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第4話 最強の軍人

――7月5日午前3時35分、暗闇の景色と視界を遮るほどの大雨、押し寄せてくる荒波は命の危険を物語っている。そんな海に、一台の小型ホバークラフトが時速50キロで航行していた。

そのホバークラフトが空気抵抗で後に傾き水面に弾く姿は、鯨が水面から出て口を開けるかのような威嚇ようで、1つの生命が誕生し死を覚悟するようなものだ。

激しい雨と波の音が大自然の叫びのように響き渡るように聞こえる。

そんな地獄のような光景が広がる中、ホバークラフトをしがみつきながら、1人の少女が海を進んでいた。

吹く風が、長く青白い髪を靡かせ、彼女の白い肌に水飛沫が打ち続けられる。

暗闇に映るその瞳は青く発光して、少女の異様な雰囲気を醸し出していた。

「こちらレオナ・ローレンス。上陸まであと100海里。荒波を避けながら、なんとか持ちこたえてる」

その少女の名前はレオナ・ローレンス、年齢は13歳で、イギリス出身である。

彼女は生まれた時から組織で育てられており、10歳の時に入隊したのだった。

それから2年間過酷な訓練を積んで心身共に鍛えてきたおかげで、このような状況でも沈まないように身を任せることができたのだ。

彼女の仕事は主に情報収集であり、潜入して情報を集めたり、敵の機密情報を入手することで、組織に勝利をもたらすために活躍していた。

また彼女は特殊部隊でもあり、優れた戦闘技術を持っており格闘術や武器の扱いに長けているだけでなく、冷静かつ正確な判断力であらゆる困難を切り抜けてきたのだ。

しかし、その能力を買われて組織から追われる身となったレオナは、愛する市民と友を守るため旅立つことにしたのだった。

激しく揺れる中、彼女は双眼鏡を片手で持って周りを見渡していた。指揮官は応答する。

「オーケー。一発ブチかまして首をへし折ってやる。そしたら後は煮るなり焼くなり好きにしな」

渋い声と男らしい口調の正気はレオナの父、ドリアンだ。

アフリカ出身、傭兵であり、元ギャングのボス。

そのガタイの良い体で暴力を振るう様から、ついたあだ名が「巨人の暴発」と呼ばれる。

普段は温厚で面倒見がいい反面、本気で怒ると我を忘れるほど凶暴な性格に変わるため、構成員たちから恐れられているのだった。

レオナは彼の言葉に短く返事をした後、双眼鏡から薄っすらと深緑色の陸地が見えてきた。

「あれがノヴァシティ……面白そう」

彼女がそう呟いた時、MP5を構えながら警戒していた。

「あと20海里ぐらいかな。ここで銃弾の群れが来ると思うが、静か過ぎるな……」

彼女自信も、不安と緊張が高まっている。通常なら沿岸警備隊がパトロールしているはずだが、なぜかどこにも見当たらない。

「静かすぎる……珍しぃ」

ふと、彼女は呟いた。

――上陸したら辺りを見渡せば、人らしき姿が一人も居ない。波の音だけが響いていた。

「敵の罠か?それとも、すでに潜入されてるのか?」

レオナは、銃を構えると、身を低くしながら進んだ。

前方には、砂地にできた不自然な窪地があった。

それを見て一瞬疑問を感じたが、すぐにその考えを振り払った。この先何が起ころうとも、組織との戦いは避けられない。

レオナにとっては、最後の戦いになる可能性もあったからだ。周囲を警戒していると、やがて声が聞こえてきた。

それは次第に大きくなり、振り向くと金色に発光する謎の少女がこちらに近づいてきているのを発見した。

「アリス? 早速対象の登場か! 私の未来のために、死んでもらおーか!」

すぐにアリスだと分かったレオナは照準を定め、アリスを狙い撃った。しかし、命中する時で彼女の姿は消えてしまった。

「くそ、光学迷彩か?」

レオナがそう言っていると、またしてもどこからか砂音が聞こえてくる。

慌てて周囲を見回すと、空中に浮遊していたアリスが、降下してきた。

彼女が地面に降り立つと同時に周囲に砂煙が舞う。そして次の瞬間、レオナは銃を連射していた。

しかし、その弾丸はことごとく外れ、彼女の姿は煙のように消えてしまった。

「これはまずいな……」

レオナは焦りを隠せなかった。そして、何か解決策を見つけ出そうと必死になっていた。

「アリスキック!! いっけー!!」

「危なっ!?」

瞬間、レオナの後ろに現れたアリスが、回し蹴りを放つ。

咄嗟に身を捻って躱すが、その際にバランスを崩してしまう。それを逃さず、少女は更に追撃を仕掛けてきた。「これでトドメ!! グロリアスシャイニング!!」

「これでも喰いな!!」

レオナがそう叫ぶと、閃光弾を地面に叩きつけた。

爆音と周囲に照らす白い閃光が視界を奪われたアリスは動きを止め、様子を伺っているようだ。

レオナは無抵抗の少女に向かって銃を構え、引き金を引く。

鈍い金属音と共に放たれた銃弾が、少女の頬を掠めた。

「あいたっ!?」

アリスは思わず声を上げると、手で押さえていた頰から血が流れ出すのを確認した。

「今から目の前で花火を打ち上げるよぉ!!」

レオナがそう告げると、手に持ってる手榴弾の安全ピンを抜こうとする。それを見たアリスは、慌てて逃げ出した。

「ま、待って!?  それは!?」

しかし、レオナはそれを許さなかった。彼女は逃げるアリスに向かって、手に持った手榴弾を思い切り投げつけると、即座にしゃがみ、耳を塞ぎながら目を瞑って歯を食いしばった。

その瞬間、遠くから爆発音が響くと共に、凄まじい赤い閃光と爆風が二人を襲う。

目を開けると、周囲は煙と浅いクレーター以外何も残っていなかった。その光景を見て呆然と立ち尽くしていると、後ろからあの少女の声が聞こえてくる。

「とぉりゃああああ!!」

レオナは、頭を押さえながら振り向くと、そこに飛び込んできたアリスがいた。

「今度こそ逃がさないからね!!」

彼女はそう言うと、蹴りを放つ。

「生きてることは既に把握済みだよ」

レオナは、冷静にそう答えると、彼女よりも数段速い速度で躱すと足を引っ掛ける。

「わっ!?」

アリスはそのまま地面に転んでしまうが、すぐに起き上がると反撃に出た。

しかし、今度はレオナの方が速く、さらに彼女の動きを見切っていたために簡単に対処されてしまう。

「なんなの、こんな強い奴がいるなんて聞いてないんだけど!?」

悪態をつくアリスに対し、レオナは不敵に微笑むと、言う。

「この程度の実力で私を倒せると思ってたのかな?」

そして、今度はレオナから攻撃を始めた。今までとは違い、より強力な蹴りと近接技を繰り出してくる。

それを受け止めた瞬間、アリスの手に痛みが走り、思わず顔を顰めた。

そんな相手に構わず、さらに追撃をかけるように、彼女は拳を振り上げる。アリスは間一髪のところで避けるが、その拍子にバランスを崩してしまい、地面に倒れ込んでしまう。

「くっ……!」

悔しさに歯噛みする彼女に対し、レオナは距離を詰め、MP5でトドメを刺そうとする。

アリスは咄嗟に拳銃を一発放ち、牽制するが、弾丸がレオナの横に逸れてしまい、外してしまう。

「惜しいよ」

レオナの独り言に、引き金が引かれ、弾丸はアリスの肺を撃ち抜いた。

「あぐっ……!?」

口から血を吐き、その場に倒れた。

レオナは倒れた彼女を見下ろすと、一言だけ呟いた。「さようなら」

そして、彼女は次の標的を見据え、視線を戻すと、すでにアリスの姿はなかった。

「逃げられたか……」

そう呟くと、彼女は踵を返し、その場を後にした。

5枚の写真を見て、指を指す。

次の対象は、トップハットを被る笑顔の少女、エリザベス・シルフィー。

彼女は、今回の任務のターゲットである。アビリティーインデックス1位、最強の戦士と名高い。顔写真に映るその笑顔が、逆に不気味さを感じさせる。

写真には、彼女の経歴や戦闘能力などが記されている。その全てに目を通すと、彼女はため息をついた。

「厄介な相手だな……」

戦闘能力もさることながら、彼女のアビリティーインデックスは、非常に危険視されている。

アビリティーインデックスとは、世界中の犯罪者やテロリストなどに貼るいわゆる危険人物のリストである。

そこには、ありとあらゆる情報が載っており、犯罪歴や経歴、能力などが記載されている。

高ければ高いほど全て他とは比べ物にならないほど優秀な人材であり、その力は、一人で一国の軍事力に匹敵すると言われている。

そんな存在と敵対することに、彼女は不安を感じていた。

「アビリティーインデックス1位でこの戦闘能力とはな……」

 そう言って、彼女は苦笑した。

「だが、勝たねばならない。色々手を尽くしてエリザベス・シルフィーを討伐する。それが、我々の任務だ」

そう言って、彼女は歩き始めるが、その足取りはどこか重く、その景色は今から悪魔との死闘が待ち受ける戦場のような、重々しい雰囲気が漂っていた。

「……楽しみだ」

その声は、まるで彼女の内面に潜む悪意が漏れ出ているかのように、暗く歪んでいた。

ノヴァシティの南に位置する活気溢れる歓楽街、その一角に、その店はあった。

「いらっしゃい。今日はどのようなご用件で?」

店内に入ると、ボーイが元気よく挨拶をしてきた。

「あぁ、いや、この店の店長に会いたいんだが」と彼女が言うと、「あぁ、クレーム受け付けか……」と呟き、ボーイは鍵を開けてもらうとレオナは作業員部屋に行く。

――狭い壁に階段を地下へと降りると扉を開けた。

そこは広大なカジノだった。様々なテーブルゲームが用意されているようだ。

――薄暗い店内に煌々とライトアップされた店の奥に見慣れた顔を見つけると、彼女はゆっくりと歩を進めた。

「おぉ! 誰かと思ったらレオナじゃねぇか! 久しぶりだな!」

そう言って、Tシャツを来た一人の男が彼女に話しかける。その男は、身長2メートルぐらいであろう巨体であり、腕や顔にはタトゥーが入っていた。彼はこの店のオーナー、ケビンだった。

