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第5話:剣術がないってマ?

 ――リューヴェーン……古くより人と魔が共存するこの大陸では争いが絶えなかった。


 ある時から、魔王という強大な力を有したモノが現れた。


 圧倒的すぎる力の前に人類は成す術がなく、その勢いはあっという間に圧されていった。


 このままなにもできぬまま、ただ絶滅するしかないのか。


 誰しもがそう、諦めかけたその時である。


 それは次元の壁を超越し、純白の翼を有した美しい女性だった。


 その女性は迫りくる魔を光の力で打ち払い、ついには魔王を討伐した。


 女性――戦女神ヴァルキリーとして人々より崇められた――




 リューヴェーンの町並みは相変わらず祭のようにわいわいと活気に満ちていた。


 その中を仁之助は嬉々とした顔で忙しなく物色する。


「珍しいものが本当に多いなぁ、ここは。見ていてまるで飽きないぞ」


「私からすればあなたのほうが十分物珍しい存在よ。だいたい、なによそれ。そんなのでどうやって魔王なんか斬るのよ」


「それを今から見せるわけだろ?」


 町の一角にあるその小さな修練場では、人はまばらでこそあるもののすでに修練に身を費やす者たちがいた。


 ただし、その利用者は等しくみな十代中ごろの少女ばかりであった。


 男性の姿はなく。そればかりか剣や槍という、仁之助にとっては親の顔よりも見た武器がなかった。


「ここは、女性というか子供専用の修練場なのか?」


「そんなわけないでしょ!? 確かにここを利用する娘は少ないけど、それでも立派な修練場なんだから」


「なるほど――でも、俺が思っていた修練場とはちょっと違うな」


 どちらかといえば射撃場といったほうが正しかろう。


 絶え間なく炸裂音が響き、その都度硝煙が辺りを漂う。


 完全に場違いともいえる雰囲気だが、仁之助が思う修練がなかったわけではない。


「あれは、銃身を打撃武器にしているのか?」


「銃身は鋼鉄のように頑丈にできているからね。それだけじゃなく、先端にはあぁやって銃剣を取り付けるの。そうすれば打撃だけじゃなく裂傷を負わせることだって可能になるってわけ」


「なるほど。異世界ならではの武術ってことか……」



 銃剣術――仁之助が生まれるよりも先の未来に伝わる新たな武術である。


 銃の利点は言うまでもなく、圧倒的な距離にある。


 そのうえ、鋼鉄をもいとも容易く貫通するという殺傷能力の高さ。


 そして修練さえしっかりと詰めば、筋が良い者ならば最速で翌日には農民でも簡単に侍を殺せること。


 だが、せっかくの利点が奪われる事態は少なからず事例としてある。


 火縄銃の弱点は、次弾装填までの時間の長さとそれゆえの無防備さにあった。


 そうした場合に陥った際の白兵戦術が、後の銃剣術である。




「――、というわけだから見せてもらうわよ。あなたの言う剣術とやらを」


「……本当にないんだな、この世界には」


 リューヴェーンには剣術というものがない。


 この話を聞いた時、仁之助は思わずからからと笑ってしまった。


 にわかに信じ難い話だったし、異なる世界の住人という理由で揶揄しているのだと。


 そう思っても仕方がないぐらい、彼女の口より紡がれた事実は現実離れしていた。


 当の本人の瞳は、まったく揺らいでいなかった。


 どうやら嘘偽りはないらしい。それが事実と知った時、仁之助は激しく驚愕した。


 もちろん、今でさえも信じられずにいる。


「――、さて」


 仁之助は空いている巻き藁の前に静かに立った。


 この瞬間、少女たちの手がぴたりと止まった。


 何事か、とそう今にも問いたそうな視線は例外なく仁之助をジッと捉えている。


 すらりと大刀の鯉口を切る。露わになった漆黒の刀身にまず、どよめきが周囲から起きた。


「な、なによその禍々しいぐらい真っ黒な刀身は……!」


「俺の刀は、まぁ色々と特別製だからな。普通の刀にはない輝きを宿してるんだよ。いや、もちろんちゃんとしたほうもあることにはあるぞ?」


 仁之助は、大上段に構えた。


 呼吸を整え、そして一気に肺から排出する。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 力強い踏み込みと共に漆黒の雷が落ちた。


 巻き藁は寸分の狂いもなく縦に両断された。


 正確には、凄烈な太刀筋の前に跡形もなく消し飛んだ。


 そればかりか、その余波によって地面は大きく陥没し、周囲には颶風に乗って大量の砂埃がわっと宙に舞った。


「今のは俺の流派の基礎中の基礎で岩断いわだちっていう。原理としては相手に素早くかつ全身全霊を賭した一撃を打ち下ろすって技なんだが――」


「…………」


「って、おい聴いているのか?」


 いくら仁之助が話しかけても、レイチェルから返答はなかった。


 呆然としたままで、まるで動こうとしない。


 そしてそれは、この場にいる他の少女たちにも同様に言えることでもあった。


 唖然とする彼女たちの視線は等しく、あたかも化け物を見るかのようなものだった。


(普通の唐竹斬りをやっただけにすぎないんだけどなぁ……あっちじゃこんなの珍しくもなんともないぞ)


