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第29話  好奇心虫、再び

 私は今、一人で車を走らせてる。

 都心から少し離れた湾岸沿いの道。湾岸って言ったって、堤防は全てコンクリ。昔は砂浜だった所は全部、水の下。天気がいいから遠くまで見渡せるんだけど、平行してずっと走ってると、海が大きな貯水槽にしか見えなくなってくる。

 ついでに趣味の絵の道具でも持ってこようかと思ったけど、そこまでの景色でもなかった。

 ほんとはこの車の屋根が無ければ気持ちいいのかもしれないけど、これはⅯITの公用車。ボタン一つで屋根に青色の回転灯が光るという、いかにもな車で、当然、屋根がないと困るわけで。

 まあ、オープンカーだったら、それはそれで向かい風で髪がバッサバサになるから、この方がいいわけだけど。

「……‥あれ……かな?」

 などという、どうでも良い事を考えているうちに目的地の家に到着。

 豪華そうな海際のマンション。敷地には多目的広場、プール……一階にはスポーツジム。ここに入るには相当のポイントを使ったはず。結婚してからじゃないとポイントは貯まっていかないし、ポイントそのものを他の人にあげる事は出来ない(物を買って、それをあげる事は出来るけどね。カシワギさんは相変わらず、私にたかってくる)。

 つまり、協力してこの部屋に住む権利を得たわけで……。

ここに来たのは機知室の仕事で。

夫婦は離婚の申請を中央にしてて(大概は却下されるけど)、それだけなら機知室には関係ないけど、夫婦はそれぞれ、お互いのAIドールを希望してる。それなら離婚申請なんてしなきゃいいのに……と、思うんだけどね。

その辺の事情を聞き取りに行くのが私の仕事内容。

多分、面倒臭い。

一応、クジョウ先輩からいろんなテクニックを勉強してはいるんだけど、果たして一人で出来るだろうか、心配。

 私はマンションの一室に通された。

 子供は既に独立していないので夫婦二人暮らし。

 家具や電気製品は私が使ってる支給されたものより、何段階も良いものを使ってるみたい。こんないい所で、悠々自適な暮らし……もう十分だと思うんだけど。何が不満で離婚なんて事を。

「不満はありませんよ」

「…………」

 私が出された珈琲に口を付けた時、ケンゾウさんはそう言った。どういう顔をして良いか分からなかったので、これ幸いと、コーヒーカップを止めて口元を隠した。

「いや……あるとしたら……時間が過ぎてしまった事でしょうか」

 その言葉を奥さんのヨシカさんが続ける。

 ヨシカさんは品の良い奥様という感じの人だ。

「私達は二人の目標だった念願の家を手に入れる事ができました。でも……それを願っていた私達は遠い昔の私達だったんです」

「…………なるほど」

 さっぱり分からない。

 私はカップを皿に置いて二人を観察した。

 さっきから阿吽の呼吸で会話してる。

 相性、ぴったりな気がするんだけど、何が不満なの?

「それでお互いに二十代の頃のAIドールを希望という事でしたが」

 旦那さんも奥さんも、若い頃の配偶者を希望してる。

 二人で同じ時間を共有してきたパートナーなのに、それでも相手は若い方が良いと思うものなんだろうか。

 まだ若い私には(異例の十六歳で就職した私にとっては)、理解が難しい話だ。

「はい」

 二人は頷いた。他にもいくつか聞きながらチェックシートに印を付けていく。

 離婚の判断を下すのは私ではなくて、中央AI。この結果を元に判断するんだろうけど、……どうにも理由が分からない。

 見た所、お互いに親愛の情?……みたいなものは全く損なわれていない。

 それなのになぜ?

「分かりました」

 分かってないけど。とりあえず調書は出来たので、今日の所は撤退。

 帰る私に、わざわざ一階まで降りて見送ってくれた。

 いい人達だ。

 帰りの車の中、私は調書を見返してみる(こんな時、自動運転は便利)。

出来たけど、中央に送信するのは私じゃない。室長が目を通した上で、認可が下りて、それからって事になる。やっぱりこの辺はお役所仕事だ。

「…………」

 昔の……若い時の姿と性格のAIドールを希望……まあ、通らないだろうけど。

 ん? 性格?

 ちなみに……という事で、記録されてる二人の昔の性格をデータからダウンロードしてみる。

夫……オイカワ・ケンゾウ……十代の頃は素行不良が目立ち、あと少しで更生施設に送られる所だった。二十代の頃に同僚を恐喝して、物品を奪取。結婚前に全てのポイントを使って買った物を隠しておくが、後に発覚。施設送りは逃れたものの、大幅なポイント減となる。既に婚姻してる女性に迫るも、通報で確保される。

「ええええー……」

 私は両手を口に当てた。

控えめに言って、若い頃のケンゾウさんはクズ。さっきあった穏やかな人からは想像も出来ない。そんなものを模写したドールの許可が出るはずがないかと。

 しかしまた何でそんな……。

 ますます意味が分からない。

「……むう……」 

それで奥さんはどうだろうか……。

妻……オイカワ・ヨシカ……両親は経済管理主幹に勤務。未婚の時、学生卒業時は成績優秀という事で主席として卒業。後に職業は首都監視室に決定されて、同年に勤務開始。勤務三年後に、ケンゾウとの結婚が決定……現在に至る……。

「えええ……」

 そんな声を出すのは今日、二度目。

 何ていうか……いわゆる、ヨシカさんはお嬢様(死語)だったのでは?

 中央AIは何を考えて、あの二人を結婚させたんだろうか。その根拠を知りたい。

 それから紆余曲折があって、あんな感じになってる。

 元の家の財産は持ちだせないので、あれは二人で築いてきたものだ。

 その紆余曲折の辺りを詳しく聞きたい。

「…………」

 知りたい……と思った途端、また私の中の好奇心虫が騒ぎ始める。

そういうわけでこの調書を室長に提出するのはまだやめよう(催促されるとは思うけど。でもこの話、私が納得してない)。

関係ないけど、人に歴史あり……って言えば聞こえは良いけど、人に過去あり……って変えると、何か胡散臭く感じる。

 ケンゾウさんの過去は……まあ、いいか。

ヨシカさんの方を探っていこうと思う。

結婚後に働いていた首都監視室……どこかで聞き覚えがあるような……。

「……ああ、そうか……」

 監視カメラの件で、聞きに行った所だ。

 あそこの技術主任……コウノさんに聞けば、何か手がかりがつかめるかもしれない。

「……官車、ナンバー012……目的地変更……」

=了解しました=

 私はすぐに行先を、その首都観察室のある警察署へと変えた。

 善は急げ……っても言うし。

 多分……善は関係ないと思うけどね。

 まあいいか。

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