「お久しぶりです」と彼女は会釈をする。

そして、そのまま本題を切り出した。

「今日は、ちょっと言いたいことがあって来ました」と言うと、彼女は一枚の写真を取り出した。

「なんだ? 普通に幸せそうな写真じゃねぇか」とケビンが言う。

「エリザベス・シルフィー。ご存知ですよね?」

「ん? あぁ、名前だけなら聞いたことはあるぜ」

と彼は答える。

「アビリティーインデックス1位。銃の使い手、紳士の殺し屋などの異名を持つ有名な悪魔の組織ですね」と、彼女は答える。

「あぁ、そんな名前だったかもな。でも、そいつがどうかしたのか?」

彼は首をかしげる。

「実は、写真の女を始末してほしいんです」と、彼女は言う。

「始末って、殺しってことか? 何でまたそんなことを?」

彼はさらに首をかしげる。

「その女が、私たちにとって非常に危険な存在だからです。危険度のうち、調べたら最も高いアウレリアが表示されました」

彼女は答える。

「なるほど、つまり、俺たちの組織を危険に晒す存在ってことか?」

彼は言うと、「そういうことです」と彼女は頷いた。

「といっても俺はアビリティーインデックス53万位だし、組織の中では弱いほうだぞ?」と、彼は笑いながら言う。

「ハイリスクハイリターン、というやつですよ。危険だからこそ報酬も大きいんです」と、彼女は言う。

「まぁ、確かにそうかもな」

彼は納得したようだ。

そんな彼女の言葉に対し、ケビンは、「わかった。引き受けよう」と合意の返事をする。

「ありがとうございます」と、彼女は頭を下げた。

その間、二人は席で作戦を練る。

「さて、どうやって始末するかだが、何か案はあるか?」とケビンが尋ねる。

「そうですね、まずはエリザベスの全ての情報が必要です。そのために、彼女の過去や経歴、人間関係などを調べましょう」と、彼女は答える。

「あぁ、そうだな」と、彼は頷く。

「では、早速調べてみましょうか」

リュックサックから5枚の封筒の資料を取り出し、その中身をケビンに見せる。

そこには、エリザベスの個人情報がびっしりと書かれていた。

彼女の生年月日、出身地、家族構成などはもちろんのこと、仕事内容や過去の経歴なども細かく書かれている。また、彼女たちエトランゼに関する詳細なレポートも添付されていた。

「さすがだな」と感嘆の声を漏らす彼に対し彼女は、「お褒めにあずかり光栄です」と答える。

「凄いな。これレオナ一人だけで作ったのか?」と、彼は尋ねる。

「はい、2日も掛けてエリザベス・シルフィーの個人データと過去の出来事を洗いざらい調べ尽くしました」

彼女は、胸を張って答える。

「なるほど、それなら間違いないな」と、ケビンは納得したように頷いた。

「まずは武器ですけど、これはS&W M500リボルバーに剣を取り付けたものです。これは、接近戦での戦闘に向いていて、狙いも定めやすいのが特徴です」と、彼女は説明する。

「なるほど、それで性能はどのくらいなんだ?」と、彼は尋ねる。

「そうですね、最大装填弾数は5発ですが、最速なら3秒で再装填できます。また遠距離でも戦えるように50口径マグナム弾を使用しています」と答える彼女に、ケビンは思わず苦笑する。

「いくらなんでもやりすぎじゃないか?」と、彼は言う。

「いえ、これくらい必要です。なにせエリザベスは状況を対処する強敵ですから」と、彼女は首を横に振る。「まあ、確かにそうだな。お洒落な格好をして動きも紳士的なクレイジーお嬢様だな」と、ケビンは呆れたように呟く。

「はい、それも不気味ですよね。あのリボルバーは、重量と反動があるのにそれさえも感じさせません。それにあのエイムスピードで、しかも戦闘をも上手く使いこなす」と、彼女は解説する。

「もう化け物だな。こんな完璧な少女見たことねえよ」と、ケビンは頭を振る。

「えぇ、本当にその通りです。それに、彼女の剣術もかなりのものです。速さでは誰にも負けないでしょう」と、彼女は言う。

「お前の早撃ち技術でもか?」と、ケビンが尋ねると、彼女は静かに頷く。

「はい、私よりも速いかもしれません」と、彼女は確信を持って答える。

「おいおい、マジかよ」と、ケビンは驚愕した表情を見せる。

「正直、かなり厳しい戦いになるでしょう。ていうことで私からの意見なのですが、エリザベスを関与してる組織は、かなりの能力者がいます。

彼女の強さは、その中でもずば抜けてます」と、彼女は語る。

「なるほどね、確かに厄介だな。よし、それで作戦はどうするんだ?」とケビンが尋ねると、「関与してる組織を片っ端から潰していきます」と、彼女は答える。

「おいおい、頼むから俺の命のことも考えてくれよな」と、ケビンが言うと、彼女はニヤリと微笑む。

「大丈夫です、私が守って見せますから」と、自信満々に言うと横に置いてある長細いポーチから、彼女の身長よりも遥かに巨大な対物ライフルを取り出して机にドンッと鉄の塊を置く。

そのライフルは、明らかに普通の代物ではなく、彼女が持つにはかなり重量がありそうな代物だった。

「お前、まさかこれを使うのか?」と、ケビンが尋ねると彼女は頷く。

「はい、名前はダネルNTM-20。最大射程距離2600m、重量は25kgあります。もちろん、暗視スコープと装飾付きです」と、彼女は説明する。

「おいおい、いくら何でもやり過ぎじゃねえか?」と、ケビンが言うと、彼女は首を横に振る。

「いえ、これくらい必要です。このアンチマテリアルライフルを2000m先で狙撃をしたことがあるのですが、人は吹っ飛びました」と、彼女は苦笑いしながら答える。

「マジかよ、スゲェな。でもよ、これはどこで手に入れたんだ?」と、ケビンが尋ねる。

「父から貰ったものです。ちなみに父は元アメリカ海兵隊のスナイパーでした。もちろん、このダネルNTM-20も持ってました」と、答える。

「おいおい、マジかよ! 親父さん凄えな」と、ケビンが驚くと、彼女は照れくさそうに微笑む。

「えぇ、自慢の父です。さて、そろそろ時間ですし行きましょうか」と、彼女は言うと立ち上がる。

「おうよ! ワクワクするぜ!」と、ケビンも立ち上がり、店を後にした。



――彼女が運転する車に乗り、目的地まで向かう道中にケビンは彼女に尋ねる。

「なあ、本当にアビリティーインデックス1位の能力者を殺れるのか?」と、尋ねると彼女はゆっくりと頷く。「はい、このラルなら余裕で勝てます」と、自信満々に答えるがケビンは半信半疑だった。

そんなことを考えているうちに街の道路へと到着したようだ。車から降りると車のボンネットの上に対物ライフルを置く。

「ここか?」と、ケビンが聞くと彼女は頷く。

そして、対物ライフルを構えるとスコープを覗き込み、遠くにある建物の屋上にいる人物を照準に捉える。

「距離は2600mです」と、彼女が言い、ケビンは双眼鏡で覗くと10階建てビルの屋上にいる人物が確認できる。彼女を見るとカウントダウンを始める、引き金に指を添える。

そして、カウントがゼロになると同時に対物ライフルの銃口から爆発音が轟く。

放たれた弾丸は一直線に2人のいる方向へと飛んでいき、直撃すると血飛沫が爆風で大量に飛び散った。

遠くから聞こえる轟音と衝撃が確実にした。

「命中です」と、彼女が言い、ケビンは双眼鏡で確認すると先程いた場所から人影は消え去った。

「あの建物の人物はどうなった?」と、ケビンが尋ねると彼女は答える。

「一発で消え去りました」と、答えるとケビンは目を丸くする。

「嘘だろ!? マジか! 人に当てるものじゃ無いぞ!」と、ケビンは驚きを隠せない様子だ。

「その通りですね、でもこの距離からなら人間以外の能力者は殺せますよ」と、彼女は微笑みながら話す。

「そうだな、確かにその通りだ。それで、その人物は能力者だったのか?」と、ケビンが聞くと彼女は首を横に振る。

「いいえ、違います。恐らく派閥と関係する食品営業メーカーの社長ですね。能力者ではありません」と、彼女は答える。

「なるほど、少し問題事になりそうだな」と、ケビンは呟く。

「あと残り10人。能力が低い順に狙っていきますか?」と、彼女が聞くとケビンは頷く。

「そうだな、それしかないよな」と、答え、2人は次のターゲットに向かって車に乗り込むのだった。



――ケビンは車内で、人間以外の能力者を抹殺していくプランを練り、実行していった。

そして、ターゲットに選んだ人物を次々と暗殺に成功した。

しかし、ここで予期せぬ事態が起こった。ある日、彼女は車を運転している最中に事故を起こしてしまったのだ。

幸いにも怪我人は出なかったものの、車とエンジンは大きく破損し、使い物にならなくなってしまった。

「クソッ、どうする?」と、ケビンは頭を抱えていると、彼女が口を開いた。

「仕方ありません。歩いて目的地に向かいましょう」と、彼女が提案する。

「いや、それは危険だ! どこか近くの街で車を調達しよう!」と、ケビンが言うと、彼女はケビンの袖を掴んで首を横に振る。

「いえ、検問に引っかかる可能性が高すぎます。それよりも、このまま目的地へ向かった方が良いでしょう」と、彼女が答える。

「でも、怪我をしたらどうする?」と、ケビンが聞くと彼女は微笑む。

「ふふっ、それはその時に考えましょう」と、言うと2人は歩き始めたのだった。

途中、腹ごしらえの為に飲食店に入ることになった。メニューを見て、ケビンは考える。

「スパゲッティもいいな。いや、スタミナつける為に肉を食べたいな」と、ケビンが呟くと、彼女が口を開く。「じゃあ、両方頼んでシェアしましょうか?」と、提案するとケビンは頷く。

