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第30話  過去に囚われた者たち

 警察署についた私は、コウノさんに会うべく受付に。

「今日、面会の約束はなされてますか?」

 AIドールの美人の受付に聞かれたけど、もちろんそんな約束なんてしていない。

「約束の無い方との面会は禁止されてます。御用の方はそちらで受付票を取って面会内容を‥‥」

「‥‥‥‥」

 言ってる事は確かに正しい。でも、そんな悠長な事はしていたくない。

 私は伝家の宝刀、MITの身分証を受付の人?‥‥に見せた。美人の目に光が走る。

「確認しました。機械知特別対策室のツキシロさまですね。今、コウノに連絡します。しばらくお待ちください」

 身分証‥‥何て便利なんだろう。

 すぐにコウノさんのいる部屋に通された。

相変わらず暗い部屋。アイザワさんもそうだけど、この手の技術系の人って、こんなとこで仕事してて目が悪くならないんだろうか。

「誰かと思えば、いつぞやの機知室の新人ちゃんね」

 コウノさんは眼鏡をかけた大人の女性。美人だけどAIドールじゃない。

「もう新人じゃないかー。いい顔になってきたじゃない。最高級のAIドールみたいで」

「‥‥は?」

 今、ナチュラルにもの凄い失礼な事を言われたような‥‥。

 まあ、そんな事より。

「コウノさんは、オイカワ・ヨシカじゃなくて、ミシマ・ヨシカさんて人をご存じですか?」

 オイカワ‥‥は、ヨシカさんが結婚してからの性だった。

昔、夫婦別姓問題というものがあって、結婚後は夫の性を名乗るか、元の性でいくかが問題となった事がある。結局、中央AIは、結婚後は夫の性を名乗る‥‥という事が決定した。AIにとっては、名称をどうするかなんて事は、どうでもいい事で、統一して、議論という体量の社会的リソースを使うものはなくしたいかららしいけど。

私もいつかツキシロでなくなる時がくるんだろうけど‥‥やっぱり実感が沸かない。

「ミシマ・ヨシカ?」

 コウノさんはほっぺたに手を当てて考え込んでる。どうやら知らなそうだ。

「私は聞き覚えがないけど‥‥その人がどうかしたの?」

「以前、この首都監視室で働いていたようなので、もしかしたら知り合いかなと」

「ちょっと待ってて‥‥」

 コウノさんは端末で調べ始めた。

「私より結構、前にいた人みたいね。三年ぐらい務めてから、結婚の為に退社ってある」

「‥‥‥‥」

 モニターにはヨシカさんの写真が映ってる。

 もちろん今より若い。

「えっと‥‥履歴は‥‥」

 コウノさんは画面を下にスクロールしていく。

「へえ‥‥随分と立派なもんじゃない。お嬢様だったみたいね。‥‥全く、こんな人がいるから私は‥‥」

 コウノさんの顔が引きつってるのが薄暗い部屋でも分かる。

「だいたい、せっかく貯めてたポイントを勝手に使って、しかも私に謝りもしない‥‥何で私があんな男と結婚‥‥」

「あのー‥‥」

 何だか知らないけど、地雷だったようで、私はすぐに話題を切り替える。

「ヨシカさんの夫は、あまり善良な人物ではなかったみたいなんです」

「‥‥そうね」

コウノさんはケンゾウさんのデータを見つめる。私はオイカワ夫妻が、互いの若い頃のAIドールを申請している事をコウノさんに伝えた。

「なるほどね。わざわざ機知室が出張ってるのはそういう事なのね」

 机の上に置いてあるコーヒーを口に含む。

「おかしな事はないと思うけど? どうせこんな申請通りはしないんだし」

「‥‥何も昔の性格のドールを作らなくても、いいんじゃないかって思って。今は二人とも落ち着いた感じなので」

「‥‥そう?」

 コウノさんは肩をすくめた。私、何かおかしな事を言ったかな。

「旦那の方は、おどおどした性格の嫁が。嫁の方は性格に難ありな夫が良いってだけの話じゃない。それ以上の事は他人には分かりようのない話」

「‥‥‥‥」

「十六歳のユメちゃんには難しいかな」

「‥‥‥‥」

子供扱いされて、ちょっとだけ私はムっとなる。これでも就職してから数々の修羅場を乗り越えてきたと思ってる。

「そうねー‥‥じゃあ、ジュンヤに聞いてみるといいかもね。」

「ジュンヤ?」

 誰だ? 

「ああ、ミナセ・ジュンヤ」

「え? ミナセさんって、下の名前があったんですか?」

 私は両手を口に当てる。

「当たり前でしょ」

 呆れ顔になる。

「今はあんなだけど、昔は真面目だったのよ、融通がきかないのは今も変わってないけど」

「え⁉」

 二度びっくり。

 だとしたら変りすぎ。

「人は変わっていくものよ」

「‥‥そんなもんですか」

「ふふ‥‥」

 コウノさんは楽しそうだ。もしかしたら昔を思い出して懐かしんでるのかも。

しかし、あのミナセさんを下の名前で呼び捨てにするなんて、コウノさんとミナセさんの間には、何があったんだろうか。

「ミナセさんに聞いた方がいいって‥‥どうしてですか?」

「同じだからよ」

「‥‥‥‥?」

「彼もね‥‥あの夫婦と同じ‥‥昔に捉えられてるのよ」

「‥‥‥‥」

 意味が分からない。

「でもまあ、ミナセもあの様子じゃ、聞いた所で何も言わなそうね」

「‥‥‥‥」

 それは同感だ。

「じゃあ、話を聞きだす、とっておきの言葉を教えてあげる」

「‥‥‥‥」

 コウノさんは私に耳打ちした。

「‥‥これって」

「聞く前にその名前をジュンヤに言ってみなさい。途端に全てを吐くと思うから。ふふ」

 コウノさんは楽しそうだ。

 私はその名前を頭の中で繰り返す。

 アサミ・ユズキ

 誰なんだろうか。ミナセさんとは苗字が違うから、実は結婚してました‥‥じゃ、なさそう。

 コウノさんはこれ以上は何も教えてはくれないみたい。

 この人から聞きだす魔法の言葉も知りたいものだ。

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