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第4話 本の能力

空はその頃ソラに釣られ分厚い本を読むが、読めるはずも無い。

細胞のページと星の天体のページなど生物学と天文学などが書かれたページが主だった。

ソラはよく古代の言語や漢字が読めたなと感心しながら、興味本位で開いてみる。

そこには、確かにベータ144の生態や特性など書かれていた。

だが、文字は古過ぎて全く読めないし絵も今とは違ってかなり分かりにくいものだった。

「最近何か浮かない顔ですね。何か考え事があるみたいですが、良かったら私に教えてください」

空の顔が暗いと心配するユキに、空は一言漏らす。

「うん、まぁ、大丈夫」と誤魔化すように言うが、ソラは勝手に話しを喋り始める。

「そんなこともあります! 人間が不安なときはその不安を解決すればOKですよ!」

そう言いながら、ニヤニヤしながらソラに近づく。

「何で俺がそう見えて不安だと思った? 別にそういうんじゃないよ」

ソラはそれを聞くと、「分かりますとも、毎日同じような生活を送って退屈なんでしょ!」などと見当違いなことを言ってくるので堪忍袋の緒が切れそうな瞬間、ソラが興奮しながら顔を近付いてきた。

「どうせ夜も眠れずに悩んでいるんでしょ? 私に話してみませんか? 哲学や精神学についても多少知識がありますので、良いアドバイスができると思いますよ!」ソラがそんなことを言うと、期待しているような表情をしていた。しかし、空は即答する。

「別にそういう心配とかない」

否定をしたせいで、逆にソラの心を心配することになる。

「もしかして学校のお金払えないから私に相談しようとしてますか? もしそうなら心配無用です、私も学生でお金無いですから!」

「いや、金のことはどうにでもなるけどそういうのじゃ無いし」

空が真面目に否定する。

「では、一体なんなのでしょうか?」

ソラが質問してくるので空は返答する。

「ゲノムについて、本で見たけど、それには、ベータと144に別けられているけど、それは、どのように区別してるの?」

ソラが空の問いについて少し考え込んで答える。

その時空は一瞬だが、ゲノムに関して聞いたことがあり、それはβタイプのDNAを基にして作られたものらしいのだが、どうもその意味が理解できないので聞いてみることにしたのである。

そんな空の疑問に対してユキが説明をする。

「ベータタイプとは従来の人間のDNAをベースに再構成されたものです。このタイプの特徴は、従来のDNAと異なる部分が多く、これらが影響して様々な能力や機能を持っています。例えば、耐熱性が高かったり、反射速度が速かったりと優れた性能を持つ場合があります。一方ゲノムタイプとは、さらに優れたベータタイプと人間をより融合したものです。ゲノムタイプは従来のDNAをベースにしながらも、人間の身体的特徴や行動、さらには様々な文化的背景も加味して再構成されたものです。これらは旧来の人間的な構造を持ちながらも新しい機能を持っているため、状況に応じて応用できる可能性があります」とソラに説明をする。

空が興味深そうに聞いていたので、話を続ける。

「また、何故、10歳を未満を対象とするのかと言うと、愛想や好奇心、反応力、記憶力、処理速度などが大人より優れているためです。そして、さらに凄いところとしては、成長率が人間より著しく高いので、1ヶ月で肉体が変化します。例えば、体の成長は5歳までに完了し、そこから10歳頃まで成長し続けます」と説明する。

それを聞いた空は納得すると同時に興味深そうに聞くのだった。

しかし、一通り説明を受けた後でも自分の力で理解するのは難しいと感じてそれ以上は何も聞かなかったのであった。

その代わりに、空は疑問に思ったことを質問してみる。「じゃあ、あの子供達は殆どゲノムタイプとベータタイプを融合した感じ? 君もそうなのか?ゲノムの応用で何かやってるのか?」と空は、これまでに見たことのある人物たちの特徴と記憶を頼りに質問をする。

それを聞いて、ソラは返答する。

「えっと、そうですね。私の場合はほとんどβタイプですかねー」と答えたので、空はさらに突っ込んで聞くことにした。

「それじゃエレメントホルダーを持ってるなら何故使わないんだ? それを使えばいいじゃないか?」と疑問を投げかける。

それを聞いたソラは、少し困ったような顔をして答える。

「実は、私の身体の成長がまだ2歳程度なので、まだエレメントが使えないんですよ」と申し訳なさそうに話す。空は、それを聞いて、なるほどと思うと同時に、何か手伝えることがあるかもしれないと考える。しかし、その前にソラが口を開く。