――注文をしてから待っている間、2人は会話をする。

「確かケビンってNewWeaponAI社の開発設計者だよね?」と、彼女が尋ねる。

「あぁ、そうだが」と、ケビンが答えると彼女は興味深そうな表情を浮かべる。

「なら、エリザベスを排除する兵器も開発できるの?」と、彼女が聞くとケビンが答える。

「一応、そういう試作段階で実用段階に進んでいるものがある」と、答える。それを聞いて、彼女は目を輝かせた。

そして、注文した料理が届いたところで2人は食事を始める。そんな時だった。街中で突然、警報が鳴る音が聞こえると同時に激しい爆発音が響く。

「なんだ!? テロか!?」と、ケビンは席を立ち上がる。すると、店員が慌ててケビンの元にやって来る。「お客様! お逃げください!」と、声をかけるが、次の瞬間レオナが食事用ナイフを突き立てる。その光景を見た店員は言葉を詰まらせる。

「えっ?」と、声を出した瞬間、彼女は店員を退かした。

「仕事の邪魔はしないでね。私が死ねば、全ての人間の遺伝子が入れ替わるから」と、言い残して彼女は店の外へ出て行った。

ケビンは急いでレオナの後を追うと、そこにはテロの鎮圧に駆けつけてきた警察や能力者達を相手に戦うあのお嬢様の姿があった。

そんなレオナようやく彼女を見つけ、思わず叫ぶ。

「エリザベス!! この私と相手しろ!」と、彼女が戦う事を望んでいる事を伝えると、エリザベスは足を止める。

そして、レオナの手に持っている対物ライフルを、立ち構え、エリザベスに狙いを定める瞬間、手が震えて狙いが定められなかった。

エリザベスはお決まりのポーズで、ハットを外し、胸に当てお辞儀をした後、顔を上げると、歯を立てながら顔を90度、上部へ傾ける。

「merci(よろしくお願いします)」

レオナに対して丁寧に挨拶をした。

そのポーズを見た瞬間、レオナは背筋が凍り付き、自分が相手にしていた人物が今まで以上に恐ろしく感じられてしまう。


こうなったのも自分の甘さからだったと彼女はそう言い聞かせ、心を落ち着かせると彼女は銃を下ろし、エリザベスに話し出す。

「qui es-tu ?(何者なの?)」と、尋ねると、エリザベスは初めてフランス語と会話できる相手が現れて喜び、彼女もフランス語で返す。

「merci, pas de quoi?(ありがとう、私が何かなんて訊かないで)」

――2人は無言になると、互いを睨みつけた後、レオナが先に口を開いた。

「親御さんは? 面倒見る人がいないと」

という彼女の問いに対して、エリザベスは首を横に振りながら答える。

「今日は晩餐会だから一人で活動中」と、答えるとレオナは首を傾げる。

保護者が居るなら同伴するはずなのに何故晩餐会に?と考えている間にも彼女は考えていたことがある。

何故、エリザベスが世界を憎んでいるのか、何故、他人を殺そうとするのかを考えながら距離を少しずつ詰めていく。そこでようやくエリザベスが動き出した時に言葉を発する。

「仲間になりたいの? 心強くて助かるわ」と、笑いながら話しかけるとレオナは顔を横に振りながら言葉を返す。

「もう、飽きたよ」と、エリザベスに声をかけるとさらに彼女は笑顔になるが、すぐに真顔になり銃を発射する。

彼女の頬に1発の銃弾が掠れ、苛つく表情をするレオナは再度構えて連射し続けた。

エリザベスは素早い移動で回避すると腕を伸ばし、狙いを定めて二発放った銃弾の軌道をレオナは一発の銃弾を撃ち弾いた、二発目の弾丸は本体に掠れプラスチックが焼けた香りがした。

そして銃声が響いて障害物から姿を現したエリザベスは華麗な宙返りすると刃をレオナの首元に斬りつける所をぎりぎりで避けた。

その反射神経にエリザベスは驚いたような表情を浮かべていた。

しかし、レオナの身体を蹴り飛ばすと、空中から数個のグレネードを取り出し、それを地面に爆発すると、車の硝子や塵が飛び舞う。

爆発した所から黒い煙が噴出する。その爆風に飛ばされてしまった彼女は何とか着地をしてエリザベスを探すが既に消えてしまった。

「また逃げられたか……次こそは殺そう」と呟き、武器をしまうとケビンが心配そうな顔をしながら近づいてきて、レオナは安心させるように声をかけた。

「大丈夫、今度はきっと殺れるよ」

「でも、今の感じじゃあダメだよ、全然ダメージを与えれてなかった。一つも傷を付けれなかったんだよ?」と、言うと、ケビンが首を横に振る。

「いや、今の試合は、あいつがわざと負けてくれたんだ。もし本気で殺しにかかってたら確実に殺されてるよ」とポジティブに答えると、彼女は考え込むように顎に手を当ててから続けて話した。

「やはり、どの作戦でも無理みたい……ごめんなさい、お兄様」

少女は悲しげに、しかし、どこか諦めを感じさせるような声でそう呟いた。

「そうだな。奴等は本物のアウレリアだ」

そう言って、ケビンは自分の首筋に指を当てる。

「ここに紋章がある。これはエレメントホルダーの中で尊殿に携えた者の証だ」

と、男は言う。

それは、不思議な力を持った人々の集団である、エレメントホルダーという組織の一員であることを証明するものらしい。

「これがなければ、君がエレメントホルダーだと証明できない。このバッジがなければ、君はただの人に過ぎない。そして、我々が最もエレメントホルダーの中で力を持っていて、最も重要な任務を任されているのだ」


彼の首についているエンブレムに目を向ける。そこには、五つの星のようなものが描かれており、それぞれ赤、青、緑、黄、白の色をしていた。それらは、夜空に輝く星のように見える。

「お前なら奴を倒せる!頼む、戦ってくれ!」

突然、男が懇願するように、レオナに頭を下げてきた。彼は真剣に頼み込んでいるようだ。しかし、どうして彼がこんなに必死になっているのか理解できなかった。そもそも、彼と会ってまだ数ヶ月ぐらいで、何故、知り合いの人間がそこまでするのか、不思議だった。

「わかった。私があいつを倒すから、安心してちょうだい」と、少女がケビンに向かって微笑みながら告げる。まるで、何かに怯えるような顔をしていた彼の表情が、一瞬にして明るくなった。

「ありがとうございます!どうか、よろしくお願いします!」

と、彼は言うと、少女の手を握っていた手を離した。少女は、握られていた自分の手を見つめて、少しの間だけ悲しそうな顔をする。

そんな彼女を見ていると、何故か胸が苦しくなった。どうしてなのかは、わからない。でも、彼女には笑顔が似合うと思った。

「さぁ、レオナ! あの奴等を早く倒すか!」と、ケビンはレオナと目を合わせながら叫んだ。

少女もこちらを目が合うと、「えぇ、行きましょう。ケビン」と、言って笑う。

先程、見せた悲しみに満ちた顔が嘘のように思えるほどだ。表情が曇っていた理由は、あのケビンにあるらしい。

ケビンは元戦場カメラマンだというが、今は傭兵をしていると言っていた。戦場カメラマンとは、戦争の現場に赴き、戦争の被害や悲惨さを人々に知らしめる仕事だと聞いている。

つまり、人を殺す場所を公開する仕事をしているということだ。

この世界の平和は、表面上だけだ。裏では、常に誰かが戦っている。

人々は日々、死と隣り合わせの生活を送っているのだ。もちろん、同じように何度も死を経験した。

今日は、いつもより激しい戦闘があった。多くの仲間が殺された。

生き残ったのは、全員含めて数人しかいない。チーム仲間は、みんな優秀な奴等ばかりだ。彼らを失ったのは、正直辛い。

つまり、戦場カメラマンは、優秀でリスクある戦士が行くような所なのだ。

おそらく、彼らはそこしか生きる道がなかったのだろう。素晴らしい一人の兵士だが、正直、戦場にいていい人間ではない。

なぜなら、この中でケビンの性格は、人を悲しませるからだ。現に、今もそうだ。彼の発言のせいで、悲しくなった。

きっと、彼と一緒にいたくないのだろうと脳が検知した。そう思った時、すぐにその場から離れて、自分のテントに向かった。



――夜の6時、街灯の光からはっきりわかる雨の量が降る中、空は事務所でパソコンのタスクを終え、一日の疲れを解した。

すると、後ろから上司に声をかけられた。


「神薙くん。電話だよ」

「はい、わかりました」と言って、空は椅子を回転させ、振り向いた。

そこには、レナが立っていた。空は、レナに礼を言うと、席を外し、受話器を取った。

「もしもし、神薙空ですが」と名乗ると、向こう側から、30代ぐらいの女性の声が聞こえてきた。

「あ、あの、神薙空様でしょうか?」と、不安そうな声で尋ねてくる。

どうやら、緊張しているようだ。

「はい、僕が、神薙空ですが、どちらさまですか?」と空が聞くと、彼女は、少し安心した様子だった。

そして、「あ、私はこのノヴァ病院の看護婦師ですが、神薙空様のお連れの方が入院されまして、それで今、容態がかなり酷い状態のようなんです。すぐに面会来て頂けませんか? 警察の方も、こちらに向かっているところですけど、よろしいでしょうか?」と、看護婦師、空にそう伝えて来た。

