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第18話  この人はネコか何か?

 零網区の真っただ中、私とカシワギさんは絵に描いたような輩の人達に囲まれてる。

 六人ぐらいの彼らは、鉄パイプだの、ナイフだの、いろんな凶器を持ってる。

 やめてください‥‥と言って、素直にやめてくれるようには見えない。つまり絶対絶命‥‥こんな状況なのに、カシワギさんは薄く笑みを浮かべてる。

「‥‥何の用だ? 言っとくが、話がつまらなきゃ帰ってもらうぜ」

 煽るような言葉をわざわざ‥‥案の定、手前の大柄な男は怒り顔で前に出てきた。

「兄さん、随分と上等なドールを連れてるじゃないか。新都心の新型か?」

「まあね。彼女は歳で言えば若いから新型っても言えるな」

「そうか、じゃあ、そいつを置いてってもらおうか」

「それは勘弁だ。女を一人で置いてったら後で何を言われるか、分かったもんじゃない。‥‥そうか、あんたはそんな経験がないんだな。これは失礼」

「野郎!」

 男は鉄パイプを横から振ってきた。私は咄嗟に目を押さえようとしたけど、指の隙間から、やっぱりちゃんと見てる。

 以下、私の実況中継。



「‥‥おっと‥‥」

 カシワギさんは体をのけ反らせて棒を避ける。相手の体が前に伸びきった姿勢の途中、足を引っかけて転ばせる。

「うが!」

 前のめりになった男は地面に顔を打ちつけた。カシワギさんは足で棒を蹴とばした。回転しながら宙に舞った棒を背中で受け止め、回ったまま前に持ってきて、ピタとその動きを止めた。

「さあ、次のお客さんはどいつだ?」

 倒した相手からさっと離れて振り返る。

「この!」

「ふざけやがって!」

 ナイフを抜いた二人の輩が同時にカシワギさんを襲った。

 カシワギさんの足が先に動く。

真っすぐじゃない。

一歩、横にずらして回り込むような軌道。

ナイフが一閃。

でも、カシワギさんの体はそこにいない。

わずかに上体をそらしながら、カウンターで鉄パイプを振る。

一人目の男の手首を横から叩き落とすように打ち抜き、

ナイフが弾け飛んだ。

すぐさま反転。

二人目が懐に入ろうとする前に、鉄パイプを地面に軽く突く。

カン、と音が鳴ったその一瞬、

相手の目が音に引かれた。

その隙にカシワギさんは回転蹴り気味に足払いをかける。

男のバランスが崩れた瞬間、

カシワギさんは左手で男の肩を押し下げ、鉄パイプで軽く首筋をトントン――

アウトだな‥‥とでも言いたげな顔をしてる。

「‥‥二体一でナイフ持ち? ちっとは手ごたえあると思ったんだけどな」

 鉄パイプを肩に担いで、口元に薄く笑みを浮かべてる。

「‥‥‥‥」

 以上、実況。

 言葉にすると長いけど、ほんの一瞬の出来事だった。

 カシワギさんて‥‥何なの?

 機知室の人だって事は知ってるけど‥‥絶対公務員じゃない気がする。

「分かった、分かった‥‥降参だ」

 男達はナイフを捨てて両手を上にあげた。

「いや‥‥ね‥‥ちょっと、あんたらに聞きたい事があるんだけど」

「何だ?」

「この辺に、AIドールの人格上書きプログラムをやってる奴がいるかと思ってね」

「‥‥それは違法ドールだろう? そんな事を聞いてどうする?」

「俺はドールのブローカーだ。彼女は、あんたらが言った通り、新型のドール‥‥コードネームは‥‥ユメ‥‥ユメリィだ」

「‥‥は?」

 私の目が大きく見開いた(自分比1・2倍)

 それ誰?‥‥って一瞬、思ったけど、全員の目が私に向いてるし‥‥どう考えても私の事を言ってる。

 男は端末を出して調べたが、

「‥‥そんなドールは登録されてないぞ?」

「そりゃそうだろ。まだ出回ってない新型だからな。俺はこいつをロールアウト直後に盗み出してきた。‥‥が、如何せん、まだちゃんと人格が入力されていない。これじゃ、ただの木偶の棒。売れやしない、そんなわけで訪ねてきたってわけだ」

「‥‥‥‥もが‥‥?」

カシワギさんは私のほっぺたを横に引っ張る。さっきの説明だと、まだ人格がない‥‥みたいな事だったので、ここで何か言わけにはいかない‥‥でもなあ。いい加減に‥‥。

「‥‥なるほど」

 私が何も言わずに黙ってる事で、理解した男たちは顔を見合わせて頷いてる(ちょっと痛いんだけど)。

「あんたの手腕は確かだ。新都心からドールを盗み出したって話は本当のようだ。俺たちは知らないが、知ってそうな奴を紹介してやる」

「ありがとよ。‥‥そいつは、どうせロクでもねえヤツなんだろ?」

「この第九零網区を仕切ってる人だ。この区の情報だけじゃなく、都市部にも精通している」

「零網区‥‥ネットワーク無しの地区が、新都心に情報網ねえ」

「会えば分かる」

「ああ、感謝するよ。心の底から、な」

 男達はぞろぞろと歩きだす。距離が離れた所で、カシワギさんは振り返ってニヤリとしながら。

「な、うまく転がったろ?」

「‥‥‥まあ‥‥‥なんとか‥‥」

 頼りになるのか、ならないのか‥‥。

さっきの乱闘を思いだして、何と言って良いかわからなくなってきたんだけど。

‥‥なので、無視してるわけじゃないのに、言葉が出てこなかった。

「いいじゃん、AIドールらしくて、そのノリでいこうぜ」

「‥‥‥‥」

 カシワギさんはポケットに両手をつっこんで歩いていく。私は少し遅れてその後追った。 





裏路地だと思ってた所は、まだ序の口だったらしくて、一軒のボロボロの家の木の扉を開けると、そこからアーチ状の煉瓦の天井がずっと奥まで続いてる。

湿った風が吹き抜けている。外は暑かったけど、中は涼しい‥‥を通り越して、肌寒い。

それに薄暗くて良く見えない。カシワギさんはよくつまづかないで歩けるものだ。もしかして、ネコの仲間か何か? それだったらさっきの動きに納得がいく。

 いや、ネコにしてはかわいくない。

 ネコは‥‥。

「‥‥はもっと、本能的に撫でたくなるものだ‥‥」

「独り言にしてはテンションが高いな」

「‥‥‥‥む」

 いかん‥‥声に出してしまってたみたい。癖になる前にやめておこう。

「‥‥ここだ」

 樽からでも作ったかのような木の扉が開いた。

「‥‥‥‥」

 暗かった辺りに光が広がる。

「ああ、これはもう、現実が壊れたな」

 中からの光でカシワギさんの顔がはっきりと見える。その言葉とは逆で、別に驚いてるふうにも見えない。

“ようこそ”

 奥から声が響いた。

 私は目が慣れてくるのを待ってた。


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