「あっ、でも言語力だけは、成長しているみたいですよ! 難しい言葉とかも言えますから!」と嬉しそうに話す。

空が、その言葉を聞き、なるほどっと納得する。だからあんなに複雑な文字の羅列本を読んでいたのかと理解する。

しかし、それと同時にある疑問が湧いてきた。それを聞いてみることにする。

「確かに言語力も高いみたいだね。 でも、なんで身体の成長が遅いと分かったの?」と質問する。

すると、ソラは悲しそうに話す。

「分かりません。ですが、一つ心当たりがあるなら、よく何もない場所でコケるんですよ。特に草原みたいな場所に行くとコケやすくて」と言う。

それを聞いて、空は、なるほどっと納得してしまうのであった。

身体的な発達が遅い原因は、その行動にあるのではと推測する。

通常は0歳からだと歩ける方法を教えて、歩けるようになるとすぐに走る練習が始まる。

でもまだ骨とその脳が発達していないために、うまく歩けなくて、よくコケるのだ。

動物も同じで、最初の方、歩くとすぐにコケてしまう。最初は、早く歩こうとしてもうまく動けないので、周りを焦らせると不安がってさらにコケるケースもある。

それに成長期に無理に運動させると骨の関節を痛めるのでよくない。

まぁ、そうなった場合はリハビリすれば治ると思うが、成体ではまだ難しいだろう。

そして両親のサポートにより、歩くという基礎を叩き込まれる。

そして脳がそれを夢中にさせるよう設定し、自分の足で地面を蹴り始める。

これが、初めての歩行になるので感覚はシンプルなまま進むと思う。

その段階に入ると次は走るために、体を動かしてバランス感覚を鍛える。そして徐々に走るという動作を覚えていく。

でもこのように早く歩けないのは筋肉や脳に成長の余地がまだあるからであり、焦らずにじっくりと成長を待つことでその構造も大きくなり脳も発達すると考えられるのだ。

走りやすさと怪我しない方法など、両親の理解と愛情が必要であり、これは親の責任でもある。

そして平均1歳半したら走れる程度で、最初は少しずつ地面を蹴って進む。

そこから徐々に走れる距離を延ばしていき、最終的には走りながらジャンプしたりして遊べるようになる。しかし、ソラがよくコケる原因は、成長のスピードが遅いからだ。

走るには筋肉と体力が必要であり、歩けるだけでは意味がない。走るとバランス感覚が鍛えられ、自分の足で地面を蹴ることが上手になるため、足腰も強くなる。また、走ることで脳が発達する。

その過程でこけたりするのはしょうがない。成長段階に入ったのだから当たり前である。それが1歳半と同じようにソラも少しだけ遅いだけだと推測する。

そんな感じで、この世界においてソラは成長が他の少女よりも遅れているのだ。

しかし、この身体の年齢ではまだ今はこれでいいのかもしれない。身体はまだまだ出来上がっていないし、筋肉や骨格などの身体的なバランスはまだ出来上がっていない状態だからだろう。

つまり、もう少しの成長を待たないと本当の実力は発揮できないということである。

ソラも歩けて走れたらあとはコケない努力だけでいいので、今回のようなことがあっても見捨てるべきではない。

逆に彼女は早く成長しなければならないのだ。

1歳半で歩けるようになるのは早くても6歳で、しかも通常の人間の2倍は動けないといけない。

人間の不可能に近い5mをジャンプするとなると12歳まで時間が掛かる。

しかし、ゲノム少女ならこのくらいのことはできるのかもしれない。

格闘や暗殺など、戦闘系の能力を身に付けるのなら2歳とか3歳くらいは最低でもできるかもしれない。

それならばこの成長の速さも納得ができるし、そもそもゲノム少女は人間ではないのでもはや人外の存在として戦うことができるのだ。

つまり、彼女ならばもっと成長するはずである。

身体が20であっても、筋肉や骨の成長の速度は個人差がとても大きく、重量挙げの選手並みに成長したとしてもまだまだ成長の余地があるのかもしれないのだ。次に出てくる敵もその力を発揮し、対峙しなくてはならない。

だが20歳を超えると寿命を有さず長く生き続けるゲノム少女もいるが、その身体によって生きる年数が増えていくなら10歳で1年くらいだと推測すると人間の寿命でいうと100歳を越してしまう。

これは流石に無理があり、成長して身体が大きくなっても20歳程度の見た目でストップしてしまうかもしれない。だがそれでも彼女がまだ強くなる余地が充分にありそうなのは感じられるのである。

実際にソラの脳の成長スピードは年齢相応の成長をしているとは思えない。

もしかしたら、まだ更に強くなるかもしれない。ゲノム少女として生まれてきたソラは今後どのような成長を遂げていくのだろうか? そんなことを考えながらも、肘をついて本をめくっていたソラは、やがて静かに寝息を立て始めた。

そんなソラの穏やかな寝顔を、眺める程自然と口角が上がり、そしてソラの頭をそっと撫でた。

頭を撫でる時間が癒やしだが、ソラが一人で生活をしてると思うと寂しい気持ちが湧き上がってくる。絶対にソラを一人にさせないようにしようと心に誓った。

 そう思いながら、ソラを起こさないように、そっと毛布を掛けてあげたのだった。

次の日は快晴だった。窓から差し込む太陽の光が暖かく、とても心地よかった。だがまだ朝早いので、二人は寝ていたが、ソラが起きると、つられて俺も起きた。それから顔を洗い、歯を磨き朝食を食べた後、出かける準備をした。

玄関から外に出ると、雲一つない青空が広がっていた。心地よい風が肌を撫で、思わず深呼吸したくなるほどだった。そんな清々しい空気を味わいながら、朝の体操を太陽に向かって両手を上げて大きく背伸びをした。ソラも真似して、同じように体を伸ばしていた。

元々訓練生のときは体の柔軟性も重要視されていたので、意外と体は柔らかいほうかもしれない。

最近は体が訛ってきて思うように

今日もソラと一緒に、街を歩くことにした。しかし昨日と違って、今日はなんだかソラの元気がないように見える。

どうしたのかと尋ねると、どうやら少し寝不足らしい。昨日の夜は本を読みながら寝落ちしてしまったようで、気づいたら朝になっていたようだ。

ソラが読んでいる本のジャンルが気になったので聞いて見ると、歴史や文化に関する本ばかり読んでいたそうだ。

しかも最近、夜遅くまで勉強しているのも知っていたので、疲れているのかもしれない。

今日の仕事の予定を変更して、とりあえず、ソラが興味を持ちそうなところを探して、街を歩くことにした。

給料日前なので、あまりお金に余裕はないが、それでもソラに何かプレゼントをしてあげたかった。

ただ、焼きそば抜き生活だけは避けたいので、なるべく安いものを購入してほしいかな。

月収はせいぜい三万円、焼きそばと経費で2万円、残りは小遣い制なので、あまり贅沢はできない。

とはいえ、ソラに安いプレゼントを買えば、なんとかお小遣いで賄えるかもしれない。それに、ソラは自分に対して遠慮しているところがあるので、プレゼントをすれば喜んでくれるだろう。とりあえずソラの様子を見ながら、どこか良さそうな店を探すことにした。