それを聞いた、空は、驚きながらも、焦りを感じ、こう返答する。

「わ、分かりました。すぐ行きます。えっと、どこの病室なんですか?」と、空が尋ねると、彼女は、空に伝える。

「えっと……五階の504号室におりますのでよろしくお願いします」と、切羽詰まったように、彼女に言われ、空は慌てて返事をした。

「はい、わかりました。ご連絡ありがとうございます。では、失礼します」と空は言い、通話を切ると急いで準備をし、上司のレナに、用事があるので早退したいと伝えると了承してくれた。

――空は急ぎ足で会社を出て、病院へと向かった。車を走らせ、病院へと向かって行く。

連れということはアリスの事だ。アリスは先ほどまで意識不明の状態であり、今も危険な状態が続いているのだ。アリスが目を覚まさない状態で、もしも何かあったらどうしようと、不安を抱えながら車を運転していく。

すると、レナから着信があった。空は電話に出るとレナが、「凄い急いでたけど、大丈夫? なんか、嫌なことでもあったのかしら?」と、聞かれたので、空は、レナを不安にさせないため冷静になり、答える。

「あはい、すみません。ちょっと、色々トラブルがありまして、それで、早急に解決しないといけないことがあったのですが、今、そのトラブルも無事に終わり、一安心していたところです」

「あら、そうだったのね。それは良かったわ。まぁ、あまり無理しないで頑張ってちょうだい」と言われ、空は、感謝の言葉を伝えてから、電話を切り、再び、目的地へと向かう。

そして、空は、ようやく、病院へ到着した。空は、すぐに受付に向かい、彼女の名前を告げ、面会の許可を貰う。エレベーターに乗り、最上階である五階に上がり、指定された部屋番号に向かう。

そこには、『504』と書かれた札があった。空はノックをしてドアを開ける。

中には、ベッドに横になっているアリスがいた。彼女は、空の姿を見ると、不安な声で、空の名前を呼ぶ。

『あっ、神薙空様でしょうか? 私は、看護師の坂井と言います。よろしくお願いいたします。早速ですが、あなたにお伝えしなければならないことがあります。まず、患者さんの肝臓に銃弾が撃たれた跡が発見されました。手術で弾丸を摘出しましたが、既に体内に鉛が蓄積されていました。このままでは、命に関わる可能性があります』

空は、目の前にいる若い女性の看護師の言葉を聞いて愕然とした。

「そんな、嘘だろ?」と思わず声を出してしまう。

だが、看護師は、冷静に事実を伝える。

『残念ながら、本当です。今はなんとか薬で症状を抑えていますが、いずれ副作用により、容態が悪化する恐れがあります。そうなるともはや、手遅れになります。そのため、入院中に治療を行い、なるべく早めに退院できるように致します。よろしいですか?』と聞かれ、空は、少しの間、黙り込んでしまうと目を合わせながら、「はい、分かりました」と覚悟を決めて、返事をした。それから、空は、看護師の指示に従い、検査や処置を受けていった。そして、一通り、診察が終わると、医師は、空に告げる。

「アリス・ローナーさんの体内の鉛濃度が上昇しています。体内に残る銃弾は人体に貫通するよりも死亡確率は高いです。しかし我々も全力を尽くし、彼女の病気を治すために最善を尽くします。どうか、ご安心ください」「ありがとうございます。先生、アリスのことを頼みます」と空は頭を下げて、感謝する。

その後、空は診査室に戻り、病室に戻ると3人の警察官がメモを取りながら待機していた。

空は、彼らに事情を説明する。すると、1番年上と思われる男性が、空に質問する。

「君は、アリスさんとはどういう関係なんだい?」と尋ねられ、空は答える。

「俺は、アリスと出会って彼女と旅をすることになったんだ。だから、彼女を助けるために一緒に旅をしていたんだよ。でも、まさか、こんなことになるなんて思わなかったよ。本当に情けない」と空は、悔しそうに語る。それを見た、男性は、ふーんっと相槌を打つと、メモのページを巡り、話しを遮る。

「なるほど、分かった。ところで、君は何故彼女さんを救わなかったんだ?」

警官の男の雲行きが怪しい表情しながら空に話し続ける。

「君は、こんなところで何をしているんだ?」

空は答える。

「仕事だ。アリスも事務所で働いていて、今は、生活費のために働いてるんだ」と尋ねる。

警官は少し考えた後、口を開くと、こう話す。

「アリスさんを助けたいなら、早く、ここを出て行った方がいい。ここは危険だ。君まで巻き添えになるかもしれない。それに、アリスさんは君のことを恨んでいるかもしれない。アリスさんを救うには、まず、自分の命を最優先にして考えろ。獣人が隣で飯食ってるのと同じ状況なんだ。分かるか? 今、この瞬間、お前の命が狙われてる可能性もある」

警官に忠告されたが、空の神経がはち切れたように苛々の声調を出す。

「何が危険だ。その危険は何処にある?」

「何処って、今隣にいる生物が寝そべってるのが分らないのか?それとも何か、君は目が見えないのかな?」

警官がそう言うと空はジャケットを脱ぎ、ワッペンを見せると鬼の形相をしながら大声で名前を伝えた。

「東郷創設とした情報機関!! 東郷機関の調査官を務める神薙空だ!! そこら辺の市民と一緒にするんじゃねぇ!!」

空は怒りの感情が沸き上がったが、冷静に考えてみた。すると、警察官は慌てて敬礼した。

「おっと、これは失礼しました。私は、警視庁特殊捜査課に所属する、日下部 信一(くさかべしんいち)巡査部長です」と自己紹介をした。

空は、「何故獣人と呼んだ? お前等も同じ人間だろ!!」と聞くと、信一は目を丸くしながら、

「え!? いや、そんな君を見下す発言はしておりませんよ。それに、我々は獣人と呼ばずに、怪物と呼んでおります」

「怪物だと? じゃあ、あのアリスという女の子は、怪物呼ばわりするのか?」と質問したが、信一は黙り込んでしまった。

そして、彼は続けてこう返した。

「彼女は、怪物じゃない。ただの被害者だよ。それに、彼女だけじゃない。我々、人間は、獣人と疑って良い存在なのか?  この国を守るべき人間が、こんな事をしていて良い訳がないんだ。それに俺は、このベータを戦う事に決めたんだよ。奴らとな」と、本気で心の底から語った。

彼は呆れた顔をしながら、空を見つめていた。

「君はまだ若いんだ。君が、何と言おうと、我々は国民を守る為に、戦っているのだ。それを、協力という邪魔するなら、容赦はしない。例え、相手が子供でもな」

少し彼は苛立った口調で警告する瞬間、空は銃を取り出し、驚いた彼は銃を素早く空に向ける。

すると、自分の頭を覚悟に銃口を向ける。空の常軌を逸してると判断し、止めようと叫ぶ。

「何やってるんだ!? 止めなさい!!」

「これが俺の気持ちだ!! 他の警察や軍隊とは違う覚悟があるって証拠だ!!!!」と大声で叫ぶと、彼はその圧に押され、思わず一歩下がった。

空は拳銃をしまいながら、「悪かったな。勝手に怒鳴って。でもそれだけ本気だって事なんだ」と、落ち着いた口調で言うと話しを続けた。

「アリスは俺達の家族なんだ。ゲノム少女の失敗作という対象で殺処分する前に預け、育てたんだ。だから、アリサに傷付く奴が居たら許さん」と、怒りを込めて言い放つと彼は納得した顔で頷いた。

「確かに、アリスは人間ではない。だが、我々もアリスを殺すつもりはない。我々の目的は、アリスのような子供達を保護しているだけだ。アリスが君の家族と言う事は分かった。だが、過度な愛は他の人に危害を及ぼす事になる。それを覚えておけ」

「今回はアリスを保護中止という形でお見送りか?」

と聞くと、男は首を縦に振った。

「まぁそうだな、だが我々は君がアリスと過ごす時間の中で、命に別状はないかの確認サインを貰う必要がある。その為、君はアリスと一緒に行動しなければならない。だが、アリスに危険が及ぶような事態が起きれば、アリスの身柄はこちらが預かる。それで構わないかね? 神薙空」

「ああ、俺は問題ない。アリスが俺の頭を噛み付いたら預かっても良い。アリスの安全さえ確保できれば、後は好きにしろ。ただし、アリスに変なことしたら承知しないから」と、睨みつけるように言うと、彼は冷や汗を流しながら何度も首を縦に振ると、空は彼から渡した紙に名前と判子を押すと、それを彼に返した。

