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第20話  遠い記憶は亡霊みたいに

「‥‥‥‥」

 カシワギさんがいなくなって(私を置いて)から、しばらくは、特徴的な情報屋(スリック、ヴィニー)は、私を放っておいて、画面に向かって何かをうなりながらキーを打ってる。

「‥‥‥‥」

 私は黙って脇で立ってるだけ。輩の人達(輩ではなくて、ヴィニーの護衛だった)はいなくなったけど、見るからにヴィニーはやばそうな人。カシワギさんがいない状況で、私はどう立ち回るべきか‥‥つまり感情の無いAIドールのフリをしてるしかない。

 でも、それはいつまで? ずっと立ってるのは、疲れるのは当然なんだけど。

 ご飯とか、睡眠とか‥‥あと、生理現象‥‥は、至近で危険。

「‥‥やはり、ユメリィなんていうAIドールの開発プランは何処にもない。この俺が探し当てられないとは‥‥よっぽど機密レベルが高いのか、それとも最初から‥‥」

 ヴィニーは私の前に立った。

「‥‥‥‥」

 正面にヴィニーの顔がある。私はずっと正面を見ていたので、今さら視線を逸らすのは不自然。

「‥‥‥‥ん?」

「‥‥‥‥」

 顔を近づけてくる。さすがにそれはまずい。

「‥‥肌の質感が本物と遜色ない。もしかしたらこのユメリィは、採算度外視のドールなのかもしれない。そうなると、頭脳の方の演算処理も通常のドールを遥かに凌駕するものになっているだろうな」

「いや、そんな事は」

「ん?」

 しまった。つい反射的に声を出してしまった。

「んんん?」

 ヴィニーは前から後ろから私をジロジロと見てる。

「‥‥まあいい、とりあえず調べてみるか‥‥」

 機械から伸びてる黒いコードを引っ張ってきて、私の後ろに回った。

「!」

 で、いきなり後ろの髪をかきわけて首を出したんだけど‥‥後ろは向けないし‥‥嫌だなあ。

「なんだと! このドールにはコネクタがない!」

 そりゃ、そうだ。人間にそんな端子がついてるはずもなく。

「‥‥首の後ろに無いとすると、なると前か?」

「‥‥‥‥⁉」

 で、次にヴィニーが取った行動は‥‥。なんと前に回って服の襟首に指をかけて、思いっきり伸ばしたの。当然、上からだと丸見えになるわけで。

「‥‥‥‥妙だな。AIにしてはバランスが‥‥」

「‥‥‥‥」

 私はいつもの寝ぼけた目で(多分)ヴィニーを見てる。で、壁にたてかけてあった鉄の棒(カシワギさんが輩をしばいてた棒)を黙って手に取った。

「‥‥な⁈‥‥データ未入力のドールが勝手に‥‥これは一体‥‥ぐはっ!」

「‥‥‥‥」

 今度は私がヴィニーに制裁を加えた。

 で、床に倒れてる情報屋を見た私は、鉄の棒を床に落として、ため息。

 全く失礼な話だ。

これからどうしたものか‥‥と、考えてたけど、結果的にこのままここから逃げれば良くなった。

 幸いにして他には誰もいない。

「‥‥‥‥ほう」

 私にも使えるかもしれない。念の為に落とした棒を拾い上げる。

 完全に伸びてるヴィニーを見て一言。

「天網恢恢疎にして云々‥‥」

 どうだったかな‥‥続きを忘れた。

 まあだいたいあってるからいいか。

 とにかくこの第九零網区から脱出しよう。

 話はそれから。





 金網を乗り越えて(警備員の人に威嚇されてしまって、事情を説明するのに時間がかかったりで)、何とかタクシーが拾えたり、連絡がつくあたりまでたどり着いたのは、夜になってから。

「‥‥ユメです。はい、今、新都心西区です。一人です。カシワギさんに置いていかれました。‥‥ユメです」

 警備の人に、機知室に連絡を取ってもらったら、夜中だっていうのに、室長が出た。

=ツキシロは重要な要件で別行動していると、カシワギからは連絡があったが=

「‥‥は?」

 情報屋に置き去りにしたのに、あの人は何を言ってるんだ?