しばらくして、ソラが興味を持ちそうな本屋を見つけた。そこでは様々なジャンルの本を取り扱っており、絵本や小説から漫画まで幅広く揃っていた。

図書館よりかは狭いが、それでも十分な品揃えであり、芥川賞や直木賞などの文学賞を受賞した作品も置いてあるようだ。

隣には人気作家のコーナーもあり、最近流行っているアニメやラノベ本も置いてあった。空はアニメの本を手に取り、表紙の表と裏を眺めても、関心ないようだ。

「転生系か……程どが独占状態。まさしく唯我独尊だな」

空は転生系を一通り読み終わると、本棚に戻して次の本を手に取った。

しかし、それも途中で飽きてしまったのか、本を戻した。どうやらこの本屋にはソラの興味を引くような本はなさそうだ。最近の流行りのアニメと転生系が置いてあるだけだった。ソラはアニメやラノベなどのオタク文化には興味がなく、本屋を物色する気はないようだ。仕方なく、別の店を探すことにした。



その後、ソラは色々な店を回ってみたが、結局どの店もソラの関心を引くものはなかったようだ。もう日が暮れて夜になろうとしていたので、そろそろ帰ろうかと思っていると、ソラが急に足を止めた。

どうやらある店の前で立ち止まっているようだ。そこは古本屋のようで、棚には古い本やポスター、レコードなどが所狭しと並んでいた。

店主は無愛想で客を寄せ付けない雰囲気だったが、ソラはその店に興味を持ったようで、じっくり眺めていた。どうやらソラの目には、何か気になるものがあったようだ。

それは一冊の小説だった。タイトルは書かれていないが、表紙には制服を着た少女のイラストが描かれている。

空は小説を手に取って、中を開いてみるとページは装飾などが施されて見た目は明るく、内容は元気で楽しい少女4人の学校生活を綴った物語だった。

「へぇー、生徒の雰囲気も良さそうだし、青春って感じだね」

ソラがそう言っていると、後ろから店員が現れて声をかけられた。

「お兄さん、その本を気に入るなんて、なかなか目が鋭いね。誰もその本を話題にしないから、びっくりだよ」店員は愛想良く笑いかけてきたが、どこか不気味な雰囲気が漂っていた。

確かにこの本屋は全然人の気配を感じなかったが、もしかして誰も店の商品を買わないのか?そう聞くと、店員は首を振った。

「いやいや、むしろ逆だよ。他の店よりかはずっと繁盛してるし、売り上げもそこそこいいほうさ。もちろんその本も、売り上げは一番良かったよ。でも、誰もその本に目を向けなかった。みんな、本の存在すら知らないだろうね」

そう言って店員は意味深な笑みを浮かべた。確かにその小説の帯には、ベストセラー作品という表記があるが、肝心の本のタイトルは書かれていない。

つまりこの店では、この小説だけが売れ残っていたようだ。それにしてもどうして、誰も話題にしなかったのだろうか?もしかして、この小説に出てくる少女達は実在しないとか?そんな疑問を抱いていると、店員はその本をを指差した。

「この小説を買うのかい? 特別に半額で売ってあげるよ」店員はそう言って、その本を差し出した。税込みが1300円から半額で55円、つまりかなり値引きしてくれるようだ。

だが、空はこの小説にはそれほど興味はない。値段が安いので買うことにはしたのだが、どうしようか迷った末ソラに渡した。

すると、ソラは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑顔になった。どうやらソラもこの小説に興味を持ったようだ。

その後、ソラはその小説を大切そうに抱えて、レジに向かった。

店員は会計を済ませると、その本をソラに手渡した。ソラはその本を受け取って、カバンの中にしまった。帰り道、ソラは嬉しそうに鼻歌を歌いながら歩いていた。

空はそんなソラの姿を見つめながら、今日の事を思い返した。

最初はあまり反応がなかった本屋も、偶然見つけたあの小説によって盛り上がったし、ある程度期待通りの結果だったと言えるだろう。

それにしても、あの小説のタイトルは一体何だったのだろうか?結局、最後まで名前が分からなかった。

そんなことを考えながら歩いていると、真っ暗の曇り空から雪が降ってきた。そういえば天気予報で今夜は雪が降ると言っていたことを、空は思い出した。

そして、ソラが寒そうに体を震わせているのが見えたので、空は自分の上着を脱いでソラに渡した。ソラは嬉しそうに礼を言い、すぐに羽織った。

冷たい空気にさらされていたソラの体が、少し温まったような気がした。ソラの吐息が白い煙となって、夜の闇へと溶け込んでいく。

手を擦り合わせながら歩くソラは、どことなく嬉しそうだ。ただ寒いだけなのかもしれないが、おそらくそれだけではないのかもしれない。

暫く歩くと、街に一つの牛丼屋が目に付いた。もうすっかり日も暮れているので、外には数人しか客がいないようだ。

何か温かい牛丼で体を温めたいので、二人は牛丼屋に入った。

カウンター席に並んで座ると、ソラはメニュー表を開いて何を注文するか悩み始めた。

財布の中身は400円で、空は水を飲んでメニュー表を見なかった。

ソラはしばらくメニューとにらめっこしていたが、結局一番安い牛丼を注文することにしたようだ。店員を呼び出して注文すると、店員は無愛想な態度で応えた。

やがて出てきた牛丼を見て、ソラは思わず感嘆の声を上げた。

大きめの茶碗に山盛りされたご飯の上に牛肉が乗っかっており、その脇に味噌汁とお新香がついているというシンプルな内容である。

最近、貧相化してきて需要と供給が合わなくなっているので、低価格帯にシフトチェンジしたのだろうか。400円で牛丼大盛りにありつけるのは、かなり良心的な価格設定である。しかしコーラでも250円に値上がりしている現代社会で、400円という価格帯も十分に高額なのだから、今のノヴァシティというのはなんとも懐事情が厳しい世界になってしまったものだ。ソラは牛丼を食べている間、一言も言葉を交わさなかった。