「ありがとうございます。それでは我々はこれで失礼致します」と言って、男達は空に頭を下げてから部屋を出て行った。

男達が居なくなると空は疲弊し、熟睡するアリスの隣に座り、空は彼女の寝顔を眺めていた。

アリスは昨日の戦いで疲労していたのか、空よりも先に眠ってしまったのだ。


窓から差し込む月の光が、室内の闇をぼんやりと照らしている。

やんちゃな変態金髪少女なのに、こうして見ると、彼女は本当に綺麗だ。長いまつげに、宝石のような青い瞳。

柔らかそうな金色の髪に、雪のように白い肌。

つまり、寝顔だけはおとぎ話から飛び出してきたような、完璧な美少女っていうこと。

アリスは可愛いけど、今は疲れて眠っているので、ちょっとだけ残念に思う。懐いてくる方が一番楽しい。

その時、ドアからノック音が聞こえると出てきたのは慌ててるレオナさんだった。

「神薙さん……やっと居た……あの、アリスは大丈夫ですか?」と聞くと、

空は「あぁ、ぐっすりと眠ってますよ」と答えると、アリスの方を見て微笑んだ。

「やはり、心配だったんで、ついてきちゃいました」

そう言って、彼女は微笑んだ。

「いや、まあ、いいけどよ。別に、大したことじゃないし。てか、おまえ、仕事は?」

「サボりです。上には、体調が悪いと言っておきました。まぁ実際、少し頭が痛かったんですけどね」

レナさんの勤務態度が気になるところだが、本人がそういうなら、これ以上は何も言わないことにした。

「ところで、神薙さん」

「ん?なんだ、レナ」

「なんで、そんなに嬉しそうな顔をしているのですか?」

え!? 俺は思わず、両手で自分の頬を触った。

確かに、今の俺はニヤけていた。

それはアリスが無事だったことに対して、安心感を覚えたからだ。

それだけなのに、どうしてだろう。アリスの顔を見ると、どうしても笑顔になってしまうのだ。

「もしかして!? アリスさんと一緒に夜の散歩をしていたら、何かイケナイことをしていたんじゃありませんよね!?」

「いやいや違う! 断じて、何もしていない!」

「あー! これは書類送検モノですよ! 警察に連絡しましょう!」

「おい、マジで違うって! 頼むから、警察はやめてくれぇよ!」

アリスは携帯を取り出し、液晶を触ろうとする。それを必死に止めながら、レナは楽しそうな顔で笑っていた。

フリであっても心臓に悪すぎる。まったく、レナは相変わらず、からかい上手で逆に怖いわ。

しかし、こんなやり取りが、何よりも楽しいと思う自分がいた。

結局、警察署へ通報するのは嘘だと白状したレナは腰掛け椅子に座り直し、

「神薙君には後でお説教ね」と言って微笑んだ。



結局説教はなくその後、二人で少しだけ話をしたが、明日も仕事があるとのことだったので早めに帰ることになった。

病室の出入り口へ向かう途中、不意にレナが立ち止まる。振り返ると、レナはこちらを見つめていた。真剣な眼差しからは、決意のようなものを感じる。きっと、大事な用件なんだろう。

近付くと自分の手の平を解放して、レナの肌白い握り拳に視線を向けると紙屑の感触が伝わり、手の平に置いたのは現金1万円札だった。気を放つ紙幣の重みは手が震える程に何故か重量を感じる。

レオナはこちらの目を見ながら、小さく口を開く。

「アリスさんが退院したら美味しいご飯でも食べさせてあげなさい」と言うと優しく笑いかけてくれた。

そして、病院を出ていく背中を見送ったレナは笑顔での手を振った。それを返し、深く頭を下げた。

――ドアが閉まり切る時、後ろを振り返ってレナから貰った1万円のことまでを思うと、感謝の言葉が溢れ出そうだった。だが、今は抑えておくことにした。アリスを負傷させた犯人を突き止めるまでは、そんなことをしている場合ではない。

アリスが意識を取り戻したら、真っ先に会いに行くと約束する。

その時、アリスになんて言えばいいのか、どんな顔をすれば良いか分からない。それでも、彼女はきっと受け入れてくれるはず。

だから、自分がすべきことは、早く犯人を見つけてアリスに会わせることだ。空は拳を強く握り締め、決意を固めた。



アリスの入院した病院から出てすぐ、見覚えのある顔を見つけた。

それは、あのユキだった。ユキは空の顔を見ると、まるで待っていたかのように駆け寄ってきた。

ユキは空が先日出会った、車椅子に乗った少女だ。

アリスと初めて会った時と同じ場所に同じ時間に現れたが、空にとっては偶然とは思えなかった。

しかしユキは独善的で唯一彼女に平手打ちをした人物でもあった。

少しだけ申し訳ない気持ちになり、最初の一言に困ったが、空は思い切って声をかける寸前でユキが先に口を開いた。

「こんにちは、お兄さん。また教会でお会いましたね」

ユキは相変わらず無邪気で屈託のない笑みを浮かべている。

しかし、この子はとても危険だと。支配者か、闇の組織の関与の可能性が極めて高いと。

必死に自分に言い聞かせていた。しかし、脳内では否定していても、心は不安に揺れ動いている。もし本当にそうなら、ユキはいったい何者なのか。空には知る由もなかった。

「ああ、そうだな。教会で会ったな」

空はあえてとぼけて見せた。

ここで変に警戒心を露わにするより、今は相手の出方を伺うべきだろう。それに、まだ確証はないのだ。

すると、ユキは不思議そうな顔をしていた。

「あれ? あの女の子と一緒じゃないんですか?」

やはり、アリスと面識があるようだ。空はアリスのことを尋ねてみた。

「お前はアリスの事どう思ってる? アリスのこと、好きか嫌いかどっちなんだ」

だが、返ってきた言葉は意外なものだった。

「んー、言いにくいですけど空さんと同じ気持ちですよ」と、ユキは照れた様子だった。

アリスは空にとって特別な存在であり、アリスにとっても空は特別である。

そんなことを、目の前の少女は言っているようであった。空はユキの言葉を聞いて、胸の奥底で何かざわつくものを感じた。

「そ、そうか」

前はアリスを見捨てるなんて酷い奴だと思っていたが、今では違う。むしろ、アリスのために戦っている。

それはアリスも同じなのだ。だから、二人は似ている。アリスと空が似ていたように、この少女もまたアリスと似ている部分があった。

考える程、疑問が湧き上がる。何故、こんなにも似ているのか。

まるで、アリスが二人いるような感覚に陥る。

こいつ、本当に何者なんだろうか。空はユキの素性を疑う。

「どうしました? 私の顔に何かついてますか?」

ユキが首を傾げている。いや、違う。こいつはただの無垢な子供じゃない。空は直感的に感じ取った。

ユキの正体は、もしかしたら天地創造に関わる重要な人物かもしれない。しかし、それをここで訊いたところで意味はない。今は犯人を追い詰めることが先決だ。

それに、ユキは空たちに協力し、力になってくれる。今はそれを信じるしかない。

空は深呼吸をして気持ちを切り替えると、真剣な眼差しでユキを見る。すると、ユキは微笑んでくれた。

「何処か憎しみや後悔の雰囲気が漂っていますね。何かあったんですか?」

ユキは相変わらず冷静沈着な態度で空に尋ねる。

目は失ってるのに残りの五感が鋭くて、感情を読み取ることもお手の物らしい。

流石は天地の創造の人間といったところか。空は一瞬だけ驚いたが、空は苦笑する。すぐに平静を取り戻して答える。

「まあ、いろいろあってさ」

「誰かを殺したい感じがします」「へえ、凄いな。あんたは人を殺すのか?」

「まさか。私はそんな野蛮な人間じゃありませんよ。ただ、人の死を感じることはできます。特に殺気や殺意には敏感です。でも、それは私が人よりも感覚が鋭いというわけではありません。これは単なる私の体質です」と、ユキは否定する。確かに、話の本題ぐらい当てたのだから普通の少女ではないと思っていた。

だが、そこまで察しが良いとは思わなかった。

それなら話が早い。

「犯人は分かっているのか? 俺たちはこれからどうすればいいんだ?」と、空は質問する。

しかし、ユキは首を横に振った。

「残念ながら、まだ特定できてはいません。ですが、もう既に次の事件が起きようとしています」

空は眉間にしわを寄せた。ユキは真剣な眼差しで話を続ける。

「空さん。あなたはこの世界にとって狙われてる危険人物です。今、この瞬間もあなたは何者かから命を狙われている可能性が高いです。もちろん、アリスも同じですよ。もし、アリスが襲われたらどうなると思いますか?」と、ユキは問いかけてきた。