 剣術という文明がないだけで、基本的な技でもこうさせてしまうらしい。


 未だ呆然とするレイチェルを、いい加減仁之助は呼び起こした。


 頬を軽くぺちぺちと叩いた時、ようやくレイチェルはハッとした様子で仁之助のほうをばっと見た。


 言うまでもなく、彼女のその顔には明確な驚愕と困惑の感情が宿っている。


「あ、あなた今のはなによ!?」


「いや、だからあれが剣術なんだって。原理は――」


「剣術って、そんなにすごいの!? 弾が出るわけじゃない、聖晶術が使えるわけでもない。ただ斬るだけでこんな凄まじい威力を出せるなんて……!」


「個人差はもちろんあるぞ? 全員がこうだと、俺の国は今頃もっと地獄と化していただろうし」


「……なんなの、あなたの国」


「侍の国でござる……ってな」


 どこか呆れたような顔をするレイチェルに仁之助はふっと笑った。


「それじゃあ次は、俺のほうから見せてもらおうか」


「あんなの見せられた後でやるからなんだか調子狂うわ……でも、まぁそこで見てなさい」


 レイチェルがステファノスを構えた時、彼女の顔から一切の感情が消失した。


 静かに的を定める視線は、まるで猛禽類のように鋭く冷たい。


 呼吸は非常に穏やかで安定して、銃口にもまるでブレが生じない。


 この恐るべき集中力には、仁之助も思わず感嘆の息をそっと吐いてしまった。


 やがて、けたたましい炸裂音が鳴った。


 一発、二発……合計にして十発の弾丸が的を寸分の狂いなく穿つ。


 一見すると的には一発しか着弾した跡がない。


 残り九発はすべて外したのか――これは断じて否である。


 彼女の放った銃弾はすべて同じ穴を通過していったのだ。


 この事実に気付いた時、仁之助の表情には驚愕の感情が色濃く滲んだ。


 だがすぐに、彼はレイチェルに称賛の意を込めて拍手を送った。


「いや見事という他ないな。こんなにも射撃の腕が優れているとは……あの雑賀衆も驚きの射撃能力だな。的との距離は軽く見積もっても二町約220cmはあったのに全命中させる腕前、そして元来の火縄銃のような単発ではなく引き金を引けば連続して撃てる銃そのものの機能……いや本当に見事だ」


「このぐらいどうってことないわよ。私が本気出したらそれこそ豆粒みたいにしか見えない距離だって正確に眉間を撃つことだってできるわ」


「それはすごいな――ところでレイチェル」


「どうかした?」


「……そろそろ、なにか喰いにいかないか? その、腹が減ってしまってな……」


「そういえば、私もまだなにも食べてなかったわね。いいわ、案内ついでにおすすめの場所を教えてあげる」


「おぉぉ……ありがたい。さぁ、飯だ飯だ!」


「……ジンノスケ。あなた、町を案内してた中で一番の喜びようじゃない?」


「気のせいだろ」


 じっといぶかし気な視線を送るレイチェルに、仁之助はそう返した。


 食事処へと向かうその道中で、仁之助は不意にレイチェルに口火を切った。


「そういえば、レイチェルが持っているその種子島……“ああてぃふぁくと”はすごいな」


 仁之助は素直に称賛した。


 見た目の神聖さと豪華さは、日本刀とはまた異なる魅力を宿す。


 もちろん外見だけではなく、実戦的な設計も注目すべき点だ。


 もしこれが大量に導入されれば、これまでの戦など子供と大人の喧嘩になっていただろう。


 だからといって、銃口を目前にして臆する日本男児ではない。


 彼らは……――侍は、異国の武器に散るのも一興だと平然と笑ってみせる。


 侍とは、古くからそう言う生き物なのだ。それは仁之助とて例外ではない。


「私のステファノスは、まぁ他所と比べたら旧式の武器ね」


「旧式? これがそうなのか?」


「リューヴェーンは古きを重んじるの。今でこそ周辺国のいいところを取り入れて発展しているけど、その大半はまだまだ昔ながらのものが多い。このアーティファクトだって、最初に開発されてからほとんど変わっていないわ」


「そうなのか――だが、俺はそういうの結構好きだぞ」


 仁之助はそう言って笑ってみせた。


 種子島によって戦の歴史ががらりと変わった。


 それでいうなら、いつの日か必ず日本刀の時代にも終わりがくる。


 人間、便利で手間のかからないほうが断然よいに決まっているからだ。


 だからといって、それにあっさりと乗り換えるつもりはこの仁之助には毛頭なかった。


「便利なのは確かにいいことかもしれないが、でもそればかりにかまけていたら人間は成長しない。まぁ俺自身種子島はあまり好かん。あれは簡単に人を殺せるが、殺したという実感がない。実感がないということは、責任や覚悟を放棄するのも同じ……と、俺は考えている」


「ジンノスケ……」


「――、って難しい話をしたら余計に腹が減ってきた……」


「……はぁ。ちょっとかっこいいなぁって思ったのに、その一言ですべてが台無しよ」


 口では呆れつつも、レイチェルの表情は優しくて柔らかかった。

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