警察署についた私は、コウノさんに会うべく受付に。
「今日、面会の約束はなされてますか?」
AIドールの美人の受付に聞かれたけど、もちろんそんな約束なんてしていない。
「約束の無い方との面会は禁止されてます。御用の方はそちらで受付票を取って面会内容を‥‥」
「‥‥‥‥」
言ってる事は確かに正しい。でも、そんな悠長な事はしていたくない。
私は伝家の宝刀、MITの身分証を受付の人?‥‥に見せた。美人の目に光が走る。
「確認しました。機械知特別対策室のツキシロさまですね。今、コウノに連絡します。しばらくお待ちください」
身分証‥‥何て便利なんだろう。
すぐにコウノさんのいる部屋に通された。
相変わらず暗い部屋。アイザワさんもそうだけど、この手の技術系の人って、こんなとこで仕事してて目が悪くならないんだろうか。
「誰かと思えば、いつぞやの機知室の新人ちゃんね」
コウノさんは眼鏡をかけた大人の女性。美人だけどAIドールじゃない。
「もう新人じゃないかー。いい顔になってきたじゃない。最高級のAIドールみたいで」
「‥‥は?」
今、ナチュラルにもの凄い失礼な事を言われたような‥‥。
まあ、そんな事より。
「コウノさんは、オイカワ・ヨシカじゃなくて、ミシマ・ヨシカさんて人をご存じですか?」
オイカワ‥‥は、ヨシカさんが結婚してからの性だった。
昔、夫婦別姓問題というものがあって、結婚後は夫の性を名乗るか、元の性でいくかが問題となった事がある。結局、中央AIは、結婚後は夫の性を名乗る‥‥という事が決定した。AIにとっては、名称をどうするかなんて事は、どうでもいい事で、統一して、議論という体量の社会的リソースを使うものはなくしたいかららしいけど。
私もいつかツキシロでなくなる時がくるんだろうけど‥‥やっぱり実感が沸かない。
「ミシマ・ヨシカ?」
コウノさんはほっぺたに手を当てて考え込んでる。どうやら知らなそうだ。
「私は聞き覚えがないけど‥‥その人がどうかしたの?」
「以前、この首都監視室で働いていたようなので、もしかしたら知り合いかなと」
「ちょっと待ってて‥‥」
コウノさんは端末で調べ始めた。
「私より結構、前にいた人みたいね。三年ぐらい務めてから、結婚の為に退社ってある」
「‥‥‥‥」
モニターにはヨシカさんの写真が映ってる。
もちろん今より若い。
「えっと‥‥履歴は‥‥」
コウノさんは画面を下にスクロールしていく。
「へえ‥‥随分と立派なもんじゃない。お嬢様だったみたいね。‥‥全く、こんな人がいるから私は‥‥」
コウノさんの顔が引きつってるのが薄暗い部屋でも分かる。
「だいたい、せっかく貯めてたポイントを勝手に使って、しかも私に謝りもしない‥‥何で私があんな男と結婚‥‥」
「あのー‥‥」
何だか知らないけど、地雷だったようで、私はすぐに話題を切り替える。
「ヨシカさんの夫は、あまり善良な人物ではなかったみたいなんです」
「‥‥そうね」
コウノさんはケンゾウさんのデータを見つめる。私はオイカワ夫妻が、互いの若い頃のAIドールを申請している事をコウノさんに伝えた。
「なるほどね。わざわざ機知室が出張ってるのはそういう事なのね」
机の上に置いてあるコーヒーを口に含む。
「おかしな事はないと思うけど? どうせこんな申請通りはしないんだし」
「‥‥何も昔の性格のドールを作らなくても、いいんじゃないかって思って。今は二人とも落ち着いた感じなので」
「‥‥そう?」
コウノさんは肩をすくめた。私、何かおかしな事を言ったかな。
「旦那の方は、おどおどした性格の嫁が。嫁の方は性格に難ありな夫が良いってだけの話じゃない。それ以上の事は他人には分かりようのない話」
「‥‥‥‥」
「十六歳のユメちゃんには難しいかな」
「‥‥‥‥」
子供扱いされて、ちょっとだけ私はムっとなる。これでも就職してから数々の修羅場を乗り越えてきたと思ってる。
「そうねー‥‥じゃあ、ジュンヤに聞いてみるといいかもね。」
「ジュンヤ?」
誰だ?
「ああ、ミナセ・ジュンヤ」
「え? ミナセさんって、下の名前があったんですか?」
私は両手を口に当てる。
「当たり前でしょ」
呆れ顔になる。
「今はあんなだけど、昔は真面目だったのよ、融通がきかないのは今も変わってないけど」
「え⁉」
二度びっくり。
だとしたら変りすぎ。
「人は変わっていくものよ」
「‥‥そんなもんですか」
「ふふ‥‥」
コウノさんは楽しそうだ。もしかしたら昔を思い出して懐かしんでるのかも。
しかし、あのミナセさんを下の名前で呼び捨てにするなんて、コウノさんとミナセさんの間には、何があったんだろうか。
「ミナセさんに聞いた方がいいって‥‥どうしてですか?」
「同じだからよ」
「‥‥‥‥?」
「彼もね‥‥あの夫婦と同じ‥‥昔に捉えられてるのよ」
「‥‥‥‥」
意味が分からない。
「でもまあ、ミナセもあの様子じゃ、聞いた所で何も言わなそうね」
「‥‥‥‥」
それは同感だ。
「じゃあ、話を聞きだす、とっておきの言葉を教えてあげる」
「‥‥‥‥」
コウノさんは私に耳打ちした。
「‥‥これって」
「聞く前にその名前をジュンヤに言ってみなさい。途端に全てを吐くと思うから。ふふ」
コウノさんは楽しそうだ。
私はその名前を頭の中で繰り返す。
アサミ・ユズキ
誰なんだろうか。ミナセさんとは苗字が違うから、実は結婚してました‥‥じゃ、なさそう。
コウノさんはこれ以上は何も教えてはくれないみたい。
この人から聞きだす魔法の言葉も知りたいものだ。