確かに、ユキの言う通りだ。ここでアリスを見捨てることなんてできない。空は拳を強く握り締めて決意を固めた。

「分かった。俺はアリスを守るよ」

「守るとは具合的に何をするんですか?」と、ユキは尋ねる。

すると、空は腕組みをしてしばらく考えた後、「まあ、色々だよ。アリスが危ない目にあったら全力で助けに行く」

と答える。ユキはクスッと笑うと、少し間を置いて再び口を開いた。

それは、あまりにも残酷な運命だった。

「助ける、守るとは? 今隣に居ませんがどういうことですか?」と、ユキに尋ねられた空は冷や汗を流し始めた。そして、慌てて訂正した。

しかし、もう手遅れだった。ユキは空に対して疑いの目を向ける。

まるで、全てを見通したような瞳をしている。空は必死に誤魔化そうとした。

「き、今日は家で留守番だよ。だから、大丈夫だって」

だが、ユキは容赦なかった。空を追い詰めるようにジリジリと近寄ってくる。

「へぇ~そうなんですね。でももし、アリスがこの世にいなかったら空さんは一体どうするつもりなんでしょうか?」と、ユキは問い詰めてくる。

完全に言い逃れはできない。空は諦めて正直に打ち明けることにした。

すると、「分かってましたよ。だってアリスさんのこと何も言ってませんでしたもん」と、あっさりと返された。空は呆気にとられた。まさかバレていたとは思わなかったのだ。

「犯人を探したいでしょ? なら協力します。アリスさんの仇を取りましょう!」と、意気揚々に語るユキ。

空はそんなつもりはなかったのだが、断る理由が見つからなかったので仕方なく了承することにした。

空とユキは早速調査を開始した。先頭にユキが車椅子を引きながら進み、後ろについてく。国道に走る車と人が歩く中、ユキは何処に行くのか理解できなかった。


都心から離れて、昔の名残が残る専門店や商業施設が立ち並ぶ街へと到着した。

ここは以前まで商店街だった場所で、今はもう営業していない場所だ。

だが、今でも取り壊されずに放置されている場所で店はシャッターが閉まって営業していない。

ユキはそこに行きたかったらしい。空はその理由が分からなかったが、とりあえずついていくことにした。

歩道を歩けばレストランやコンビニが並んで、上を見上げばマンションやホテルが密着している。

その先は下り坂となっており、景色は一望できる。まるで、ビルが林立する都会と田舎を足したような街並みだった。

だが、ここらへんは人の姿はない。閑散としている。

やがて、目的地に到着した。そこは寂れた雑貨屋があった。

店の外にはゴミが散らばっている。店内は薄暗く、埃っぽい空気に満ちていた。天井に蜘蛛の巣が張られ、床に散乱した瓶や缶が足を踏み入れるのを躊躇させる。

だが、二人は臆せず中へ入っていく。

そこには、様々な物が置いてあった。日用品や衣類、玩具や家電製品などもある。

他にも、ガラクタ同然の古びた商品が並んでいる。雑貨屋というより中古品店に近い。だが、人の気配は一切なかった。

ユキは辺りをきょろきょろと見渡している。何かを探しているようだ。

すると、棚に置かれていた古ぼけた人形を見つけた。大きさは三十センチほどで、木彫りのクマの形をしていた。

犯人の証拠なのか探し物なのかは分からないが、ユキは人形を手に取るとバッグにしまった。それから、レジまで行くと店主はいないかと声をかけた。返事はなかった。

「何やってるんだ? 犯人を捕まえないと駄目だろ」

空が注意する。

「すいません。欲しかった物があったので」

ユキは申し訳なさそうに謝った。

空は呆れて、溜息をつこうとしたが堪えて首を横に振った。

それに対しユキは人形を眺めて嬉しそうな顔をしていた。ユキは目を輝かせながら、空に人形を見せる。

空はまた溜息をつきそうになったが、どうにか耐えることができた。

「で、買わないのか?」

空が尋ねると、ユキは残念そうに肩を落とした。そして、諦めたように店の外へ出ようとした。

その時だった。扉の向こう側から悲鳴が聞こえてきた。同時に、何かが崩れるような音が響く。

空とユキは互いに顔を見合わせると、急いで店から出た。

裏口の外に出ると一般人らしき人物が血を流しながら倒れていた。

近くには死体と血まみれの壁、地面に散らばっているレンガの破片が転がっていた。

身体にはナイフのような鋭利なものが深く切れており、それは赤黒い液体で服を濡れている。おそらく、被害者のものだろう。

空は目を大きく見開き、すぐにユキの方を見た。

ユキは冷静に現場を観察しており、怯えている様子はなかった。

「どうする? 警察に連絡するか?」

空が尋ねたが、ユキは無視をした。仕方なく、空は携帯を取り出して警察に通報しようとした。しかし、ユキが通報するのを静止した。

「どうして止めるんだ!?」

空が叫ぶと、ユキは睨みつけた。

「この惨状を見て何も思わないの?」

確かにユキが言う通り、殺人現場にしては奇妙な点がいくつもあった。

まず、被害者は刃物のような凶器で首の動脈を切られてる。

誰かに恨みがあったか、殺意があって殺されたのは間違いないが、しかし、それだけではなかった。



道端に垂らした血痕跡がないこと。これだけ大量の血痕が残っている以上、犯人は返り血を浴びていなければおかしいのだ。

そして犯人が使用したと思われる凶器が見当たらないのだ。

つまり、凶器はどこかへ捨てたか、犯人が持ち去った可能性が高かった。

それに加え、動脈が切られてるのはどうも不自然だ。動脈は大きな血管であり、切れるだけで多量出血で死亡する。

しかも綺麗に一直線に切られているため、非常に技術が高い犯行と考えられる。

これらの事柄から考えられる可能性は三つあった。一つ目は犯人が非常に手慣れた優秀な犯人であること。

二つ目は突発的な犯行であること。

そして最後三つ目は計画的犯行であること。

しかし、空が考えるにこの事件が計画的だとは思えなかった。何故なら、この犯行そのものが犯人か犯人に協力した人物によるものだからだ。

状況から見ても、犯人は被害者を殺すために意図的にこの場所に連れてきている。つまり、最初から殺す意思があったのだ。計画的な犯行でなくともあり得るのは、偶然居合わせた人物によって凶行が行われた場合だ。だが、それも可能性が低いだろう。一般人が刃物を持ってるはずがないし、第一、一般人を刃物で殺害するほどの動機もないからだ。つまり、この犯人は人の命を奪うことに躊躇いを持たない人物であり、しかも犯行を平然とやってのける冷酷さを持つ冷酷な殺人犯である可能性が高いと言えるだろう。

それを確信した瞬間、改めて恐怖を覚えた。(こんな恐ろしい事件が身近にあるなんて信じられないよ)

そう思い、震える手で力を込めながらペンを握ると文章を書き始める。

そして、これまでの情報を整理した上で自分が考えた推理を書いていった。

ユキの指摘通り、この殺人犯は相当な技術の持ち主のようだ。

不倫問題か、それとも人間関係の問題だろうか。しかし、それならなぜ刃物を使用して殺害したのか。

しかも心臓を狙わず、動脈を切ったのはどういう意図があるのだろう。

もしかして早めに始末したかったのか、殺害方法なんてどうでもいいと思ったのかもしれない。

しかし、その真意を解明しないと警察的には未解決事件になってしまうし、被害者も浮かばれないだろう。

「政府関係者……」

ユキはぽつりと呟いた。

──もしかしたら政府はこの事件と関連しているかもしれない。

警察関係者は殺人事件調査課を立ち上げ、多くの人員と予算を当て、あらゆる手段を駆使して事件解決に向けて取り組んでいる。だが、この事件については全く手を付けていないようだった。理由はわからないものの、ユキの言葉通り、政府関係者。つまり、公的機関が関与している可能性があると考えられる。そうなれば、事件解決の糸口になる情報を得られるかもしれない。

──だが、それをどうやって調べればいいのだろうか。いくら考えても答えは出なかった。

「酷いよね……痛かっただろうね……」

一般人の頭を撫でながら呟く。

「この人がどんな人かも知らずに殺されるなんて、かわいそうすぎるよ」

すると突然、ユキの口から言葉が漏れた。それは涙声だった。俺も泣きたいがエージェントとしての使命感がそれを許してはくれない。俺は黙って話を聞くことにし、耳を傾ける。


「この人の人生って何だったのかな?」

その言葉を聞いた瞬間、ある答えが心の中で浮かんだ。(きっと誰かに好かれたかったんじゃないか)

俺はそう思いつつも口に出さず黙っていたが、心の中では既に答えが決まっていた。

そう思うようになったのはユキと出会った時からだった。

あの可愛らしい容姿に惹きつけられ、一目惚れをしたのだ。

それからというもの、俺はユキを気にかけていたのだが、同時に心配もしていた。

何故なら、ユキは誰かに頼りっぱなしだったからだ。何をするにもアリスに頼っており、俺としてはそれが気にくわない部分でもあった。

(もっと頼って欲しい)

そう思っていた矢先に今回の事件が起こったのだ。正直、自分は動揺していた。

こんなにも小さな少女が危険にさらされていることに憤りを感じたのもある。だが、それとは別の感情も湧き上がっていたのだ。

それは同情。ユキはきっとまだ子供だろう。それなのにこんなひどい目に遭っているなんて、かわいそうで仕方がなかった。

それと同時に決意した。ユキを守ることを第一優先にしようと。ユキを見て決意を新たにした。

ユキはその男性をじっと見つめている。

その間男性のポッケを漁り、免許証を確認する。坂木大誠という名であり平成23年5月27日、年齢は47歳で血液型はA型だった。特に目留まる情報はないが、今後の事件のために重宝するようカメラを撮影する。

