零網区の真っただ中、私とカシワギさんは絵に描いたような輩の人達に囲まれてる。
六人ぐらいの彼らは、鉄パイプだの、ナイフだの、いろんな凶器を持ってる。
やめてください‥‥と言って、素直にやめてくれるようには見えない。つまり絶対絶命‥‥こんな状況なのに、カシワギさんは薄く笑みを浮かべてる。
「‥‥何の用だ? 言っとくが、話がつまらなきゃ帰ってもらうぜ」
煽るような言葉をわざわざ‥‥案の定、手前の大柄な男は怒り顔で前に出てきた。
「兄さん、随分と上等なドールを連れてるじゃないか。新都心の新型か?」
「まあね。彼女は歳で言えば若いから新型っても言えるな」
「そうか、じゃあ、そいつを置いてってもらおうか」
「それは勘弁だ。女を一人で置いてったら後で何を言われるか、分かったもんじゃない。‥‥そうか、あんたはそんな経験がないんだな。これは失礼」
「野郎!」
男は鉄パイプを横から振ってきた。私は咄嗟に目を押さえようとしたけど、指の隙間から、やっぱりちゃんと見てる。
以下、私の実況中継。
「‥‥おっと‥‥」
カシワギさんは体をのけ反らせて棒を避ける。相手の体が前に伸びきった姿勢の途中、足を引っかけて転ばせる。
「うが!」
前のめりになった男は地面に顔を打ちつけた。カシワギさんは足で棒を蹴とばした。回転しながら宙に舞った棒を背中で受け止め、回ったまま前に持ってきて、ピタとその動きを止めた。
「さあ、次のお客さんはどいつだ?」
倒した相手からさっと離れて振り返る。
「この!」
「ふざけやがって!」
ナイフを抜いた二人の輩が同時にカシワギさんを襲った。
カシワギさんの足が先に動く。
真っすぐじゃない。
一歩、横にずらして回り込むような軌道。
ナイフが一閃。
でも、カシワギさんの体はそこにいない。
わずかに上体をそらしながら、カウンターで鉄パイプを振る。
一人目の男の手首を横から叩き落とすように打ち抜き、
ナイフが弾け飛んだ。
すぐさま反転。
二人目が懐に入ろうとする前に、鉄パイプを地面に軽く突く。
カン、と音が鳴ったその一瞬、
相手の目が音に引かれた。
その隙にカシワギさんは回転蹴り気味に足払いをかける。
男のバランスが崩れた瞬間、
カシワギさんは左手で男の肩を押し下げ、鉄パイプで軽く首筋をトントン――
アウトだな‥‥とでも言いたげな顔をしてる。
「‥‥二体一でナイフ持ち? ちっとは手ごたえあると思ったんだけどな」
鉄パイプを肩に担いで、口元に薄く笑みを浮かべてる。
「‥‥‥‥」
以上、実況。
言葉にすると長いけど、ほんの一瞬の出来事だった。
カシワギさんて‥‥何なの?
機知室の人だって事は知ってるけど‥‥絶対公務員じゃない気がする。
「分かった、分かった‥‥降参だ」
男達はナイフを捨てて両手を上にあげた。
「いや‥‥ね‥‥ちょっと、あんたらに聞きたい事があるんだけど」
「何だ?」
「この辺に、AIドールの人格上書きプログラムをやってる奴がいるかと思ってね」
「‥‥それは違法ドールだろう? そんな事を聞いてどうする?」
「俺はドールのブローカーだ。彼女は、あんたらが言った通り、新型のドール‥‥コードネームは‥‥ユメ‥‥ユメリィだ」
「‥‥は?」
私の目が大きく見開いた(自分比1・2倍)
それ誰?‥‥って一瞬、思ったけど、全員の目が私に向いてるし‥‥どう考えても私の事を言ってる。
男は端末を出して調べたが、
「‥‥そんなドールは登録されてないぞ?」
「そりゃそうだろ。まだ出回ってない新型だからな。俺はこいつをロールアウト直後に盗み出してきた。‥‥が、如何せん、まだちゃんと人格が入力されていない。これじゃ、ただの木偶の棒。売れやしない、そんなわけで訪ねてきたってわけだ」
「‥‥‥‥もが‥‥?」
カシワギさんは私のほっぺたを横に引っ張る。さっきの説明だと、まだ人格がない‥‥みたいな事だったので、ここで何か言わけにはいかない‥‥でもなあ。いい加減に‥‥。
「‥‥なるほど」
私が何も言わずに黙ってる事で、理解した男たちは顔を見合わせて頷いてる(ちょっと痛いんだけど)。
「あんたの手腕は確かだ。新都心からドールを盗み出したって話は本当のようだ。俺たちは知らないが、知ってそうな奴を紹介してやる」
「ありがとよ。‥‥そいつは、どうせロクでもねえヤツなんだろ?」
「この第九零網区を仕切ってる人だ。この区の情報だけじゃなく、都市部にも精通している」
「零網区‥‥ネットワーク無しの地区が、新都心に情報網ねえ」
「会えば分かる」
「ああ、感謝するよ。心の底から、な」
男達はぞろぞろと歩きだす。距離が離れた所で、カシワギさんは振り返ってニヤリとしながら。
「な、うまく転がったろ?」
「‥‥‥まあ‥‥‥なんとか‥‥」
頼りになるのか、ならないのか‥‥。
さっきの乱闘を思いだして、何と言って良いかわからなくなってきたんだけど。
‥‥なので、無視してるわけじゃないのに、言葉が出てこなかった。
「いいじゃん、AIドールらしくて、そのノリでいこうぜ」
「‥‥‥‥」
カシワギさんはポケットに両手をつっこんで歩いていく。私は少し遅れてその後追った。
裏路地だと思ってた所は、まだ序の口だったらしくて、一軒のボロボロの家の木の扉を開けると、そこからアーチ状の煉瓦の天井がずっと奥まで続いてる。
湿った風が吹き抜けている。外は暑かったけど、中は涼しい‥‥を通り越して、肌寒い。
それに薄暗くて良く見えない。カシワギさんはよくつまづかないで歩けるものだ。もしかして、ネコの仲間か何か? それだったらさっきの動きに納得がいく。
いや、ネコにしてはかわいくない。
ネコは‥‥。
「‥‥はもっと、本能的に撫でたくなるものだ‥‥」
「独り言にしてはテンションが高いな」
「‥‥‥‥む」
いかん‥‥声に出してしまってたみたい。癖になる前にやめておこう。
「‥‥ここだ」
樽からでも作ったかのような木の扉が開いた。
「‥‥‥‥」
暗かった辺りに光が広がる。
「ああ、これはもう、現実が壊れたな」
中からの光でカシワギさんの顔がはっきりと見える。その言葉とは逆で、別に驚いてるふうにも見えない。
“ようこそ”
奥から声が響いた。
私は目が慣れてくるのを待ってた。