「それでカシワギさんは?」

=家に帰ってる=

「は?」

 一人で悠々と帰宅したと‥‥。

=今、情報屋からもらったデータを解析中だ。終わるまでは動きようがないからな。ツキシロも現場から直帰してくれ。明日はデータを元に打ち合わせをする=

「‥‥‥‥わかりました」

正式な許可があって、私はドボトボと(実際はタクシー使ったから、そんな擬音じゃないけど、精神的にね)、社宅に戻った。

「‥‥‥‥むう」

 例によって疲れ果ててるので(今はほんとに眠い)、このままベッドにダイブしたい所だけど、埃っぽい所にずっといたり、乱闘騒ぎの渦中にいたりと、今着てるデニムのワンピースでそのまま寝るのは、さすがにイヤかな。

「‥‥‥‥やむなし‥‥かな」

 最後の力を振り絞って、普通にベッドに入る為の作業を開始。

 その甲斐あって小一時間ぐらいで、私は夢の中の住人。

「おやすみなさい」

 今日は酷い目にあった。





 まだまだ寝ていたいのに、けたたましい音で、無理矢理起こしてきた目覚ましに、ブツブツと文句を言いながら、私は機知室の黒い制服に着替える。着ていた灰色のスエットはベッドにシュート。

 タクシーを呼ぶと時間通りに来た。やっぱり車は持たないと駄目かも。

 そんな紆余曲折がありつつも、無事に機知室に到着。

 昨日仕事でここから出発してから、そんなに時間は経ってはいないのに、なんだか目に映る全てが懐かしく感じる。

 自分のデスクに行く前に、室長の所に行く。

「ん?」

 そこで何やら大きな声を上げてる人が‥‥声の主は忘れもしないカシワギさん。

 ちょっと一言、言ってやろうと、私は肩をいからせて(そのイメージで)カシワギさんの隣に立った。

「おはようございます」

 ボソっと呟く。

「おはよう、そんな顔して悪い夢でも見たか?」

「そうですね」

 現実が悪夢になる前に逃げれて良かったけど。

「無駄な経験なんてないさ‥‥多分な」

「‥‥‥‥」

 カシワギさんは軽い感じでそれだけ言って、すぐに席に座ってる室長に顔を戻した。

 これ以上、この人に何を言っても無駄のようだ。

 経験して分かった事はそれだけ。

「どうかしたんですか?」

 確か、あの情報屋からのデータ解析をしているとか、言ってたけど‥‥そうか、終わったのか。

「とにかく、指定された違法ドール売人の捕縛命令は出る。それ以外は駄目だ」

「なんで駄目なんだ? こいつだって闇売人だろう? 俺、そんなに信用ないかね」

 そんな事を言いながら、室長の机にこしかけて、片手はポケット、体は斜めに傾けて‥‥何か偉そうなんだけど。

「カシウス・リムは今回はターゲットではない。ヴィニーという情報屋からの情報によると、ロキ・フェイドら三人だけだ」

「どうでもいい小物に構ってる暇はねえんだよ」

「諦めろ、中央AIの決定だ」

「チッ‥‥またかよ。何でこうなるんだか」

 カシワギさんは椅子から降りた。

「もう勝手にやってくれ」

 片手をポケットに突っ込みながら、脱力気味に歩き出す。ドアを開けて、音もなく出て行った。

「カシワギさん、行っちゃいましたけど‥‥」

「そうだな」

 室長は何事もなかったかのように、またキーを打ち始める。

 つまり、今の話をまとめると‥‥。

 違法ドールの売人の三人は捕縛命令が出たけど、カシワギさんは‥‥カシウス何とかという人を捕まえたい。でも中央AIはその人を捕まえる事の許可は出していない‥‥という事になる。

「カシウスという人も同じ闇売人なら一緒に捕まえる事はできないのですか?」

「カシウスは表向きは医療用サイバネティクスの最先端科学の開発会社の代表だ。確実な証拠がない限り、中央AIは彼を捕縛はしないだろう」

「話が出たという事は、カシウスの名前も情報屋の中にあったって事ですよね」

「最近頻発している、違法ドールの暴走に関して、カシウスが関わっているという内容があった」

「‥‥だったら」

「それを言っても中央は彼の捕縛を認めなかった」

「‥‥‥‥」

中央AIが決めた事は絶対‥‥何を言っても覆される事はない事は、良く分かってる。カシワギさんもさすがに分かってるとは思う。

「‥‥どうしてカシワギさんはそんなにカシウスを捕まえたいんですか?」

「‥‥‥‥」

 室長は上目使いにギロ‥‥と睨んだ(ような気がする)。

「‥‥カナエ事件‥‥カナエというAIドールが誘拐され、救助された後、人格が崩壊して、暴走した」

「‥‥‥‥」

 カシワギさんは昨日、そんな名前を呟いていたような。

「カナエのオーナーはカシワギだった」

「‥‥え‥‥」

 事実は意外千万、虚実皮膜‥‥いつも予想外の方向に進んでいく。



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