それまで二人何も話さず黙って歩いた。


「ど、何処に行くんだ?」

「え? あ、そうね。ちょっと喫茶店に待たせている人がいるから、そこに一緒に来てくれる?」

「待たせてる人?」

「うん」

 知らない所に連れていかれるのは勘弁してほしいから、まずは行き先を聞いたのだけど、密井さんも『そういえば……』みたいな表情をした後に俺に行き先を教えてくれた。


――待たせてる人? 会わせたい人って誰の事だ?

 密井さんから聞かされたのはいいけど、俺にはその人達の事に覚えがない。





ちりぃ~ん


 密井さんに連れられ辿り着いた喫茶店の入り口を開けると、鈴の音が店内に響き、すぐに店内から「いらっしゃいませ」と店員さんの声が返ってくる。


 そうして中へと進むと、先ほど返事をした店員さんと思わしき女性が現れて、密井さんがその女性と話をし始めた。


 店員さんが頷いて、手で店の中へと誘導すると、すぐに密井さんがその後に続いた。俺もその後を追うように店の中へと進む。


 通されて案内されたテーブル席には、一組の親子の姿があり、俺はてっきりその先の空いているテーブルへと行くのかと思っていたのだが、店員さんも密井さんも、その親子がいるテーブルの前で立ち止る。


 何かを話した後に、その親子が立ち上がってテーブルから離れ、俺の前へと二人で並ぶと、頭をスッと下げた。


「え?」

 いきなりの事に慌てる俺。


「お久しぶりです。内藤正行君」

「お兄ちゃん久しぶりです!!」

 顔を上げた二人の顔をようやく見ることが出来た。


「あれ? 君は……」

 てててっと走り俺にぽふっと抱き着いて来る小さな女の子。


「座りましょ?」

「そ、そうね。ほら琴こっちに座りましょう」

「はぁ~い」

 密井さんに促され、親子二人がテーブルの奥へと座り、密井さんはその手前に、俺は三人の反対側へと腰を下ろした。


 そうして少し落ち着いたところで、それぞれに飲み物を注文してから、静かに会話が始まる。




「改めまして、あの時は娘と遊んでいただいてありがとうございました。なかなかお会いすることが出来ず申し訳ありませんでした」

 女の子のお母さんが頭を下げると、琴と呼ばれた女の子と密井さんも頭を下げた。


「話には聞いていたのです。一度お礼をしたいと思いまして病室へと伺ったのですが、既に内藤君は転院されていて地元に戻られたと聞いておりまして……」

 女の子のお母さんが頭を下げると、琴と呼ばれた女の子と密井さんも頭を下げた。


「えっと……。すみません。お二人は……」

「あ、ごめんなさいね。この子は私の子です。で、文は琴の姉です」

「姉妹って事ですか?」

「はい」

「そうだよぉ~。おねぇちゃん!!」

「ははは……なるほど?」


 この琴と呼ばれている女の子との出会いは、中学2年生の時まで遡る。

 俺がこのようなケガをした原因である交通事故にあったのは、当時プロのサッカークラブユースからお声がけいただき、入団テストを受けるために出かけた先での事。


 信号無視の車が突っ込んで来たところを、横断歩道を渡っていたお婆ちゃんを助けるために飛び出し、車に足を轢かれてしまったが故の怪我である。


事故にあってしまったのは仕方がないとはいえ、診断ではもう同じようにサッカーはできないだろうと言われてしまい、当時はかなり凹んでいた。


入院先の病院は大きくて、色々な人が入院生活を送っていたのだけど、その中でも小さな女の子が一人、椅子に座って静かに空を見上げて過ごしているのに気が付いた。


自分もまともに歩くことが出来ずに沈んだ心のままだったので、その女の子の事が気になり自分から話しかけた。


 最初はその女の子もあまり話してはくれなかったのだけど、しばらく一緒に過ごすようになると、割と仲良くなって話をしてくれるようになった。


 その子は小さい頃から病弱で、少しの事でも体に負担がかかり、なかなか学校へも行けず病院の中で過ごす事が多いせいで友達もなかなかできない。唯一病院には姉が通ってくれるので、それが一番うれしいんだと語っていた。


