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第19話  私‥‥売られたんだけど? 

「‥‥‥‥んむ?」

 明るさに目が慣れてきた。

「‥‥‥‥ほう」

 私は最初に見えた光景に、ぽかんと口を開ける。

 十人ぐらいは雑魚寝できそうなほど(やろうと思えば)の広い室内には、モニターがびっちりと並んでる。なので照明は暗いけど中は明るい。多分、ブルーライト(光は白)の粒子が部屋中を飛び回ってて、ずっとここにいると目が悪くなっていくのは必然。でもね、モニターの並びが明らかにおかしい。画面は扇状置かれて一点に集中させている。その中心にいるのは一人の男性。髪がない‥‥じゃなくて、顔が頭の上まである、がっちりとした体格の人。椅子をこっちに向けて、値踏みするような視線を、私とカシワギさんに向けてる。

 ハッカーって人は、機知室のアイザワさんみたいに、痩せすぎの人ばっかりだと思ってたけど‥‥。あと、服が素肌に毛皮っぽいベスト‥‥かなりワイルドだ。

 カシワギさんさんは一歩前に出た。

「情報が欲しい。それをあんたが持ってるって話だ。本当か?」

「それが人に物を尋ねる態度か?‥‥カシワギ、レン」

「どこで聞いた?」

「第四、六零網区では大立ち回りをしたそうだな。その他にも乱闘騒ぎ多数‥‥知らない方がおかしいだろう」

「俺も知らない間に有名人になったもんだな」

そう言いながら、胸のポケットから小さな箱‥‥タバコを取り出して、火をつけて‥‥口にくわえて、ゆっくりと吐き出した。

どうやらカシワギさんも、ミナセさんと同じく、灰と煙になる意味のないものにポイントを使う人らしい。もったいないなあ。

「俺にだけ自己紹介させといて、そっちはなしか?」

「スリック、ヴィニーと呼ばれてる」

 目の前の男性‥‥ヴィニーはニヤって笑った。ニヤって。

「最初からそのつもりでこの第九零網区に来たんだろう?」

「‥‥なんでそんな面倒なこと、俺がやるんだよ」

「あちこちで目立つ行動をしたのは、俺を探してたからなんだろう?」

「まあな、確かに俺は機知室の人間さ」

 そう言った瞬間、外の人達はまた武器を構えた。でもカシワギさんはタバコをくわえたまま、ゆっくりと煙を吐き出してる。

「確かにあんたを探してた。違法改造ドールの密売組織を見つけだす為の情報がほしくてな」

「ええ!」

 ‥‥と、言ったのは私。身分をこんなとこで大ぴらに言ってしまってるけど‥‥それはどうなの?

「情報によると、お前はそれほど機知室の職務を果たそうとするタイプではない」

「まじめに生きて、死ぬほど退屈している奴よりマシさ」

「‥‥ふん‥‥そろそろ本題に入ろうか」

 ヴィニーは、もう飽きたと言うみたいに、手をひらひらさせた。

「むろん、違法ドールを扱う奴は知っている。この第九零網区にも、他の区にも捨てる程いる。違法ドールを扱う奴なら誰でもいいのだろう?」

「‥‥そうだな」

 カシワギさんは眉間に軽くシワを寄せてる。考えてる‥‥フリであって、多分、答えは出ている。何となく、カシワギさんの行動が分かってきた。

「‥‥カナエ事件‥‥って知ってるか?‥‥まあ、機知室で付けた名前だから、知らないかもしれないが‥‥」

「もちろん知っている。二年前‥‥人格を上書きされ過ぎて最後には暴走したドールの事だろう。機知室の極秘ファイルに記録がある」

「ええ⁈」

 と言って、口に手を当てたのは私。なんでこの人が機知室のファイルを知ってる?

