目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報

第21話  過去が眠る場所で

 あれから室長に、カナエ事件の事を聞いたんだけど、何を言っても睨まれる(多分)だけで、結局、何も分からずじまい。

 とりあえず、分かった事を整理すると。



カナエ事件で、暴走したカナエというドールは、カシワギさんがオーナーだった。

 その原因の闇売人を特定する為に、今回、ヴィニーというその筋に明るい情報屋を見つける事ができた。

 ヴィニーの資料によって、カシワギさんが追ってた闇売人が特定される。

 しかし、中央AIは、カシウス・リムという売人を捕縛する許可を出さなかった。なぜなら、彼は表の世界に顔が効く。ちゃんとした証拠(情報屋の話はちゃんとしてない?)もなしに捕まえる事はできない。←今、ここ。



今までずっと闇売人‥‥カシウスを追ってたって事は‥‥カシワギさん、自分のドールがおかしくなった事に責任を感じてるんだろうか。

「‥‥‥‥」

 当のカシワギさんは出ていってしまったので、直接聞く事はできない。

 とりあえず記録を調べてみますか。

「‥‥むう」

 あまり使ってない自分のデスクに座って、端末のスイッチを入れる。

 何も触ってないのに、画面を次々と言葉が流れていく。

「‥‥‥‥なるほど」

 私は顎に手を当てて唸った。

 さっぱり分からん。

 こういう時は専門家に聞くに限る。

 そういうわけで。

「すみません」

 解析室のドアをノックする。中にはアイザワさんがいるはず。ずっと家に帰った形跡がないんだけど、ここで寝泊まりしてるんだろうか。室長もだけど。

「‥‥‥‥返事がない」

 でも屍ではないはず。あちこち探すと呼び出しブザーのようなものを見つけた。

 推すとすぐにアイザワさんが出てきた。

 痩せすぎで、顔色が良くない‥‥相変わらず、不健康そう。

「あー、なんだ、眠り姫か」

「‥‥‥‥」

 そのあだ名は、アイザワさんだけが言ってるだけで、だからあだ名‥‥と言う程のものでもない。

「カナエ事件について教えてほしいんですが」

「‥‥あー、まあ、そうか、分かった」

 想像してたより、あっさりと話が通じて、私は薄暗い部屋の中へと入った。

 椅子に座ったアイザワさんは、すぐには画面を開かなくて、くるっと後ろを向いて私を見た。

「あー‥‥一つ聞くが、どうして事件を詳しく聞きたいと思った?」

「それは‥‥」

「カシワギが関わっていた事を知ってからの好奇心か?」

「‥‥それは‥‥少しはあるかも」

「正直だな。じゃあ、少し以外の部分の動機は何だ?」

「‥‥‥‥」

 何だろう。どうして私は知りたいんだろうか。

 言われるまで考えてもみなかった。

「聞いてると思うが、カナエ事件はカシワギのドールが起こした事件だ。軽い気持ちで関わろうと思っているなら、やめた方がいい。そもそも昔の話だ。このまま放っておいたとしても誰も咎めたりはしない」

「私は‥‥」

 知らなくても構わない‥‥前にも同じ事があった。

「知らずに満足するより、知って後悔する方が、何倍もマシだと思う。もし‥‥そうなっても目を逸らしたりはしない」

「分かった」

 言葉だけで頷きもしないアイザワさんは、キーボードを叩いた。

 画面に女性の姿が表示された。

 年齢はカシワギさんと同じだったってあるけど、雰囲気は大人っぽい。肩まである栗色の髪はパーマを当てているのか、内側に巻いてる。足首まである、少しストレッチなスカートと、襟の大きく開いたカーディガン。優しく微笑んでいる笑顔。‥‥真の美人とはこの事か。

 彼女がカナエ‥‥さん? とてもAIドールには見えない。

「昔な‥‥カシワギは違法ドールの密売組織を追っていた。まあ、あの調子で、のりこんで、片っ端からシバき倒した。肝心の売人には逃げられたんだがな」

「‥‥‥‥」

「その時、組織に盗まれてたAIが発見された。盗難届けは出ていたが、何せ違法改造の密売組織だ。その辺を考えたのか、彼女の元オーナーは引き取りを拒否した」

「それって‥‥彼女は‥‥」

「そうだ中央AIが認めれば、彼女は処理施設送りだ。‥‥が、そこで彼女を引き取りたいなどという酔狂な奴が現れた。それが、カシワギだ」

「‥‥‥‥」

「中央AIに所有権の移動は認められたが、違法改造の疑いがあるので、調査が終わるまでは監禁していた。問題なし‥‥という事で、中央の認可が下りて、自由の身となったカナエは、カシワギと暮らし始めた。事件が起こったのはそれから三か月後だ。彼女は突然、ビジネス街の只中で暴れ始め、居合わせた五人が死亡‥‥七人が重軽傷‥‥」

「‥‥‥‥」

モニターの中には現場になった商社ビルが映った。出入口の鉄の扉は大きくひしゃげてて、窓は割れている。あちこちに赤い‥‥血が飛び散った跡が見える。担架に乗せられてる人には白い布‥‥。

「カナエは通報でかけつけた機動課によってその場で射殺された」

 トン‥‥とアイザワさんはキーを叩いた。

床に倒れてるカナエさんが見える。服のあちこちが青い液体(AIドールの駆動液)を流してる。さっき見た穏やかな表情とは違って、目を見開いて笑ってる。

 ドールは機能停止した瞬間の表情が凍り付く。あの表情は‥‥普通じゃない。

 でも‥‥。

「中央AIはカナエさんを問題なしとしたんですよね。それなのにどうして‥‥」

「理由は分からん。調査を行ったのは公安課で、我々機知室は関与はしていない。最も、その公安課も、中央AIの指示で調査しただけなんだがな」

「‥‥じゃあ、犯人のカシウスは、中央を欺くプログラムを作れる‥‥」

 言いかけた私はちょっと考える。

 ハッカーが中央を出し抜けるようなプログラムを作れるものなのだろうか。

「って、言う事は、わざとカナエさんの違法プログラムを見逃したって事ですか?」

「‥‥‥‥」

 そう言った途端、アイザワさんは私を睨んだ(ように見えた)。

「事件の概要は以上だ。用件が終わったらさっさと出て行ってくれ」

「え?‥‥えっと‥‥」

背を向けてまた何かの作業を始める。その背中は多分、何者をも突破出来ない見えないシャッターが閉じてる。

「‥‥‥‥」

 仕方がない。退散するしかないか。

 私がドアの開ボタンに指をかけたとき。

「カシワギの奴は‥‥」

「‥‥?」

 向こうを向いたまま、アイザワさんが話し始めた。

「今は、東区のアークメリアビルのスカイラウンジにいる。真っ直ぐに向かった後、ずっと動いていない」

「‥‥‥‥‥」

「俺は憶測で話をしたくはない。どう思ってるかは直接本人に聞くしかない」

「ありがとうございます」

 見えてはいないけど頭をさげてから部屋を出る。

 つまりアイザワさんは間違った事は言わないし、言いたくはないので、途中で言葉を遮ったのか‥‥(睨んだわけじゃなかったのね)。ああ見えて慎重で真面目な人なんだな。

 私なりに納得してから、携帯の地図でそのスカイラウンジの場所を探す。

 ん? スカイラウンジ?‥‥そこってつまり‥‥。

「お酒飲む所‥‥」


 午前中から、あの人は何やってるんだか。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?