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第28話  好奇心は‥‥

 私がいるのはミナセさんの住んでるマンションの中。

 マンションと言ってもそこら辺の小ぎれいな高層ビルとは違って、石とか煉瓦、木で出来たクラシックな外見の建物。中に入ったけど、いきなり玄関から散らかってる。足元には靴とか、よく分からない袋とか、得体のしれない箱とかが転がってて、実の所、これ以上、奥には行きたくない。

「‥‥‥‥」

 試しに箱のようなものが何なのか、指で摘まんでみた。

 持ち手がある‥‥これは‥‥もしかしてチリトリ? 初めて見たかも。確かに掃除ロボットというものがあったとしても、これでは身動きが取れないから手動でやるしかないのか。

 煉瓦の壁には、黒い傘のランプが付いてるけど、ちゃんと灯りがつくかどうかは疑わしい感じ。

 家具もあるけど、ほとんどが木製。カーテンなんかも年季が入っていて、ここにいると時間が止まってるように感じる。

「‥‥‥‥ほう」

 窓際の縁に小さな植木鉢を見つけて、その棒の様な植物を指でつつく。完全に水分が抜けて枯れてたみたいで、指は植物の中にめり込んだ。

 確かこれはサボテン。そんなに世話をしなくても枯れたりはしないはずなんだけど、そのサボテンの耐久値を持ってしても生きながらえる事が出来なかったとは‥‥。

「そんなに面白いか?」

 ずっと指でつついてると、ミナセさんがそんな事を言ってきた。

「‥‥少し‥‥」

 最近、自分の家の掃除もさぼりがち。こうならない様に気をつけないと。

「体調はどうですか?」

「まあ、ぼちぼちだ」

 ぼちぼちというのが、どんな状態なのか、さっぱりと分からない。

 食材を買っていけという指示で買った来たには来たけど、こんなとこで料理ができるはずがない。

「‥‥‥ん‥どうしたツキシロ」

「食料を買ってきました」

「それはありがたい」

「‥‥‥‥」

 私は袋からダイコンを取り出してミナセさんに白い尖った方を向けた。

「一口で食べてください」

「何だって?」

「‥‥あと、これ‥‥」

 出したのはジャガイモ。

「これはそのままで、いけますね」

「おい、人を何だと思ってるんだ」

 ミナセさんはため息をつく。

「まあ、食料には違いないが‥‥」

 私から袋をとりあげる。

「‥‥‥‥卵と、こんにゃく‥‥これは‥‥豆腐か?‥‥これで何を作るつもりだったんだ?」

「まあ、何となく」

「‥‥ったく。仕方がない‥‥そこに座ってろ」

 ミナセさんはキッチンの方に向かって行った。もしかして料理するつもりなんだろうか。

 やめといた方が良いと思うが。

 普段の人となりを思い出して、私はそんな感想。

「‥‥‥‥」

 病人に料理を作らせて、私は一人、ぽつんと残される。

 何ともシュールな図。

 黙ってると、壁の大きな時計の下の左右に揺れる丸い金属?‥‥が、カチカチという規則正しい音を部屋中に染み渡らせてるようで、それが気になって仕方がない(そんな大きな音じゃないけど)。

「‥‥‥‥仕方がない」

 正座してただ待ってるのもおかしいので、ちょっとだけ部屋の整理でもしてみますか。

 脱ぎっぱなしの服を籠に入れると、その下から厚い表紙の本が出てきたりして、どこまでいっても整理が追いつかない。

 よくよく見ればⅯITの身分証が適当に置いてある。無くしたら大変だというのに、無神経な人だ。

「こうなったら‥‥」

 一度やると決めたら、徹底的にやるのが私の良い所。

 とりあえず棚の上に置こうとしたけど、そこにはすでに余分なスペースがない。

 上にあった倒れてる小さな板を手に取る。

「‥‥‥‥」

 それは小さな写真立てだった。中に映っているのは、妙に小ぎれいな格好をした若いミナセさんと(無精ひげが全くないし、きちんと髪が整えてある)、優しそうな表情をした女性の二人。その写真は、日に焼けて茶色になってきてて、背景はよく分からない。