そして傷の方向だが右側だった。急いで逃げたなら恐らく右の道へ逃げたと思う。

それからも俺たちは調査を続けたが何も証拠が出なかったため、一度引き上げることにした。

とりあえず今日は終わりにすると言いユキを家に送るよう言う。するとユキは首を横に振った。

「家はないですよ」

その言葉に絶句する。しかし、ユキは表情一つ変えず、淡々と話を進める。

どうやらユキは両親はおらず一人で家事や手伝い、買い物をしていたという。

そして今は教会に住んでいる。そこまで聞いて空は驚く。

まさか教会に住んでいるとは思っていなかったからだ。

しかも学校にも行ってないらしい。ユキは勉強はできる方だが、学校に行く費用がないとのこと。現在は12歳、ゲノム少女の中では高齢な方だった。

「あのー、私の話しを別に聞かなくて結構ですよ」

そう言いながら話を止めた。何の答えを返せばいいか言葉が詰まり、首に手を当てながら辺りを見回す。

「とても焦ってるように見えますね。表情と動き方が分かりますよ」

ユキはクスクス笑い始める。俺は少し呆れながらユキの方を向く。

「あのなぁ……」

「すいません。とても面白い人だと思ったのでつい」

ユキは表情を変えず、声だけ笑いながら答える。俺は少し呆れながら、ユキに質問する。

「ユキは教会に住んでいるんだよな」

ユキは少し考え込む。そして首を横に振りながら答える。

「住んでいるわけではありません。廃墟になった教会を修理、住み着いている状態です」

なるほどと思い出す。確かに、さっきもそんなこと言ってたな。それなら家がない理由も納得がいく。

「じゃ、送って上げるよ。もう夜の7時だしな、ここから教会は結構遠いだろ」

ユキは小さく首を横に振りながら、また話し始める。

 「いえ、大丈夫です。タクシーを拾って帰ります」

そう言って去ってしまう。俺はそんなユキが心配になり、警視庁協力のもと監視用のカメラやドローンを飛ばすことにした。



――家に帰り、真っ暗な部屋に明りを点けて冷蔵庫にあった焼きそばと麦茶を取り出し、食事する。

毎日焼きそばだと飽きるかなーと考えながらテレビをつける。













ったので、次にもう一つの洋室に向かった。

その部屋は洋服や靴下が散らかっており、生活感のある印象を受ける。

「え……これってあれだよね?」


 摘んだものは黒い下着だった。それを顔の近くに持っていき匂いを嗅いでいる。

「化学物質的な匂いはしない。汗とかなのかな。流石にそこまでは調べてなかったね」

とりあえず不快臭や拒絶的な匂いはなかった。

他にも何かないか見渡してみるがこれといって怪しい物は見つからなかった。これ以上調べるのを諦め、残りの物品をチェックしていた。

「なんだろう、この日記は」

机の引き出しから見つけた。ぱらぱらとページめくっていると驚愕した。どうやら空の娘は変態だった。

架空の男性の妄想をしているのだ。しかもその妄想に兄が登場しているらしい。

人間ってここまで変態になれるのだなと思った。ふと時計を見ると夕方だった。

さすがにもう夕飯と思いリュックの中に缶詰や保存食を取り出し、蓋を開けたら早速口に運んだ。

意外と美味しい。空腹だったのも相まってあっという間に食べ終わってしまった。

――窓の外を見ると、夕日空が真っ赤に染まっていた。

そろそろ帰ろう

そう思って荷物を纏めた。部屋のドアを閉じようとした時、背後に何か気配を感じた。

「っておい、人ん家で何やってんだよ」

その声に素早く振り向くと間違いなく対象者、神薙空がいた。

今なら暗殺可能だが、彼女は人を殺すことが目的ではない。そう思案していた時、空は急に私に話しかけた。

「それでカロリー足りるか? そんなんじゃ筋肉つかねえぞ。なんか作ってやるからそこで待機してろ」

空の言葉に頭が混乱しながらも、言われた通り、リビングの椅子に腰をかけた。

――やがて数分経ち、料理が出来上がるとテーブルに並べられた。その横にはハンバーグと目玉焼きを乗せた焼きそばが置いてある。

「食っていいぞ」

初めて見る料理に興味津々だった。空を見ながら箸に麺を絡め、口に運んだ。

とても美味しい。

というか感動した。外食三昧だった彼女にとっては初めての体験だった。

気付いたらあっという間に平らげてしまった。その様子を見ていた空が、小さく笑い出していた。

「なんだ、腹減ってたのか。それなら言ってくれれば良かったのに」

空の言葉に少しムッとするが、確かにお腹が空いていたので素直に感謝した。

風呂を借り、部屋のベッドを貸してくれた。

「本当は俺の寝床だが、床に寝させる訳にはいかないからな」

空の寝室に入り、ベッドに横たわる。

久しぶりに深く眠れそうかも……。



朝起きると空がシャツのボタンを止めて出かける準備をしている。起きたことに気づくと、話しかけてきた。

「おはよう。昨日の夜は良く眠れたか?」

「はい、お陰様で」

彼女は笑顔を浮かべながら感謝の意を示したが、空は何も言わず、部屋を出て行った。彼女は慌てて後を追った。

空の後ろでついて行く形で街に向かい、場所を訪れた。

「きれいですね、初めてです」

「今日はその用事で来たわけではない。ユキと会う用事で気ているんだ」

彼女は戸惑いながらも、空の後を追う。たどり着いたのは百貨店だ。そこで入口付近に立つ車椅子の女の子がいる。それを見て驚いたのは、ユキがそこにいたからだ。情報によればアウレリアで、そのアビリティーインデックスは不明とあった為、完全には分からない。だが、能力の特徴は分かっているが、それを上手く対策するためにも情報収集が必要だろう。



特徴的な車椅子は、もしや高濃度の放射能を体内の9割に取り込んでる可能性がある。人間や動物なら死滅するが、この少女は自ら犠牲にして今なお、平気な顔をしている。

死と隣り合わせだがその実力を確かめる為、自分が囮となりユキに接近することに決めた。

すると突然目が合った。足音立てず近付いただけで目が合うのは通常ではありえない。

つまり、ユキのアビリティーは他人を視覚させる能力だろう。

相手の容姿を映していることから、その能力は他人の視覚が共有するものでもなさそうだ。ならどうしてユキと視線が重なったのか?  単なる偶然だろうか?

少し歩いてユキに近寄ると、足を捻り躓いてしまう。転んだ拍子にユキとの距離が縮まってしまったが、このままユキに近づきたい。

すると、ユキは彼女に手を伸ばす。

その怖さにその手を振り払う。

やはり偶然ではないことがはっきりわかる。

「何者なの!? 何故目が見えないのに私に気づいたの!?」

「おい待て! あまりユキに不適切な言葉を言うんじゃない!――ユキ!大丈夫か!?」

空は混乱して叫んだ。ユキが車椅子から立ち上がるその瞬間、心臓が止まるかのような衝撃を受けた。

彼女は驚きと恐怖に押し潰されそうになりつつも、深呼吸して冷静さを取り戻した。

ユキの瞳は闇の中に光を灯し、まるで宇宙を照らすように彼女に向けられる。

その手を差し出すユキに、戸惑いと共に不安を感じながらも、徐々に手を取る勇気を振り絞った。

ユキの手を握った瞬間、レオナは奇妙な感覚に襲われた。まるで彼女たちの心が不可思議なリズムに合わせて踊っているかのようだった。

その瞬間、光を照らす音が再び響き渡り、彼女を異次元の舞台へ誘い込んだ。


「これが君の力……」とつぶやくと、ユキは微笑みながら頷いた。その微笑みには深淵なる知識と共に、未知の未来への導きが宿っているようだった。

すると、「ユキ、行くぞ」

空が車椅子を握って彼女をその場から離れた。



空はユキに連れられて店内に入ると、周りを見回しながらユキに話しかける。

「ユキ、あの人は何者だ?一体あいつは何を考えてる?」

空は首を傾げながら尋ねる。その様子は子猫に話しかけているようで、ユキはクスッと笑った。

しかし、次の瞬間には真剣な表情に戻り、そして、ユキはゆっくりと口を開いた。

「只者ではない手の力と気を感じました。もしかしたら、私たちを狙ってる可能性もあります」

ユキは不安そうに空を見つめた。空は無言でユキを見つめ返すことしかできなかった。

少しの沈黙が続いた後、空が先に口を開いた。

「お前一人で家に帰るのは危険だ。俺の家まで近いから今日はここに泊まろう」と空は提案した。

ユキは驚いた表情を浮かべながらも、「私が一人で帰っている時にアリスさんが狙われてもいいんですね」と反論した。

しかし、空も譲らなかった。

「その言葉遣いをやめろ。あいつは絶対に死なない。それまでこの区域に警察がパトロールしてるから安心しろ」

空が言うと、ユキは一瞬戸惑ったが、慌てながら言葉を返した。

「ほ、本当に狙われますよ!!」と不安げな表情を浮かべながら訴えかけてきた。

しかし、その口調が逆に空の強い反感を買ったようで、ユキに向かって強い口調で反論した。

「君は怖がりすぎだよ!! もっと冷静になれ!! 俺より年上なのに、そんな弱腰でどうする!!」と叫ぶと、ユキはビクッとして黙りこんだ。するとユキは空の目を反らしながら小さく一言呟いた。

「貴方は死神ですか……? とても非道ですね……」

ユキの言葉に空は怒りを露わにして胸ぐらを掴む。

「おいこの!!」

「すぐ手を出す!!!」と店内に響き渡るくらい騒ぎ立てるユキに空はその圧に驚いてつい後ろに倒れる。

「私を殴らないでください!!暴力で何も解決しないから!!」と吐き捨てるように言うと、空はその姿を呆然と見つめていた。

「――場所だけ教えてください。後で行きます」

ユキは真剣な眼差しで空を見つめた。

空は住所を詳しく教えた後、ユキに背を向けて店から出ようとする。

姿が見えなくなると空は頭を抑えながら急に笑けてきた。

だが、それは束の間の出来事だった。

頭が真っ白になり、目の前が真っ暗になったような感覚に襲われる。

「また手が出そうになった……こんな短気な俺の性格なんてクソだ!!」と空が叫ぶと机を何度も叩く。硝子のコップが割れ、破片から血が出てきたところで空はやっと落ち着きを取り戻したようで、周囲は怖がる人や呆然と見つめる者までいた。精神維持のためすぐ自分の家に戻った。



「アリスさん……」

移動しながらアリスのことを考え続ける。それはまさに無我夢中という感じだった。

でも自分みたいに身体が弱くて立ち上がるのも大変だった時、誰も助けれはくれなかった。本当は沢山スポーツしたいし友達と遊びたい。

でも無理だった。そんな時、アリスさんだけが私を助けてくれた。だからアリスさんにも同じような気持ちを味わさせてあげたくない。

それだけ考えて今は自分に出来ることを精一杯やろうと決めた。

「声が聞こえない……気が途切れたかも。アリスさんは何処に?」と周囲を見渡すと、その途端気はまた消えてしまった。

だがそれも束の間の安らぎだった。

「黒い気が迫ってる!!早く探さないと!!」と慌てて周囲を探索した。

一人で国道走る歩道の脇に佇む。あの子の場所さえ一言聞き忘れ、今もどこにいるのかわからない。時間がないのにこんな時に忘れてたことに絶望した。歩道の脇の中空を見上げるが何も思い浮かばなかった。ただあの子のことを気にするだけだった。

「黒い気が消えた……もう見つからない」と不安が募ってく。焦りと不安に包まれながらも、アリスの行方を捜し続けた。

歩道の脇を走りながら、心の中でアリスに呼びかけた。「アリスさん、どこにいるんだろう……声が聞こえないけれど、どうか無事でいてください」

その時、遠くでかすかな声が聞こえた気がした。ユキはその声に向かって走り、病院の方角に近づいた。

途中、黒い気が再び現れ、ユキは焦りに駆られながらも勇気を振り絞り、その気配を追いかけた。


絶対に見つけてみせる……!