別に仲が悪いわけでもないのだが、二人の間に会話はほとんどないのだ。

もしかしたら、お互いが気を使っているのかもしれない。

空はというと、水を少しながら口に含みスマホを操作していた。

本当は食事をしているときにスマホを弄るのはあまり良くないのだが、どうせ食事が済んだらすぐ帰るだけなので、食事中にもスマホを操作する。

ソラは牛丼を食べ終わると、静かに席を立った。代金を支払って店を出ると、二人は並んで歩き出した。

外はすっかり暗くなっており、吹き付ける風が空の体温を奪っていくようだった。

でもこれで、今日の活動も終わりである。空が家に帰ろうと足を速めたとき、ソラが空の腕を掴んだ。

空は何事かと思ってソラを見ると、彼女の口元にはほのかな微笑みがあった。そして、彼女は口を開いた。

「ちょっと寄り道しない?」

そう言われて連れて来られた場所は駅近くにある公園だった。

夜も遅い時間なので人影はなく、真っ暗な中にただ外灯の光だけが寂しく照らしてるだけだった。

ソラは空の腕を掴んだまま、公園の奥へと進んでいく。空は恐る恐る、彼女についていった。

そして、彼女は足を止めた。そこには小さな公園があり、ブランコと滑り台、鉄棒が設置されているだけで目新しいものは何もなかった。

しかしそれでも、この公園には不思議な魅力があった。何かに引き込まれるような不思議な感覚があるというか、独特な雰囲気が漂っているのだ。本当に公園がここにあるのかと疑ってしまうほどの、静かな雰囲気である。ソラは空の腕を掴んだまま、公園の中に入っていく。そして、ブランコに腰掛けた。空は彼女が何を考えているのか分からず、困惑した表情を浮かベていた。そんな彼の手を取って、ソラはブランコに腰掛けるように促した。

空は言われるがままにブランコに座ると、再び困惑の表情を見せた。

それから暫くの間、二人は無言のまま公園での時間を楽しんだ。静かな夜の帳の中で、二人の吐息だけが闇の中へと消えていく。

隣に座っているソラのことを見ていたが、その表情からは彼女が何を考えているのか全く読み取れなかった。

もしかして自分に気があるのかとも思ったが、ソラは人と違って天然で落ち着いた雰囲気があるので、そういうことはないだろうと思った。

そして、空を見上げた。空には星は見えなかったが、代わりに月が見えた。美しい満月が二人を静かに照らしていた。その時、ソラが口を開いた。

「月が綺麗ね」

そう言うと、ソラはゆっくりと目を閉じた。そうして空の方に顔を向けると、彼女らしくない優しげな笑みを浮かべた。

それに対してどう反応すればいいのか分からずに戸惑った表情を浮かべていたが、とりあえず彼女と同じ様に目を瞑った。ソラの温もりを感じながらは空を見上げ続けた。

暫くの間、目を閉じたまま思考を巡らせた。

 自分は何故、こんな夜遅くにソラと二人で公園にいるんだろうか? 

どうしてこんな状況になったのか? 

そんなことを考えていると、やがて眠くなってきた。空は目を開けて隣を見ると、ソラはまだ目を閉じていた。それから数分が経った時、ソラは目を開けた。

そして彼女は立ち上がると、空の方を見た。その顔には優しい笑みが浮かんでいる。

それはまるで女神のように美しい笑顔だった。空はその表情に見とれてしまい、何も言えなかった。

しかし、次の瞬間、ソラの顔から笑みが消えた。その表情には先程までの優しさはなく、逆に悲しい表情を浮かべた。そして、ソラは空の頬にそっと手を添えた。

そして一言だけ、呟いた。

「寒いのかな? 顔の感覚、ないもん」

ソラの手が触れた瞬間、空は自分の体が冷え切っていることに気づいた。さっきまでは寒さを感じなかったのに、どうしてだろう? 

そう思った時、ソラの手から風が流れてくるのを感じた。ソラは体温を分け与えるかのように、そっと手を包み込んだ。

その手は温かく、彼女の手に徐々に熱が伝わってきた。その温かさに包まれながら、空は目を閉じた。すると、雪の結晶が肌に当たると目を開けた。

うっすらと積もった雪を見て、空は微笑む。どうやら今日は本当に冷え込むらしい。しかし、この公園だけは別世界のように温かい雰囲気に満ちていた。

そのまま二人は公園の中で座っていたが、ソラは立ち上がって歩き出した。そろそろ帰る時間なのだろうと思い、空も立ち上がった。

そして、二人は公園を出た。帰り道は途中まで一緒だったので、空はソラと一緒に歩いていた。しかし不思議と、先程の奇妙な感覚はなくなっていたのだった。

空の足の速さに追いかけるソラ。空の表情がいつもと変わらないことを知り、安堵するソラ。

そんなことを考えながら歩いていると、空は突然立ち止まった。眼の前の景色が地獄絵図のように血の色に染まっていたからだ。

空の視界に映る景色は、あまりにも衝撃的だった。空は呆然とした様子で目の前に広がる光景を見つめ続けた。そこに広がっていたのは凄惨な現実そのものだった。地面や建物、木々に至るまで全てが真っ赤に染まっていたのだ。

血だまりの中に横たわる人の姿が点在しており、それを別の人が何度も踏みつけて倒れている者の身体を持ち上げていた。そこは阿鼻叫喚の地獄絵図のような状況だった。

「ソラは……」

空が何かを言おうとした瞬間、ソラが後ろから抱き着くようにして支えてくれた。

「どうしたのですか? 怖い夢でも見ましたか?」

ソラの優しい言葉が、空の耳に染み込んでいく。空は安心しきってしまい、力が抜けてしまったようだ。

空はソラに支えられたまま、その場に座り込んでしまった。空から見た地獄絵図はあまりにも衝撃的だった。

しかし、空はそれ以上のものを目にしてしまったのだった。恐怖のあまり身体が震え、涙が頬を伝う。その様子を見たソラは心配そうに尋ねた。

「何があったのですか? 教えてください」

ソラの優しい言葉を聞くことで、空は落ち着きを取り戻した。そして、空は小さな声で呟いた。

「何でもない」

そう言って立ち上がろうとするが、上手く立てなかった。どうやら腰が抜けてしまっているらしい。空にはまだ何が見えてるのか分からなかった。しかし、ソラが空を支えて立たせてくれたとき、空は後ろを振り返りソラを見ると、苛々で頭を掻きむしった。

「大丈夫だ! 大丈夫!」

空は吐き捨てるように言うと、ソラを振り払って歩き出した。そして、そのまま歩いていくのだった。

空は落ち着いてきたが、それでもまだ悪夢から覚めたような感覚だった。

恐怖のあまり足が竦んでしまい、前に進めない。空は深呼吸をして心を落ち着かせようとした。しかし、それでも胸の動悸は治まらず、頭がクラクラするような感覚に襲われていた。