「やれやれ、あんたには隠し事が出来ないな」

 そう言うカシワギさんはなぜか嬉しそう。

「ようやくあんたに会えた事が嬉しくて仕方がない。そう、カナエ事件‥‥それに関わった違法ドールの売人がまだ捕まってない」

「‥‥その売人の情報が欲しいんだな?」

「そう」

 口元はゆるく笑っても、目がまったく笑っていない。

「‥‥数年をかけて俺のとこに来たその粘り強さ‥‥執念と言うべきか‥‥それは認めるがな‥‥それは大きな情報だ、お前にとっては喉から手がでるほどのものだろう」

 さっきから何の話をしてるんだろう。

 さっぱり。

 カナエ事件?‥‥全く聞いた事がない。隠匿でもされたんだろうか。

 でも、なぜ? その事件とカシワギさんは何か関係が?

「‥‥何がいいたい?」

「俺は情報屋だ。情報が商品。商品を提供して、客がそれに対価を払う。それでビジネスが成り立っている。カナエ事件の犯人を追っているお前にとって、この情報は何よりの価値のあるものだ。ならばそれ相応の対価を払うのが常識だろう?」

「そっちが道理を語る時代か。ついていけねえな」

 やれやれとため息まじり。

「いくら欲しい?‥‥多少なら‥‥」

 カシワギさんはちらっと私を見た。

 まさか私からポイントを‥‥。

「‥‥都市でしか使えないポイントなぞ、興味がない」

「現金なんて、今時持ってないぜ」

「‥‥そうだろうな。では交換といこう」

 スリック、ヴィニーは私をじっと見た。

 え、何?

「そっちの新型AIドール‥‥をこちらで引き取ろう」

「‥‥‥‥んむ」

 ええ!‥‥と叫ぶ所だったけど、ぐっとその言葉を飲み込む。

「こいつをか?」

 カシワギさんは何で?‥‥という顔になってる。

「あ‥‥こいつはその‥‥まだ試作機で不具合が多すぎてな」

「‥‥‥‥もが(痛)」

 ‥‥と、言いつつ、また私のほっぺたを横に‥‥。このまま固まってしもぶくれな顔になったらどうしてくれる。こんな状況でも表情を作っては駄目だとは、厳しすぎる。こんな事なら普段から表情筋を鍛えておくべきだったか。

「それで構わない。頬っぺたを引っ張られてる間の表情が、実に自然だ。まだ少し硬い所があって、それでAIドールとばれるが、細かな調整をすれば、人間と見分けがつかなくなるだろう」

「‥‥‥‥」

 バレるも何も、立派な(?)人間なんだけど。

「それに、これだけドールの開発企業に網を張っておきながら、こんな新型を開発していた事に気が付かなかった。そのドールは俺の目をすり抜ける程の機密で守られていた。これほど興味深いものはない」

「‥‥‥‥」

 ゆっくりとカシワギさんの顔を見る。

 いくら情報を得る為とは言っても、まさか、私を情報屋に売ったりはしないよね。

「カシワギ、レン‥‥一つ聞きたい。お前がその売人をつきとめたらどうするつもりだ?」

「もちろん、いきあたりばったりって奴さ」

「‥‥‥‥」

「‥‥と、言うのは冗談で、AI本部に連絡して、公安の部隊を送ってもらう」

「果たしてそううまくいくかな」

「どういう意味だよ」

「まあ、いい。それで返答はどうする?」

「そうだな、いくら何でも‥‥」

 それはない‥‥という言葉が続くかと思ったけど。

「交渉成立だ」

「‥‥は?」

じと‥‥とカシワギさんを見る。機知室の職員を人質にするのはいくら何でもマズいんじゃないでしょうか?

「場所はここだ」

 スリック、ヴィニーは手のひらに収まりそうな小さな棒のようまのをカシワギさんに投げた。

「例を言うのは柄じゃないけど‥‥まあ、ありがとな」

 カシワギさんはタバコをその辺に投げ捨ててくるっと背を向けて外に出ていった。

「‥‥‥‥」

 じゃあ、私も‥‥とあとに続こうとしたけど、

「ほう、このドールは主人のあとに黙ってついていくのか」

「‥‥‥‥」

 あげかえた足がピタ‥‥と止まる。

 回れ右してスリッグの所まで歩く。右手と右足が同時に動いてる。

「‥‥なんだこのAI‥‥歩行系がうまく作動していない」

「‥‥‥‥」

 笑うべきか、泣くべきか‥‥それが問題だ。



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