その心に誓う。アリスが何処にいるか看護婦に伝える。

ユキは、病院の前に再びやってきた。

だがその時、黒い気がどんどん広がり、心臓が締め付けられるくらい急変した。

ユキは苦しみながらも病院の入り口にたどり着き、辛うじて中に入った。

黒い気がますます強まり、ユキは倒れそうになりながらも必死にアリスを探し始めた。

「アリスさん、どこにいるの…?」

ユキは声を上げながら歩き回り、病院の中を探し続けた。

すると、廊下の先からアリスの名前が呼ばれる声が聞こえ、ユキは力を振り絞ってその方向に向かった。

やっとの思いで辿り着いた部屋で、ユキはアリスがベッドに横たわっている姿を見つけた。

心臓の痛みが募りながらも、ユキはアリスの手を握りしめ、「アリスさん、大丈夫?」と心からの安堵と共に問いかけた。

床に膝を付くぐらい心臓の激痛がユキを襲い、彼女は息を切らせながらも必死にアリスの安否を確かめた。

「アリスさん、何があったの?どうしてここに……」

アリスは弱々しく微笑みながら、囁くように語りかけた。

アリスの魘される声にユキは慌てる。

「だめだよ!絶対にあきらめないで!」

ユキは泣きながら叫び、手を伸ばしてアリスの頬を撫でた。

彼女の心臓の痛みはますます増していったが、それでも彼女はアリスを支えようとする強い意志に満ちていた。

「痛い気持ちがわかるよ。今までの中で一番つらい瞬間だって気づいたんだ。だから……いっ、痛すぎる……」

あまりの激痛に彼女の手を離してしまい、床に座り込んでしまったが、それでもユキはアリスに向かって笑顔を浮かべた。

アリスはゆっくりと目を開けながら弱々しい笑顔を浮かべた。

そして、震えながらユキに向かって手を伸ばした。ユキは再び手を伸ばしてしっかりと掴み、アリスを支え起こした。

アリスの心臓の痛みが和らいできたことに気づき、ユキは安堵の表情を浮かべた。

そっと手を伸ばし、ユキの手にアリスは顔をすり寄せていた。

アリスの鼓動が徐々に安定しはじめ、心臓の痛みが軽減していくのをユキは感じ取っていた。

ユキはアリスと再び手をつなぐと、お互いの手の温もりを感じながら微笑み合った。

しかし、二人の時間に付き合う暇もなく、事件の協力の申し出が重要だった。

「いってきます……」

ユキはアリスに優しく声をかけたが、返事がなかったので、ユキが一人で立ち上がり、ドアの方に向かった。

看護婦師とすれ違うたび会釈をし病院の外に出た。外にはたくさんの車が停車していた。

ユキは警察署に向かって歩いた。

途中、何台かの車が止まると中からスーツ達の青年が出てきた。

『官僚閥命令の元に来た功徳隊だ。アリス・ローナはここで間違いないか?』

ユキはその官僚閥だと思われた青年たちに怯える。

その理由は、わざわざ武装してここに来ることではないし、絶対にこの人達は普通ではないことだ。ユキが一歩下がると、功徳隊が銃口を一斉に向けてきた。

『答えろ。アリスはどこだ』

ユキは質問に対して喉が詰まるくらいの過呼吸に素直に答えれなかった。

殺されることは分かってる。

今殺されるだろうと感じたユキは死に直面して恐怖に駆られたのだ。

功徳隊は持っている小火器をユキに脅しながら何度もつつかれる。

『居るのか居ないのか聞いてるんだ。答えられたら別に危害を加えない。早く答えないと、アリスなんて存在しないかもしれないじゃないか』

ユキは功徳隊に怯えて、泣きそうになりながら返事した。しかし恐怖で口が開かず上手くしゃべれなかった。

『――!? おいお前ら! 向こうに尊警護隊が武装してるぞ! 一時撤退だ!』

功徳隊の1人がそう叫ぶと全員が一斉に銃を下ろし、走り出した。ユキは呆気にとられて逃げる功徳隊を眺める。

『そこの人! 大丈夫か!? 怪我とか無いか!?』

隊長であろう一人の警護隊がユキに駆け寄った。

功徳隊が銃を持っていることを知っていて、ユキを心配していた。彼女は呆然としながらも、アリスの安心したのか涙が零れた。

『我々は尊殿を護衛する警護隊です。くれぐれもスーツの青年には気を付けてください。ここに居るのは危険ですので帰りまでご同行します』

空の家までっと言うと尊警護隊は家まで送ってくれた。住宅街に並ぶその道に空の家は何処なのか見渡すと車を止めた。



『着きました。玄関までご同行するので決してスーツの青年には気を付けてください』

ユキが車を降りて二人の男性に支えながら2階の玄関に向かう。

『では、我々はこれで失礼します』

警護隊が敬礼するとそれを返して去っていった。

――インターホン鳴らすが、誰も出ないため恐る恐るドアノブを回すとドアは開いた。ユキはそのまま空の部屋に入った。

そこにはベッドに眠る空がいた。ユキは安心なのか不安なのか複雑な気持ちだった。

それからしばらくすると空が起きた。寝ぼけていてまだ意識がはっきりしていない様子だ。ユキは優しく声をかける。

「空さん、来ましたよ」

空はユキの存在に気が付いた。

「あれ?もう来たのか。まだ午後1時になってないみたいだけど」

ユキは空の体調を心配する。空はまだフラフラしていて意識がはっきりしていない様子だがユキと話した。

「無事で良かった。んじゃ、犯人の調査開始しますか」

空がベッドから起き上がるとユキは待ってっと空に対して言った。パソコンを眺める空はユキの方を見た。

ユキは真剣な表情で空のことを見ている。

「何?」

空が言うとユキは口を開く。

「その、功徳隊ってご存知ですか?」

空は作業に手を止め、一瞬考える表情を浮かべながらもユキに対して答える。

「あー確か官僚閥の元、テロ防止集団だっけ?」

ユキに対して言う。空は少し考えた表情を浮かべておりユキに尋ねる。

「何か変わったことあったか?」

するとユキは首を横に振り質問する。

「いいえ、ただ聞いただけです」

また真剣な眼差しでもう一度質問する。

「もし、私達が狙われたらどうしますか?」

空は少し呆れた様子でユキに対して言う。

「いや、別にどうもしないよ。官僚の元だろ? あり得ないよ」

ユキは驚き空に対して真剣な眼差しで質問する。

「じゃ、じゃあ、もし誰かを狙うとしたら誰が狙われますか!?」

「しつこいぞ、だからあり得ねぇって。官僚がそんな目立つことするかよ」

空が苛立つ口調で答えるとユキは下を向いた。

「そ、そうですか。すみません、変なことを聞いちゃって」

ユキは申し訳ない表情を浮かべる。

すると空がユキに向かって話し始める。その表情は少し怒っているように見えた。

「調査は分かったのか?早く見つけないとまた被害者がでるぞ」

ユキは頷いて答える。

「はい、わかっています。でも、全く見つからなくて」

「俺等の部隊は瞬時な判断と行動を求められているんだ。そう教訓を叩き込んでる。君たちが見つけられないのなら、他の手段を考えろ。被害者は待っているんだぞ」

ユキは焦りと責任の重さを感じながらも、空に向かって必死に訴えた。

「でも、大切な人が……」

「大切な人? 大切な人もそうだが、それは後だ。市民を助ける任務が最優先だ。お前はそのことを理解しておけ」

空は厳しい表情のまま、ユキを見ながら話す。ユキは疑問のあまりつい口出してしまった。

「何でそんなに怒るんですか……?」

「使命への徹底が求められる。怒りではなく、危機感と使命感だ。君たちが成功すれば多くの命が救われる。だから怒ってない、市民を守るために全力を尽くしてる」

空は厳しいまなざしでユキを見つめながら説明した。

ユキは理解し、ユキがその言葉を受け入れるような微かな頷きを見せると、空のそのまなざしは少しだけ緩んだ。

「君には期待している。早く手がかりを見つけ、被害者を守れ」

ユキは改めて頭を下げ、使命を果たす姿勢を見せたが内心ではまだ戸惑いと不安が渦巻いている。

またあの功徳隊がアリスさんを狙っていることが心の奥底で気になっていた。

でも、どうしてアリスさんを……と口に出すことなく、空の厳しい指示に従うことしかなかった。

被害者を守るのもそうだけど同時にアリスさんがなぜ狙われているのか、その理由も知りたいという思いが自分の心に渦巻いていた。

もし功徳隊がアリスさんを始末されたら次は自分が狙われる可能性もある。


次もまた来る……。


ユキはその現実を冷静に受け止めるしかなかった。武装してる相手に立ち向かう覚悟なんてできない。

スーパーヒーローや超能力が居ない限りユキは現実的な限界を理解しなきゃいけなかった。

せっかくアリスさんが助かるっと思っていたのに、彼女の前に立ちはだかる脅威はますます厳しくなっていた。立ち向かって儚くも散るしかないし、交渉する場合上の説得力も限られている。

ユキは現実的な制約を感じられてそして誰も信じてくれない、信じてもらえない、そんな孤独感が重くのしかかる。

「何してるんだ?早く見つけろ」

空の厳しい声が頭の中で響き、ユキは現実と向き合いつつも、無力感と孤独の深い痛みに耐えながら調査を進む。 


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