あまりの気分の悪さに吐き気さえ感じるほどだ。家に帰れば落ち着くだろうと思い、空は再び歩き始めた。

あの景色は消え、幻覚を見ていたという結論に達したのだ。空は自分の見ている現実が信じられず、頭を押さえた。それから、再び歩き始める。

しばらく歩いていると、空は見覚えのある場所に辿り着いた。そこはいつも通っている通学路だった。

「ここは確か私が通ってた通学路ですね。ここで友達と話をしたりしてました」

ソラは懐かしそうに周囲を見回している。空はそんなソラの表情を見て、複雑な気持ちになっていた。

「昔を思い出して感傷に浸ってんのか? 俺はいいよな、昔の思い出が消えてるんだもんなあ」

空はそう言ってぼやくと、そのまま先へ進んだ。すると今度は川沿いの道に出た。この道は彼女にとって思い出深い場所だ。幼い頃からよく通っていたので、彼女にとってお気に入りの場所でもあったのだ。

「覚えていますね。この道を歩いて学校に通っていたことを知ってますの?」

ソラはそう言って懐かしそうに川の景色を眺めた。空はそんなソラに答えることなく、無言で歩いている。

そして最後に道の電柱の脇にお花と水が入ったペットボトルが供えられていた。そこに手を合わせ、祈る。

「残念ですね。誰も助けられず殺されていくのは悲しくなるのですね」

ソラはそう言って、空と一緒に手を合わせた。空は何も答えなかった。ただ、無言のまま手を合わせているだけだった。

その後、空は分かれ道で立ち止まった。

空は呆然とした様子で、ソラを見た。そしてソラは一言だけ呟いた。

「それでは、さようなら。またいつか会いましょうね」その言葉は空の耳に染み込み、まるで女神のように美しい声として彼女の心に響くのだった。

その温もりに包まれてしまい、空は思わず泣きそうになってしまった。しかしすぐに我に返り、言葉を放った。

「あぁ……いつかな」

ソラは空に背を向けて帰ってしまった。しかし、空はもう振り向かなかった。

これ以上の感傷に浸ったところで、何も変わらないのだ。ただ虚しいだけなのだ。

空は遠くなっていくソラの背中をずっと見つめていたが、やがて自分も帰ろうと歩き始めたのだった。




翌床。空はあの晩の出来事を思い返していた。――記憶が思い出せない。

空はそう思いながら、天井を見上げた。あの夜のことはよく覚えているが、どうしてもあの記憶が鮮明にならないのだ。

まるで夢を見ていたかのような錯覚に襲われるほどである。あの凄惨な光景も、そして恐怖も鮮明に思い出せるのに、どうしても一部の記憶が欠如しているのだ。

――ダメだ、思い出せない……。

空はため息を吐いた。公園や牛丼屋での出来事も、断片的にしか思い出せないのだ。

だが、ひとつだけ確実に覚えていることがある。それはあの時何故電柱の花束に手を合わせたのか、なぜ彼女が通っている通学路で立ち止まったのか、あの時の彼女の想いの真意がいまだに分からないことだ。

それらだけは今も謎のままである。しかしそれは彼女にしか分からないことなのだろうと思い、諦めることにした。

「空、お腹すいた」と、アリスが呟き、その声で空は我に返った。

いつの間にか時間が過ぎていたらしい。空は再び冷蔵庫を開けて焼きそば一袋と残り四個の冷凍たこ焼きを取り出し、レンジに入れて温め始めた。

しかしその時、ふと手を止めた。そして何かを考えるかのようにアリスを見つめた。それはあまりにも数秒の出来事だったが、アリスが不思議に思うのには十分だった。

だが、空は何事もなかったかのように食事の準備を再開した。

――危なかった。もし、今の表情を見られていたら、彼女に怪しまれていたかもしれない。

そう思いながら焼きそばを机の上に置き、箸と飲み物を出した。

そして椅子に座ると、「いただきます」と言って食べ始める。

焼きそばをフォークで食べていると、彼の様子をうかがうように、アリスは話しかけた。

「ごはんおいしい?」

空はうんっと答えると、焼きそばを口に含んだ。すると、アリスは笑顔で言った。

「もっと食べていいんですよ」

空はありがとうと礼を言うと、再び食べ始めた。そして完食した後もペットボトルの烏龍茶を飲んで一息ついた。

――ひとまず安心してくれたかな? 

空は静かに息を吐くと、牛丼屋の思い出に思いを馳せた。何故牛丼屋で大盛りを頼むのか、そもそも少食なのに、どうして頼んだのか。

思い出そうとしても、何一つ思い出せないのだ。それどころか、それを思い出すことすら億劫になっている自分がいることに気付いた。

――もうどうでもいいや。

空はそう思うと、箸を置いて立ち上がった。そして机の端に置いてある財布を手に取って中身を確認してみたが、1円すらも入っていない。

――牛丼代か?

空は財布をベッドに放り投げた。金がないのに牛丼屋で贅沢した自分に、嫌気が差したのだ。

「腹は減ってなかったんだけど、久しぶりに食べたくなったんかよ」

空はそう言って目を逸らした。まるで自身の不満を吐露するかのように、言葉に棘がある。

アリスは心配そうに声をかけるが、空は冷たい返事を返した。

――思い出したくないことや知られたくないことは、口にするもんじゃないな。

少し休んだらまた出かけようと決めてソファで横になるのだった。急にアリスがソファの上で正座をすると、真剣な眼差しで空を見つめた。空は驚いて上半身を起こし、アリスを見た。

――なんだ? まるで今から告白でもするかのような雰囲気だ。

空は戸惑いながらも彼女の言葉を待ったが、一向に口を開かない。数秒の沈黙の後、アリスは窓を真っすぐに見つめながら、震える声で告げた。

「ベータ144の反応がありました」

空はその言葉の意味を理解するまで時間がかかった。

――反応?なんのことだ?