 俺も入院期間がどれだけになるのか分からなかったし、足が動くようになるのか分からなかったのだが、その女の子は小さい頃から、今のような生活をしているという事を聞いて、自分もこれじゃいけないと奮起した事を想いだした。


 暫くした後に、入院場所が遠いという事で地元に戻り入院することになったのだけど、それまでは毎日の様にその女の子と話をしたり、一緒の時間を過ごしたりしていた。


「そうか……元気になったんだね?」

「うぅ~ん……まぁまぁかなぁ?」

 眉間にしわを寄せて応える琴ちゃん。



「そっか……まぁまぁか」

「でもね、お外でちょっと遊ぶことが出来るようになったよ!!」

「お? 凄いじゃん!!」

「でしょ?」

 ふふふっと笑う琴ちゃん。なんとなく密井さんに似ているなと思った。




「それで、ちょっとでもいい環境で琴を生活させたいと思って、こちらに引っ越してきたのですけど、文から内藤君と同姓同名の子がいると聞きまして、こうして会いに来たのです」

「なるほど……」

「急にごめんなさい」

「あ、いや、別に……」

 お母さんと密井さん二人が頭を下げる。




「実は琴から内藤君の事はいっぱい聞かされてたんだよ」

「え? どんな事?」

「ないしょ。」

「あれ? でも俺と会った事無いよね?」

 ムムムと俺の記憶を遡る。そういえば俺の顔を最初に見たときに密井さんは驚いていたように記憶している。


「内藤君、病院で琴と何枚か写真撮ってもらってるでし?」

「あぁ……、看護師さんに撮ってもらった記憶があるね……」

「それをね、琴がみせてくるんだもん。覚えちゃうよ。そうして転校した先の学校で、その顔の男の子に会ったら、空やビックリするでしょ。クラスメイトの女子に聞いたら名前も同じだし」

「なるほどね」

「それにね……」

「ん?」

 ちょっと俯く密井さん。


「琴のお話を聞いてたら、内藤君の事が気になり始めちゃって……」

「え?」

 下を向いている密井さんだけど、耳が真っ赤に染まっていく。



「おねぇちゃんね!! お兄ちゃんの事が好きになっちゃったんだって!!」

「ほわぁ!?」

 琴ちゃんの突然のぶっこみ発言に驚く俺。密井さんは更に下を向いてしまっている。


「あらあら……」

「お兄ちゃんどうするの?」

「ど、どうするのって……え?」

 にやにやとコーヒーを口に運ぶ密井さんのお母さん。更に追い打ちをかける琴ちゃんになんと返事をして良いかわからずに固まる。


「ど、どうかな?」



 スッと顔を上げる密井さん。


 その顔は真っ赤に染まっていたけれど、不安そうなそれでいて期待しているような表情をして俺を見ていた。



「お、俺は――」







 この時の邂逅から数年――


「良し!! いい感じで今日も走れてるな!!」

 芝のピッチの上を、ウォーミングアップする俺。


 リハビリをしながらも、サッカーをするという目標のために頑張っていた俺は、時間をかけゆっくりとではあるが着実に元の体――100%元にとはいかないけど――にまで回復するようにと頑張った。


 一足先にプロ選手となった慎介も、時折俺の事を励ましてくれたりもしに来てくれたけど、ずっと俺を支えてくれたのは別の人で――。



「今日はおしまい?」

「あぁ……。後は試合で動けるかだけかな?」

「そう。良かったね……」

「うん」

 練習の後、俺の側に歩み寄り、タオルと飲み物を差し出してくれる一人の女性。


のあの日以来俺の事を親身になって支え続けてくれた女性ひとで。


「君のおかげだな」

「ううん。正行が頑張ったからだよ」

「うぅ~ん。でもね……」

「きゃぁ!!」

 俺はその女性を抱き上げた。


「いいや。俺がここまでこれたのは愛する人のおかげだ。ありがとう文」

「もう……」



 俺がピッチへと、試合へとデビューできた数日後、俺達二人は永遠の誓いをし、夫婦となった。


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