目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第51話 再会・3

 蒼の部屋は相変わらず綺麗に片づいていた。沈黙が痛い。そう思っていると、蒼は小さく音楽をかけた。知らない曲だけど、少し落ち着く。蒼の家に辿り着いた僕は涙でぐっちゃぐちゃで、蒼がタオルを絞ってきてくれた。僕はようやくユキのことを話し出す。好きな人がいること、その相手には想い人がいること。断ち切れない関係と罪悪感と嫉妬と、その他諸々。蒼は何もいわずに僕の話をずっと聞いてくれていた。ときどき、タオルで涙を拭ってくれる。優しくされて、僕の涙腺は崩壊していた。


「それは、酷いな」

「酷いでしょ。僕、ユキを恨むべきなのか、あとりに嫉妬するべきなのか、想いを断ち切れない自分に怒りたいのか分からなくて」

「とりあえず、少し離れた方がいいと思います」

「離れるって、身の回りの世話とかあるから無理だよ」

「身の回りの世話って、ユキさん真実先輩と同級生でしたよね。いい大人なんですから死にませんよ」

「それが死ぬんだよ。僕がいないと何も出来ないから」

「その考え、一旦やめませんか。相手はいい大人です。カップ麺にお湯を入れるくらいは出来ますし、他の人に助けを求めることも出来ますよ。真実先輩が世話しないと死ぬわけじゃないです」

「そう、だよね」


 そうだ、蒼のいう通りユキは大人だ。僕がいなくても生きていける立派な大人なんだ。僕なんかが世話しなくたって大丈夫なんだ。だとしたら、今まで僕がやってきたことって何。ユキにとっての僕の存在って何。分からない、分からないよ。蒼が黙っているので、知らない音楽が少し大きく聞こえた。僕はまた涙を流していたらしく、蒼がタオルで目元を拭い、そのまま何もいわず目を伏せて僕の手を取る。ダメだ、蒼の手の温度を感じるとまた涙が出てしまう。


「真実先輩。ユキさんの世話じゃなくて、僕の世話をしてみませんか」

「蒼の世話?」

「僕、真実先輩に世話されてみたいです。泊まり込みとかどうですか」

「別にいいけど、ユキには何て」

「何もいわなくていいです」

「そうか、そうだよね。ユキに何かいう必要はないよね」

「気分転換にどうですか。見える景色が違えば気分も違いますよ。仕事の都合は大丈夫です?」

「うん、旅行に行ったと思えば。あとでまとめてやるから大丈夫」


 僕の仕事はいろいろと融通が利くので、こういうときには便利だ。蒼の世話っていうけど、蒼は世話されるような人じゃないんだけどな。僕がここにいるための理由付けなんだろうか。なんでもいいや。少し蒼のところにいさせてもらおう。こんな状態じゃ仕事にも影響がでる。蒼はこれを来てくださいとパジャマを持ってきてくれた。袖を通してみたら見事に大きい。袖も長いし裾も長い。


「蒼のパジャマは大きいなあ。自分の取りに帰ろうかな」

「今帰ったら元の生活に戻りますよ。今晩だけ我慢してください。俺の服が嫌なら買ってきます」

「うん、分かった」


 確かに、今家に帰ったらここには戻ってこない気がする。それで、明日になったらユキのところに行くのだ。掃除して洗濯してごはん作って、抱かれて寝言を聞いて落ち込む。いつものパターン。それはもう疲れた。僕はパジャマの袖と裾をまくって、蒼のベッドで眠りについた。蒼はソファで寝るという。もうしわけないけど、心が疲れてそれどころじゃなかった。

 何か、嫌な夢を見た。内容は覚えていない。ただ、ユキのあとりと呼ぶ声だけが耳についていた。


「真実先輩、大丈夫ですか。うなされてましたよ」

「あ、うん。最近こういうこと多くて」

「嫌な夢を見たら起こしていいですからね」

「それは悪いよ。蒼、明日仕事でしょ」

「僕のことはいいんです。ちゃんと起こすって約束してください。じゃないと眠れません」

「そこまでしてもらう理由がないよ」

「真実先輩のことが好きです。それじゃダメですか」


 ベッドの端に座った蒼と見つめ合う。このまま、僕は蒼に抱かれるんだろうか。男に抱かれること自体は初めてじゃなくても、蒼に抱かれることは初めてなわけで、緊張してしまう。けれど、蒼は僕が落ち着くと立ち上がった。ここまでの距離感できて何もないっていうのはめったにないことだ。だから、驚いた。僕はベッドを下りて蒼の横たわるソファのそばにいく。抱かれたいと思ったわけじゃないけど、温もりがないのは寂しかった。


「蒼は、何もしないんだね」

「何かしたい気持ちで一杯ですよ。けど、傷ついてる人に何かするのは違うと思うんです」

「うん」

「真実先輩は先に寝てください。僕は真実先輩が眠ったら寝ます。明日の朝食は僕が作るんで、ゆっくり寝ててください」

「でも、それじゃあ蒼の負担に」

「僕は負担とは思ってません。少しは甘えていいんですよ」

「甘える?」

「弱ってるときは頼って欲しいです。僕の気持ちを利用してくれてかまわないんです。少しはずるくなってください」

「うん、分かった」


 ずるくなるってどういうことだろう。蒼が何もしないのをいいことに居座ることだろうか。いや、たぶんそうじゃなくて人を頼れってことだよね。僕、あんまり得意じゃないんだけど。結構、一人で頑張っているのが好きだから。でももう、限界だよね。誰かに頼らなきゃ。どうせ頼るなら蒼がいいかな。

 翌朝、美味しそうな匂いで目が覚めた。約束通り、朝食を用意してくれたのだ。エプロン姿が可愛いなと思う。僕はそれから五日間、蒼と一緒にいた。蒼は一度だけキスをしたけど一切手を出さなかったし、ほったらかしにしていたユキも生きていた。蒼に再会したおかげで、何だか少し変われそうだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?