空はようやくその意味を理解した途端、戦慄した。つまり、あの悪夢のような出来事がまだ終わっていないと、そう言われたことになるからだ。

アリスの鍛えた危機察知能力は嘘偽りのない事実を伝えていた。

「――早く車に行かないと」

空はアリスの腕を摑むと、玄関に向かって走った。装甲車のドアを乱雑に開けて、運転席に飛び乗った。だが、アリスは車に乗り込んだまま微動だにしない。

その様子を不審に思い、声をかけると、「空、どこ行くの?」と、アリスは尋ねてきた。

――何を言ってんだ? まさかこのまま逃げる気なのか?空はため息を吐くと、彼女の腕を掴み、強引に引っ張った。

しかし、彼女は頑なに動こうとしなかった。

――早くしないとまたあの目に逢うかもしれないのに!

空はそう叫びたかったが、実際に口から出たのは冷たい言葉だった。

「外に出たければ一人でどうぞ」

空はそう言ってドアを閉めようとする直前に、アリスは手を伸ばして、空の腕を掴んだ。彼女は今にも泣きそうな表情で空に訴えた。

「車を止めて! お願いだから、降りて!」

「なんでだ! 俺は一秒でも早くここから抜け出したいんだよ!」

空はそう怒り返して、強引に腕を振り解いた。しかし、アリスはそれでも諦めずに車に乗り込み、助手席のドアを開けて乗り込んだ。

そして、空の腕を掴んだ。それはまるで、親に置いて行かれそうになる子どものような必死さが感じられるものだったが、彼は苛立ちを抑えられなくなっていた。

空は片手でアリスを振り払おうとするが、アリスは決して離そうとしない。

むしろ、より強く掴んできた。

そして、彼女は彼の胸に顔を押し当てた。母親に甘えるかのような仕草だった。

――なんなんだよ、 いい加減にしろよ……。

空はそう思いながらも、アリスを突き放すことができなかった。

すると、彼女が顔を上げてこちらを見つめてきた。その瞳は涙で濡れており、今にも溢れ出しそうだった。

空は動揺し、振り払おうとしていた腕から力が抜けた。アリスが車を停止する理由をやっと理解した。俺と同じ考えだったのか。空は後悔に苛まれながらも、車を走らせ続けた。

車を停止したらまたあの目に遭うかもしれない。しかし、このまま逃げていてもいずれ追いつかれるかもしれない。

――くそ! どうすれば良いんだよ!

空は苛立ちながらハンドルを叩いた。

その時、ふとルームミラーを確認すると、助手席のアリスがドアをこじ開けて、外に出ようとしているのが見えた。

――何をしているんだ? 

空は慌ててブレーキを踏んで停車させると、彼女はシートベルトを外して、後方のドアも開けると外に出た。

アリスが、車から離れて全く違う道に向かおうとしているところだった。

空は、アリスに向かって叫んだ。

「違う! そっちじゃない! 車に乗ってくれ!  頼むから、戻ってこい!」

しかし、アリスは車の中に入る気配を見せない。空は舌打ちすると、自らも運転席を降りてアリスの元へ駆け寄った。

その瞬間、装甲車の横に白い一軒家が崩れ落ちてきた。そのおかげで、空とアリスは間一髪で難を逃れることができたのだった。

辺り一面に瓦礫や破片が飛び散り、強烈な砂煙が舞っていた。空は咄嗟に目を細めると、耳を澄まして状況を確認しようとした。

しかし、周囲は静寂に包まれており、悲鳴一つ聞こえなかった。どうやら誰も怪我をしていないようだったが、空は不安を隠しきれなかった。

「予知してたのか!? どうして、もっと早く言ってくれなかったんだ!」

しかし、アリスは無表情のまま答えなかった。それから五分ほど経ってから砂煙が晴れると、目の前に倒壊した建物が見えてきた。

まるで倒壊する直前に地面が割れたか、エネルギー砲を撃たれたかのようだった。建物の外壁は全て崩れ落ちており、とても中を見ることはできなかった。

他の建物が完全に崩壊してはいないものの周囲にヒビが入っており、今にも崩れそうに見えた。

我を取り戻して、急いでアリスの腕を掴んだ。しかし、彼女が反応することはなかった。

目は虚ろで、焦点が定まっていなかった。その様子はまるで夢を見ているかのようだったが、この一瞬で何が起こったのか分からないほど鈍くはなかった。

アリスはその精神状態も相まって未来予知の力を発揮していると考るしかなかった。

しかし、もしそうであるならば、彼女は自分自身の未来も予知していたということになる。果たしてそれがどんな光景であったのか、それは想像もできないが、この凄惨な状況を生み出したことは間違いなかった――。

気付いたらアリスの姿が消えていた。空は急いで周囲を見回したが、どこにも姿は見えなかった。

「アリス!? どこに行ったんだ!?」

空は声を振り絞って叫んだが、返事はなかった。空はしばらくその場で呆然としていたが、やがて我に返って立ち上がった。

彼は周囲を見回しながら、瓦礫の山に向かって歩き始めた。

――まさか、この中に埋まっている?

そんなことを考えたが、すぐにその考えを振り払った。そして、アリスが行くであろう場所を予想し、走り出したのだった。

空は懸命にアリスを探し続けた。しかし、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。

最初から存在していなかったかのように消えてしまったのだ。その時、後ろから徐々に迫って来る砂利の削る音に気付いた。

シューっと空気を切り裂く音が聴こえ、振り返るとそれは例の蛇型ベータ144であった。

まるで、獲物を仕留めるためのタイミングを見計らっているかのように空を睨んでいた。アリスを捜索したいという気持ちもあった。

しかし、目の前に迫る脅威に背を向けて逃げ出すことは出来なかった。空は強く拳を握り、そして身構えた。

次の瞬間、蛇型は一気に牙を剥いて襲いかかってきた。空を噛み殺そうとしてきたが、間一髪のところでそれを避けた。

だが、噛みつく時に発生した衝撃波により吹き飛ばされてしまった。空は再び立ち上がると今度こそ攻撃に転じた。

彼は蛇型の胴体に蹴りを放った後、間髪入れずにストレートパンチを顔面に打ち込んだ。蛇型が怯んでいる間に、空は全力でジャンプして馬乗りになると、拳を振り下ろし何度も殴りつけた。