 その辺に手がかりがないかと、引き出しを開けてみたり、棚の上のものを全部床に落としてみたりもしたけど、何もない、

「‥‥むう」

 もしかして写真たての中に何かあるかも‥‥。

 私は好奇心を押さえられずに開こうとしたら、ミナセさんが鍋のような物を両手で持ってきた。

「‥‥‥‥何やってんだ?」

「えっと‥‥好奇心は猫を殺す‥‥の諺が本当かを実験してました」

「?‥‥何だそりゃ」

 ミナセさんはテーブルの上に鍋を置いた。何かの本が鍋敷き代わりになってるのが気になる。

「とりあえず、あの材料で出来るのはこんな物だ」

「‥‥ほう」

 鍋の蓋を取ると、そこにはおいしそうなオデン‥‥なるほど、あれがこうなるのか。

適当に買ったので、何の料理になるかなんて、全く考えてなかっただけに、これは感慨深い。

「素晴らしいです。ミナセさんにこんな特技があったなんて」

「‥‥お前なあ。この程度も出来ないと、結婚した時に困るぞ」

「まあ‥‥その時はその時で‥‥」

 ちくわを口いっぱいに入れてモゴモゴしながら喋ってると、ミナセさんは今日、何度目かのため息をついた。

 結婚‥‥やっぱりピンと来ない。

 知らない人と突然一緒に生活させられて、その人と一生、一緒にいる事になって‥‥。

 それが人類平等の仕組み‥‥AIがマッチングした結婚は、人類が今まで自由に活動してきた結果起こってきた不幸をなくすらしいけど。

人類平等の幸せ‥‥考えると何だかモヤモヤしてくる。

そう言えば‥‥。

「ミナセさんが結婚してないって本当ですか?」

「ん?‥‥本当だ」

 さも当然とでも言わんばかりに、こんにゃくを口に放り込んでる。

「どうしてずっと独身状態でいられるんですか?」

「‥‥‥‥まあ、いろいろあってな」

「‥‥‥‥」

 もしかして聞いてはいけない事を聞いてしまったとか?

「俺と釣り合う女性はいないそうだ」

「‥‥‥‥ほう」

 なんだ、つまりはミナセさんの人格とか、人となりに問題があって、中央AIはマッチング出来なかったという事なのか。

こう見えてもミナセさんは三十前。クジョウ先輩とそんなに歳は違わないのに、どこで差がついてしまったのか。

「あ、じゃあ、この女性は誰です?」

「‥‥‥‥」

 ミナセさんは写真をチラと見た。

「そいつは‥‥俺の友人だ」

「仲良さそうですね」

「‥‥そうだな」

 ゆで卵をつかもうとしたけど、卵は鍋の中でツルっと逃げた。

「結婚通知がまだ来てなくて、お互いに独身だったから、仕事終わりに街中を飲み歩いてたからな。ユヅキは酒に強い奴で、最初につぶれるのは俺の方だったが」

「‥‥‥‥」

 ミナセさんはゆで卵をじっと見つめてる。

多分、ユヅキという人は結婚して、近くにはいなくなってると思う。でも、それを聞くのは、いくらなんでも憚られるかと。

「‥‥今はいない」

 まるで私の心を読んだかのようにミナセさんは答えを呟いた。

 相性や性格を考慮されたマッチングは不幸にはならないはず。

「ユヅキ‥‥さんは、きっと幸せに暮らしてますよ」

 何か言わなきゃならない気がして、そう言ったけど‥‥。



 私が言ったその言葉は、ミナセさんにとってとても残酷だった事を後で知る事になった。



好奇心は‥‥猫を殺す。‥‥事前に注意喚起してくれる普通の諺と違って、この言葉は物事をしてしまった後‥‥後悔した時に、噛みしめる言葉だった。


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