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第27話  おつかい任務と魔窟の男

 室長に呼ばれたのは、機知室に出勤してから五分ぐらい経ってから。

「ツキシロ、すまないがミナセのとこに、何か食べるものを持って行ってくれ」

「‥‥‥‥は?」

 ミナセさんは体調不良で三日程休んでいる。具体的な内容は聞いてないけど、食べるものを持っていけ‥‥というのはどういう事なのだろうか。

普通、こういうのは奥さんがやる事だと思う。

でも、ミナセさんの事だから普通が通じないだろうし、奥さんも大変そうで、なので応援という意味なのかもしれない。

だとしても何で私が? 一応、先週のカナエ事件の調書をまとめてるから、ちゃんと仕事をしてるとは思う。張本人のカシワギさんはどっか消えていないので、全部一人でやってる(どっかの酒場とかにいる?)。

「‥‥‥‥」

 機知室の中を見渡してみる。ミナセさんはそんなんだし、カシワギさんは行方不明。クジョウ先輩は‥‥電話しながら頭をさげてる。多分、何かのクレーム処理に追われてる。私的には一番やりたくない事なんだけど、先輩はどうして笑顔でいられるのか不思議でならない。後は室長と、アイザワさんと、何人かの事務処理専用のAIドール(どうして全員、美人タイプなんだろうか‥‥室長の趣味?)。

「‥‥むう」

 つまり私しかいないという結論。

「分かりました」

 ため息をついてデスクに戻る。

 デスクの上には端末と書類の入ったトレーの段々。三口で飲み干せるほどの小さなボトル(中にはアイスコーヒー。暑いからね)。それと手のひらぐらいの小さなヒマワリのおもちゃ(小さなパネルがついていて、そこに光が当たってクネクネと動くのを見てると、あっと言う間に時間が過ぎてしまう)。

 どうせこの機知室のⅯITの身分票で買えてしまうから、ポイントに関しては問題はないんだけどね。

 で、地下駐車場に降りる。

「‥‥‥‥ふふ」

 私の目の前にあるのは二人乗りの小さな赤い車(形はまん丸)。もちろん車輪なんてものはついてないし、運転は全自動。この前の臨時賞与で買ってしまった。

 無駄使いではない。やっぱり自由に使える車があるのは便利だし、政府から婚姻が決定されると、独身でいた時のポイントは全部没収される(後で結婚した二人には決まった額のポイントがもらえるけど、それは二人の共通ポイント)。

 なので、今のうちに使い切った方がいい。

 政府的には経済を回して、なおかつ不平等をなくすのが目的らしいけど‥‥ほんとにそれでいいんだろうか。

「まあ、いいか‥‥」

 気をとりなおして、マーケットに向かう(ネット販売がほとんどだけど)。私はただ車の座席に座って目的地を言うだけだから、楽って言えば楽。クジョウ先輩は、どうしてタイヤのある古いタイプのクラシックカーに乗ってるんだろうか。

 今度理由を聞いてみよう。



マーケッドは国が直接運営してて、なので、そこで働く店員さんは全員が公務員(それ以外はドール)。

実は、小さかった頃、そこで働く仕事に憧れた時がある。お客さんがいない時はぼうっとしててもいいんじゃなかろうか‥‥などと無邪気な事を言って、お父さん達を困らせてた。

「‥‥‥元気にしてるかな‥‥‥」

 機知室に入ってまだそんなに日は経ってないのに、いろんな事が起こった。

 一応、社会人とはなってるけど、中身は十六歳の学生‥‥荷が重い思わなくもない。

 ハンドルから手を離してるけど、勝手に右、左‥‥と、小刻みに回り続けてる。

 自動車専用のこの道は、歩いている人はいない。平行して走ってる真下の道が歩行者専用。



 マーケットのビルに到着。大きな自動扉を潜って中に入る。

 食料品売り場に直行。

 そこで、見舞い?‥‥の食べ物を探す。

「‥‥むう」

 食材からすぐ食べられるもの、保存できるもの‥‥全部が壁のケースの中に納まっている。

 探すにしても、ミナセさんがどんな具合なのか知らない以上、予測で買っていくしかない。

「‥‥こんなもんだろ」

 私は適当に手押し車の中に入れていく。

 レジにポイントが表示されたけど、MITの札を表示させると、支払い済になった。

 何て便利な。

 もしかしたら高い絵の画材とかもこの札で買えないかのとか思ったけど、そんな事をする必要がないくらい、ポイントは残ってる。カシワギさんはいつも足りないとか言ってたけど、何をどうすればそうなるのか不思議でならないんだけど。


 大きな袋を助手席に押し込めて(そうか、二人乗りは荷物を入れる場所が小さいのか)、改めてミナセさんの家へと向かう。

 車は真っ直ぐに向かっていく。

 車線はだんだんと減っていって、最後には一本‥‥車道と歩道は一緒になった。

 曇空の下、都心のビル街が遠くになっていく。このまま行くと零網区。

 ミナセさん‥‥零網区の住人? そんな人が機知室に勤めてるとか‥‥まさかね。



「‥‥‥‥ここ?」

 着いた所は、ぎりぎり零網区ではなくて、郊外の古い五階建てのアパートメント。

 零網区と違ってインフラは通ってはいるみたいだけど、道の左右にあるのは、電気式には見えない。その道も石を敷き詰めた様な石畳の道だし。

 入口のドアの前に車を止めて、よっこいしょ(?)っと、荷物の袋をおろした。

 チャイムもインターフォンもなくて、扉についてる鉄の輪を持ち上げてトントンと叩いた。

「‥‥‥‥んん?」

 返事がない。負けずに何度かガシガシと叩いてると、奥から気の抜けた声が返ってきた。

“何だよ、うるさいな”

 紛れもなく、ミナセさんの声。どうやら屍にはなってなかったみたい。

「どうも、機知特別対策室です」

 あえてそう答えてみたけど、

「‥‥‥‥なんだユメじゃねえか」

「‥‥‥‥」

 よれよれのパジャマ姿で出て来たミナセさんは、ボサボサ頭と無精ひげが、三割増しぐらい。隙間から見える部屋の中は‥‥悲惨の極致。

 あんなに散らかす事ができるのも才能かも。

「お見舞いに来ました」

「‥‥そうか、すまんな。ゲホ」

 確かに体調は悪そう。

「奥様は?」

「ん?‥‥ああ」

 ミナセさんはバリバリと頭をかいた。

「そんなものはいねえよ」

「‥‥は?」

 結婚は強制されるはずなのに‥‥そんな事ってありえる?

「‥‥まあ、そんなとこに突っ立ってるのも何だから、入れよ」

「‥‥‥‥」

 思いっきり不審に思いながらも、私は魔窟の中に一歩を踏み出した。


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