それからしばらくの攻防が続いた後、空が放ったアッパーカットにより、蛇型は倒れたのだった。

空は大きくため息をつくと、力なくその場に座り込んだ。そして天井を見上げると、ひとり呟いた。

「身体が動かねぇ」

空は、アリスが消えてしまったショックから立ち直れずにいた。

それから一時間ほど経った頃だろうか、周辺の住宅街を探索していた。アリスの名を呼びながら、瓦礫の中を探し続けたが、どこにも彼女の姿は見えなかった。

空は、自分の不甲斐なさと無力さを痛感していた。

「くそまじか、最悪だよ。最低すぎる、何やってんだよ、何が起こってるんだよ、助けなきゃ、助けなきゃいけないのに俺にはそんな力なんて無いんだよ」

空は怒りと悲しみで泣きそうになってたが、それでも諦めなかった。あの日の自分のようにアリスも助けたい、その想いが彼を奮い立たせていた。

空は自分に言い聞かせた。

「諦めるな、考えるんだ」

自分に言い聞かせ、そして自分を振るい立たせるように必死に頭を回転させた。

その時、一つのアイデアが浮かんだ。それは突拍子もないものだったが、今の彼にはそれしか無いように思えた。空は携帯電話を取り出すと、すぐに電話をかけた。

その瞬間、目の前が真っ暗になったような感じがした。何が起こったのか分からず戸惑っているうちに、視界は徐々に回復し始めた。

目に入ってきた光景を見てハッとした。自分の立っている場所が変わっていたのだ。彼は混乱していたが、やがて冷静さを取り戻しつつあった。そして、冷静に周囲を見回し始めたところで、目の前に広がっている光景を見たのだった。

そこで見たものは信じられないものだった。空は自分がいる場所を確認するようにゆっくりと歩きながら確認した後、スマートフォンを取り出し現在地を確認した。すると彼女のGPSの表示にこの場所が映っていたので間違いないと思われた。

しかし、その場所は彼を愕然とさせるようなものであった――本来ならありえない、いや、あってはならない場所だったからだ。

空はその事実を知り、呆然としていた。彼女が今いる場所は、空が帰り道に見た地獄の光景そのものだったからだ。

彼が見たもの、それは、彼の記憶の中にある光景そのものだった。彼は混乱しながらも必死に頭を働かせて考えた。

どうしてこうなったのか?一体何が起こったというのか?

思考を巡らせるが、何も思いつかなかった。しかし、空の脳裏にある言葉がよぎった。

彼がずっと疑問に思っていたことだったからだ――何故、あの時見たものが、今ここで現実になっているのか? 空はその時の記憶を思い出そうとした。その瞬間、彼は息を吞んだ。彼の記憶の中では、この光景を実際に見たわけではなかったのだ。

彼が見たのは、その建物の入り口まで来たとき、背後から感じた謎の視線を不思議に思い振り返ったとき、そこにあったものだった――つまり、それは必然的にここに存在したことになるのである。

空はその事実に戦慄した。そして同時に恐怖を感じていた。何故ならこの場所は明らかに異常だったからだ。

空気が違う、空気中に漂う雰囲気、そして周囲の景色までもが、あの時のままだった。

そんな場所に再び足を踏み入れるというのは、自らの身を差し出すようなものだと理解していた。しかし、それでも空は行かなければならなかったのだ――何故なら彼の中で答えは出ていたからだった。

ただそれが恐ろしくて思考停止していただけだったのだ――そう、真実を確かめるしかないということが分かっているからだ。だから彼は意を決して一歩前に踏み出したのだった。

アリスの位置情報を元に向かう空だったが、彼の中にある違和感は増すばかりだった。その原因の一つがこの異常すぎるほどの静けさにあった。

先ほどまで感じていた緊張感や恐怖感が嘘のように消えていたのだ。しかし、それとは別の得体の知れない何かを感じることができた――まるで自分の中の何かが警鐘を鳴らしているような気さえしたのだった。

それにもう一つおかしな点があった――そう、それはアリスの生死である。

何故ならば、空は彼女を探しながら、ずっと最悪の事態を想定していたのだが、その考えが杞憂に終わる気配は全くなかったからだ。



――ある場所にたどり着いた。その場所は遊具が無い公園だった。空は周囲を見回してから辺りを見回した――しかし、その場所にアリスの姿はなかった。そこで彼は再び考え込んでいた。

何故、彼女がいなくなってしまったのか? 別行動を取ったことが原因か、それとも、彼女を探し出すことができず、戻るのが遅れてしまっているためなのか。

その時、後ろから男性の叫び声が響き、空は振り返ることになった。そして、信じられないものを目にすることになる。なんと、そこにいたのは――

「うわぁぁあぁぁぁぁぁ!!」

空は絶叫した。それと同時にその場から逃げ出したのだった。彼の目の前にいたものは紛れもなく人間の死体だった――それも一人ではなく二人だ。

二人とも全身傷だらけであり、顔は苦痛に歪んでいた――しかもその手には凶器らしきものが握られていた。それらは血にまみれており、地面に滴り落ちていた。

空はそれを目にするとすぐに走り始めた――後ろから二人の男性が追いかけてくる音が聞こえたからだ。

彼は必死になって逃げ続けた。ゾンビ映画さながらの光景を目にして、いよいよ現実とフィクションの区別がつかなくなっていた。

しかし、それが夢ではないことは明らかだった――何故なら彼を追いかける足音がしっかりと聞こえていたからだ。空はとっさに振り返り、その光景を目にした瞬間に再び絶叫していた――二人の男性は地面に倒れている死体が痙攣したように、うごめいているのを目撃したからだ。

体の痙攣はベータ144が体内でウィルスを暴れさせているからで、死体が勝手に動いていたのだった。

しかし考える時間もなくそれを見て混乱し、さらに全速力で走った――

しかし、二人の男性の足音がどんどん近づいてきていることに気づいていた――難を逃れるには何とかしてこの場から逃げ切れたときには、誰もいない場所にいたかったが、どこへ行けばいいのか見当もつかなかった。

