あれから室長に、カナエ事件の事を聞いたんだけど、何を言っても睨まれる(多分)だけで、結局、何も分からずじまい。
とりあえず、分かった事を整理すると。
カナエ事件で、暴走したカナエというドールは、カシワギさんがオーナーだった。
その原因の闇売人を特定する為に、今回、ヴィニーというその筋に明るい情報屋を見つける事ができた。
ヴィニーの資料によって、カシワギさんが追ってた闇売人が特定される。
しかし、中央AIは、カシウス・リムという売人を捕縛する許可を出さなかった。なぜなら、彼は表の世界に顔が効く。ちゃんとした証拠(情報屋の話はちゃんとしてない?)もなしに捕まえる事はできない。←今、ここ。
今までずっと闇売人‥‥カシウスを追ってたって事は‥‥カシワギさん、自分のドールがおかしくなった事に責任を感じてるんだろうか。
「‥‥‥‥」
当のカシワギさんは出ていってしまったので、直接聞く事はできない。
とりあえず記録を調べてみますか。
「‥‥むう」
あまり使ってない自分のデスクに座って、端末のスイッチを入れる。
何も触ってないのに、画面を次々と言葉が流れていく。
「‥‥‥‥なるほど」
私は顎に手を当てて唸った。
さっぱり分からん。
こういう時は専門家に聞くに限る。
そういうわけで。
「すみません」
解析室のドアをノックする。中にはアイザワさんがいるはず。ずっと家に帰った形跡がないんだけど、ここで寝泊まりしてるんだろうか。室長もだけど。
「‥‥‥‥返事がない」
でも屍ではないはず。あちこち探すと呼び出しブザーのようなものを見つけた。
推すとすぐにアイザワさんが出てきた。
痩せすぎで、顔色が良くない‥‥相変わらず、不健康そう。
「あー、なんだ、眠り姫か」
「‥‥‥‥」
そのあだ名は、アイザワさんだけが言ってるだけで、だからあだ名‥‥と言う程のものでもない。
「カナエ事件について教えてほしいんですが」
「‥‥あー、まあ、そうか、分かった」
想像してたより、あっさりと話が通じて、私は薄暗い部屋の中へと入った。
椅子に座ったアイザワさんは、すぐには画面を開かなくて、くるっと後ろを向いて私を見た。
「あー‥‥一つ聞くが、どうして事件を詳しく聞きたいと思った?」
「それは‥‥」
「カシワギが関わっていた事を知ってからの好奇心か?」
「‥‥それは‥‥少しはあるかも」
「正直だな。じゃあ、少し以外の部分の動機は何だ?」
「‥‥‥‥」
何だろう。どうして私は知りたいんだろうか。
言われるまで考えてもみなかった。
「聞いてると思うが、カナエ事件はカシワギのドールが起こした事件だ。軽い気持ちで関わろうと思っているなら、やめた方がいい。そもそも昔の話だ。このまま放っておいたとしても誰も咎めたりはしない」
「私は‥‥」
知らなくても構わない‥‥前にも同じ事があった。
「知らずに満足するより、知って後悔する方が、何倍もマシだと思う。もし‥‥そうなっても目を逸らしたりはしない」
「分かった」
言葉だけで頷きもしないアイザワさんは、キーボードを叩いた。
画面に女性の姿が表示された。
年齢はカシワギさんと同じだったってあるけど、雰囲気は大人っぽい。肩まである栗色の髪はパーマを当てているのか、内側に巻いてる。足首まである、少しストレッチなスカートと、襟の大きく開いたカーディガン。優しく微笑んでいる笑顔。‥‥真の美人とはこの事か。
彼女がカナエ‥‥さん? とてもAIドールには見えない。
「昔な‥‥カシワギは違法ドールの密売組織を追っていた。まあ、あの調子で、のりこんで、片っ端からシバき倒した。肝心の売人には逃げられたんだがな」
「‥‥‥‥」
「その時、組織に盗まれてたAIが発見された。盗難届けは出ていたが、何せ違法改造の密売組織だ。その辺を考えたのか、彼女の元オーナーは引き取りを拒否した」
「それって‥‥彼女は‥‥」
「そうだ中央AIが認めれば、彼女は処理施設送りだ。‥‥が、そこで彼女を引き取りたいなどという酔狂な奴が現れた。それが、カシワギだ」
「‥‥‥‥」
「中央AIに所有権の移動は認められたが、違法改造の疑いがあるので、調査が終わるまでは監禁していた。問題なし‥‥という事で、中央の認可が下りて、自由の身となったカナエは、カシワギと暮らし始めた。事件が起こったのはそれから三か月後だ。彼女は突然、ビジネス街の只中で暴れ始め、居合わせた五人が死亡‥‥七人が重軽傷‥‥」
「‥‥‥‥」
モニターの中には現場になった商社ビルが映った。出入口の鉄の扉は大きくひしゃげてて、窓は割れている。あちこちに赤い‥‥血が飛び散った跡が見える。担架に乗せられてる人には白い布‥‥。
「カナエは通報でかけつけた機動課によってその場で射殺された」
トン‥‥とアイザワさんはキーを叩いた。
床に倒れてるカナエさんが見える。服のあちこちが青い液体(AIドールの駆動液)を流してる。さっき見た穏やかな表情とは違って、目を見開いて笑ってる。
ドールは機能停止した瞬間の表情が凍り付く。あの表情は‥‥普通じゃない。
でも‥‥。
「中央AIはカナエさんを問題なしとしたんですよね。それなのにどうして‥‥」
「理由は分からん。調査を行ったのは公安課で、我々機知室は関与はしていない。最も、その公安課も、中央AIの指示で調査しただけなんだがな」
「‥‥じゃあ、犯人のカシウスは、中央を欺くプログラムを作れる‥‥」
言いかけた私はちょっと考える。
ハッカーが中央を出し抜けるようなプログラムを作れるものなのだろうか。
「って、言う事は、わざとカナエさんの違法プログラムを見逃したって事ですか?」
「‥‥‥‥」
そう言った途端、アイザワさんは私を睨んだ(ように見えた)。
「事件の概要は以上だ。用件が終わったらさっさと出て行ってくれ」
「え?‥‥えっと‥‥」
背を向けてまた何かの作業を始める。その背中は多分、何者をも突破出来ない見えないシャッターが閉じてる。
「‥‥‥‥」
仕方がない。退散するしかないか。
私がドアの開ボタンに指をかけたとき。
「カシワギの奴は‥‥」
「‥‥?」
向こうを向いたまま、アイザワさんが話し始めた。
「今は、東区のアークメリアビルのスカイラウンジにいる。真っ直ぐに向かった後、ずっと動いていない」
「‥‥‥‥‥」
「俺は憶測で話をしたくはない。どう思ってるかは直接本人に聞くしかない」
「ありがとうございます」
見えてはいないけど頭をさげてから部屋を出る。
つまりアイザワさんは間違った事は言わないし、言いたくはないので、途中で言葉を遮ったのか‥‥(睨んだわけじゃなかったのね)。ああ見えて慎重で真面目な人なんだな。
私なりに納得してから、携帯の地図でそのスカイラウンジの場所を探す。
ん? スカイラウンジ?‥‥そこってつまり‥‥。
「お酒飲む所‥‥」
午前中から、あの人は何やってるんだか。