だが、そんな彼の願いはすぐに叶うことになった。後ろにピチャピチャっと液体の音がし、振り返るとそこには死体が這いつくばって空を追いかけてきていたからだ――空の目には、それが人間ではなくゾンビそのものに見えていた。

死体の特徴は小学生ほどの背丈で、肌の色は青白く、体のあちこちには大穴があり、腐敗が進み肉や骨が見え隠れしていた。

服装はローブのようなもので、顔が暗くてよく見えなかった――その足は化物に貪られたかのように原型をとどめていなかった――

そして、微かに見える口からははっきりと空に助けを求める声が聞こえていた。

「足が痛いよ……助けてよ」

しかし、空はそれを無視しようとした――いや、できなかった――というのも、死体が這いつくばりながら空に近づいてきて、

足にしがみついてきたからだ――そして死体はこう言った。「……いや、違う。……じゃない、お前は……じゃない」

その瞬間、空は正気を取り戻してその場を逃げ出した――死体は必死にしがみついていたが、

空はそれを蹴り飛ばし、なんとか引き離すことができたのだった。だが、その周囲には複数の化物の呻き声が聞こえていた――それは全て死体から発せられたものだった。

空はさらに走ろうとした瞬間、少女の叫び声と共にバキッという鈍い音が響いた。

その直後、空は何か強い力で後ろに引っ張られた。

「……!? ……!!!! おい嘘だろ!?」空が振り返ると、そこには化物の口の下から分厚い本がバサッと抜け落ちる光景が目に入った。

「止めろ!!!! 止めろよ!!!!」

空は叫び、すぐに走り出した。だが、化物は口を閉ざしたまま空を追いかけた――

すると、アリスが空を見つけて呼ん だ。しかし、空はその呼びかけに応えることなく走り続けた蛇の口を大きく開け、牙を見せつける。

空にはそれが蛇の舌に見えるのだった。アリスが飛び上がり空の背中にしがみついて来て、なんとか捕食から逃れることができた。

アリスは空を引っ張るようにして走り、何とか逃げ切ったのだった。

「空! 何で化物に向かてったの!?」

アリスは怒った口調で問い詰める。

空は、「はぁ、はぁ」と息を荒げながら頷いた。そして、自分に起こった事を話し出した――だが、彼は恐怖のあまり声が震えていた。

「もう少しで空が死ぬところだったんだよ!? 私の言うこと聞いてよ!」

アリスは怒り、空の胸を叩く。

空は頭を下げたまま何も言えずにいたが、突然、アリスの後ろから黒い影が現れた。

それはあの化物だった――しかし、今回は一人だけではないようだ――空たちが振り返ると同時に別の方向からも現れたのだった。

全部で四体の化物がいた。しかも、その背後にも更にもう一体現れ、計五体が空から襲おうとしていた――空は恐怖に怯えながらもなんとか銃を構え、引き金を引いたその時、撃鉄がカチンッと金属を弾かれる音だった。弾切れである。空はそれを見て絶望し、その場に座り込んだ。

「くそ、何故こんな時に!」

空は悪態をついて銃を地面に放り捨てた。それから空はすぐに逃げ出した。

アリスは彼についてくるよう促し、二人は同時に走り出すのだった。

しかし、背後から追いすがる化物たちの方が速く、徐々に距離を詰められていた――そこでアリスは急停止して振り返る。

彼女は両手を広げて立ちはだかり、向かってくる化け物たちにこう言った。

「私はアリス! あなたたちが食べたいのはこの私でしょ!?」

すると、化け物たちは怯み足を止めたのだった。それを見た空は、驚きながらアリスを見つめる。

すると、アリスはニコッと微笑み、再び化物たちに向き直ってこう言った。

「空は私の家族なの! あなたたちには絶対にあげないよ!」

そう言うと、彼女は目の大きく見開いた。その瞳模様は狐の頭のような模様だった。

そして、空の方に向き直り、こう告げた。

「私に任せて! 大丈夫だから」

アリスはそう言って手を差し出した――その小さな手は、空から見たらまるで天使の手のように見えたのだった――。

アリスは空の前に出ると、両手を伸ばし、何か呪文のようなものを唱え始めた。

「エレメントコード、セブンスソード!霊魂牢獄アットカール!」アリスが唱えると、空中からいくつもの剣が現れ、次々と化物に向かって飛んでいった。

そして、それらは次々と化け物に突き刺さっていき、彼らの体を無数の刃が貫いていった――

そしてトドメと言わんばかりに剣を召喚した地点から赤い血が噴き出してその体は後ろに吹き飛ばされていたのだった。

しかし、アリスは息つく暇もなく次の行動に移るのだった。彼女は空に抱きつき、何かを唱え始める――すると、二人の体が光に包まれていく。

「最大強化、奇意撃エンチャントストライク!!」そうアリスが叫ぶと、地面を蹴るアリス。彼女の体は宙に舞い上がり、その勢いのまま化物に向かっていく――そして、彼女は化け物の一匹に向かって跳び蹴りを叩き込んだ。

その瞬間、アリスの右足には虹色の光が宿っていた――それはまるで花火のように散っていく――

だが、それでも威力は衰えず、化物の体を貫いていったのだった。五匹目を倒したところで、次に並んでいた三匹目の標的へ移る。

しかしそのときには既に空が動き出していた――空は、化物に向かって走り出していた。

そして、ナイフを手にし、化物に向かって振り上げる。空は怯えていた――しかし、彼は自分に言い聞かせる――俺は逃げちゃいけないんだ――と。

腕が振り下ろされ、ナイフがしっかりと化け物の体をとらえていたのだった。

刺された痛みで苦しむ化け物を横目に、さらにもう一本ナイフを取り出し、再びその体に突き刺していくのだった。その直後、化物の首が跳ね飛ばされ、胴体から鮮血が噴き出す。

「え? 何だ?今のは俺か? いや、アリスか?」

そう言いながら後ろを振り向くと、銃声の連射音に化物の死体が包まれていっ

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